五十一話 家族の記憶
長月と水無月は仕事をしている。長月には冬将が、水無月には卯月が護衛として付き添う。
戦闘向きじゃないとはいえ、ただの人間を相手にして遅れはとらないけど、念のために護衛する。
如月と葉月さんは食事を終えて休憩中だ。
校庭には遺体が置かれているし、落ち着いて休憩できる場所じゃない。
学校内は捕虜がいるからもっと落ち着けない。捕虜を放置して別の場所に行くのも不用心だ。ここで休むしかない。
僕と紺屋さんも一緒に休憩している。
休憩はいいけど、ここにある遺体はどうするつもりなんだろう。
「葉月さん、遺体はどうするの? 放置しておけば腐るし、厄介な病気が蔓延したりしない?」
「私も困ってるのよ。霜月がいてくれれば、処理はお手の物なんだけど」
「深い穴を掘って埋めるくらいしかないですかね」
これは如月の提案だ。
火葬するための設備は町にないし、土葬しようって。
「妥当なところね。穴を掘るのは、男手に期待してもいい?」
「僕はやるよ。雑用でもなんでも仕事が欲しい」
「言い出しっぺですし、俺もやります」
善は急げで、校庭に穴を掘り始める。葉月さんと紺屋さんも手伝ってくれた。
男手とは言いつつも、女性二人も手伝ってくれるのは優しい。
学校の倉庫にはスコップもあったし、それを使ってせっせと穴掘りだ。
外なら、こんな面倒な真似をしなくてもいい。専門の業者に依頼して、遺体を清めて葬式をあげ、火葬場で火葬してと色々とやってくれる。
町には存在しない仕事だ。葬儀場もないし、火葬場も墓場もない。
葬儀場や墓場がない町ってのも冷静に考えればおかしい。十二月が処理していたから必要なかったんだ。
昔の僕は、異常とは思わなかった。
外の記憶を完全に取り戻してはいないものの、今ではかなりの部分を思い出せている。
思い出して役に立つかというと、役に立たないのがネックだけど。
映画とかだと、記憶を取り戻した主人公は、同時に力も取り戻す。
力がないと言われていた主人公は、実はとても強くて、みたいな展開だ。
僕は記憶だけなんだよねえ。
外にいた頃、格闘技の一つでも習っていたらとも思うけど、格闘技が通じる相手でもない。
春への覚醒も望み薄だし、外の人たちから鹵獲した武器に期待かな。
考え事をしながら穴を掘っていると、四季と神和が見回りから戻ってきた。
穴掘りを中断して二人を出迎える。
「二人とも、無事でよかった。おかえり」
「神和はお風呂に入るぅ。報告は四季にお任せ」
神和は、お風呂に入ると言って僕の家に帰った。
報告を任された四季は、開口一番言い放つ。
「いい匂いがする。お米や揚げ物の匂い」
「あなたは犬か。長月が用意してくれたし、私たちがいただいたのよ」
「私のご飯! おのれ、葉月葉」
「なんで私だけ?」
「巨乳だから」
見回りの報告ではなく、おにぎりを食べられてしまったことへの恨み言だ。
「四季の分も残してあるよ」
「速峰春真は分かっていない。私がこれだけで足りるとでも?」
「おにぎりが十個もあるのに? から揚げと卵焼きもあるよ?」
おにぎりは一個が大きいし、僕は二個で十分、三個も食べればお腹いっぱいだ。
空腹状態の四季なら三人前はペロリといっちゃうと考えて、多めに十個も取っておいた。
神和には二個だ。彼女……いや、彼の五倍もあるのに不満?
どうでもいいけど、神和を「彼」って呼ぶのはどうしても慣れない。
「全部私が食べていい? 速峰春真と折半じゃない?」
「全部四季の分だよ。お疲れ様。いっぱい食べてね」
「速峰春真はか……なんでもない」
四季は、ひょっとして「神」って言いかけたのかな?
如月がお寿司をご馳走してくれた時、紺屋さんがご飯を作ってくれた時、二人を神認定していた。
僕だって中華料理とかを奢っていたのに、神認定されたことはない。
いつだったか、満漢全席をご馳走すれば神になるって言っていたっけ。
できっこない条件だし、神にはならないって意味も同然だ。
深く考えなかったけど、今も言いかけてやめたし、理由がある?
お姉ちゃんのプライド的に、弟を神にするのは嫌なのか。
もしくは別の理由か。
「おにぎりを食べながらでいいから、四季に聞きたいんだけどさ」
「もぐ?」
「四季は、僕がご飯を奢っても『神』って呼ばないよね? お姉ちゃんだから?」
「もぐもぐ」
おにぎりを頬張った状態で、コクコク頷いていた。
ごくんと飲み込んでから口を開く。
「弟は神じゃない。神なのは姉の方。弟は姉に逆らえない奴隷」
「奴隷じゃないからね」
「春真さんを性奴……肉奴隷にするのは私が許しません!」
「弥生……私はドン引きだわ」
「誰も性とか肉とか言ってないよね」
紺屋さんの発言には、葉月さんと僕で突っ込んでおいた。
それはいいとして、お姉ちゃんを自称する四季には聞いておきたいことがある。
「もしかして四季は、外で僕の姉と知り合いだった?」
「もぶほっ!」
「ぎゃあ!」
四季に質問したら、口いっぱいに頬張ったおにぎりを吐き出した。
大量のご飯粒が僕の顔面に直撃した。汚くて悲鳴も出ちゃったよ。
「なんという真似を!」
紺屋さんも怒っている。
「ふしだらです! はしたないです! 春真さんに顔射とか、私だってやったことないのですよ!」
「弥生……私は心底ドン引きだわ」
僕もドン引きだよ、紺屋さん。
四季にはご飯粒をぶっかけられるし散々だ。
ご飯粒を拭っていると、四季は謝るでもなく僕に詰め寄る。
「速峰春真は思い出した!?」
「うっすらとね。外で暮らしていた頃の僕には、一つ年上の姉がいた。僕は姉が大好きだった。姉からは、仲良しの友達である『小春ちゃん』の話も聞いた」
「私のこと。私は夏帆と親友だった。夏帆の弟の春真についても聞いていた」
「僕の記憶は間違いじゃないんだね」
「間違いじゃない。私が速峰春真に一番思い出してもらいたかったのはそれ。夏帆の記憶を取り戻して欲しかった。春よりも外よりも、姉の存在を」
四季はよほど嬉しいようで声が弾んでいる。いつもよりも若干早口だ。
興奮して姉の話をしてくれる。
「私と夏帆は気が合った。胸の大きな女は悪魔。真理を見抜いた夏帆は天才」
「なんでだろ? 姉を褒められてるのに、ちっとも嬉しくない」
「私は弟が好きでブラコン。夏帆もブラコン。ブラコン勝負を繰り広げた」
「ブラコンなら、弟を奴隷にしないで」
「可愛がっている証拠。問題ない」
「問題大ありだと思う」
突っ込みを入れつつ話を聞いていた。
最初はちょっとおバカで微笑ましい話題だったのに、シリアスになり出す。
「私が新人類だったせいで別れてしまったけど、夏帆のことはずっと親友だと思っていた。怪物に親友扱いされるのは迷惑だとしても」
「姉は、迷惑だとは思っていなかったんじゃないかな。寂しがってた」
「だとすれば嬉しい。私は、町に入り込む前に、こっそり夏帆に会いに行った。別人のように変わり果てていて驚いた。遠目から見るだけでも分かる変わりぶりで、痛々しかった。弟がいなくなったせいだと知って、私は夏帆と速峰春真を会わせたいと願っていた」
僕と姉が会うのか。
会いたい気持ちはあるけど、忘れている内容も多い。姉弟として触れ合えるか心配だ。
「私の弟も妹も、もういない。会いたくても会えない。だったら、せめて親友の夏帆は弟に会わせたいと思った」
「僕と一緒に暮らしたり守ってくれたりしたのは、姉のためでもあったんだね」
初対面の男といきなり同居生活をするなんて大胆だ。
四季は強いから、僕が襲おうとしても返り討ちにできる。
自分の身を守れるからといっても、何があるか分からない。
こっそりとお風呂を覗くとか、四季の下着を使って変態的な行為とか、やろうと思えば多様な手段がある。
僕は襲わないと言った覚えがあるけど、長い時間をかけて関係を築き上げたわけでもないのに、簡単には信用できない。
行き倒れていた四季を助けたものの、それだけで信用しろってのは無茶だ。
美少女を助け、恩に着せて、あれやこれやを要求する。
僕の性格を知らなければ十分に考えられるし、警戒しなきゃいけない。
姉の親友だったから僕を知っていた。警戒していなかったわけじゃないと思うけど、僕と姉を会わせるという目的もあったし、そちらを優先したんだ。
「夏帆のためでもあるし、私の弟に重ねてもいた。甘えん坊な部分がよく似てる。弟の代わりにしてごめんなさい」
「いいよ。四季は、僕を守ってくれた。これは事実なんだ」
少しだけ疑問が解けたかな。
四季としては、僕が春に覚醒して戦うのは好ましくない。踏み込めば後戻りができないって言っていた。
じゃあ、記憶が戻らなくてもいいかというと違い、姉のことを思い出してもらいたかった。僕が病院を思い出した時は喜んでもいたし。
何をどこまで教えるのが最善か、四季も手探りでやっていた。
僕と四季が話していると、紺屋さんが加わってくる。
「春真さんには、お姉様がいらしたのですか?」
「いるみたいなんだ。僕も全部思い出してるわけじゃないけど」
「珍しいですね。ご家族がいることではなく、思い出したことがです。私は、弥生に覚醒しても家族の記憶がありません。葉月さんや如月さんもですよね?」
「ないわね」
「同じく、ないな。十二月の中で、家族の記憶を持ってる人がいましたっけ?」
「家族の話は碌にしなかったし、確かなことは言えないわね。かろうじて皐月さんくらいかしら」
「皐月さんは、旦那さんと二人で町に移住したって話じゃありませんでした? 俺はそう聞いてます。最初から忘れていなかったなら例外でしょ」
家族の記憶があるのは珍しいんだ。
僕も、両親の記憶はさっぱりと言っていい。いたことはいたんだろうけど、名前も顔も思い出していない。
両親以外も同様だ。
姉以外に兄弟がいたか? 祖父母は? 叔父や叔母やいとこは? 親戚は?
学校の友人だっていたはずだ。僕の年齢なら、好きな女子もいる。
好きとまではいかなくても、可愛いなって思っていたり、胸が大きいなってスケベな目で見ていたりする。
お世話になった先生。近所の人。外の世界での有名人。
僕が外で生きてきた中で、大勢の人間を知っただろうに、誰一人記憶にない。
病院や警察などは思い出している。春夏秋冬も思い出している。
外の世界、日本だっけ? これも少しは知っている。
なのに、「人」に関する記憶だけが不自然なまでに抜け落ちている。
「人間関係は一番未練になるから、念入りに対処している」
疑問に答えてくれたのは四季だ。
「家族や恋人が外にいれば、町から出たくなる。外に残してきた人のことを考えない薄情者はいない。どうしようもないとしても未練は残る。外に出たい、会いたいと考える。外に出てこられては困るので、町に入る時には関係する記憶を念入りに封じ込める」
「できるの? 葉月さんから聞いたのだと、人間の記憶は複雑だし、やり過ぎれば廃人まっしぐらだって話だったよ?」
「廃人になっても構わないレベルで厳しく対処する。廃人になれば殺すだけ。そもそも、外からすれば、新人類を町に送り込むより殺す方がいい」
言われてみればその通りだ。
新人類を殺しまくれば、睦月たちが黙っていない。戦争になる。
戦争を避けるために、本当は嫌だけど渋々町に入れている。
町に入れるための処置を施す際に、廃人になっちゃいました。これなら言い訳になるし問題ないわけだ。
全員を廃人にするのはダメでも、一部なら構わないと。
「てことは、俺にも家族がいるのか。実感がないな。記憶がまるでないせいか、俺が薄情な人間なのか、会いたいとも思わん」
「如月さんだけに限らず、私や葉月さんにも家族がいるのですよね。不思議な気持ちです」
僕の姉の話題から、みんなの家族の話題にシフトしていた。
姉の記憶が戻った僕は幸運なんだろう。忘れないようにしないと。
「四季は、僕と姉を会わせたいって言ってたけど、会えるの?」
「普通に考えれば無理。簡単に会えると記憶を封じる意味がない。外の人間も、新人類に会ってはいけない決まり」
「僕たちの家族も、よく認めたよね。親なら子供を失うのを嫌がりそうだけど」
「法律には逆らえない。凶悪犯罪者が逮捕されたり処刑されたりする時に、『大切な家族だから逮捕しないで。愛する恋人を処刑しないで』と訴えても通用しない。通用してしまう方が大問題」
罪を犯した側が悪く、家族や恋人だからといって止める権利は持たないんだ。
理屈は分かるよ。愛を理由になんでもやっていいとはならない。
こちとら罪を犯していないのに、凶悪犯罪者扱いは不服だけど。
少し暗い話になっちゃったところで、葉月さんがパンパンと手を叩いた。
「雑談はここまでにしましょう。四季は見回りの報告を聞かせて」
「報告する内容はあまりない。特に問題なし。町全体をくまなく調査するのは無理だから、ざっと見て回っただけだけど、異常はなかった」
「町を壊滅させる何かが仕込まれてたとかない?」
「多分ない。第一、発動させれば捕まえている連中も死ぬ。そこまで任務に忠実な人間とは思えない」
見回りの結果は問題なしだった。
問題がないから、神和も呑気にお風呂に入ろうとしたんだ。
「速峰春真たちは何をしていた?」
「遺体を埋める穴を掘ってたんだ」
「町の住人を埋めるのはいい。外の兵士の遺体は?」
これに答えるのは葉月さんだ。
「そっちは返すわよ。置いておいても仕方ないし、家族が弔うでしょ」
「恨まれる。復讐のために、もっと大勢が攻めてくるかもしれない」
「覚悟の上よ。生きているって嘘をついてもバレるしね。霜月が無事なら、死体を動かして誤魔化す手もなくはないけど、死者を弄ぶようで好きじゃないの。外の連中にぶつけておいて今さらね」
僕は、外の人たちのことまで考えが及んでいなかった。
戦って終わりじゃないんだね。むしろ、戦ったあとの方が面倒だ。
遺体を返して欲しければ、みたいな交渉のやり方はしないってことだった。生きている人質がいれば足りるし、遺体は普通に返すって。
町には、遺体を安置しておける場所もなければ、防腐処理の技術もない。早めに返しておく方がなにかと助かる。
近日中には、外から受け取りにくると思われるって話だ。
忙しい忙しい。




