四十一話 四季になるために
「ねえ四季。僕は頭がこんがらがってるんだけど。四季が本当の四季じゃなくて、実は小春? 話についていけない」
困り果てて弱音を漏らしたけど、四季はバカにするでもなく、丁寧に説明してくれる。
「紺屋宵と同じ。紺屋宵は、弥生に覚醒するかもしれないし、しないかもしれない状態だった。春夏秋冬も、覚醒するかもしれないし、しないかもしれない」
「僕や四季もそれ? 春に覚醒するかしないかは未知数?」
「速峰春真はその通り。私が春に覚醒することはない。私はイレギュラー」
「イレギュラー?」
どこかで聞いた覚えがある。誰かが四季に対して使っていた。
誰だっけ?
これは、記憶を消されたとかは関係なく、単に僕の物覚えが悪いだけだ。思い出せない。
「師走カケルと戦った時」
「師走だっけ? 色々あったせいであやふやなんだよ」
「言い訳乙」
「はい、ごめんなさい。で、イレギュラーって?」
「それを説明するのは長くなる。私には、弟と妹がいた。さっき、速峰春真は弟妹の敵討ちと言ったように、もう死んでいるけど」
話が少し戻った。弟さんと妹さんの話だ。
「私が小春、弟が夏樹で妹が秋穂。両親は、もう一人産んで冬も欲しかった、とか言っていた。どこにでもありそうな家族だった」
両親の記憶もあるんだ。僕は今でも思い出せないのに。
いや、思い出せていない? 四季がお姉ちゃんを自称した時、僕は……
「普通の家族だったけど、私たち兄弟は三人ともこの町に移住することになった」
僕の家族は、今は関係ない。余計なことは考えないでおこう。
ただでさえ、僕の頭で処理し切れない内容なんだ。
「移住することになったのは、新人類だから? 子供だけ? ご両親は?」
「子供だけ。新人類が出始めた頃はともかく、今は特別な処置を施されなくても新人類になり得る。私たち三人は検査で新人類だと判断されて、町への移住を命じられた」
「僕と出会う前に、四季は町にいたの?」
「いなかった。弟と妹だけが移住して、私は除外された。理由は、記憶操作が通じなかったから」
僕もやられたように、町に住む人たちは記憶を失っている。
外の記憶はないし、町の異常性にも気付かない。
そうやって記憶をいじくれる技術が外にあるんだそうだ。
元は新人類が使っていた能力になる。それを解析し、誰でも使えるようにした。
十二月にも記憶操作ができる人間はいる。長月とか。
こっちは町を管理する立場だ。記憶もあるし、他人の記憶をいじる権限も持つ。
とはいえ、リーダーの睦月以外は、記憶に抜けも多いけどね。
四季はその処置が効かなかったせいで、移住させられなかったそうだ。
「町に移住する時は、外の記憶を奪われるし、名前も変わる」
「僕の速峰春真って名前は誰かが決めたの? 如月や紺屋さん、冬将や神和も?」
「特定の人間が決めているんじゃなくて、自分に適した名前が勝手に浮かぶと聞いている。仕組みまでは私も知らないけど」
なんとなく分かってきたかな。
誰かが、「こいつは十二月候補の如月だ」と決めるんじゃない。
自分で勝手に如月だと名乗れば、自動的に十二月の如月になるわけでもない。
如月という名前が浮かべば、その人が如月候補になる。というよりも、如月候補だからそういった名前が浮かぶのかな。
「夏樹と秋穂は、そのままの名前が浮かんだ。夏と秋に覚醒する可能性を秘めていた。記憶操作が効かなかった私は、春かどうかも分からない」
「小春は元の名前で、浮かんだわけじゃない? 四季でもない?」
「そう。弟と妹は町に移住し、私は外の施設で軟禁されていた。記憶を持ったままでは町に入れられないし、かといって外の世界で暮らすのも無理。閉じ込められていて、そのままだと処刑されたと思う。生かしておく意味はないから」
処刑って物騒だ。人権とかも完全に無視している。
これが、新人類の一般的な扱われ方ってことか。
「処刑されるのを待つだけだった時、外の偉い人から司法取引を持ちかけられた。相手の正体は知らないけど、政府関係者だと思う。内容は、十二月の殺害依頼」
「えっ? 四季は外……というか、旧人類とつながってるって意味?」
「つながっている。私が町に入り込めたのも、外の人間の手引きがあったから。正規ルートじゃなく無理矢理だから、家がなかったりもした」
認めちゃったよ。
悪く言うなら、新人類でありながら旧人類に味方する裏切り者?
「私を裏切り者だと思った?」
「まあ……ね。ごめん」
「構わない。事実だから。私は、夏樹と秋穂が十二月に殺されたと聞いた。二人は夏と秋の候補だったけど、覚醒には至らなかった。むしろ記憶を取り戻して、邪魔な存在になった。深度がゼロに近付くと危険」
話を聞いている中で、新しい疑問がちょくちょく出てくるのが厄介だな。
僕に対しても言っていたけど、深度って何?
「深度って? 記憶操作が浸透している具合、みたいなもの?」
「簡単に言えば、十二月に危険視され、処理される目安になる。命のカウントダウンと言い換えてもいい。記憶操作以外も含めて総合的に判断し、ゼロに近付けば危険だから殺す。速峰春真が今も見逃されているのは、はっきり言ってかなり意外。春に覚醒する可能性があるからだと思う」
「弟さんと妹さんは、覚醒しなかった上に、ゼロになったから……」
「十二月に殺された。信じたくなかったけど、死体を見せられた。そっくりさんでも作り物でもない。死体があれば、信じたくなくても信じるしかなかった。弟妹の敵討ちをしたくないかと言われ、話に乗った」
弟妹を殺された復讐心を利用して、味方に引き入れた。
効率的な手法かもしれないけど、気分がいいものじゃないね。
乗っかった四季が悪いと言っていいものかどうか。
断れば処刑される。何もできずに殺されるなら、怪しい取引でもいいから敵討ちをしたい。
そうやって考えるのは責められない。
「そして町に入り、僕と出会った?」
「ざっくりと言えばそうなる。話を受けてから町に入るまでの間には、多少時間があるけど。訓練とかしてた」
「外の記憶を持ったまま、旧人類の手引きで入ったから、イレギュラーか」
「それだけが理由じゃない。私は、人工的に力を引き上げている。永遠の命を求め始めた頃のように。私はもはや人間とは言えない。怪物。四季の名前も、十二月や春夏秋冬の頂点に立つべく、人工的に四季を作り上げたという意味でこの名前がつけられている」
名前はともかくとして、人間離れした力を持っているのは間違いない。
怪我をしてもすぐに治っていた。
「四季の目的は、旧人類の味方をして十二月を殺すこと?」
「違う」
意外にも断言した。
嘘や誤魔化しじゃない。本当に違うんだって訴えるように、力強い断言だ。
「昔も言った。十二月を殺すのは、目的を達成する手段。弟妹の敵討ちをしたい気持ちはもちろんあるけど、それだけじゃない」
「じゃあ、四季の目的は?」
「四季になること。本当の四季に。怪物たちの王に」
「本当の四季?」
本当のっていうのは、十二月や春夏秋冬と同じく、それになるべくしてなる存在のことだろう。自分に適した名前が浮かぶって言っていたし。
「私が四季になれば、この冷戦も終わらせることができる」
「終わらせられるの? 睦月さんは、根本的な解決策はないって言ってたのに」
現状維持で精一杯だって話だった。
現状維持のために、小を切り捨てている。
「終わらせる」
「どうやって?」
「一口に『外』と言っても一枚岩にはなっていなくて、方針の違いがある。新人類を根こそぎ殺そうとする強硬派もいれば、持ちつ持たれつやっていこうとする穏健派もいる」
「僕たちにとっては、穏健派の方がありがたいね」
「逆。強硬派の方がありがたい。私に十二月殺害を依頼したのもこっち」
「なんで?」
「穏健派の主張する『持ちつ持たれつ』は、要するに新人類を便利に使う意味。人間扱いはしない。人権も何も与えない。旧人類に逆らえないよう、なんらかの処置を施しておき、命令には絶対服従にする。便利な能力を持つ機械のようなもの。機械をいいように使って、壊れたりいらなくなったりすれば廃棄する」
酷い話だ。どこが持ちつ持たれつだよ。
「十二月は、穏健派に情報を渡している。外の連中のご機嫌取りは必要だし、食糧などをもらう必要もある。町だけじゃ全員分の食糧を賄えない。代価が情報」
「睦月さんも、ご機嫌取りや人体実験みたいな言い方はしてたね」
「十二月のやり方が完全に間違っているとは言わない。事実、町は長い間維持され続けているし、これは確実に十二月の功績と言える。でも、永遠には続かない。町の時間は停滞しているのに、外は着実に進んでいる。十二月が渡した情報で研究も行われている」
「旧人類に逆らえない処置の研究とか?」
「正解」
つまり、穏健派は冷戦状態を保っているふりをして、虎視眈々と新人類を支配する機会をうかがっているんだ。
その時が訪れれば、均衡は脆くも崩れ去る。
おそらく、全面戦争には発展しないだろう。外の連中も望んでいない。
犠牲を出さずに新人類を支配下に置けると確信した時、行動に移す。
新人類は旧人類に逆らえなくなり、奴隷扱い……いや、奴隷よりもわけが悪くなるかもね。
「穏健派の研究は、完成間近になっている。ここままだと、近いうちに町は滅ぶ。新人類は、使えそうならこき使われるし、使えそうにないなら廃棄処分。外の連中にとっては、穏健派は英雄になる。新人類との問題を解決し、完全に支配下に置いて操縦できるようになるから」
「まさか、葉月さんが学校を休んでいたのはそれ? 外の様子が不穏で、まずいことが起きてる?」
「巨乳の事情は知らないけど、可能性はある」
割とシリアスな話をしているのに、巨乳への敵愾心は相変わらずなんだな。
四季らしくていいけどね。
「穏健派が手柄を立てると、強硬派は困る。強硬派の政治家生命が断たれる。政治のドロドロした内部事情には詳しくないけど、既得権益も失うし大損。穏健派を牽制したくて、私に十二月殺害を依頼した」
「新人類を根絶したがっているのに、四季を使うんだ」
「自分たちの利権を守るためなら使う。十二月がいなくなれば、穏健派の研究も中断される。管理者を失った町は危険だし、滅ぼしてしまえって強硬派が主張しても通りやすい。これまでも、十二月の数が減ったことはあって、そのたびに強硬策を主張していた。リーダーの睦月が残っていたし通らなかったけど、十二月を全員殺せばいける」
穏健派も強硬派も、根本部分は変わらないな。
嫌な話の連続だ。胸糞悪い。
「穏健派の準備が整いつつあるせいで、私ものんびりしていられなくなった。早く四季にならないといけない。四季になれば、頭の悪い表現になるけど超強い」
「本当に頭悪かった」
「でも事実。一人で国を相手取っても勝てるレベル。規格外。私は外と戦う」
「戦争しようってこと?」
「戦争にまでなるかは分からないけど、なるかもしれない。強硬派は、むしろ戦争歓迎だと思う。四季になった私の強さを甘く見ているし、勝てると考える。犠牲が出ても、どうせ自分で戦うわけじゃない」
政治家は、直接戦場には立たないよね。
戦うのは戦いを生業としている人だ。自分の命は安全だし、戦争もOKだと。
「穏健派は、新人類を利用すると言い出す余裕がなくなる。世論は『新人類は危険だ。滅びるべき』の方向に動くだろうし、強硬派が出てくる。戦って、私が有利な状況で停戦を提案する。強硬派は、戦いを続ければ旧人類が負けるから、受け入れるしかない。新人類に有利な条約でも結ばせて終わらせる」
「うーん……」
四季の意見は、筋は通っていると思う。
ただ、机上の空論というかさ。
そんなにうまく事が運ぶ? って疑問や不安の方が大きい。
あまりにも自分に都合よく考え過ぎていないかな?
四季は、気付いていないわけじゃない。
僕に「脳内お花畑」とか「理想論者」とか言っていたんだ。
何もかもがうまくいくなんて甘い考えは持っていない。
これしか方法がないし、なんとか成功させたいって考えだ。自分にできることを全てやってね。
「成功するかどうかは、僕の頭じゃ分からないし置いておくよ。四季は一人でやるの? 十二月と協力する?」
「理想は私一人だった」
一人でと言った四季には、あまり会話に加わらなかった冬将が反論する。
「つれねえこと言うなよ。俺もここまで協力してきたんだぜ。一蓮托生だ。最後まで付き合う」
「覚醒した冬がいてくれると私も助かるから、冬将には協力してもらう。できれば速峰春真も入れて三人で。夏や秋がいればもっといいけど、どこにいるか不明」
「神和は? 他の十二月は?」
「殺す。それが、私が四季になるための条件」
「そ、それを神和本人の前で言っちゃうの?」
神和を見れば、怒るでもなく、天使のような笑みを浮かべていた。
「神和はいいよ。外の連中の奴隷になるとか真っ平だもん。戦争も嫌ぁ。殺すのも殺されるのも、可愛くないから嫌なの。神和は永遠に可愛いままでいたい。醜い状態になって生きるなら、可愛いままで死にたい。可愛い四季に、可愛い神和を可愛く殺してもらう。そういう約束だからいいよ」
「こういう奴なんだ」
冬将は苦笑していた。信じられないってかぶりを振るけど、僕も同意見だ。
神和は、僕の想像の及ばない人だ。
十二月なのに、四季と一緒に行動していた理由は分かったけどさ。
四季は、改めて僕に言う。
「話は終わり。私たちは、春を迎えにきた」
すっと差し出された小さな手。
握るか、握らないか。
この決断が、僕の運命を決めると言っても過言ではない。
僕だけじゃない。
如月や紺屋さん、葉月さんたちも。美央さんたちクラスメイトも。
僕の周囲を巻き込んだ運命の分かれ道だ。




