三十四話 睦月月賀
睦月月賀と名乗った男性は、見た目は五十歳くらいだ。
黒いスーツをパリっと着こなしていて、渋い魅力がある。
スーツを着ていても分かるほど胸板が厚い。肩幅も広いし背も高いし、陳腐な表現になるけど強そうだな。
禿げるみたいな話を聞いていたし、薄くなっているのかと思ったけど、フサフサだ。白髪が交ざっていてもおかしくないのに真っ黒なのは、十二月だからかな。
睦月は、僕たちの向かい側に腰を下ろした。
「二人は随分と親密だな。隣に座り、肩を寄せ合い、仲睦まじくおしゃべりとは」
「いえ、これは違いまして」
「速峰君を責めているのではない。ワタシたちは別に恋愛を禁止していないし、誰と付き合うのも自由だ。任務を疎かにしないのであれば、好きにするといい。葉月をよろしく頼む」
座ったままで頭を下げられると、父親に対して「娘さんをください!」とか言って、「娘をよろしく」とか言い合っているシーンにも思える。
実際は全然違うけど。
「誤解しないで。速峰とは何もないわよ」
「そうですよ。葉月さんにはよくしてもらっていますし、感謝していますけど、恋愛関係ではありません」
「なんだ、つまらないな」
つまらないって、それでいいの?
外見のイメージと違うなあ。登場した時も気さくだと思ったけど、今でもやっぱり気さくなおじさんって雰囲気だ。
まあいいや。睦月も到着したことだし、三人分注文して、話し合いといく。
「本日は、お忙しい中ご足労いただき、ありがとうございます」
敬語には自信がないし、正しい言葉遣いになっているか分からないけど、敬意を払おうとはしている。
長々と前置きをしゃべっても仕方ない。時間も限られているし本題に入ろう。
「僕は、睦月さんにお聞きしたいことがあります」
「聞こう。もっとも、答えるかどうかは別問題だ」
「答えられる範囲で構いません。まずは、十二月の目的についてです。何をしようとしているのですか?」
「町の秩序を守っている。それが目的であり、使命だ」
秩序を守る。これは、四季も言っていた内容だ。
「霜月が変死事件を起こしているのも、秩序を守る一環であると? 学校を襲った件もそうです。無関係の生徒を大勢巻き込み、怪物にしているのは、秩序を守ることですか?」
「難しい問題だな。簡潔に言えば、大を救うために小を切り捨てる、になる」
「町全体の維持が大で、一人一人の命が小?」
「察しがいいな。その認識でおおよそ間違いない」
ここまで話したところで、注文した品が運ばれてきた。
睦月はブレンドコーヒーを一口飲んでから続ける。
「速峰君は、外の存在を認識しているか? ワタシたちと深くかかわる中で情報を聞いた、もしくは思い出したのでは?」
「はい。それものちほど質問しようと思っていました」
「ならば話は早い。この町には、わけありの者が集められている。外の連中からすれば、全員が危険極まりない存在だ。危険でなければ町にはいない」
町に住んでいること自体が、危険である証拠ってわけか。
睦月たちは危険かもしれない。失礼な意見だけどね。
「僕も危険なのですか? 僕以外にも、危険とは思えない人が大勢いますよ?」
「無論だ。ワタシたちのみならず、速峰君のような一般人も危険視されている」
力も何も持たない人間の、どこが危険?
「速峰君は、自分には力がないから危険ではないと考えている。違うか?」
「考えました」
「外の連中に、その理屈は通用しない。一人の例外もなく危険なのだ。危険だからこそ集められている。というか、ワタシが集めた」
「ワタシって、睦月さんがお一人で?」
「一人では不可能だ。十二月で、だな。葉月たちではない。最初期の十二月、十二人だ。そのメンバーはもういない。生き残りはワタシだけだ」
過去を懐かしむような顔をしていた。
十二人いて、生き残りが睦月さん一人だ。新しい仲間はいるとしても、最初期の仲間たちには思い入れもあるんだろう。
「そうまでして、なぜです?」
「外の連中から保護するためだ。保護しておきながら殺すのは矛盾していると感じるかもしれないが、やむを得ない処置になる」
「大を救うために小を切り捨てる、ですか?」
「ああ。町の住人は、今も新たに増えている。外から入ってきているのだ。外にいれば危険分子として殺されるからな。町を維持しなければならない」
疑問点は多いし、身勝手にも聞こえる。
保護して助けておきながら、都合によっては簡単に切り捨てる。殺したり怪物にしたりする。
大を救うためとか言われても受け入れにくい。
文句はあるけど、話の腰を折るのはやめて聞こう。
「町を作り、ワタシたちの理想郷が完成したかに思えたが、問題は解決しない。速峰君に質問しよう。危険な存在が集められた町だ。君が外の人間だとすれば、どうする?」
「どうする……監視ですか?」
「優しい答えだ。監視で済めばいいが、現実は優しくない。答えは、殲滅だ」
「せ、殲滅? 一人残らず殺すっていうんですか?」
「そうだ。核ミサイル……と言っても通じないか。要するに、町を全て滅ぼせる強大な力を使用し、町も住人も殲滅しようとな」
無茶苦茶な考えだ。
一人二人を殺すんじゃない。霜月の起こしている事件すら児戯に等しくなる。
「今すぐ殲滅するわけではない。核ミサイルを撃ち込めば、被害は町だけでは収まらない。外にも大打撃だ。かといって、生半可な攻撃では、殲滅には至らない」
「攻撃されたら、こっちも黙っちゃいないわ」
「葉月の言う通りだ。ワタシたちを敵に回し、全面戦争に発展する。それは外の連中も望んでおらず、腹の探り合いが続いているといったところだな。冷戦状態だ」
なんか……のっけからとんでもない話が飛び出したな。
外とか全面戦争とか、僕の頭じゃまるでイメージが湧かない。
それだけの規模だってことだ。
「はっきり言おうか。外と全面戦争になった場合、負けるのは我々だ」
「そう……なんですか?」
「戦力があまりにも違う。勝ち目は万に一つもない。では、なぜ外は勝てる戦いを避けるのか。これは簡単で、勝てるには勝てるが被害が大きくなるからだ。戦いに勝ちました、しかし人々の半分は殺され町も半壊しました。これでは意味がない」
「今のお話は理解できます。僕は友人の如月や紺屋さんを助けたいですけど、そのために他の友人たちを犠牲にしていいかとなると嫌ですし」
葉月さんやクラスメイトとかね。
規模は全然違っても、自分に置き換えれば理解しやすい。
「こういった具合に、外とこの町は、危ういバランスの上に立っている。いつ均衡が崩れてもおかしくなく、ゆえにワタシたちは町の秩序を守る。外へのアピールだと考えてもらえばいい」
「秩序を守っているから大丈夫だ。滅ぼさないでくれ。みたいにですか?」
「ああ。町の者が記憶を取り戻し、外に出ようと試みたり短絡的に争いを望んだりすると困る。記憶をいじり、時には殺し、どのような手を使ってでも町を維持しようとしている」
外に出ようと試みるって言われて、ギクッとした。
まさしく僕だよ。思い切り出ようとしていたよ。どうしよう。
僕の動揺を葉月は見抜く。
「外に出ようとしたか?」
「は、はい……すみません」
「今後はやめてもらいたい。やり過ぎれば……分かるかな?」
睦月に脅されて、頷くしかなかった。
反抗すれば殺される。得も言われぬ圧力があった。
気分を落ち着けるようにコーヒーを流し込んでから、質問の続きをする。
「で、では、怪物は? 学校の生徒が怪物になっていましたし、町の人もです。首が落ち、バカでかくなった異形の怪物。あれはなぜ生み出しているんです?」
「理由は大きく二つある。一つは、外の連中への土産だ」
「土産?」
「怪物そのものが土産ではない。研究成果とでも言えばいいか。誤解を恐れずに言えば、外の連中のご機嫌を取るために人体実験を行っている。怪物も死人を動かすのも、実験であり研究だ」
「それ、私も知らなかったわよ。言っていいの?」
「構わん」
葉月さんも知らないのか。重要機密ってわけだ。
「もう一つの理由は教えられない。こちらの方が重要なのでな。すまんね」
「いえ……もしもですけど、十二月が人を殺すのをやめれば?」
「この町は外に滅ぼされる」
「やっぱりそうなるんですね」
だからこそ、大を救うために小を切り捨てるってことだ。
数人、あるいは数十人を犠牲にしたとしても、町全体を救う。死人を動かし、怪物も作り出していると。
それが十二月の役目であり使命だ。
「凄く身勝手なことを言わせてもらいます。僕の友人である二人、如月と紺屋さんを返してもらえませんか? 十二月のメンバーだとしても、一緒に暮らせないわけではないはずです。学校にも通えます。実際に葉月さんは通っていますしね。一緒に暮らし、学校にも通い、十二月の役目も果たす。これではダメでしょうか?」
「絶対にダメとは言わんが、好ましくはない。任務とあらば、学校の生徒も隣人も始末するのだ。情が移り、いざという時に命令に背かれては困る」
「葉月さんは?」
「葉月は、元より甘い部分があるからな。生徒を殺せと命じても素直に従わん。学校に通おうが通うまいが、さして変わらないと判断した」
隣にいる葉月さんの顔を見れば、複雑そうにしていた。
「役立たずって言われてるみたいで面白くないわね。犠牲を出したくないって方針なのは認めるけど」
「十二人もいるのだ。感情を持たない人形ではあるまいし、個性があってしかるべきだ。葉月の甘さが許されないものであれば、とっくに処罰している。お前は今のままでいい」
睦月が認めてくれて、僕が安心したよ。
葉月さんが学校に通い始めたのは、僕を監視するためだ。
結果として十二月にふさわしくなくなった、とか言われたら責任を感じる。
「次の質問をしてもよろしいですか?」
「すまないが、コーヒーのおかわりを注文したい。よいかな?」
「あ、はい」
質問に質問で返されたし、こくりと頷いた。
僕の懐事情的にはよくないけど、ダメとは言えないよね。
ここで「ダメです」って言える度胸のある人がいるなら、ぜひ会ってみたい。
「私もコーヒー。これ、おいしいわね」
「だろ? ワタシのお気に入りの店だ」
葉月さんまで追加注文しちゃうの?
諭吉さんをもらっているし大丈夫だけどさ。大丈夫だけど……
「速峰君も注文するといい。支払いはワタシが持つ」
「えっ!? いえ、ここは僕が。無理を言ってきていただいたんですし」
「子供にたかる大人がどこにいる。ワタシを気遣っているのであれば、支払わせてもらいたい。速峰君に支払われてしまう方が迷惑だ」
「甘えておけば?」
「……ありがとうございます。ごちそうになります」
意固地になる方がよくなさそうだ。
お言葉に甘えてごちそうになろう。
追加注文をして小休止だ。話してばかりだと疲れるし、頭にも入りにくい。
重要な話をしている最中になんだけど、コーヒーもケーキもおいしいんだよ。高いだけはあるね。
「葉月、皆にも持ち帰ってやれ。この店はテイクアウトも可能だ」
「睦月の奢り?」
「今日だけな」
「私の分も買っていい?」
「太るぞ」
睦月の一言に、ケーキを食べていた葉月さんの手が止まった。
女性だもんね。今の一言は聞き捨てならないよね。
「太る……乙女の天敵……そういえば、最近服が……」
「葉月さんで太っているとか言うと、他の女子に刺されるよ。非の打ちどころのない抜群のスタイルなのに」
「速峰、いい子」
「ほう。葉月のスタイルを知る仲か。ワタシも見たことはないぞ」
「睦月、セクハラ親父。誰が見せるか」
重要な話から一転、くだらない雑談になった。
少しリラックスできたしよかった。続きを話そう。




