四十七話 合言葉は
第2章最終話です。
また、三人称視点となります。
「覚悟は済んだか? 俺に付き合わせて悪いな」
十二月のリーダーである睦月月賀は、自分に従ってくれる四人の仲間たちに声をかけた。
睦月を合わせた五人で、戦いに赴くために屋敷を発ち、町を出るのだ。
生きて戻れるとは限らない。いや、生きて戻れたら奇跡であろう。
仲間に対する言葉なので、一人称も「ワタシ」ではなく「俺」になっている。
外の人間と会う時は、目上の相手になるので取り繕っていた。怪物とはいえ、その程度の常識は持っている。
速峰春真に対してさえ、ワタシと使った。
気を許し、最期を共にする仲間だからこその口調だ。
皐月五子、文月帝、霜月夜流、師走カケル。
睦月は、彼らと戦う道を選んだ。
四人は立候補したのではない。睦月が選出したメンバーになる。
俺と一緒に死ねと命じたに等しい暴挙だ。
拒否される可能性も考慮していたし、その場合はリーダーの権限で強制的に従わせる予定だった。
断固として拒否するなら処分する。ここで殺されるか、外と戦い殺されるか、好きな方を選べ。
無茶苦茶な二者択一を突き付けることも考えていた。
睦月一人ではさすがに厳しく、戦力が必要なためだ。否やは許さない。
そのはずが、四人とも二つ返事で了承した。
選出しなかった六人も、自分たちを連れて行ってくれと言っていたほどだ。
十二月に覚醒して間もない如月や弥生もだ。
仲間たちの心遣いが嬉しく、同時に申し訳なくもあった。
自分のふがいなさが心底嫌になる。
十二月のリーダーであり最強でもあるが、所詮は一個人の力に過ぎない。無力感にさいなまれる。
もっと力があれば、死を前提とした無謀な戦いなどせずに済んだ。
決断したつもりでも後悔は募る。
自分が強ければ。
外に太刀打ちできる戦力を整えられていれば。
交渉をうまく進められていれば。
うまく事を運ぶ方法がなかったかと後悔している。
全知全能の神様でもあるまいし、一人の人間ができることは限られている。
睦月は確かに強いが、強いだけだ。自分でもリーダーの器だとは思っておらず、人をまとめるカリスマもなければ明晰な頭脳もない。海千山千の政治家たちと対等に交渉できる能力も持たない。
ないない尽くしの中、必死でもがいてきた。
多くの犠牲を払い、睦月自身も苦しんで、その結果が今である。
お世辞にも成功とは言えない。理想とはかけ離れているし大失敗だ。
仮にだが、時間を巻き戻せる能力でもあれば、喜んで使う。巻き戻したいと切に願っている。
あり得ない妄想にすがるほど追いつめられていた。
必死でやったは言い訳にならない。睦月が苦しんだのも同様だ。
リーダーには結果が求められ、結果を出せなかった時点で全ての責任は睦月の両肩にのしかかる。
仲間も町も守れなかった。苦労して作り上げた理想郷は、やがて壊される。
これから戦うというのに心が乱れっぱなしだった。
苦悩する睦月を引き戻すのは、仲間の声だ。
「いやはや、まさかこんな流れで外に出ることになるとはねえ」
睦月と共に外へ向かう師走は、感想を口に出した。
昼間なのにひと気のない静かな町に、その声はよく響いた。
十二月に覚醒後、初めて外に出る。このような状況なのに、楽しむかのように声が弾んでいる。
「ボキは、アキバハラに行きたいでござる。ボキのような人間の聖地でござる」
文月も楽しんでいた。太っている彼は、ただ歩くだけでも汗だくになるが、ハンカチでぬぐいつつ師走と話している。
「師走氏も行きたくないでござるか? 二次元のロリっ子が大勢いるでござるよ」
「行ってみたくはあるね。ちなみに、アキバハラじゃなくて秋葉原だよ」
「詳しいでござるね」
「俺が詳しいんじゃなくて常識。外に出た経験はないけど、記憶だけはかなり持っているしね。メイド喫茶に行きたい」
「甘美な言葉でござるね。ロリっ子がメイド服でご奉仕してくれるでござるか?」
「ロリっ子はいないんじゃないかな。いちゃまずいっしょ」
「興味を失ったでござる」
会話だけを聞けば、戦いに赴くようには思えない。
仲のいい友人同士で遊びに行くノリだ。
実際にこの二人は仲がいい。趣味が合うらしく、十二月の屋敷でも頻繁に雑談していた。
二人の会話に、皐月も便乗する。
「なんなら、あたしがメイド服でご奉仕してあげてもい」
「遠慮しておきます」
「遠慮させてもらうでござる」
最後まで言わせずに拒否していた。
老婆のメイド服姿は、ロリコンの二人ではなくとも遠慮するであろう。
メイド喫茶のメイド服となると余計にだ。本物ではなく、外見の可愛らしさを追求した服は、皐月には似合わない。
可愛い服だからこそ、本人は喜んで着るだろうが。
「なんだいなんだい。あたしだってねえ、昔は美少女だったんだ。男どもが鬱陶しいほど寄ってきたもんさ。何千人に告白されたことか。ま、全部断ってやったけどねえ。夫となる人に全て捧げるつもりで、健気だったんだよ」
何千人はいくらなんでも盛り過ぎているが、美少女だったのはその通りだ。
前任の皐月は、今の皐月の夫になる。睦月もよく知る相手で、妻は実に美しいとのろけ話を聞かされたものだ。
他の男と激しい争奪戦があり、自分を選んでもらえた時は嬉しかったと。
皐月が可愛い服を好むのは、もしかしたら夫のためかもしれないと考える。
年老い、若かりし頃の美しさを失ったからといって、愛情まで失われたわけではない。結婚後、何十年も経過してなおラブラブな夫婦だった。
とはいえ、女性の心情的には、好きな人の前では若くありたいと願うものだ。
愛する夫のために、若さや美しさを追い求める。あの世で若返りたいと言っていたが、願いが叶えば夫と幸せに暮らすのではないか。
睦月の勝手な想像であり、文月や師走はそこまで深読みしていない様子だ。
「健気な美少女のなれの果てがこれ……時の流れは残酷だ。老いることのない二次元美少女を愛する男が出るのも仕方ないね」
「ボキは常々思うでござるが、アニメで大勢の美少女を手に入れる主人公は、将来を考えているでござるか? 若い時間は短いでござる。十年もすれば中年のババアハーレムになり、数十年後には老婆ハーレムが完成……う、吐き気が……」
「年老いる前に捨てて、若い女を手に入れるんじゃないのかい?」
「あたしゃ、あにめをよく知らないけど、老いないんじゃ? あにめなら不老の術とかありそうだ」
「人間とは違い、老いにくい種族ってのはよく使われるね」
「あるでござるな。獣人や亜人は定番でござる」
三人は、なぜかアニメ談議に花を咲かせ始めた。
町にもマンガやアニメなどのサブカルチャーは多少入ってきている。
外ほど充実していないものの、文月はそれが大好きだった。
睦月が外に出る時も、土産として要求されたことがある。恥ずかしい思いをして萌えマンガを購入したのは、いい思い出……ではない。二度とごめんだ。
あの時は卯月もいたので、彼女にやらせればよかったとのちに思った。
あそこでリーダー権限を使わなくてどうすると。
「文月も師走も好き勝手言うけどねえ、あんたらの好きな少女もいずれ老いるんだよ。水無月もだ」
「夢を壊さないでもらいたいでござる。水無月たんも将来的には……いやいや、水無月たんは永遠の幼女でござる!」
「幼女のまま、成長する前に死ぬからな」
会話に割って入ったのは霜月だ。
町に残してきた者たちも、外の連中に殺される。その事実を揶揄するセリフだ。
「霜月は空気を読めない人間かい? だから俺は嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺も師走は嫌いだぞ」
「てか、霜月は誰が好きなんだい? いっつも一人でいてさ、十二月のメンバーとつるまないじゃん。好きな相手がいるのかい? こういった話をしたことがないけど、最期だし教えてよ」
「葉月。あれはいい女だ」
即答した霜月に、全員が驚愕する。
てっきり「いない」とか「興味ない」とか答えるかと思いきや、葉月の名前を出すとは予想外だ。
「ぷっ、あははは! そっかそっか、霜月も巨乳美人には弱いんだ!」
「殺しにしか興味ないと思っていたでござる。意外でござる」
「睦月は、葉月にメールでも送ってやりな。衝撃の告白があったってさ」
「やったら殺すぞ」
メールうんぬんと言い出した皐月に、霜月は殺気をぶつけた。
冗談ではなく殺しそうな雰囲気だが、照れ隠しのようにも見える。性格破綻者の殺人鬼が見せた、意外過ぎる一面だ。
気になったので睦月も質問させてもらう。
「俺は恋愛を禁止していなかったぞ。気持ちを伝えてもよかった」
「葉月は俺を嫌っている」
「子供ではあるまいし、断られるのが怖いとでも?」
「そういうわけではないが、気持ちを伝えるつもりは一切ない」
「霜月は、葉月のどこに惚れたんだい? やっぱ顔?」
「胸でござるか?」
「全部が好き、とか言ってもらえると、女としちゃキュンとするねえ」
猛烈な霜月いじりが始まる。
普段はこのような話をする相手ではなかった分、機会を逃すまいとしていた。
霜月も素直に答えるのは、最期だと自覚しているからか。万が一にも生き残れば黒歴史になりそうだ。
「どこが好きかとなると、強い部分だな。容姿も好みだが、俺が殺せない強さが一番好ましい」
「変な理由だね。強い女性なら、弥生はどうなんだい?」
「弥生には想い人がいる。葉月にはいなかったはずだ」
「うわ、霜月らしからぬ答えだ。想い人がいるからこそ寝取りたいとか、男の前で強姦したいとか、男の前でむごたらしく殺したいとか。俺の知る霜月は、それが最高に気持ちいいって言うね。なんだ、意外といい奴じゃん」
「俺がいい奴? 吐き気のする冗談はやめろ。俺が考えているのは、弱い人間をいたぶって殺すことだけだ。それが最高の娯楽であり快楽だ」
霜月の言葉に嘘はない。悪ぶっているのではなく、本心を述べている。
睦月も、何かと殺したがる霜月には頭を悩ませていた。他のメンバーに禿げそうだと漏らしたことも多い。
性格破綻者なのは間違いないが、それだけの人間でもなかったというわけだ。
つくづく、死ぬ戦いに巻き込んでしまって申し訳なくなる。
謝罪ばかりしていてもなんなので、霜月いじりを続けよう。
最期はせめて楽しく終わりたい。
「お前、素直に答えているが、生き残った場合を考えているか?」
「……自ら命を絶とう」
「俺たちの誰かが生き残れば、葉月に伝えてしまうぞ?」
「化けて出てでも殺す」
「よし、皐月、文月、師走。誰でもいいから生き残れ。葉月に気持ちを伝えられないまま死んでしまうのは、霜月が哀れだ。俺たちが伝えてやろうじゃないか」
「睦月、貴様!」
妙なミッションを発した睦月を、霜月はきつく睨んだ。
霜月以外の三人は、ノリノリでミッションを引き受ける。
「気持ちを伝える役目なら、俺たちが恋のキューピッド? キモ」
「師走氏は、まだいいでござるよ。ボキのようなキモオタがキューピッドとは、笑うしかないでござる。笑うしかなくとも、リーダーの命令である以上は従うでござる。命令だから仕方ないでござる」
「あたしゃ可憐だし、キューピッド役が似合うねえ」
「それはない」
「ないでござる」
全否定される皐月だが、彼女は笑っていた。
文月や師走も笑っている。霜月は不機嫌だが、満更でもないように見えるのは気のせいだろうか。
素晴らしい仲間たちだ。改めて思う。
バカ話をしているうちに、外の世界が近付く。
見た目上は、ごく普通の街並みが続いているが、外と町の境界線だ。
何も知らずに歩いても先には進めない。速峰春真が外に出ようとして失敗したように、勝手にUターンしてしまう仕組みだ。
「どうやって出るんだい?」
「いくつか方法はあるが、最も簡単なのは合言葉だ。教えるので口に出せ。一度唱えておけば、しばらく効果が続く。外に出るには十分だ」
師走に聞かれたため、合言葉を伝える。
「合言葉は……」
明日に向かう。
これが合言葉だ。
時を忘れた町から、時が流れる外へ。
新人類たちが平和に暮らせる理想郷から、敵だらけの暗黒郷へ。
たとえ辛くとも、苦しくとも、いつかは羽ばたいて明日へ。
様々な意味が込められている。
「結界を抜ければ、おそらくすぐに戦闘となる。外としては、俺たちを一般人の住む町に入れさせたくないだろうからな。境界線上で始末しようとするはずだ」
覚悟を決めろ、と言うまでもなかった。
バカ話をしていた割に、戦う心構えは十分に整っている様子だ。
では、頼れる仲間たちに、リーダーとして命令を下そう。
「皆、命令だ。無茶は承知で言うぞ。死ぬな」
睦月の命令に、誰一人として「了解」とは答えなかった。
命じた睦月自身も実現不可能だと考えている。
不可能でも、奇跡的に実現してくれないか。一縷の望みを託した命令だ。
この先、一歩を踏み出せば後戻りはできなくなる。
戦場が待つ外へ、明日へ、今。




