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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第2章 後退、復活、再度前進
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三十三話 理想

 授業が終わり、放課後になるや否や、僕は葉月(はづき)さんに声をかける。


「葉月さんにお願いがあるんだ」

「お、お願い?」


 思い切り警戒されていた。顔を強張らせ、僕から距離を取るように体を引く。

 レ○プ未遂をした人間の言葉だし、信用できないのはしょうがない。僕が悪い。


「性的なお願いじゃないよ。睦月(むつき)に会わせて欲しい。話を聞きたいんだ」

「疑ってごめんなさい。でも、睦月と話すの?」

「僕にできることをしたいと思ってね」


 僕は葉月さんを信用している。彼女になら望みを話してもいいと思えた。

 如月(きさらぎ)紺屋(こうや)さんと仲良しに戻り、生活を送りたい。四季(しき)も一緒で、十二月(じゅうにつき)の人たちとも戦いたくないし、仲良くできれば嬉しい。

 甘ったれた妄想だ。我慢のきかない子供よりもタチが悪い。


 欲しい物は全部欲しい。親友も他の人も、一つ残らず手に入れたい。

 いらない物は全部いらない。戦いとか痛い思いとか、一つ残らず手放したい。


 欲望の赴くままにごねている。現実を見ていないし、両立不可能な物があっても全てを望む。

 一笑に付されて当然の意見を、葉月さんは真剣に聞いてくれた。


「好意的に解釈すれば、優しいのね」

「四季には、脳内お花畑とか理想論者とか言われたよ」

速峰(はやみね)には悪いけど、私も概ね同意するわ。優しいよりも理想論者が近い」

「実は、僕自身もそっちだと思う。戦う覚悟や相手を殺す覚悟、もちろん自分が殺される覚悟もない。力もない。何も持たないくせに、四季には上から目線で偉そうにお説教するし、実現不可能に思える理想を掲げる」


 どこをどう聞いても理想論者だ。弁明の余地はない。


「少し自虐的だけど、正しい意見ね。理解していても理想を掲げるの?」

「うん。甘ったれているのは重々承知だ。嫌ってほど分かってる。これまでも、如月を助けたいとかなんとか言っていて、一度も成功していないんだ。成功していないのに、さらに理想のレベルを上げているけど、僕は自分の理想を捨てないよ」


 できもしない理想だ。夢物語だ。

 理想だろうと夢だろうと、語るだけでは終わらせない。

 しょうがないと言う日まで、理想を追いかける。


「僕は、理想を追いかける覚悟が決まった」


 ただこれだけの覚悟を決めるのに、どれだけの時間がかかったことやら。

 これも、慎重を期していると言えばよく聞こえるけど、優柔不断なだけだ。

 僕と同じ行動を取る人がいて、外から眺める立場だったら、腹が立って殴りたくなるね。お前は何をやっているんだって。


「覚悟はいいけど、私としては会わせたくないわね。命の保障はできないわよ」

「敵陣に乗り込んで大将と会うんだし、しょうがないよね。死ぬ覚悟はできてないけど、助かればいいなって思ってる」

「変な子。睦月に伝えるだけ伝えてみるわ。今は用事があって出かけてるし、すぐには返事ができないから、しばらく待って」

「お願い。面倒なこと頼んじゃってごめんね」

「いいわよ」


 快諾してくれて感謝だ。僕は頼みごとをできる立場じゃないのに。

 こうして、睦月と会える機会が巡ってきそうになった。

 葉月さんから待つように言われたので、しばらくは家と学校を往復する生活だ。

 夜は外に行こうとしてみたけど、やっぱりどこからも出られない。

 そして何日か経過して。


「速峰。例の話だけど」

「どうなった?」

「一応、会ってもいいって。一応って言っているのは、私たちの住処には案内できないから、適当な場所になるけど」

「問題ないよ。具体的な日時とかは決まってるの? 僕はいつでも大丈夫」

「睦月は忙しい人だから、今日明日ではないわね。調整するって言ってたし、近日中には伝えられるわ。あと、私も同席させてもらう」

「葉月さんも?」


 僕と睦月、どっちのためだろう。

 僕が不意打ちして殺そうと企んでも、絶対に通じないと考えていい。そのくらいは葉月さんも理解している。

 睦月を守る必要はないし、僕のため?

 でも、リーダーに逆らってまで僕を守ってくれるとは思えない。いくら優しい人でも、僕は敵になる。


「気になってるから同席するだけよ。睦月のためでも速峰のためでもなく、私のためにね。睦月が何かしても、速峰を守るとは約束できないわ」

「約束される方が困るよ。僕の味方をしたせいで、葉月さんが裏切り者になるのは嫌だ。同席の件は分かった」


 面会を申し入れたのは僕だし、同席を断る権限もない。

 守ってもらえないとしても、葉月さんが一緒にいてくれると安心できる。ありがたい提案だ。


 それから、さらに数日が経過する。

 外に行こうとする試みは、一度も成功していない。夜だからダメなのかもって考えて、休日の昼間を利用して試してみたのに、いつの間にかUターンしていた。


 単純に歩くだけじゃ無理ってことだ。

 それで外に行けるなら、誰かが偶然出て行ってしまう。行けない仕組みになっているんだ。

 睦月に会った時、尋ねてみよう。

 他にも質問事項を考えていると、学校で葉月さんから連絡をもらえた。


「次の日曜日、午後四時から六時の二時間よ」

「終わりの時間も決まってるんだ」

「別の用事もあるらしいの。朝から用事を済ませて速峰と会い、夜はまた別の用事だって。忙しい人なのよ。だから、多少は時間が前後することもあるわ」

「僕は暇人だし問題ないよ。調整してくれてありがたいね。睦月に会ったらお礼を言わないと。場所は?」

「喫茶店だけど知ってる? おいしいコーヒーを()れてくれるの」


 喫茶店の場所を聞けば、入ったことはないけど前を通った覚えがあった。

 ここ最近やっていた、外に出るための散策中に見つけたんだ。


「場所は分かるよ」

「よかった。じゃあ、現地集合ね。私も行くからよろしく」

「こちらこそ。ところで、手土産とか用意した方がいいかな? 媚を売るって意味じゃなくても礼儀的に」

「必要ないわよ。どうしてもって話なら、コーヒーの一杯でも奢ればいいんじゃない? 睦月お気に入りの店らしいし」

「それにしようかな。アドバイスありがとう」


 いよいよ、敵の親玉とご対面になるのか。

 敵とは言っても、戦う気はさらさらないし、喧嘩腰になる気もない。

 相手からすれば僕に会う必要はないのに、忙しい中を調整してくれた。敵味方以前に礼儀正しく接するのが当然だ。

 不興を買ってしまい、殺されたくないって臆病な気持ちもあるけどね。





 睦月に会う日になった。

 午後四時からって話だけど、遅刻するとまずいから三十分前に到着した。

 初めて入る喫茶店は、高級感あふれる内装になっている。高校生が入るには少々不適切で、尻込みする。

 ウェイターに出迎えられ、待ち合わせだと告げた。

 案内されたテーブル席に座り、所在なく待つ。


 メニューを見てみるけど、どれもこれもバカみたく高い。コーヒーが軽く千円を超えるとか信じられない。

 スーパーで缶コーヒーを買えば、十分の一未満の値段だよ。

 インスタントコーヒーの粉末ならもっと安い。


 貧乏人の発想そのものだけど、僕は実際に小市民だしね。

 仮に飲み物とケーキでも注文するとして、三人分を僕が支払うなら……

 ヤバい。お金が足りないよ。

 コ、コーヒー代だけでいいかな?

 中途半端だと、かえって失礼? 出すなら全額出すべき?


 あれえ? おかしいな? 恐ろしい敵と相対して、緊張感漂う展開を予想していたのに、めちゃくちゃバカっぽくなっている。

 ぼ、僕は悪くない! たかがコーヒーがこんなにも高いのが悪いんだ!

 お店の責任だ!


「何を身悶えてるの?」

「は、葉月さん? こんにちは。いつの間にきてたの?」

「こんにちは。たった今よ」


 時間を確認すると、四時五分前だ。到着してもおかしくない。


「速峰が不気味だから、声をかけていいものか困ったわよ。睦月と会うせいで緊張している……とは見えないのよね。私を襲いそうになった時、殺してとかなんとか言ってた様子に近いわ。察するに、何かしらのドジをやらかした?」

「鋭い」

「速峰が分かりやすいのよ。言われたことない?」

「あるね」


 如月に言われたんだったかな。紺屋さんだっけ? 四季?

 誰に言われても不思議じゃない人間ってことだ。


「どのメニューも値段が想像以上に高くてさ。三人分を支払おうとすると、お金が足りないんだよ。ここまで高いとは思ってなくて、たいして持ってこなかったし」

「しょうもな」


 葉月さんは呆れ顔になり、短い一言で終わらせてしまった。

 僕もしょうもないとは思うよ。思うけど酷い。


「はぁ……なんてバカバカしい。無駄に力んで身構えるよりはいいかもだけど」


 嘆息しつつ、葉月さんは僕の隣に腰を下ろす。彼女の立場からして、睦月と一緒に僕の向かい側に座るかと思った。


「あんまり堂々と出す物じゃないしね。はい、使って」


 周囲に見られないよう、テーブルの下で諭吉さんを一枚手渡してくれた。

 このために隣に座ったのか。気遣いのできる人だ。


「非常に情けなくて申し訳ないとは思いますけれども、ありがたく使わせていただきます。明日、必ずお返ししますので」

「変な話し方ね」


 もらうのは気が引けるけど、一時的に借りるってことで自分を納得させた。

 始まる前からグダグダだよ。


「僕は悪くないって主張してもいい? お店が悪いんだ」


 不穏な内容なので、店員に聞こえちゃまずい。

 葉月さんに顔を近付け、囁くように伝えた。


「ちょっと高めだとは思うけどね」

「でしょ。ケーキセットでも注文して、千円札一枚でお釣りがくる。貧乏人にはそれで十分というか、それでも贅沢というか……分かってもらえる?」

「たまに自分へのご褒美で食べる?」

「イエス。そもそも食べないって話もあるね。嫌いじゃないよ。コーヒーもケーキも好きだけど、是が非でも食べたいってほどじゃない」


 多分、四季も僕寄りの意見だと思う。

 アイスを食べていたように、甘い物は好きだ。おいしい食べ物は好んでいても、デザートよりは主食を求めるタイプ。

 ここでコーヒーとケーキを飲み食いするより、お寿司を食べたいってね。


「私たち、なんでこんなにもアホな話をしてるの? この会話に意味がある?」

「さあ? ないんじゃない?」

「速峰のせいよね」

「お店が悪いってことにさせてくれない?」

「ダメな弟を持つ姉になった気分だわ」


 四季といい葉月さんといい、僕を弟にしたがるのはなぜ?

 男にしてはチビだから弟っぽい?

 こんな感じで、毒にも薬にもならない話を楽しんでいたら、その人は現れた。


「ワタシは邪魔かな?」


 五十歳くらいの男性だ。僕たちに声をかけてきたってことは、この人が。


「睦月さん……ですか?」

「ああ、十二月のリーダー、睦月月賀(げつが)だ。はじめましてだね、速峰春真(はるま)君」

「睦月ゲツガさんですね」

「月に、加えるの下に貝と書く賀で、月賀になる。睦月でも月賀でも、好きに呼んでくれていい」

「えっと、睦月さんで」


 これまでは睦月と呼び捨てにしていたけど、本人を前にして呼び捨ては無理だ。

 かなり年上でもあるし、さん付けにしておく。


「四時十五分。少し遅刻よ、睦月」

「悪いね葉月。これでも急いだのだし許してくれ。それに、二人で楽しくやっていたじゃないか。急用が入ったことにでもして、回れ右して帰ろうかと思ったよ」

「うちの変態メンバーと違って、速峰は常識があるのよ。安心して話せるわ」

「心を開いていると。何よりだ」


 常識があるから安心できるって、ハードルひっくいね。

 十二月のメンバーがよほど変態ぞろいなんだろうけど。

 まあ、僕も睦月がまともそうで安心した。緊張せずに話せそうだ。

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