二十三話 再会
月曜日になり、授業が始まる。
学校に行くべきか、十二月を警戒して家に引きこもるべきか悩んだけど、登校することにした。
クラスは違うものの、三人とも同じ場所にいられるし、大丈夫だと判断した。
より正確に言うなら、どこにいてもさして変わらないと思う。
昨日、紺屋さんも言っていたように、十二月が総力を挙げて潰しにくれば僕たちになすすべはない。彼らは四季を倒し、紺屋さんを連れて行ける。
向こうがなぜ中途半端な対応しかしないのかは知らない。
目論見があるのか余裕なのか、単に足並みがそろっていないだけなのか。
なんにしても、家の中で脅えて過ごすよりも普段通りに登校した方がいい。
襲撃を警戒しているだけじゃ、精神的に参ってしまう。
というわけで、僕たちは三人で登校した。
役に立つかは分からないけど、僕は金属バットを持参している。
昨日、食料品の買い出しに行った時に買っておいた物だ。
もちろん、金属バットをそのまま持ち歩くことはできない。
誰かに見咎められるに決まっている。どこの不良だよって話だ。
適当な袋に入れているけど、これでも目立つな。何を持っているのか聞かれたら誤魔化さなきゃ。
頼りない武器を持って教室に入る。
如月はいない。彼の席は今日も空いている。
クラスメイトは如月の存在を忘れているし、怪物のことも知らない。平和な授業風景があった。
気になる点があるとすれば、美央さんが休みだったことだ。
四季が言うには、死人になっているらしい美央さんだし、何かあったのかもしれない。
如月のように存在を忘れられているのかと思ったけど、クラスメイトはちゃんと覚えていた。
風邪か何かだろうと言っていた。
特に騒ぎにはならずに一日が終わる。帰宅後も何も起きない。
火曜日も水曜日も同様だ。登校して授業を受け、帰宅する。この繰り返しだ。
ただ、日を追うごとに欠席者が増えていた。
今日は、僕のクラスでは十人も休んでいた。美央さんも月曜日から休みっぱなしだし、風邪がはやっているのかなってみんなは噂していたね。
もっとも、風邪がはやっているとの言葉を僕は素直に信じられない。
水曜日の夜になり、夕飯を食べ終えたところで四季と紺屋さんに相談する。
「欠席者が増えているのは、何かの前触れかな? 十二月たちが変な企み事をしている?」
「春真さんは、欠席者のみなさんが既に殺されているとお考えですか?」
「殺されてるかどうかは分からないけど、何かあるんじゃないかなって」
町には病院もないし医者もいないから、ただの風邪でも簡単に死にかねない。
一人暮らしの人間が多いせいで、発見されにくくもなっている。
病気になり、誰もいない家で孤独に病死してしまうとかね。怖い考えだけど十分にあり得るんだ。
そういえば、今まで意識しなかったけど、色々とおかしな部分が多いな。
「変なことを聞くけど、紺屋さんは腐乱死体を見たことがある? あるいは、話に聞いたこととか」
「ありません。春真さんはあるのですか?」
「僕もないけど、これって明らかにおかしいよね。病気になって、家の中で誰にも看取られずに死んだら、発見されないし死体は腐る。すると、近所に腐臭が漂って初めて発見されそうなものなのに、僕は今までそんな話を聞いたことがない」
「言われてみれば」
もしかして、十二月が人知れず処理していた? 四季は知っているかな。
「四季は心当たりがある? やっぱり十二月の仕業?」
「おそらくそう。以前も言ったように、十二月は世界の秩序を守ろうとしている。いわば管理者。死体は回収し、破棄したり再利用したりしている」
「破棄はいいとして、再利用? 美央さんみたいな人のこと?」
破棄するって言葉は悪いけど、死体は処理しなくちゃいけない。
再利用するのは、死人を動かすことかなって思った。
「美央の件はあくまでも一例。私が何度も倒している怪物も再利用方法の一つ。他にも色々とある」
「欠席者が多いのは、その『色々』に含まれる?」
「確証はない。でも、タイミングを考えれば無関係とは思えない」
結論としては、注意しましょうという身も蓋もない内容になった。
注意するだけで問題が解決すれば、苦労はないんだけどね。
一つだけこちらに有益な報告があるとすれば、四季が完全に回復したことだ。結構傷付いていたのに、食べて寝れば本当に治っちゃったよ。
「死線をくぐり抜けたことで、私はさらに強くなった」
「そうなの?」
「ごめん、ちょっとだけ盛った。無敵」
「ちょっとだけ?」
「……たくさん盛ったけど、速峰春真の突っ込みが容赦ない。いたいけな少女をいぢめて興奮する気質?」
「違います」
こんな感じで、バカな会話をできるほどには元気になっている。
そして木曜日だ。今日も三人で登校して授業を受ける。
欠席者が多い以外は普段通りの授業風景だ。
何事もなく午前中の授業が終わり、昼休憩後、午後の授業が始まる。
と思った時にそれは起きた。
「ア……ヴヴゥ……」
クラスメイトの一人の男子が奇妙な声を発した。
最初は誰も気にしなかった。せいぜい、近くの席に座る人が「調子悪いの?」と尋ねた程度だ。
ところが、奇妙な声を出す人が続々と出てくる。
数は五人もいないけど、みんなして「ア゛ア゛」とか「ヴヴ」とか要領の得ないうめき声を発する。
本来なら注意するはずの先生までもが同じようにうめくから、ただ事じゃないと気付く。
異常事態はさらに加速する。
ポロリ、と。
最初にうめき声を出していた男子の首が落ちた。
途端にクラスは悲鳴に包まれる。
椅子を蹴飛ばして立ち上がり、逃げようとする人。
事態が呑み込めずに呆然とする人。
一人目に続いて首が落ちる人もいて、教室は一瞬のうちにパニック状態になってしまった。
過去に経験している僕でも、頭が真っ白になったほどだ。
何度経験しても慣れないけど、わけが分かっていないクラスメイトに比べればマシだった。
月曜日から常備していた金属バットの出番だ。
落ちた首が膨張し、元クラスメイトはでかい顔の怪物になった。
忘れるはずもない姿だ。そいつを全力でぶん殴る。
傍にいる無事な生徒に噛みつこうとしていた怪物は、僕の一撃にひるんだ。
怪物になったとはいえ、クラスメイトを容赦なくぶん殴る僕は、きっと怪物と同等に恐ろしく見えるだろう。
自分がどんな目で見られているか、気にならないと言えば嘘になる。
だけど躊躇している場合じゃない。金属バットでタコ殴りにする。
非力な僕が金属バットを使い全力で殴っても、四季のパンチ一発にすら到底及ばない。
四季は、怪物を倒すのに何十発も殴っていたわけで、僕が倒したければ百発は必要になりそうだ。
当然、百発も殴る時間はないし、ひるんでくれただけで儲けものと考える。
「逃げて!」
無事な生徒に声をかければ、彼は一目散に教室を出て行った。
逃げ去る時に僕を見た目には、助けてくれたことへの感謝ではなく、恐怖の色が浮かんでいた。
そりゃそうなるよね。しょうがない。
怪物でもクラスメイトだ。さっきまで一緒にいて、授業を受けていた相手だ。
元に戻る可能性があるかもしれない。操られているだけかもしれない。
事情を知らない人はそう思うし、僕はクラスメイトに手を出すイカれた奴にしか見えないよね。
まかり間違っても、襲われかけている友人を救った英雄にはならない。
こんなことで傷付いてどうする。
ショックを受けている暇があるなら行動しろ。
十二月の仕業だぞ。怪物の親玉がいるぞ。教室にとどまっていちゃいけない。
自分に言い聞かせる。
「紺屋さん! 四季と合流しよう!」
「はい!」
紺屋さんと二人で廊下に出る。
そこでは、他のクラスから飛び出してきた生徒で混乱が起きていた。
どうやら、僕たちのクラスだけじゃなく、いくつものクラスで怪物が誕生したみたいだ。
我先にと逃げ惑う生徒たちの間を抜けて、三年生の教室へと向かう。
四季も僕たちとの合流を目指していたようで、すぐに出会えたのは幸運だ。
「四季、どうするの!?」
上ずった声で問いかける僕に対し、四季は冷静だ。
「数が多過ぎる。こいつらに構っていたら消耗するだけだし無視する。近くに十二月がいるから、そいつを倒す」
「近くってどこに!?」
「春真さん、あれを!」
慌てふためくだけの僕とは違い、紺屋さんは周辺を観察していたようだ。
窓の外を指差しているので、そちらを見てみる。
学校から出て、外に逃げようとしている生徒でごった返しているけど、校門よりも外には出られていない。
まるで、透明な壁を必死で叩いているかのような様子だ。
「もしかして結界? だとすると、水無月がいるの?」
「水無月だけじゃないはず。彼女一人じゃ私には勝てない」
水無月は、生徒を学校に閉じ込める役目か。
中華料理屋で会った時はいい子だと思ったのに、怪物は所詮怪物ってこと?
廊下であれこれ話していたら、首が落ちた生徒たちが例の怪物になってわらわらと出てきた。
動きは遅いけどここにいたらやられる。
「速峰春真、紺屋宵、暴れないで」
言うや否や、四季は両脇に僕と紺屋さんを抱えた。
一番小柄な四季が二人も抱えて、何をしたかというと窓に突撃した。
「ここ三階!」
悲鳴じみた僕の声に構わず、四季は窓ガラスを突き破って外に飛び出す。
三階から地面に真っ逆さまだ。
死ぬかと思ったけど、四季は平然と着地を決める。
小脇に抱えられている僕は、ほとんど衝撃を感じない。怪物や師走との戦いで分かっていたこととはいえ、凄い身体能力だ。
「速峰春真と紺屋宵はここにいて」
短く告げて、四季は校門に向かってダッシュする。
走るスピードも人間離れしているね。
走る四季の背中を眺めていると、彼女はピタリと足を止めた。
現れたのは二人の男性だ。
一人は見知った顔。師走カケルだ。
もう一人は知らないけど、黒髪の長髪をなびかせる三十歳ほどの男性だった。意外と整った顔立ちである事実に驚く。
外見の特徴からして霜月夜流だろうか。師走は蛇蝎のごとく嫌っていたけど、仲間は仲間だし今は共闘するつもりかも。
四季でも二人が相手じゃ厳しい。
土曜日に師走と戦った時は優勢だったけど、圧倒していたほどじゃないんだ。そこに霜月まで加わればどうなるかは、推して知るべし。
師走は、ちぎれた腕が治っているし、前回の戦いの後遺症はなさそうだ。
霜月の力は未知数だけど、弱いわけがない。序列は師走より上だ。
四季と師走、霜月の三人は、何やら話している。僕の位置じゃ声は聞こえない。
話はすぐに終わり、戦闘が始まった。
「クソ……僕は……」
何もできない自分に苛立ち、歯噛みする。
金属バットを持っていても、師走にはまるで通じなかった。
僕がのこのこ出て行っても足手まといにしかならない。
怪物同士の戦いに割って入れないのはしょうがない。
しょうがないのは理解していても、悔しさは消えなかった。
戦えないなら、周囲の様子を少しでも把握しておこう。
怪物になった生徒は、今のところ校舎内から出てくる気配はない。
無事な生徒は、大半が校舎の外に出ていて、でも校門よりも外には行けない。結界に阻まれ、学校の敷地内に閉じ込められている状態だ。
校舎を囲う壁をよじ登ろうとしている人もいるけど、無理っぽい。
四季の戦いを、恐れる視線で遠巻きに眺めている人もいる。
混乱が渦巻く中、僕と紺屋さんに接近してくる人物がいた。
男女二人組だ。一人は水無月で、もう一人は――
「如月」
久しく会っていなかった、探し求めていた僕の親友、如月だった。




