四十六話 開戦
葉月さんの長い説明が一息ついたところで、大半の人が食事の手が止まっていることに気付く。
みんな、お寿司を食べるよりも話に夢中になっていた。
もちろん例外はいて、四季なんかは三人前をペロリだ。
食欲がないよりは、ある方が健康的でいいと考えておく。
ただ、僕のお寿司を物欲しそうに見るのはやめて。あげないからね。
四季に奪われないうちに食べてしまおう。
一旦、話を中断して食事に集中する。
おいしいはずのお寿司も、あんな話の直後じゃいまいち味わえない。
胃に詰め込むだけで済ませるのはもったいないし、なるべく味わおう。
食事を終えれば冬将が発言する。
「葉さん、わたしくは少々疑問なのですけれども」
「冬将は、普通にしゃべってよ。違和感ある」
「うんうん。すっごく気持ち悪ぅい」
僕と神和が文句を言えば、冬将は口調を変える。
「俺も話しにくいし変えるか。んで、葉さん。果たして外は攻めてくるか?」
「というと?」
「食糧の供給を断てばいいんじゃねえのって。兵糧攻めだ。食いもんがなくなりゃ俺たちだって生きてけねえよ。今食べた寿司も、外から仕入れなきゃ作れねえ。町は海に面してないからな」
「お寿司を食べられなくする……だと? おのれ、外め。私からお寿司を奪うのは万死に値する。殺す」
「殺したらますます食べられなくなるんじゃないの?」
「お寿司のために生かしてあげる」
食い意地の張った四季の妄言は無視するとしても、冬将の意見は鋭い。
例外はいるにせよ、大半は食事を必要としている。食糧の供給を断てば餓死する未来しかない。
「冬将って頭いいんだね」
「冬将のくせに」
「冬将の分際でぇ」
「うるっせえよ!」
僕、四季、神和が茶化したら、冬将が怒った。
でもまあ、頭がいいと思ったのは本心だ。
もっと直情傾向かと思っていたよ。敵はぶん殴ればいいんだろ、みたいな。
葉月さんも冬将の意見を認める。
「やる可能性はあるわよ。その場合は、餓死する前にこっちから攻め込むけどね。睦月からは外に出る方法も教えてもらってるし」
「あ、そりゃそうか。餓死するのをむざむざ待つ必要はねえな」
「外としては、どっちがやりやすいかなの。自分たちから攻撃するか、私たちの攻撃を待ち構えるかね。一長一短だと思うわよ。可能性として高いのは前者かしら」
前者の場合は、町に直接攻め込まないといけない。超強力な兵器で外部からドカンって真似が可能なら、とっくにやっている。
自分たちの攻撃で自分たちが破滅してしまうせいで、攻撃手段が限られる。
新人類の本拠地みたいな町に攻め入るのは、大きな危険を伴う。決死の覚悟がいるだろう。
メリットもあり、外の町を巻き込まずに済む。後手に回らず先制攻撃が可能だ。
後者の場合は、自分たちの土俵で戦える。武器も兵力も潤沢に用意できる。
ただし、外の町や一般人も巻き込まれてしまう。十二月が外の一般人に紛れて潜伏してしまえば、見つけ出すのも一苦労だ。外見上はただの人間だし。
一般人を無差別に攻撃しない保障もない。
こういうの、テロって呼ぶんだっけ? ゲリラ?
とにかく、外の町や一般人には犠牲を出したくない。それは許容できる犠牲の範囲を逸脱している。
まずいよね。食糧の供給を断つって方針を決めた人が責任を取らされる。政治家だろうけど、政治家生命はおしまいだ。
諸々考慮すると、向こうから攻めてくるのではないか。
こう予想している。
「ちなみに、他にも外が打ってきそうな手はあるが、そのために俺がいる」
「長月っつったか? お前は何ができるんだ?」
冬将の質問に、長月は唇の端を吊り上げてニヤリと笑みを浮かべた。
怖い笑顔だ。マッドサイエンティストっぽい。
「俺は傷の治療ができる。薬にも詳しい。というか、いざという時のために勉強してきたのだ。鈍器のような厚さの医学書を何十冊読破したことか」
「私なんかは、趣味や暇潰しで読んでるとばかり思ってたわ。まさか、こっそりと努力してたなんて」
「わたしも思ってたよ長月はマッドサイエンティストの変態だしねわたしも変態だけど水無月ちゃんペロペロ」
「ボクも暇潰しだと思っていた」
「実は俺も」
「すみません。私もです」
葉月さんたちの反応が酷いね。
仲間たちに信用されていなかったせいで、長月も顔をしかめている。
「少しは俺を見直したか? 見直したなら、ぜひ葉月の胸を拝ま」
「変態は変態だわ。絶対にごめんよ」
「近いうちに死ぬかもしれんのだぞ? 葉月は処女のままで死んでもよいと?」
「僭越ながら俺が葉さんのお相手を!」
「アホか!」
話題がセクハラ方面に移りつつあったけど、本題に戻そう。
紺屋さんが僕を見て鼻息を荒くしていたのは、見なかったことにする。
「まあいい。俺は医学や薬学に詳しく、そして薬と毒は紙一重だ。連中が食糧に猛毒を仕込むかもしれん。厄介な病原菌もあり得るな。町全体に毒ガスを散布するなども。非人道的で許されぬ手段だが、怪物を殺すためならなんでもするさ。怪物を殺し、人々を守るという大義名分がある。人間相手ではないのだし人道もクソもない。やりたい放題できるが、そちらは俺が対処しよう」
「人間は愚か。人々のためという大義名分に従い、永遠の命を求めたせいで、今のようになっている。なのに、また人々のために過ちを犯す?」
四季は辛辣だ。バッサリと切り捨てた。
人々のため。綺麗なお題目だよね。間違っているとは言えない。
否定しようものなら、じゃあお前は人々がどうなってもいいのかって返されるのがオチだ。
否定した人が冷酷非道の誹りを受ける。代替案を出せとも言われそうだ。
代替案がなければ、人々を守るためにやる。
人々を守るためだもの。しょうがない。自分たちは悪くないし間違っていない。
で、取り返しのつかない過ちを犯す。
映画ですら、その手のケースで成功している話は知らない。
教訓でもあるからだ。自分ならうまくやれるとか自惚れていれば、確実に大失敗して痛い目にあうって。
「学習しており、やらないならそれに越したことはない。やらないと願いたいな」
「外としても恐ろしいでしょうしね」
「だな。こちらは得体の知れない怪物だ。毒や病原菌が効くとも限らん。この町の者が、病原菌を保有した状態で外に解き放たれたらと考えれば」
「外は壊滅する。核ミサイルを撃ち込んでおく方が被害は少ないとなりかねない」
「四季の言う通りだ。リスクの高い手法であるため、これまでも食糧に毒を仕込まれることはなかった」
最後の方は、僕はいまいち話についていけなかったけど、長月が頼りになるって意味だね。
「外が毒の類を使うとは考えにくい。武力での制圧を狙いそうだ。そこで俺たちの戦い方だが、まず俺に戦闘を期待してくれるな。一般人よりは強いが、如月や弥生とは比べ物にならん。水無月にも負けるぞ」
「ボクだって戦闘向きじゃない。あんまり強くない」
長月と水無月は戦闘タイプじゃないと言っているけど、僕はもっと酷い。
「僕はなんにもできませんよ。金属バットが通じる相手じゃないですし」
「春真さんは、私がお守りいたします」
「俺もな」
「ありがと、紺屋さん、如月。情けなくてごめんね」
「とんでもありません」
「親友を殺さなきゃいけなかった時に比べれば、守れる今の方がずっといい。絶対に春真を守るからな」
本当にありがたい。ありがたいけど、僕がこの場にいる意味がある?
水無月や長月は、戦いが苦手だとしても他の能力を持つ。他のメンバーは強い。
僕だけが何もできない。春に覚醒すれば別だけど、その兆候もないし。
せめて、頭を使おう。少しでもいいから建設的な意見を出して役に立ちたい。
「四季ってさ、四季の話は? 分かりにくい言い方になってるけど、あれだよ」
本当の四季にって話だ。隠すつもりかもしれないし、曖昧な言い方になった。
「隠しているつもりはない」
「僕の考えてることって、どうして読まれやすいかなあ」
「速峰春真だから。隠しているつもりはないけど、どうせ認められないから言わないだけ」
「何かあるなら言って。四季が私たちを敵視しているのは知ってるわ。だとしても抑えてちょうだい。今はなるべく協力関係を築きたいの」
「私が、本当の四季になる」
四季は人工的に作られた存在で、本当の四季ではない。本当の四季になるための条件が、十二月を殺すことだと告げた。
弟妹の敵討ちもしたいけど、本当の四季になって冷戦を終わらせたいって。
葉月さんは怪訝な表情をしつつ、長月を見る。
「長月、知ってた?」
「俺たちの頂点にいるのが四季であるのは知っている」
「そっちは私も聞いたわよ。睦月からね。私は十二月しか知らなかったけど、その上に春夏秋冬がいて、さらに上には四季がいるって。だから、睦月は四季を仲間に引き入れようとしてたのねって納得したわ。本当の四季って何?」
春夏秋冬や四季の情報は、睦月しか知らないトップシークレット扱いだったみたいだ。
最後に全部教えたから今は知っているけど、本当の四季については知らないと。
「俺も初耳だな。卯月」
「わたしも初耳水無月ちゃん」
「右に同じく。如月」
「俺みたいな新参者が知ってるわけない。紺屋も聞くまでもないよな」
「存じません。春真さんが私を従えてくれるとは、なんと素晴らしいのでしょう。という風に興奮していただけです」
「お前はブレないな」
葉月さん以外も本当の四季を知らなかった。
詳しく教えて欲しいという視線が四季に集まる。
「超強い」
四季の説明は、説明になっていなかった。
僕の方にも視線が向くけど、碌に知らないから答えられない。
無言で首を横に振れば、冬将や神和も自分に聞かないでくれという仕草をする。
「嘘なの?」
「嘘じゃない。葉月葉は私を疑う……に決まってた。ごめん」
「謝られても困るし、説明して欲しいわね」
「そう言われても、十二月を殺せば本当の四季になれるとしか」
「私たちを殺せばパワーアップするって? バカバカしい」
「嘘じゃない。私がバカバカしいなら、十二月の代替わりだってバカバカしい」
本当の四季になることと、十二月の代替わりは、まるで無関係に思える。
四季に言わせると似たようなものらしい。
「十二月の名前は、一月や二月の旧暦。知ってる?」
「知ってるわよ」
「なぜそんな名前?」
「なぜって……考えたこともないわね。私は葉月として覚醒しただけよ」
「十二の月も、春夏秋冬も、四季も。全部永遠に巡るから。何年後でも、何十年後でも、何百年後でも。子供が産まれ、大人になり、年老いて死ぬ。何代繰り返しても巡り続ける。欠員が出ても新しく誕生する性質を表現している」
この話は、僕も初めて聞く。
葉月さんたちも初めてらしく、なるほどと感心していた。
「十二月の能力も、何代も受け継がれる。水無月は結界を張る能力に優れ、長月は治癒能力、葉月は純粋な戦闘タイプ。普通に考えればバカバカしいと思わない?」
「思う……わね」
「永遠の命を求めた人類が、そういう存在を作り出した」
また永遠の命が出てくるのか。色々なアプローチを試みていたんだろうけど、僕みたいな小市民には理解できない。
人間が永遠に生きてどうするの、神様になってどうするのって思う。
「私たち十二月が、実験の産物なのは知ってるけど」
「本来は、輪廻転生のようなものを目指していたみたい。死んでも生まれ変われるなら永遠になるから。転生は実現できず、別人が同じ役目につくっていう変な状態になった」
「本当の四季になるのがどう関係するの?」
「十二月は強い力を持っていて、しかも何度だって誕生する。それを殺して本当の四季に、いわば超強くて永遠の命を持つ神様のような存在になれるなら楽。仮にだけど、輪廻転生が実現していれば……」
「十二月をどんどん殺し、四季もどんどん誕生する? 神様のように強い存在が無制限に?」
答えたのは葉月さんだけど、おそらく全員が同じ結論に達していた。
四季曰く、本当の四季は「超強い」存在だ。超強くて、なおかつ永遠の命を持つ存在が完成する。
実験成功。おしまい、と。
「私の話は以上になる。証拠はないし、信じるかどうかは自由」
「一ついい? 僕に話してくれた時、失敗作とか廃棄物とか言ってたよね? 本当の四季になれるなら、どこが失敗作? 超強くて永遠の命も得られるなら成功だよね?」
「私はそこまでにはなれない。超強くても、普通に死ぬ。むしろ、強さを得た代償に寿命が縮まると思う。何年も生きられない。失敗作だし、使えない廃棄物」
「数年で死ぬとしても、本当の四季になるって?」
「なる」
四季はなると言い切るけど、だからって殺されてあげますとはならない。
殺されるのを承諾しているのは神和だけだ。
「私は、殺される気はないわね」
「師走ならあるいは、といった感じか。俺なら、外の連中に勝てず死を避けられないのであれば、四季の糧になってもいいが」
「わたしも四季ちゃんならいいかなって気もするけど水無月ちゃんが悲しむしお姉さん複雑」
「ボクは悲しまない」
「お姉さん超ショックで死にそう!」
「嘘。卯月が死ぬと悲しい。死なないで」
「お姉さん復活水無月ちゃんに言われたんじゃ死なない死なないペロペロ!」
一部、受け入れるような発言をしている人もいないではないけど、大体拒絶と考えていい。如月や紺屋さんも嫌がっている。
「じゃあ、四季の話は終わりとして、次は冬将に聞きたいんだけど」
「俺?」
「冬将はどうやって冬に覚醒したのかなって。コツとかあれば教えて」
「コツっつわれてもな。俺は、覚醒前から神和と知り合いだったんだ。俺もこいつも自分のことを知らなくて、ある日二人同時に覚醒って感じだ。特別な何かをしたわけじゃない」
「知り合いの二人が同時に、か」
「私と春真さん、如月さんと春真さんのようですね。もっとも、春真さんは覚醒しておりませんけれど」
同時に覚醒した冬将たちに対し、僕たちは如月と紺屋さんだけが覚醒して僕は未覚醒だ。
春にはなれないって意味? 戦力にもなれないし、弱った。
「速峰は、春に覚醒することを考えない方がいいわよ。考えて覚醒できるものでもないしね。戦いは私たちに任せておきなさい」
「任せておきなさいって言われて、分かりましたとは言えないよ」
「現実問題として戦えないでしょう。数日中には攻めてくると思うし、私たち九人で迎え撃つわよ。作戦は」
僕を除いたメンバーで作戦が立てられる。悲しい。
そして、この日から僕の家で共同生活を行い、数日後。
こなければいいと思っていた開戦の日が訪れてしまった。
次で第2章最終話となります。




