五十話 看取る
紺屋さんが作ってくれた朝食を四人で食べた。
以降は、これといって何もせずに待つ時間が流れる。
事態が進展したのは昼頃だった。
「如月! よかった、帰ってきてくれた!」
如月が帰宅した。
服が少し破れていて血もにじんでいるけど、大怪我ってほどじゃなさそうだ。
「ただいま、春真」
「おかえり」
親友の帰宅を喜んでいれば、紺屋さんが頬を膨らませる。
「如月さんの存在を忘れておりました。四季さんや葉月さんと勝負する前に、最優先で倒さねばならない相手です。春真さんは渡しませんよ! 私と春真さんはキスも済ませたのです! 如月さんより一歩リードです!」
なんで男性の如月に嫉妬するかなあ。
僕は如月が好きだけど、男同士でキスをしたいとは思わない。
同性への気持ちと異性への気持ちは別物だ。
紺屋さんはそう思っていないみたいで、ライバル心をむき出しにしている。
如月は受け流しつつ、僕を心配そうに見た。
「紺屋とキスしたってマジか? 春真は生きてるよな? ここで動いてる春真は、実は死人だとかないよな?」
「ないない」
「私をなんだと思っているのですか」
「お前は、春真のことになると人格変わるだろうが」
親友三人でバカな話が始まったけど、これじゃあまずい。
状況が落ち着いてからにしよう。
長月が如月に対して質問する。
「状況はどうなっている?」
「一応、俺たちの勝ちって言っていいと思う。何人かは逃がしたが、兵士の大半を無力化した。装備は奪ったし、肉体一つじゃ俺たちには勝てない」
「逃げられたのではなく、わざと逃がしたのだな?」
「ああ。外の連中に伝えて交渉するためにな」
町に攻め込んだ兵は全滅した。生きてはいるけど戦う力は失ったし、捕虜になっている。
捕虜をどうするか、町や新人類への手出しをどうするか、外との交渉のパイプにするために逃げてもらったわけだ。
「こちらの被害と敵の被害を簡潔に教えろ」
「主要メンバーには、大きな被害はない。俺たち十二月、四季ちゃん、冬将だな」
戦いに赴いた六人は、全員無事だった。
軽い怪我程度なら負っていても、頑丈だしすぐに治る。
「敵は、殺しちまった奴もいる。全員を生かして捕まるのは無理だった」
「致し方あるまい」
「問題は、最初にけしかけた町の連中だ。こっちの被害は甚大で大勢死んだ。元々死んでいるって話もあるが、もう動けないレベルで肉体が損壊してる」
「そちらも致し方あるまい」
長月と話していた如月は、ここで僕を見た。
「俺たちのクラスメイトも含まれてる。クラスメイト以外でも、学校の生徒もな」
「そう……なんだ」
不思議と涙は流れなかった。
悲しくないわけじゃないけど、麻痺しているのかな。薄情なだけ?
「死体もあるが、春真はどうする? 誰が誰か分からないほどバラバラになってる奴もいれば、顔が判別できる奴もいる。見るかどうかはお前の判断に任せる」
「死体があるの? 四季が殴り倒した時は、血も肉片も残らずに消えたよ?」
「それは、騒動になるのを避けるための仕組みだな。怪物の死体が残れば騒ぎになるだろ。十二月のメンバーがいちいち処理しに向かうのも大変だし、目撃者の記憶をいじるのも大変だ。記憶に関しては、町を覆ってる結界で全員にバーッとって真似もできなくはないが」
要するに、十二月の負荷を減らすために、最後の力で自壊するように作られているって話だった。
自壊すらする時間もなく、一気に破壊されれば死体も残る。
今回は、強力な武器で攻撃されたこともあり、死体が残っている人も多い。
「じゃあ、見る。会わせて」
「見て気持ちのいいもんでもないぞ? 無理強いはしない」
「それでも見ておくよ」
「私も行きます」
クラスメイトたちの遺体を見て、何ができるわけでもない。
自己満足だけど死を弔おうかと考えた。
「俺と水無月はどうすればいい? 葉月から指示はあったか?」
「特には聞いてないな。一段落したから、無事だってことを報告しに行けって言われたし、俺がきたんだ」
「では、待機を続けるか。葉月から指示があれば呼びにきてくれ」
「長月や水無月も携帯電話を持ってりゃいいのに。かくいう俺も持ってないが」
「面倒だ」
「ボクも面倒」
携帯電話を持っているのは、葉月さん、卯月、冬将の三人だ。
三人とも戦いに行っていたせいで、家に残った四人は持っていない。
戦っている最中に電話する余裕はないし、余裕ができたら如月みたいに直接報告にくればいい。さほど必要性がないから借りなかった。
今後のことを考えると、使い方を教わって借りておく方がいいかもしれない。
さておき、長月と水無月は家で待機を続け、僕は如月や紺屋さんと家を出る。
久しぶりに家から出たけど、平日の昼間なのに町は静かだ。
三人で歩き、到着したのは僕たちの学校になる。
校庭には町の人たちの遺体が並べられ、ビニールシートがかけられていた。
作業をしているのは葉月さんと冬将だ。
「速峰と弥生を連れてきたのね」
「俺たちのクラスメイトがいますから、最期を看取るくらいはしておくべきです」
「……こっちよ」
葉月さんも学校に通っていたし、クラスの人たちと知り合いだ。
顔を知っている人の遺体を集めてあった。
ビニールシートを少しずらして出てきたのは、毎日のようにクラスで顔を合わせていた人たちだ。
言葉が出ないし涙も出ない。遺体を見ても、どこか他人事というか夢を見ているようというか。
顔だけがちらりと見えている。首から下はビニールシートに隠されているかと思えば、あるはずの胴体の膨らみがない。
顔だけってことだ。割かし綺麗に顔が残っているのは、いいのか悪いのか。
「……金属バットで殴っちゃってごめんね」
気の利いたセリフの一つも出なくて、もう動かない男子生徒に謝罪だけした。
学校が襲われた時、怪物になったクラスメイトの男子だ。
彼の隣には、美央さんも横たわっている。
「美央さん……」
かすれた声を漏らしたのは紺屋さんだ。涙も流している。
美央さんが既に死んでいる事実は知っていた。知っていてもこれはこたえる。
だって、死んでいるとは思えない様子だったんだ。学校にもきていた。
なのに、今は……
紺屋さんにつられて、僕まで涙が出る。
一度泣き出せば止まらなくて、クラスメイトたちの遺体を前に泣き続けた。
僕に泣く資格があるかは分からない。
この人たちを捨て駒のように扱い、外の連中にけしかけたんだ。捨て駒にしておきながら、自分は家でゆっくり眠っていたんだ。
僕が生きるために、彼らを犠牲にした。
既に死んでいたとか、他に方法がなかったとか、言い訳はきく。
だからって罪が消えるわけじゃない。消しちゃいけない。
「私は十二月の一人だし、変死事件にも関与してたわ。殺していたのは霜月で、私が直接手を下したわけじゃないけど、止められなかった時点で同罪よ」
「葉月さんだけが責任を負う必要はないですよ。俺たち全員で」
葉月さんや如月も一緒に、死んだ人たちの冥福を祈った。
クラスメイトたちとの別れだ。
知り合いじゃない人たちにも祈りを捧げ、感傷に浸るのはおしまいにする。
「葉月さん、外の人たちは?」
「学校内に閉じ込めているわ。武装は解除させて、下着一枚でね。見たくないものを見ちゃった気分よ。卯月は平然と対処していたけど」
「葉月さんが脱がしたの?」
それはそれで、怪しげなプレイというか。
兵士なら男性だろうし、美女が男性を無理矢理ひん剥くのはちょっと。
しょうがないけどさ。
「四季と神無月が、断固として拒否したのよ。二人は町の見回りに出てるわね。逃げたふりをして隠れてる人間がいるかもしれないし、危険な物が設置されてるかもしれない。見回りが必要だって言って逃げたの。正論なのがムカつくわ」
見回りが必要なのは、葉月さんも同意見だったんだ。
二人の本心は、汚れ仕事から逃げたいだけだとしても、サボっているわけじゃないから認めた。
神和なんかは、特に嫌がりそうだ。可愛くなぁい、とか言ってさ。
可愛くない戦いも嫌がっていたのに戦ったのは、自分だけ逃げるのはもっと可愛くないからだって話だった。
外見だけが可愛くてもダメ。心も可愛くなってこそ、本当に可愛い。
これが神和のポリシーらしい。
逃げたらダメな時、逃げても許されそうな時をちゃんと考えている。
押し付けられた葉月さんは貧乏くじだね。生真面目な人は損をするものだ。
「俺と冬将だけじゃ手が足りないし、葉月さんと卯月にも手伝ってもらったんだ。変なことさせてすみません」
「如月が謝ることじゃないわ」
「でも、葉月さんを変な目で見る奴も多かったじゃないですか」
「いたわね。セクハラ発言もされたし。『姉ちゃん、パンツも脱がしてくれや。そのでかい胸でなんちゃらかんちゃら』とか。踏み潰してやろうかと思ったわよ」
捕虜なのに神経が図太いというかなんというか。
「僕も手伝おうか?」
「速峰じゃ、抵抗された時に対処できないでしょ」
「あー……だよね。戦えなかったし、何か仕事をしたいんだけど」
「だったら、長月と水無月を呼んできて。捕虜の中には重傷者もいるし、長月に傷の治療を頼みたいの。水無月は、学校に結界を張ってもらうわ」
「分かった」
使い走りでもなんでも、役目があるのは嬉しい。二人を呼びに行く。
家に戻った時は、物凄く意外な光景を目にした。
エプロンをつけて台所に立つ長月だ。
「な、何してるんです?」
「見ての通り、料理だ。戦って腹も減っているだろうしな」
「料理、できるんですか?」
「長月はこれで案外料理上手。弥生には負けるけど、家事全般が万能」
マッドサイエンティストの意外な特技を水無月が教えてくれた。
いつも着ている血痕の染みついた白衣は脱いでいるし、衛生面にも気を配っているのが分かる。
頭がよくて家事も万能か。ハイスペックな人だなあ。
「まあ、簡単な物しか作らんがな。おにぎりと鶏のから揚げ、卵焼きでもあればいいだろう」
僕に話しつつ、薄手のビニール手袋を着けた両手でせっせとおにぎりを握る。
……この人、十二月の一人で怪物だよね? 随分と庶民的な怪物だ。
長月が料理する姿を眺めていても仕方ないし、用件を伝えよう。
「えっと、葉月さんが呼んでました。捕虜の怪我の治療をしてもらいたいってことです。水無月は、学校に結界を張ってもらいたいって」
「あと五分待て。作り終われば行く。腹を空かせた捕虜どもの目の前で、うまそうに食ってやろうじゃないか」
「長月は陰険。陰湿」
「水無月には食わさんぞ」
「長月様、超カッコイイ。優しい。素敵。最高」
水無月と漫才をしつつおにぎりを作り続け、きっかり五分で終わらせた。
大量のおにぎりを持って学校に向かう。
ピクニックにでも行くみたいだ。今日も青空だし暖かいし、ピクニックにはうってつけの日になる。
実際は物騒な戦いの真っ最中だけど。
学校に到着すれば、見回りに出ている四季と神和を除いた四人が早速おにぎりを食べ始める。
留守番組は遠慮しておいた。疲れている人が優先だ。
「神和は分からないけど、四季の分は残しておかないと怒られるよ。食べ物に関しては本当に意地汚いから」
「ボクは、よくこの場所で食べられると感心する。周囲は遺体だらけ」
「んな細かいことを気にしてたら、戦争なんざできねえよ。食える時に食っておかなきゃ体力がもたねえ」
冬将は、右手におにぎり、左手にから揚げを持ってバクバク食べる。
から揚げを手づかみってワイルドだね。
「どうせなら、学校の中にいる連中に見せびらかしてやればどうだ?」
「お、それいいな。ちょいと行ってくる」
長月の意見に、冬将は学校に入って行った。
陰湿な嫌がらせをするだけじゃなく、仕事もする。
長月は怪我の治療で、水無月は結界を張る。僕はやっぱり何もなし、と。
手持ち無沙汰になっている僕に気付いて、葉月さんがフォローしてくれる。
「速峰は、あとで仕事があるわよ」
「あるの?」
「外の連中の装備をどうするか迷っててね。奪い返されたら面倒だし壊しておく方がいいけど、もったいない気持ちもあるの。速峰が使えそうな武器とか、身を守ってくれそうな防具とかを拝借しようかなって」
「僕に外の武器が使える? 自滅するならまだマシで、みんなを巻き込んだり誤射したりすれば取り返しがつかないよ?」
「無理なら無理でいいから、試しておきましょう」
使えるとは思えないけど、試してみて損はない。もしも使えるならラッキーだ。
葉月さんたちは、下手に武器を用いるよりも、素手の方が戦いやすい。
僕一人が足手まといなんだよね。
昨晩も考えたけど、強くなりたい。力も、それ以外もだ。
校庭に安置している、ビニールシートがかけられている遺体を見渡す。
この人たちを殺したのは霜月だ。外の人たちは、元々死んでいた相手を壊しただけに過ぎない。
そもそも、僕や四季も怪物と戦った。
僕は弱かったせいで倒せなかったけど、強ければ倒していた。四季は実際に何人も殴り倒している。
自分たちの行動を棚上げして、外の人たちの行動に文句を言うのはお門違いだ。
殺したのは自分たちなのに、死んだ人の分まで戦う?
バカげている。大義名分にはならない。
大義名分がなくたって、僕自身が戦いたいんだ。
強くなって戦って、いつかみんなで笑って暮らす。
理想だね。そんな日が訪れることを夢見ている。




