四十三話 敵か味方か
土曜日は、僕は普段通りに登校する。
四季たちは家に残っていて、各自行動すると言っていた。
「速峰春真の帰りを待つ。帰ってきて」
「大げさだよ。戦場に赴くわけでもあるまいし、無事に帰ってくるって」
「夜はお寿司。昼でもいい。仲間になった歓迎会。ご馳走」
「僕の身よりもお寿司が重要だから帰ってこいって!?」
「そ、そんな……こと、ない……はず」
四季の視線が泳ぎ、どもっている。
薄情者の四季には、お寿司をご馳走なんかしてやるもんか。
ふてくされつつ家を出た。
ふてくされている場合じゃない。学校に向かって歩きつつ、考え事をする。
昨晩から仲間に加わったわけだけど、僕は具体的に何をしよう。
いずれ四季たちから指示は出ると思う。十二月と戦うのか、外と戦うのか。
殺したくないと考えている僕にとっては都合が悪いし、何かしなきゃいけない。
春に覚醒できれば、とも思う。
今の僕だと、殺したくないんじゃなくて、力がないから殺せないわけだ。
話し合いで解決できれば一番で、無理なら戦うしかない。相手を殺さずに抑え込めればいい。
ただなあ。僕が春に覚醒するかって考えると、しない気がする。
四季の弟妹である夏樹や秋穂が覚醒しなかったように、僕が必ずしも春に覚醒するとは限らない。
覚醒するなら、とっくに覚醒しているんじゃないかなって。
色々と考えていくと、僕はこれまで試されていたんだろう。
四季を拾ったのが偶然なのか仕組まれたことなのかは分からない。
四季を拾って以降、様々な事件に巻き込まれたけど、こっちは仕組まれていたと考える。
僕が初めて怪物に遭遇したのは、四季に出会って間もない頃だ。
紺屋さんを家まで送って行った帰りに、バカでかい顔をした異形の怪物に遭遇した。それまでは見たことがなかったのに。
あれは少し不自然だ。絶対にないとは言わないものの、タイミングがよすぎる。
怪物が勝手に動いて勝手に人を襲うか?
今まで聞いた情報を総合すると、なさそうだ。
ましてや、なぜ僕が遭遇した? なぜあのタイミング?
たまたま怪物が暴走した、あるいは霜月か誰かがたまたま面白半分でやった。
僕が狙われたのはたまたまだ。四季と出会った直後のタイミングなのも意味はなく、たまたまだ。
ちょっと「たまたま」がそろい過ぎているね。都合よく出来過ぎている。
それよりは、必然だったと考える方が筋は通る。
十二月が、おそらくはリーダーの睦月が僕を襲わせた。
理由は、僕を春に覚醒させるためだ。
邪魔者を殺そうとしていた線もなくはないけど、考えにくい。
だって、怪物が一体だけだ。殺すには戦力的に物足りない。
当時の僕は、脅えて動けなくなっていた。
僕が臆病で弱かったからそうなったんだ。ほんの少し度胸があり、冷静な判断を下せていれば、怪物から逃げられた。あいつの動きはのろかったし。
殺したいなら対応が中途半端だ。何十体もの怪物をけしかけて、取り囲んで確実に殺す方が理に適っている。
何十体も動かすと、周囲の人もさすがに気付く。騒ぎになり、すると記憶操作が面倒になるし、ひっそりと始末したかった?
じゃあ、十二月が自ら出張ってくればいい。一番確実だし楽だ。
雑魚の怪物一体だけだと不十分なのに、あえて一体だけにしたんだ。
命の危機に瀕して、覚醒すればよし。
覚醒しなかったとしてもチャンスはあるし、死んでもらっちゃ困る。
四季が助けにきてくれたのも計算のうちだったのか、彼女が間に合わなくても怪物が撤退する予定だったのか、そんなところだろうね。
それからも、事件は立て続けに起きた。
美央さんが殺され、死人になって動いていた。
如月が十二月として覚醒し、家を出て行った。
如月を探している時、大勢の怪物たちに襲われ、師走や水無月も登場した。
学校が襲われ、如月たちが現れた。紺屋さんが覚醒した。
全部が全部仕組まれていたとは考えないけど、いくつかは睦月の計算の内だったんじゃないかな。
師走なんかは、弥生候補である紺屋さんを連れて行くのが目的で、僕には用がないって言っていた。
用がないなら殺せばいい。紺屋さんを連れて行くのに邪魔だし、簡単に殺せるんだから、なら殺せよって思う。
僕とは違って、理想論者の集まりじゃない。冷静で現実的な判断を下せる。
師走が望まなくても、睦月が命令すればいいんだ。邪魔者は殺せって。
でも殺さなかった。ピンチの場面は何度もあったのに、僕は今も生きている。
強いから生き残れた。思慮深い判断を下し、賢く立ち回ったから生き残れた。
わけじゃないよねえ、どう考えても。
殺さないように追い込んで、春に覚醒させるためにお膳立てをしていたと考えるべきだ。
お膳立てをされていたのは、四季も同様かもしれない。
僕がいつ殺されても不思議じゃなかったように、四季も殺されかねなかった。相手の方が数も力も上だ。
いつだったか紺屋さんが言っていたように、総力を挙げて潰せばよかった。
対処が中途半端になっていたのは、四季を追い込んで覚醒を狙っていたから。
こう考えるのが妥当かな。
本当の四季になるのを狙っていたか、あるいは力が強くなるのを狙っていたか。
まあ、推測の域は出ないし、答えは睦月に聞かないと分からない。
他にも気になっていることや知りたいことはある。
十二月側もだし、四季たちもだ。冬将はどうやって覚醒したのかとか、神和と行動を共にするようになった経緯とかね。
以前に四季が言っていたセリフも気になる。
僕が、四季はどんな存在かって聞いた時、「失敗作、廃棄物」みたいに答えた。
記憶操作が効かないから失敗作なのか、別の意味があるのか。
本当に、考えることだらけだ。記憶が戻ったのに頭が痛い。
朝から疲れた気分になって、学校に到着する。
葉月さんがいれば、十二月の様子を聞きたいなって思った。僕には教えられないにしても、少しでもいいから。
残念ながら、教室に葉月さんの姿はなかった。
まだ登校していないのかな。登校する余裕もなくなった?
クラスメイトの男子に聞いてみる。
「おはよう。あのさ、葉月さん見なかった? まだ登校してない?」
「俺は見てないよ。まだじゃないかな」
葉月さんを忘れてはいない、と。
如月がいなくなった時は、クラスメイトの記憶からも消えていた。
記憶が残っているなら登校する意思はあるってことだ。
「速峰って、葉月さんと仲いいよね。付き合ってるの?」
「仲良くさせてもらってるのは確かだけど、付き合ってはいないよ」
「葉月さん、美人だよねえ」
「美人だね……大きいし」
「うん、大きい」
具体的な表現は避けたものの、しっかり伝わっていた。
男同士の友情が深まった。冬将の時もそうだったけど、単純だね。
クラスメイトとの交流はいいとして、葉月さんが心配だ。
連絡は取れない。無理を言ってでも携帯電話をもらっておけばよかった。
授業が始まっても葉月さんは登校しない。
しょうがないし授業を受ける。
僕の一番嫌いな英語の授業が終わり、英語ほどじゃないけど嫌いな数学の授業が終わる。
そこで、葉月さんが登校した。随分と遅いね。
遅刻した葉月さんにクラスメイトたちの視線が集まるけど、彼女は一目散に僕の席の近くにきた。
「葉月さ……」
「速峰!」
声をかけようとすれば、葉月さんの方から声をかけてきた。
かなり焦っている様子だ。汗もかいているし息も切れている。
走ってきたのかな。
「登校していてくれてよかったわ」
「そりゃ登校するよ。登校しそうにないのは、僕よりも葉月さんでしょ。いなかったから心配したんだよ」
問題が起きているみたいだし、そちらの対処に追われていると思った。
学校も僕の見張りも、二の次三の次になるだろう。
「前置きはいいから、要点だけ話すわ。私を速峰の家に連れて行って。今すぐに」
「学校を休むって意味?」
「そうよ。今日だけじゃなく、しばらく休んでもらいたいの」
「構わないけど、何があったの?」
「事情を話すのは速峰の家で」
昨日の今日で、態度が百八十度変わっている。
昨日は、僕には事情を教えられないって言っていたのに、今日は教えてくれる。
しかも、まだ授業は残っているのに、学校を休んで僕の家に行く?
今日は土曜日だ、学校も午前中で終わるのに、待てないほど慌てている。
喫茶店とかでもなくて、僕の家で話すってのも気になるね。
冬将と神和は出かけているけど、四季は家にいるし、ちょっと困るな。
「速峰の家に四季がいるのは知ってるわ。神無月とかも一緒なんでしょ? 彼女たちには手を出さないって約束するから」
「知られちゃってたんだ。分かった、行こう」
「ありがとう」
緊急事態みたいだ。悠長にくっちゃべっている時間が惜しい。
罠の可能性も考えないではなかったけど、葉月さんは信用できる。
授業どころじゃないと判断し、自主早退する。
葉月さんと二人で教室を出た。
クラスメイトたちは怪訝な顔をしていたね。「学校をサボってデート? 羨ましい」みたいにからかわれもした。
適当に誤魔化しておいたけど、デートのように甘酸っぱい展開じゃないよ。
「全力疾走しろとは言わないけど、なるべく早歩きでお願い」
「よっぽど急いでるんだね。何があったの?」
「四季もいる時に話すわ。二度手間になるし」
急ぐ葉月さんについて帰宅する。
道中、意外な人の姿も見えた。髪の毛が跳ねている女性と、犬の着ぐるみを着た少女の二人組は、会ったことのある人たちだ。
「卯月と水無月?」
「話はあとあとわたしたちも連れて行って」
「よろしく」
二人も合流し、四人になる。
しかも、これで終わらなかった。
僕の家に到着すれば、家の前で三人が待っていた。
如月と紺屋さん、僕の知らない男性だ。三人目の男性は、血痕が染みついた白衣を着て、ボロボロの鞄を持っている。ぶっちゃけ怪しい。
「春真、帰ってきたか」
「如月たちはどうしたの? そちらの人は?」
「俺は長月究大だ。直接話すのは初めてだな」
十二月の一人、長月か。
如月、弥生、卯月、水無月、葉月、長月。
六人も集まっているのは異常だ。葉月さんの慌てぶりもだし、よほどの事態が起きたんだ。
六人を家に入れれば、即座に卯月が言う。
「水無月ちゃんお願いね」
「了解」
水無月は両目を閉じて、ブツブツと呟いていた。
「何をしてるんです?」
「結界よ。この家を守るためのね」
僕の疑問には、葉月さんが答えてくれた。
僕たちがドタバタしていれば、家の中から四季も出てくる。
「何事?」
「あ、四季。僕もよく分かってないけど、大勢集まっちゃって」
「十二月の襲撃? 相手になる」
「待って。みんなは敵じゃ……敵かもしれないけど今は待って。事情があるみたいなんだ」
戦おうとする四季を止める。
四季にとって、十二月は殺すべき敵だ。味方とは思えないのは仕方ない。
だとしても、今は停戦してもらいたい。
葉月さんも戦う意思がないと示しているし、他の人たちも同様だ。
「ねえ、四季。冬将と神和はどこ? 出かけてる?」
「出かけてる。色々と買うって言ってた」
「出かけてるんだ。弱ったな。葉月さん、仲間が外にいるんだけど、結界はまずくない? 入れなくなるんじゃないの?」
結界を張ってどうなるかは知らない。
中に入れなくなるとか、家の存在を認識できなくなるとかかなって思った。
「あっちゃあ、焦ってたせいで考えてなかったわ。水無月、一時中断」
「了解」
結界を張っている水無月をやめさせて、全員で家の中に入ることにした。
僕の部屋に全員が集まるのは狭いからリビングだ。
各々、ソファーとかで休んでもらう。
「なんとか一息つけるわね。安心はできないけど」
葉月さんは額の汗をぬぐい、力を抜いていた。
「何か飲む?」
「お願い。喉がカラカラよ。水道水でもいいからガブ飲みしたい気分だわ」
「お客さんに水道水は飲ませないよ。何があったっけ?」
ジュースかコーヒー、お茶。
喉が渇いているなら、コーヒーよりもお茶の方がいいかな。
種類を用意しておけば好きな物を飲むか。人数も多いしあれこれ出そう。
「私もお手伝いします」
「ありがとう」
紺屋さんが手伝いを申し出てくれたので、二人で飲み物を用意する。
八人分のコップに、ペットボトル飲料を何本も出した。
葉月さんは本当にガブ飲みし始める。他の人も喉が渇いていたのか、好きな物を飲んでいる。
「速峰春真、事情説明」
「僕もよく分かってないんだよ。葉月さんに言われて連れてきただけなんだ」
「巨乳にたぶらかされた」
「断じて違うから」
「まあまあ、四季ちゃんは落ち着いて」
如月がフォローしてくれる。頼りになるね。
「再会を祝して、俺が昼食を奢る。もうすぐ昼だろ。寿司でいいか?」
「如月! もとい、お寿司!」
「逆ぅ!」
思わず叫んでしまった。ついに、如月のことをお寿司って呼んじゃったよ。
四季のことだし、いつかはやりそうだと思っていた。思っていたけど酷い。
お寿司呼ばわりされても、如月は怒るどころか笑顔になっている。
「四季ちゃんらしいな。ここまで喜んでもらえるなら、奢り甲斐がある」
「如月は器が大きいね。僕なら怒ってるよ」
「如月は神。速峰春真も見習うべき」
四季は、葉月さんを見習うべきだと思うんだ。
葉月さんは凄く親切だ。今も如月を気遣っている。
「如月一人じゃお金が足りないでしょ。私も出すわ」
「ご馳走になろう」
「長月も出しなさい! この中じゃ、あなたが最年長よ! 年下にたかるな!」
「手持ちがない。この鞄に入っているのは、医療道具と医学書だ」
「財布くらい入れておきなさいよ」
「奢ってもらうので不要だ」
「最初からたかる気満々ってあんまりだわ」
葉月さんもお金を出すと言い、長月が奢られようとして、漫才が始まった。
騒がしい中で電話をかけ、お寿司を注文しようとする。
「速峰春真。私は三人前」
「俺は二人前で」
「あんたらはいい加減にしなさい!」
四季は三人前、長月は二人前を要求し、葉月さんに突っ込まれていた。
突っ込まれても、二人に遠慮の二文字は存在しない。決して譲らずにお寿司を要求した。
「えっと、お寿司を十三人前。はい、お願いします」
この場に八人いて、四季と長月が余分に食べるから十一人前必要だ。
冬将と神和の分もついでに注文して、合計十三人前。贅沢だね。
さてと、お寿司を食べつつ話し合いかな。




