三十六話 十二月の会議2
三人称視点です。
「葉月さんは、随分と遅いお帰りですわね。春真さんとのデートを楽しんできましたですこと? しっぽりと? ずっぽりと? おほほほほ」
「弥生、口調がおかしいし下品だし怖いわよ」
「私は春真さんのシャツを眺め、過去の記憶を懐かしむだけだというのに」
「眺めるだけで済んでるの? 夜な夜な……」
「ぶち殺しますわよ?」
十二月の屋敷では、葉月と弥生が丁々発止やり合っていた。
休日を利用し、葉月は速峰春真と喫茶店デートを楽しんだ。
少なくとも、弥生の認識ではこうなっている。
睦月もいたとか、デートと呼べるほど甘酸っぱい内容ではなかったとか、理屈は通じない。
如月たちは見て見ぬふりだ。
触らぬ神に祟りなし。傍観を決め込むのが正解だと誰もが理解している。
「ぶち殺さないで」
「朝帰りでもしていれば、本気でぶち殺しましたね」
「こっわ……そんなのだと、速峰に嫌われるわよ? あの子、今でも弥生を心配しているし、会いたがっているのに」
「春真さんが私に会いたい、ですか?」
「如月ともね」
「くっ……立ちはだかるのは、やはり如月さんでしたか。葉月さんや四季さんよりも強敵です。如月さんがいなくなれば、春真さんは私だけを見て……」
弥生が如月に視線を向ければ、彼は一目散に逃げ出した。
しかし回り込まれてしまった。
「どこへ行こうというのですか、如月さん?」
「紺屋、お前マジで怖いぞ。性格が変わってる」
「恋する乙女としては、至って正常です」
「世の恋する乙女に謝れ」
如月は軽口を叩きつつも脅えているし、他のメンバーも同様だ。
被害にあわないよう、大半のメンバーは自室に引っ込んでしまった。
如月、弥生、葉月以外では、残っているのは長月だけだ。
我関せずといった態度で本を読んでいる。治療を役目とする彼らしく医学書だ。
「長月、助けてくれ」
「十二月最弱の俺が、弥生に勝てるわけがなかろう。ぶち殺されるのがオチだ」
「長月さんはぶち殺しません。春真さんの怪我を治してくれましたし、感謝しています。春真さんの恩人は、私の恩人も同様です」
「長月が変にいじったせいで、私は襲われかけたんだけど」
「悪いのは葉月さんです。春真さんをたらし込む悪魔です」
どこまでも、春真を中心にして考える。弥生の行動原理は至極単純であった。
とばっちりを食らう葉月たちには、たまったものではないが。
「常々思っておりましたけれど、葉月さんは私の上位互換のような女性ですよね。美人ですし巨乳ですし、そのくせカマトトぶっていますし」
「速峰が絡むと面倒な性格になるわね。速峰のどこがそんなに好きなのか、理解に苦しむわ」
「春真さんを悪く言うのですか? か? か?」
「ひぃぃ」
満面の笑みで詰め寄られ、葉月は恐れをなした。
如月はターゲットが移ったことにホッとしている。
「違うの。速峰はいい子だと思うわよ。優柔不断だけど優しいし、常識人ね。外見も悪くない。一般的に言われる男らしい魅力はないけど、可愛い顔してるわ」
「春真さんを奪うつもりですか? この泥棒猫!」
「面倒臭……褒めても貶してもダメって。とにかく、速峰はいい子だけど、交際相手として考えると色々不満があるのよ。甘過ぎる部分とか、現実が見えてない部分とか。頼りなさも感じるしね。弟みたいなイメージで可愛がるのはありでも、恋人にはしたくないわ」
弥生の逆鱗に触れないよう、やんわりと「速峰春真とは付き合わない」と伝えたつもりだ。
悪く言い過ぎれば弥生の機嫌を損ねるため、いい人ではあるが恋愛対象にはならないと。
「春真さんを悪く言うのですか? か? か? かぁ?」
弥生には通じなかったようだ。ループしている。
「本気で面倒臭……ま、まあ、私の気持ちはこんなところだから、弥生が入れ込む理由が分からないなって」
「春真さんは、優しくて誠実で立派で素敵な男性ですから。葉月さんは、甘い、頼りないとおっしゃいますけれど、だからよいのです。私が全霊で守りたいです。春真さんのためなら、この紺屋宵、なんでもしましょうとも」
「あばたもえくぼ」
そういうことで結論とした。
好きな相手なので、欠点も愛おしく見えているのだ。
恋バナはここまでにしておき、あの話を伝える。
「弥生にいい報告があるんだけど」
「春真さんの残り香でも嗅がせてくれます?」
「変態ね。そうじゃなくて、速峰と会ってもいいってさ。睦月が許可し」
「詳しく!」
葉月の言葉を最後まで聞かず、弥生は食いついた。
鼻息が荒くなっており、ぶっちゃけると気持ち悪い。
及び腰になりつつも、葉月は喫茶店でのやり取りを伝える。春真が如月や弥生に会いたがっており、睦月も認めたことを。
「如月さんとセットでというのは若干不満ですけれど、春真さんと会えるのであれば贅沢は言いません」
「俺はちと気まずいな。もう治ってるとはいえ、春真の腕をちぎったし殺そうとした。どの面下げて親友を名乗れるんだよ」
「春真さんでしたら、気にしていないと思いますよ。喧嘩両成敗とかお互い様とか言いそうです」
「目に浮かぶわね」
弥生の言葉に葉月も同意していた。
よくも悪くも甘いのが、春真の特徴だ。今さら恨んではいまい。
「春真さんとの再会が楽しみです。シャツではなくモノホンの春真さん……想像しただけで……じゅる」
「モノホンってあんた……よだれをすすらないでよ」
「私と春真さんは、さながらロミオとジュリエット。愛し合う二人が、運命のいたずらにより引き裂かれているのです。長らく耐え忍んできましたけれど、ようやく私がヒロインに」
「いつから愛し合っていることになったのよ。弥生の一方的な偏愛、いえ、妄執でしょうに」
「春真さん春真さん春真さーん!」
葉月が突っ込んでも、弥生の耳には届かない。妄想の世界に旅立っていた。
目がイっちゃっておられる。でゅふでゅふ笑う文月を上回る気持ち悪さだというのが、葉月の素直な感想だった。
春真が目撃すれば、たとえ弥生を愛していたとしても愛情が冷めるのではなかろうか。
弥生が怖いので言葉にはしないが、心底思った。
「ねえ、長月。一応聞くけど、弥生の頭をいじくった? 自分に都合のいい妄想にふける様子は、ちょっと前の速峰にそっくりよ」
「何もしていないぞ」
「てことは、普通にここまで病んだのね。これじゃあ、冗談半分で言ったセリフが実現しそうだわ」
「何を言ったんだ?」
「仮定の話として、私と速峰が付き合いでもすれば、弥生は速峰を殺しそうって。春真さんを殺せば、私の中で永遠に生き続けますわ。みたいに」
「俺よりも危険だな」
「私が春真さんを殺すわけがありません!」
妄想を楽しんでいた弥生が、会話に割り込んできた。凄い剣幕になっている。
「春真さんを殺すなら、春真さんに殺されます。春真さんの血肉となり、春真さんの中で私は永遠に生き続ける……あぁ、甘美」
「立場が逆転しただけで、たいして変わってないわよ。猟奇的にもほどがあるわ」
「それほど速峰春真が好きなのなら、次に会う時に抱いてもらえばよかろう」
「ふしだらです! はしたないです! 私からおねだりするのはダメです!」
「えぇぇ……」
抱いてもらえと提案したのは長月だが、葉月も同じように考えた。
それで弥生の暴走が収まるなら安いものだと。
ところが、ふしだらだと言う。今さら感が半端ない。
「弥生なら分かってると思うけど、待っていても速峰は絶対に手を出さないわよ。元から積極的な性格じゃないのに、私を襲いかけた後悔や罪悪感があるから、余計に臆病になってるわ。望みを叶えたければ自分から頼まないと。全裸になって抱いてくださいって懇願して、ようやくって感じね」
「ふしだらです!」
「本っ当に面倒な女。ヘタレな速峰にも問題はあるけど、弥生は弥生で問題だわ」
「ふしだらですけれど、他のことなら……告白? 私から? ふしだらです!」
「付き合ってられないわ」
付き合っていられないが、春真と弥生たちが会うセッティングをしなければならない。
相談し、一週間後の日曜日にした。平日よりも休日がいいという判断だ。
如月と弥生は問題ないし、春真には学校で尋ねてみるが問題ないだろう。
「監視役だけど、長月が行ってくれたり?」
「ごめんこうむる」
「そうなるわよねえ。他に頼まれてくれそうなのは……」
卯月なら、おそらくやってくれる。彼女は、水無月さえ傍にいれば、大概のことは受け入れられる性格だ。
卯月と水無月の二人を監視役にしてもいいが、カオスなことになりそうで怖い。
弥生は「春真さんペロペロハアハア」で、卯月は「水無月ちゃんペロペロハアハア」だ。ペロペロハアハアで一日が終わる。想像するだけで恐ろしい。
文月と師走のロリコンコンビは、四季がいれば受け入れるが、いないので断りそうだ。
霜月は論外で、残るは皐月になる。
「皐月さんがどこにいるか知ってる?」
「睦月と一緒に外だ。しばらく戻らない」
「皐月さんが同行してるの? 卯月じゃなくて?」
春真にも説明した内容だが、睦月を除いて外に出た経験があるのは卯月だけだ。
これも、単独で出たのではなく、睦月に同行する形だった。
今回も卯月でよさそうなものなのに、皐月が同行している。異例中の異例だ。
適任とも言えない。外の連中は敵になり、何があるか分からない以上、戦闘能力に優れたメンバーを連れて行く方が理に適っている。
如月、弥生、卯月、葉月、文月あたりだ。
戦闘面では一歩劣るも、転移能力を持つ師走という選択肢もある。
皐月も弱くはないが、彼女の特徴は睡眠も飲食も必要とせずに生きていける点になる。
なぜ皐月なのだろうか。
葉月の疑問には、如月が答える。
「年齢が重要だって言ってましたね。見るからにガキである俺や紺屋じゃ舐められるって。葉月さんも若いですし、文月はあれですし」
「分からなくもないけど、なら今まで卯月だったのはどうして?」
「汚れ役を買って出ていたんだ。卯月はあれで仲間想いだぞ」
これは長月の言葉だ。彼は続きを話す。
「外の偉い連中と会うんだ。大抵は男で年寄りだな」
「まあ、そうなるわよね。政治家は男性が多いし、四十歳五十歳が若造扱いされる世界らしいし」
「卯月は、化粧をして着飾れば、案外美人だ。本人はブスだと卑下しているが、決してブスじゃない。美人がいれば相手が喜ぶ」
「エロジジイどもめ……」
いわば、ご機嫌伺いといったところか。
性接待のような真似はしていないと思いたいが、たとえば酒の席で美人に酌をしてもらえば、男は喜ぶというわけだ。
卯月が引き受けてくれなければ、葉月や水無月に役目が回ってきていた。
葉月は、自分の容姿が優れていると自覚している。接待にはピッタリだ。
水無月は幼いが、だからこそいいと考える男もいる。
どうせこちらは怪物だ。人権などないし、何をしても罪にはならない。
「あくまでも、相手が上で、こちらが下。この構図を明確にするために、睦月は卯月を使っていた。下の者は、上の者の機嫌を取るべく、女を捧げると」
「卯月に損な役回りをさせて悪いと思う反面、私が被害にあわなくて安心しちゃってるのがねえ。性格悪いわ」
「弥生に覚醒した今、私も捧げられるのでしょうか? 春真さん以外の男性はお断りですよ」
「つうか、胸糞悪い話ですね」
「そう言うな。仕方なかったんだ。今回、皐月を同行したのは、睦月なりの決意表明だ。機嫌を取る段階は終わったとな」
「皐月さんには悪いけど、おばあさんじゃご機嫌取りにはならないわね」
これまでとは違うと行動で示している。
吉と出るか凶と出るかだ。
「睦月が大変なことになってるのに、俺は春真に会ってていいんですかね?」
「他でもない睦月が許可したんだし、いいんじゃない? 皐月さんが不在なら私が監視役になるから、如月と弥生は遠慮しないで会えばいいわよ」
「私は春真さんに会いますよ。世界が滅びようとも会います」
「弥生は少し遠慮した方がいいかもね」
「恋する乙女の辞書に、遠慮の二文字はありません。一週間後のために準備しなければ。食事を減らしてダイエットと、髪型もセットして、化粧も……春真さんは化粧が濃いよりもナチュラルメイクの方がお好みでしょうか? 全身を隅々まで清めて勝負下着も……ふしだらです!」
「あなたがね」
葉月の突っ込みが届かないのは、今に始まったことではない。
弥生とのコミュニケーションを断念した。
深々とため息をついて、会話を切り上げる。
予定は決まったので、あとは学校で春真に伝え、一週間後を待つ。
親友三人の再会は微笑ましいはずなのに、妙に不安になってしまうのは誰が悪いのだろう。




