二十一話 明日はこない
師走カケルとの戦闘はあったものの、僕たちはなんとか無事に帰宅できた。
四季は怪我をしていたけど、本人曰く「食べて寝れば治る」とのことだった。
で、今も食事を次々と平らげている。すさまじい勢いだ。
「おかわり」
「またですか? さすがに食べ過ぎでは?」
「全然足りない。私は空腹。おかわり」
「はいはい」
四季がどんぶり茶碗を差し出したので、紺屋さんは白米を山盛りによそう。
そそり立つ白い山を前にして、四季は山腹を箸でほじり、穴を開ける。
そこに生卵を割って投入。上から醤油をぶっかけて黒い山に変質させ、山頂から切り崩しにかかる。
無茶苦茶な食べ方だ。卵かけご飯になっているようでなっていない。
四季はこの食べ方が好きらしい。醤油かけご飯を食べ進めて、途中で卵が出てくると、味に変化がついてアクセントになるとか。
通の食べ方だって自慢していたけど、絶対に違うよね。
醤油かけご飯を黙々と食べながら、四季はどこか不服そうに言う。
「如月がいないのが口惜しい」
「四人で食べる方がおいしいもんね」
「お寿司。奢り。神」
「酷過ぎる」
如月の存在価値がお寿司にされている。あんまりだ。
本気なのか冗談なのか判別がつかない。
「おかわり」
「もう何も言いません。それだけ食べて、なぜ胸に栄養が行かないのかなどと突っ込みません。ぶくぶく太り、醜い外見になっても知りませんとは注意しません」
「悪魔め。速峰春真は」
「ロリコンじゃないよ」
「違う。おかずを温める」
「いつの間に?」
冷凍食品のから揚げやらお好み焼きやらを大量に準備したのに、綺麗さっぱりなくなっている。
食べる量が尋常じゃない。既に普段の五倍は胃袋に収めている。
普段から二人前は食べるから、十人前だ。
「僕はてっきり、『食べて寝れば治る』は比喩みたいなものかとばかり」
冷凍食品をレンジで温めつつ、僕はぼやいた。
じっくりと療養すればいい、みたいな意味を想像していたんだよ。まさか言葉通りだとは驚きだ。
紺屋さんも四季の食欲に呆れている。
「病気の時は、栄養のある食事を取って休むのが一番ですけれど、怪我も同じでよかったのでしたっけ?」
「私ならいける」
「呆れた頑丈さですね。まあ、他に方法がないとも言えますか」
「四季が大丈夫って言うなら信じるけど、病院に行かなくていいの?」
レンジで温めた春巻きと肉団子を渡して、僕はなんの気なしに発言した。
深い意味はなかったのに、四季は箸を動かす手を止めた。
紺屋さんも不思議そうに首を傾げる。
「速峰春真は、なぜ『病院』を知っている?」
「そもそも、ビョウインとはなんでしょう?」
「……あれ?」
二人に言われて僕も気付く。
そうだよ。病院って何?
いや、意味は理解しているんだ。理解しているけど、本来なら理解できるはずのない単語だ。
だって、そんな機関は町に存在しないんだから。
「ひょっとして、私が警察を思い出したのと同様ですか?」
「紺屋さんと? どうだろ?」
「私の場合は、知らないはずの言葉を不思議と知っている気がしました。記憶の奥底に封じられているとお伝えしたかと思います」
「似てる……のかな? なんかさ、怪我をした四季を見ていたら、病院で傷の手当てをしてもらうってイメージがふっと湧いたというか。あれだ。医者だよ医者」
四季と出会ったばかりの頃、医者の話題が出ていた。
医者は怪我や病気を治療する人だって話だ。「大怪我をしたり病気になったりしたらどうする」って質問されて、僕は「自分で治す」って答えた。
ところが、今は医者と病院を理解している。自分で治せるほどの軽い怪我ならいいけど、大怪我の場合は病院に行って医者に診てもらう。
「イシャやビョウインは、私では理解できない言葉です。春真さんは、警察はどうですか?」
「そっちはピンとこないね」
「個人差があるのでしょうか? だとしても、急に変化したのはなぜでしょう?」
「師走たちと出会ったから? 四季は原因が分かる?」
「分からない。ただ、速峰春真の記憶に変化があったのは好ましい」
四季は嬉しそうに食事を再開した。
びっくりしたのは、食べている最中に怪我が治り始めていることだ。体にあった痛々しい青あざが薄れている。
「どんな回復力なんだよ」
「私は特別。そもそも、普通の人間があんな力を発揮できるわけがない」
「納得した」
以前もそうだった。僕のことは人間だって言い切ったのに、四季のことは断定を避けて言葉を濁した。
怪物と真正面から殴り合ったし、普通の人間じゃないんだろうなって考えた。
「食べながらでいいから聞いてもらいたいんだけどさ」
「何?」
「四季はどんな存在なの? この前は、詳しく言えないとか僕が理解できないとか答えてたよね。こんな状況になったし教えて欲しい」
「……失敗作。廃棄物。そんな感じ」
「気持ちのいい言葉じゃないね」
人間に対して使うべき言葉ではない。
僕はいい気分じゃないし、紺屋さんも眉をひそめている。
「私はこの世界の人間じゃない。外からやってきた」
「言ってたね」
「外には世界がある。でも、速峰春真は外を知らない。外を知らない人間じゃ理解できない」
「四季が外の情報を教えてくれるのは?」
「教えるよりも自分で思い出して。医者と病院を思い出したように」
「できるかなあ」
「ならヒント。今日は何年何月何日?」
変な質問をされたけど、さして難しい内容でもないので答える。
「二〇二九年一月一日」
「明日は? 明後日は? 昨日は? 一昨日は?」
「二〇二九年一月一日」
「おかしくない?」
「そう? どこが?」
「日数が経過しているのに、日にちが変化していない。月日がずっと同じまま」
「んん? 紺屋さん、分かる?」
「すみません。無理です」
僕は医者や病院を思い出し、紺屋さんはケイサツを思い出した。
でも、四季の言っている意味は理解できない。
「私が初めて十二月の話をした時、速峰春真は十二月の言い間違いだと考えた。一月や二月なんかの月は知識として持っている」
「持ってるね」
「曜日の概念もある。平日と休日も区別している。月日の知識を持ち、毎日暮らしているのに、今日も昨日も明日も二〇二九年一月一日と考える。異常」
あー……ダメだ。さっぱり意味不明。
四季は隠し事が多そうだし、全部話してくれればいいのにって思うけど、こりゃ話せない。聞く僕がちんぷんかんぷんだ。
「この世界に、本当の意味での『明日』はこない」
「ごめん。僕はギブアップ。悪いけど、四季が何を言っているのかさっぱりで」
「今はいい。いずれ思い出して」
いずれ、か。
理解できる日がくればいいけど。
「僕の頭が追い付かないのは置いておいて」
「おかわり。紺屋宵は白米、速峰春真はおかず。生卵も追加で」
真面目な話をしようとしたのに、これだよ。
家にある食糧が食い尽くされそうだ。お金もピンチだし、どうしよう。
「食費でしたら、私も出しますよ」
「ありがとう紺屋さん。お願いしていい? 受け取るのは申し訳ないとか、見栄を張っていられる状況じゃないんだよ」
十二月に殺されるよりも、食費が尽きて餓死する方が先になりかねない。
笑えないね。
僕と紺屋さんで、無限の胃袋を持つ怪物におかわりをあげる。
「真面目な話をするけど、今後はどうするの? 十二月から如月を取り返すのは無理っぽいし、あいつらは紺屋さんも狙ってる」
「逆に聞く。速峰春真はどうしたい?」
「如月には悪いけど、無事みたいだし一旦優先順位を下げる。助けるのを諦めたわけじゃないよ。助けてみせるし、人間に戻る方法も見つけられるなら見つけたい」
僕の力で可能だとは思えないけど、気持ちは変わらない。
如月のことも考えるとして、今は紺屋さんの方が優先順位は上だ。
状況が変わったからね。この前までは如月が上で、今は紺屋さんが上になった。
「如月よりも紺屋さんが心配でさ。十二月には渡さない」
「ついに私の時代が到来ですね! 四季さんや如月さんに奪われたヒロインの座を取り返しました!」
「奪われてもないし、取り戻してもない気が……」
「非常に嬉しいです! 喜んでいる時ではないのは承知していますよ! 春真さんには危険な真似をしてもらいたくありませんよ! ですけれど、守ってもらえて嬉しい気持ちは消せないのです! 浅ましい私を許してください!」
「僕には守れる力もないけど……」
突っ込んでも紺屋さんは聞いていない。妄想の世界へと旅立っている。
四季は四季で食事に夢中だし、こんなのでいいのか心配だ。
我が家の米を食らい尽くした四季は、食後のお茶をすすりつつ話の続きをする。
「紺屋宵を守るのは問題ない。十二月をおびき寄せる餌があれば私も助かる」
「私は餌ではありません。春真さんにパクリといただかれてしまうのでしたらありですけど! 言葉通りの食べるでも性的な意味での食べるでもバッチこいです!」
「妄想は自重してね。どっちもないから。前者は特にあり得ない」
人間の肉を食べる趣味はないよ。猟奇的なのは勘弁して。
「妄想は無視して、これからは僕と四季で紺屋さんを守るってことでいい?」
「いい」
「変死事件はどうする?」
「見つかりそうにないから放置」
方針がコロコロ変わっちゃっているけど、次なる目標は紺屋さんの護衛だ。
これまでの方針って、満足に成功した試しがないなあ。常に後手に回っている印象がある。
「ちなみにだけど、僕たちの方から乗り込むのは……さすがに無謀か」
「無謀。場所も不明。現実的な案じゃない」
水無月は、四季の戦闘能力を八番目か九番目と評価していた。
僕から見れば破格の力を持つ四季でも、十二月の中だと下の方ってことだ。
おまけに、こちらで戦えるのは四季一人、あちらは十二人。なんて戦力差だよ。
「しょうがないんだろうけど後手に回るなあ」
何もできていない僕に言えた義理じゃないね。
僕と紺屋さんは足手まといって状態はよろしくない。
なんとかしたいけど、怪物と戦う力なんか今日明日に手に入るものじゃない。金属バットも効果なしだった。
方法を考えないと。




