四十五話 明日を
事情を説明してくれるのは葉月さんだ。
「結論から言っちゃうと、睦月たちは外と戦ってるわ。本格的な戦争と呼ぶレベルではなくて、小競り合い程度よ。今はまだ、ね」
外との戦い。
睦月や四季に多少聞いていたとはいえ、戦っていると聞かされると憂鬱な気持ちになる。
戦えば誰かが死ぬ。
外の人たちが敵だとしても、犠牲者が出るのはいい気分じゃない。
睦月さんたちが死ぬのも嫌だ。
家で呑気にお寿司を食べながら言っても、説得力皆無だけど。
葉月さんは四季に向かって話す。
「四季なら、睦月が何をしていたか知ってるわよね?」
「知ってる。町を管理して維持すると同時に、外に情報を渡していた」
「実は、私も詳しく聞かされてなかったのよ。私だけじゃないわ。他のメンバーも一緒。睦月と一緒に外へ行っていた卯月ですらね」
「わたしの役目は接待だったのよクソジジイどもへのお土産でね吐き気がするしおぞましいけど水無月ちゃんにやらせるならわたしがやる方がマシ」
全容を把握していたのは睦月だけだった。
葉月さんは、僕と一緒に喫茶店で少し聞いた程度だ。
外の連中のご機嫌取りのために、町で人体実験を行っている。研究成果を外に渡している。
全ては町を維持するためだ。大を救うために小を切り捨てる方針になる。
「睦月は、現状維持に努めようとしていたわ。でも、いずれ現状維持すらできなくなることにも気付いてたの。研究成果を渡して、外の連中が何をするか。企みにも気付いていて、他に方法がなかった。一応、方法がまるでないわけでもないけど」
葉月さんは曖昧な言い方をした。
その方法ってのは、もしかして僕や四季?
「僕が春に覚醒すること?」
「速峰だけじゃないわ。四季も戦力として考えてた。速峰に関しては、追い込んでみたけど効果なかったし、ほぼほぼ覚醒しないと言ってたわね。覚醒しないなら、あまり記憶を取り戻さないでいてもらいたいって。邪魔になれば殺さなくちゃいけない。夏樹や秋穂の時と同じになるのは避けたかったの」
弟妹の名前が出て、四季が反応する。
葉月さんに恨みのこもった視線を向けていた。今にも攻撃しそうだ。
「四季は暴れないでよ。僕の家で暴れられるのは困るし、今は話を聞きたいし」
「……我慢する」
「ありがと。でさ、葉月さん。僕の記憶が戻ってもらっちゃ困るにしては、睦月さんは喫茶店で色々教えてくれたよね?」
「複雑な心境だったと思うわよ。絶対に覚醒しないと決まったわけじゃないから諦め切れず、でも知られ過ぎて殺したくもない。睦月だって好んで殺してるわけじゃないもの」
苦肉の策で、罪を背負い殺している。
四季と似ているかもしれない。殺す覚悟を持ち、どれだけ批判されようともやるんだ。
「速峰と四季以外に、町の人たちも戦力として考えてたわ。人体実験をしていたのは、外のご機嫌取りのためだけじゃない。でかい顔の怪物を見たと思うけど、あれよりもっと強力な手下を作れれば戦力の増強になるって。それこそ、私たちよりも遥かに強い力を持つ人間が大勢誕生すれば、不利な状況を覆せるわ」
異形の怪物を生み出している理由は、喫茶店で睦月に質問した。
あの時は、ご機嫌取りのことは教えてもらえたけど、もう一つの理由は教えてもらえなかった。もう一つの方が重要だと言っていたね。
「この町、時忘れ町が一丸となって外と戦う。そうすれば勝ち目があるかもしれないっていう、わずかな希望にすがっていたの。失敗続きだったみたいだけどね」
「俺たちは、睦月を除いて代替わりしている。俺は長月だが、前任の長月がいた。では、初期の十二月はどうなったのか。大半は人体実験の失敗により命を落としている。強制したのではなく、自ら犠牲になったそうだ」
葉月さんの説明を、長月が補った。
十二月は、ずっと戦っていたんだ。非道な行いに手を染めつつも、ずっと。
「でも事情が変わった」
四季の言葉に、十二月の六人は頷く。
「睦月の試みが成功する前に、外の研究がほぼ完成した。私たち新人類を強制的に従えられる研究がね。睦月は潮時だと判断したわ。ご機嫌取りを継続しても意味がない。多少の強硬策は必要だって」
「接待役のわたしを連れて行かずに皐月を同行して外に行ったの外の思惑には気付いているからそっちがその気ならこっちにも考えがあるぞってね」
卯月は早口で聞き取り辛いけど、外が強硬策に出るなら、こっちも抵抗するって意思表示だ。
新人類を敵に回したくない外が思いとどまってくれればラッキー。
結果は、ここに葉月さんたちがいることで分かる。
「決裂した?」
「ええ。結局、睦月は戦う道を選択したの」
「葉月さんたちが別行動しているのは、四季たちを戦力として連れて行くため?」
「……違うわ。四季や神無月が加わっても勝てない。春や冬がいてもね」
それはそうだ。簡単に勝てるなら、最初から戦っている。
「睦月たちは死ぬつもりよ」
「死ぬ? 五人とも?」
「死ぬわ。勝てる戦力差じゃないもの」
睦月たちが死ぬ。
僕は、五人とは親しくない。十二月の中で親しい人は、全員ここにいる。
五人の中で話したことがあるのは、睦月と師走だけだ。文月は顔だけ見た。
学校が襲われた時に、霜月も少し見たっけ。
皐月には会ったこともない。
睦月や葉月さんたちは、十二月の仲間として一緒に過ごしていた。彼らの絆に比べれば、僕の関係性は酷く希薄だ。
死を悲しむ相手じゃないとも言える。
でも、やっぱり嫌だ。死んで欲しくない。
「睦月さんたちを助けに行く……のは無理なんだよね? 四季たちが加わっても勝てないって言ってた。五人が死ぬのに、ここで待機しているしかない?」
「助けに行きたいのは私もよ。みんな仲間なの。霜月は、正直嫌いだったのに、あいつは最期だからって……」
霜月は、弱者をいたぶって殺すのが好きな性格破綻者だと聞く。師走も大嫌いだと言っていた。
死ぬ前提の戦いに臨む人間には思えないけど、少し違った。
「あいつ、なんて言ったと思う? 『大手を振って殺せるなら歓迎だ』よ。私たちには、『俺の楽しみを奪うな。邪魔だから消えろ』って」
「霜月らしい言葉だ。建前ではなく、本心から殺したいと願っている。歪んだ殺人欲を隠さん。性格破綻者であると自覚している性格破綻者だ。それがいいのか悪いのかはなんとも言えんが」
長月は、霜月らしいと言った。
もっとも、殺したいだけじゃないのは、長月も理解している。葉月さんもだ。
「殺したいなら、外に寝返る手もあった。受け入れてもらえるかはともかく、自分が生き延びて殺しを楽しむにはこれが一番よ。なのに、やらなかった。あんな奴でも仲間への情はあったのよ。最期に知ったわ」
変死事件を起こしていた霜月は許せない。善悪で論じるなら完全に悪だ。
死んだ人のことを考えるなら、報いを受けて死んで当然になる。
そんな霜月も仲間意識は持っていた。
「他の奴らも、実にあいつららしいセリフを残したぞ。手向けになるだろうし、聞いてくれ」
長月は、各々の言葉を伝えてくれる。
皐月は、「ババアが死ぬ方がいいさね。あの世に行けば若返れるかねえ?」と。
文月は、「でゅふふふ。水無月たんのためならボキは死ねる。ロリコンのキモオタでござるが何か?」と。
師走は、「四季ちゃんは可愛かったなあ。膨らみかけの胸がベスト」と。
そして睦月は。
「俺たちに、『あとは頼んだ。明日に向かってくれ』だ」
「明日に?」
「私たちに明日を託したのよ」
明日を託す。葉月さんの言葉は、意味がよく分からなかった。
続きを話してくれる。
「睦月たちの目的は勝利じゃない。外の研究成果を壊すことよ。ほぼ完成しつつある研究成果を壊して、少しでも時間稼ぎをするつもりなの。私たちに、明日以降の時間をくれた」
「時間を稼いでどうなるの?」
「藁にもすがる思いというか……新しい十二月が誕生し、春夏秋冬も覚醒してくれないかなってね。速峰を理想論者とか言えないわ。甘い幻想にしがみつくような行動なの」
葉月さんが言うには、だ。
睦月の作戦は失敗した。外に対抗できる戦力はそろえられず、渡していた情報のせいで向こうが研究を完成させる段階にきてしまった。
手をこまねいていれば、遠からず町は滅びる。
住人は殺されるか奴隷になるかの二択だ。
責任を取ろうとしている。どこまでも大を救おうとしている。
外の研究成果を壊すという方法で。
研究に携わっていた人間を殺し、資料などを破棄すれば、外の研究は大幅に後退する。
誰かが引き継いで研究するにしても、時間を稼げるってわけだ。
稼いだ時間で戦力を整え、外と戦えるようになればいい。
研究の引き継ぎが行われないことも期待している。
研究していれば新人類に殺される。これじゃあやりたがる人もいない。
「うまくいく? 睦月さんたちが外に攻撃すれば、外も黙ってないよね。外には穏健派と強硬派がいるって四季から聞いてる。穏健派の研究が失敗すれば、強硬派が出てきて本格的な戦争になるんじゃ?」
「何度か言っているように、旧人類は新人類との全面戦争を望んでいないわ。勝つにしても被害が大きくなり過ぎるからね」
「だからこそ、私が町に入り込んだ。十二月殺害の依頼を受けて」
四季の言葉に、葉月さんたちは驚かなかった。
知っているみたいだ。元々知っていたのか、睦月から聞いたのか。
「みんな知ってるんだ」
「戦いに行く前に、睦月が全部教えてくれた……俺たちへの遺言のように」
言葉を発したのは如月だ。
遺言のように、か。
伝える方も伝えられる方も、どっちも辛いよね。
僕だって、如月や紺屋さんの遺言は聞かされたくない。
「十二月が全滅するわけにはいかない。私たちがいなくなれば、強硬派が仕掛けてくる。それが分かっているから、睦月は私たちを残したのよ」
全滅がまずいってだけなら、このメンバーである必要はない。
睦月が生き残る方が何かと有利だろうし、自分と他数人を選ぶ。
わざわざ若い人や女性を中心に残したのは、睦月なりの気遣いだ。
葉月さんたちも理解しているため、遺志を継ごうとしている。
「ここには十二月が七人も残っている。リーダーの睦月が死んだとしても、十二月は死なない。ナンバーツーの如月やナンバースリーの弥生を中心にして立て直す。強硬派が戦争をしたくても、周囲が認めないだけの戦力があるの」
「つまり、冷戦状態に戻そうと狙ってる?」
「そうよ」
これまで通りの現状維持ってことだ。
十二月が半分以上残っている状態で全面戦争をすれば、外の被害が大きくなる。
それは困るから、強硬派が手を出したくても出せない。穏健派の研究成果もなくなるし、従えることもできない。
こっちから仕掛けるのも無理だ。
すると、冷静状態に戻る。
「てことだし、四季は私たちの殺害を諦めてくれない?」
「諦める気はない」
「面倒臭いわね。話を聞いてた? 私たちは、全滅するわけにはいかないのよ。弟妹の敵討ちをしたい気持ちは分かるけど、個人的な復讐より大切なことがあるの」
「殺した側に『復讐をやめろ』とか言える権利はない」
「それはそうだけど、でも!」
四季と葉月さんが言い合っている。
どっちの言い分にも一理あるから厄介だ。
「葉月、落ち着け。感情的になるな」
「四季も落ち着いて」
長月と僕で、葉月さんと四季をなだめた。
意見をぶつけ合うのはいいけど、殺し合いに発展するのはまずい。
二人は納得していないものの、衝突に至らなかったのは幸いだ。
少し落ち着いたところで、僕の意見を言わせてもらう。
「悲観的な意見になって悪いけど、冷戦になるかな? ならない気がするけど」
「私も速峰春真と同意見。元通りにはならない。十二月を殺したいから言っているんじゃない。普通に考えれば戻らないと思える」
僕と四季は、冷戦状態にはならないと考えていた。
睦月たちがどれだけのことをやるかは知らない。
何人を殺し、何を破壊するにせよ、外の人たちは許さないだろう。
殺される研究者にも家族や友人がいる。復讐を望む人も出る。
新人類は、やはり危険だ。滅ぼすべきだ。
世論はこういった方向に流れるんじゃないかって気がする。
「ここで冷戦状態に戻ったとしても、イタチごっこになるだけでしょ。外は研究を進めるし、こっちは新しい十二月が誕生する。研究が完成しそうになれば、新しい十二月が研究者を殺すの? キリがないよ。今のうちに滅ぼしておく方がいい」
リーダーの睦月を失い、新人類側の戦力が低下している今がチャンスだ。
多少の犠牲は覚悟の上で攻めてくる。
「速峰は、外が攻めてくるって考える?」
「多分ね」
「実は、私たちも同意見なの。睦月もね」
冷戦状態に戻り、時間を稼げるのが理想だ。
さらに理想を述べると、新生十二月や春夏秋冬で、外に対抗可能になればいい。
四季が、本当の四季に覚醒してやろうとしていたことを、睦月も考えていた。
新人類側が強くなり、優位に立てれば、交渉する余地が生まれると。
旧人類が新人類を殲滅したがっているのに対し、新人類は旧人類の殲滅を考えていない。
今でも、外から食糧などをもらわないと町を維持できないんだ。
旧人類にとっては、新人類は脅威でしかなく滅びてもらいたい。
新人類にとっては、旧人類がいてくれないと自分たちも生きられない。
今は旧人類が上になっているので、新人類を滅ぼせ、奴隷にして便利に使えって方針になる。
新人類が上になれば方針も変わる。滅ぼされないように媚を売れって。
新人類としても交渉しやすくなる。
旧人類の立場を脅かさず、これまで通り隠れ住んであげよう。状況次第ではこちらの力を貸してあげてもいい。
代わりに新人類を攻撃するな。食糧もよこせ。
てな具合で交渉する。
理想ではあるけど、所詮は理想だ。現実的には起き得ないと考えている。
「少しくらいは時間を稼げても、近いうちに町は攻撃されるわ。さすがに、今日明日ってことはないと思いたいけど、絶対とは言い切れなくて、私も焦って速峰に接触したの」
「うん、状況は大体把握したよ」
把握したのはいいとして、僕の手には余るよなあ。
何ができる?




