三十七話 BLではありません
月曜日の学校で、葉月さんから素晴らしい報告をもらえた。
「次の日曜日に決まったわ。予定は空いているわよね?」
「空いてるけど、行動が早いね。昨日の今日なのに」
「先延ばしにしても仕方ないでしょ。睦月が認めている以上、揉める要因もさほどないしね。如月が少し気まずそうにしてた程度かしら。どの面下げて親友を名乗れるんだって」
「僕は気にしてないし、如月も気にしなくていいのに。攻撃したのはお互い様だ」
右腕を引きちぎられた時は、死ぬほど痛かった。
親友と戦う羽目になって辛かった。
とはいえ、僕も如月を攻撃したしお互い様だ。自分だけ被害者を気取るつもりはない。
「絶対に言うと思ったけど、案の定だったわね。速峰は、私とのあれを考えても同じように言える? 私は気にしてないし、速峰にも気にしなくていいって言ってるのに、あなたは納得してないでしょ」
「葉月さんの件とは話が別だよ。あれは僕が一方的に悪い。如月との喧嘩は、喧嘩両成敗だ。比べるのが間違ってる」
「速峰の記憶を変にいじったのはこっちよ。お互い様ってことなら、私とのあれもお互い様になるわ」
「それはそれ、これはこれ」
「優しいとか責任感が強いとか、長所と見ることもできるけど、領分を超えてまで責任を負うものじゃないわよ。何様だよって感じることもあるわ。私のこの発言自体が何様の気もするけど」
領分を超えるか。
自覚はなかったけど、そういう風にも見えちゃうのかな。
葉月さんの件は、反省するし罪も償うけど、事あるごとに持ち出すのはやめておく方がよさそうだ。余計に気遣わせる。
反省していますアピールがうざいとも言えるしね。なかなか難しい。
「話を戻して日曜日だけど、会う場所はどこがいい? 希望はある?」
「一番は僕の家。図々しい話だけど、紺屋さんの手料理を食べないなって。でも、僕の家はダメなんじゃない? 一緒に暮らさなければいいの?」
「大丈夫よ。じゃあ、速峰の家ね」
すんなり認めてもらえた。ダメって言われると思ったのに。
「監視役は私。監視って呼ぶほど大げさなことはしなくて、同席するだけだけど」
「お願いします。紺屋さんには、料理を作ってって頼んでおいてもらえる? 料理を作るのは面倒だろうけど、食べたいんだ。材料は僕が買っておくから」
「弥生なら、速峰のために喜んで作ると思うわよ。喜んでというか、狂喜乱舞してというか。普通に作るだけで済めばいいわね」
「料理を作るのに、普通も何もあるの?」
僕が問いかければ、葉月さんは小さく呟いていた。
不穏な単語が聞こえる。「惚れ薬」とか「媚薬」とか。
「紺屋さんが変なことするわけないのに。葉月さんって心配性?」
「知らぬが仏ね。速峰、一つ忠告しておくわ」
「な、何?」
やけにシリアスな顔になっているせいで、気圧されてしまう。
美人だから目力が強いんだ。
「曖昧な態度は避けることね。イエスでもノーでもいいから、答えをはっきりさせなさい。中途半端は一番弥生を怒らせるわ。弥生がキレた場合でも、私と如月がいれば止められるけど、こっちも全力の弥生とガチンコ勝負は勘弁願いたいの」
「よく分からないけど、はっきりしろってことだけは分かった」
「それでいいわ。私としても、弥生がどこまでの行動に出るか不明だし」
葉月さんが何を心配しているのか、正確に把握しているわけじゃない。
ただ、凄く重要そうだし、気にとめておこう。
とりあえず、一週間後をお楽しみにって感じかな。早く二人に会いたい。
そして日曜日になる。
僕は朝からそわそわしっぱなしだ。
葉月さんから聞いた話だと、午前十時頃に三人で僕の家を訪ねてくるらしい。
要望通り、紺屋さんが昼食を作ってくれる。四人で食事をしつつ雑談でもする。
これといって特別なことはしない。遊びにも行かないし、外の話とか怪物とか、小難しい内容もなるべく却下だ。
単に友達とおしゃべりする。それだけだ。
夕飯をどうするかは決めていないけど、お寿司でも取ろうかなって考えている。
以前は如月に奢ってもらったし、今日は僕の奢りだ。
四季に聞かれると怒りそうだね。「お寿司の時に、なぜ私を呼ばなかった」とかさ。地団太を踏んで悔しがりそうだ。
どこかに行っている四季が悪い。呼べるなら呼ぶけど、居場所が不明だし。
四季の代わりに葉月さんを加えて、とか言っちゃうと二人に失礼かな。
代わりにしている葉月さんにも悪いし、四季は四季で激怒する。「私のお寿司を奪った巨乳め。許さん」って。
簡単に想像できるのが四季たるゆえんだ。
おいしい食事と巨乳には、並々ならぬ熱意を発揮するのが四季だ。正の方向と負の方向って違いはあるけど。
バカな思考にふけっていると、インターホンが鳴った。
慌てて玄関に向かう。ドアを開ければ、懐かしい顔が二人分あった。
「よ、よう、春真」
「春真さんです……起きているモノホンの春真さん……」
「如月。紺屋さん」
どうしよう。かけたい言葉は山ほどあるのに、声にならない。
僕が取った行動は、如月に抱きつくというものだった。
如月の方が背は高いから、胸に顔をうずめる形になる。
背中に両手を回して、右手に力を入れてぎゅっと服を握る。
若干の皮肉を込めた挨拶だ。
如月に引きちぎられた右腕は、この通り治っているよって。
この前はよくもやったなって気持ちと、無事だから安心していいよって気持ち。二つを限界まで込めた。
「春真」
「如月」
お互いの名前を呼び合う。
これだけでも、僕の親友が戻ってきてくれたって思えた。
嬉しくて涙が出てくる。如月の服を汚しちゃまずいって思って顔を離せば、彼の手が僕の後頭部を押して、胸の中に抱かれた。
「すまん」
「怒ってないよ」
「すまん」
謝罪を繰り返した如月に抱かれ、僕は嬉し涙を流す。
自分で言うのもなんだけど、親友同士の感動の再会シーンだ。
なのに、空気を読んでくれない声がする。
「速峰! やめなさい! 如月も速峰を離して!」
葉月さんの声だ。
如月と紺屋さんにばかり目がいっていたけど、葉月さんもここにいる。
水を差された気分だけど、如月だけといつまでも抱き合っていても仕方ないし離れる。
「紺屋……さん?」
次は紺屋さんに挨拶を。
と思ったのに、様子がおかしい。
目の焦点が合っていない。うつろな瞳で中空を見つめ、ブツブツと呟いている。
「私の春真さんが如月さんに盗られましたこれが俗にいうNTRですか体験したくありませんねぶち殺したくなりますもちろん春真さんは殺しませんよぶち殺すのは如月さんですよくも私も春真さんを盗ってくれやがりましたね弥生の全力を持ってぶち殺します私の春真さんを取り戻すために私の春真さん私の春真さん春真さん春真さん春真さん春真さん」
よく息が続くなあ、とか。
よく舌を噛まないなあ、とか。
僕はアホな感想を抱いた。
「弥生が壊れたわ。どうするのよ、これ」
「僕のせいなの?」
「あなたが弥生を無視して、如月とボーイズラブっているから悪いのよ」
「男同士の友情だよ。如月とは男同士だし、気軽に抱きついても許されるよね。女性の紺屋さんにすればセクハラだ」
僕の判断は間違っていないと思っている。
紺屋さんの胸に顔をうずめていい? よくないよ。
そりゃまあ、僕はスケベだし、嬉しいといえば嬉しい。興味もある。
興味があったってセクハラは厳禁だ。
セクハラをして怒られるならともかく、セクハラを避けたのに怒られるのは納得がいかない。
「速峰は正しいわ。でも間違ってるの」
「禅問答?」
「禅問答じゃないけど……まあ、家の中に入れてもらってもいい? 玄関で立ち話もなんだし。弥生も戻ってきなさい。速峰のために昼食作るんでしょ?」
「私の春真さん私の春真さん私の」
「速峰からも言ってやって。あなたの声なら届くから」
「紺屋さん、悪いけど料理を作ってくれる? ずっと楽しみにしてたんだよ。紺屋さんの料理が恋しくてさ。今日は朝食も抜いたんだ。お腹いっぱい食べるために」
「春真さん! 私の料理をそこまで! 作りますとも!」
紺屋さんは、台所に飛んで行った。
半分は比喩じゃないんだよねえ。尋常じゃない身体能力を発揮して、すっ飛んで行ったから。
「いきなり疲れたわ。速峰はまだ仕方ないとして、如月は注意しなさいよ。弥生の病みっぷりは知ってるでしょ?」
「春真に会えたのが嬉しくて」
「僕も嬉しいよ。戦ったことは、喧嘩両成敗でお互い様だ。僕も金属バットで殴ろうとしてごめんね」
「俺もすまん。水に流すってことでいいか?」
「もちろん」
仲直り完了だ。
親友でも喧嘩することはある。僕たちの場合は、少し物騒だっただけだ。
仲直りしたしこれでおしまい。禍根は残さない。
「麗しい友情なのに、素直に祝福できないわね。はぁ」
疲れたため息を漏らしている葉月さんにも家に入ってもらう。
如月と三人で台所に行けば、紺屋さんが料理を作っている最中だった。
なんというか、凄いね。腕が四、五本くらいあるんじゃないかってレベルで動いている。
元々料理上手だったのに加え、十二月の身体能力をフル活用しているおかげで、人間離れした動きになっているんだ。
素早くてもミスはしないし、心配はいらない。
「春真さんの! ために! 愛情を! 込めて込めて込めてぇ!」
「あれ、俺と葉月さんも食べるんですよね?」
「私たちが食べちゃいけないというか、食べるとシャレにならない事態が起きそうというか」
「紺屋さんも元気そうでよかった」
「……私、初めて速峰を尊敬したわ。大物ね」
「俺は呆れました」
紺屋さんが料理をしている横で、僕たちは座って待つ。
同居生活をしていた頃の空気みたいだ。四季もいて欲しかったけど、それはまた今度だね。
「僕の理想に一歩近付いた。今度は、四季や他の十二月の人たちも呼んで、一緒に過ごしたいね」
「できるといいな」
如月が短く答えてくれた。
葉月さんは「甘い」って言うかと思ったけど、何も言わない。優しい表情で僕たちを見守っていてくれた。
任務のために高校一年生になっているものの、実年齢はもう少し上っぽいよね。
みんなのお姉さんって雰囲気の人だ。
女性の年齢に言及するのは失礼だから、口には出さないけど。
三人で待っていると、料理が完成する。テーブルの上には多種多様な料理が並べられた。
作り始めてから、一時間ちょっとしかたっていないのに、これだけの量と種類を作ったのか。凄いな。
「おいしそう」
「存分に召し上がってください。私の持てる全てを注ぎ込みました。ええ、私の全てを」
「意味深に聞こえるのは、私の心が汚れているから?」
「奇遇ですね。俺も思いましたよ」
葉月さんと如月は何か言っていたけど、僕は空腹だし食べさせてもらう。
「いただきます」
挨拶をしてから食べる。
どれもこれも美味だ。ほっぺたが落ちそうって表現を使いたくなったね。
行儀は悪いけど、口いっぱいに頬張って、ガツガツ食べ進める。
料理がおいしいのは当然として、誰かと一緒に食べるからよりおいしく感じる。
幸せだ。




