十一話 新生活開始
夜になり、まずは如月が僕の家にやってきた。
荷物が少なく、大きめのダンボール一つに収まっているから到着も早い。
如月は腕力もあるから、業者を使わずに自分で運んでいた。
ダンボール一つは少な過ぎる気もするけど、男ならこんなものか。
紺屋さんは女性だから、荷物も多くて時間がかかっていそうだ。
「寝る場所はどうするの? まさかベッドも自力で運ぶ気?」
「やろうとしたが無理だった。変な部分に力を入れたせいか、バキッて壊れちまった。あれは買い直しだな」
「どうやったらベッドを壊せるのか疑問なんだけど」
怪物に覚醒しつつあるせいで、力も増しているのかと心配になった。
如月には自覚症状がないみたいだ。長く使っているベッドだし、そのせいで壊れたんだろうって言っている。
嘘をついている雰囲気じゃない。
自覚がないだけで覚醒しつつあるのか、本当にベッドが古くて傷んでいたせいかは分からない。後者ならいいけど。
「てわけで、貸してくれ」
「余分なベッドや布団はないよ」
「春真と一緒じゃダメか?」
「さすがに狭いって。シングルベッドだし」
「四季ちゃんと一緒に寝るのでもいいぞ」
「そっちもシングルベッドだよ。というか、女の子と一緒に寝るって……」
他意はない。僕はまだしも、女の子である四季と一緒に寝るのは大胆だけど、如月にとっては友人と寝る程度の軽い気持ちだ。
理解はしているけど、凄い発言だと思ってしまう。
「紺屋もダメって言うか?」
「ダメだろうね。頼んでみてもいいけど、絶対に断られるよ」
「んじゃあ、ソファーを貸してくれ。次の休日……明後日か。そこでベッドを買いに行くし、それまでのつなぎだ」
「如月がソファーでいいなら止めないけど」
何ヶ月もソファーで寝るわけじゃないし、二晩だけなら大丈夫かな。
今日は金曜日だ。明日は土曜日で午前中だけの授業になり、明後日は日曜日で休み。如月は、明後日買い物に行くと言っている。
部屋に案内して荷物を置く。
そこでインターホンが鳴った。
紺屋さんがきたのかと思ったけど、出前だった。
僕は注文していないし、四季でもない。
如月の仕業だった。お世話になるお礼だと言って、手土産にお寿司を注文したって言っていた。
「神」
高級寿司をご馳走してくれる如月に対し、四季は大絶賛した。
一応、敵なのにね。
情が移るとか小難しいことを考えなくても、四季なら食べ物で籠絡できそうだ。
餌付けしておけば、全員が神になるんじゃない?
「仮定の話として、十二月たちがおいしいご飯をご馳走してくれるってなったら、四季はどうするの? 戦うのをやめる?」
如月に聞かれないタイミングで質問すれば、四季は頭を抱えて考え込んだ。
考え込むことなのか。てっきり「それでも戦う」って即答するかと思ったのに。
「僕に散々注意してたくせに、覚悟はどうしたのさ」
「だ、大丈夫。私は惑わされない。食べ物一つで態度を変えるほど、私は愚かでも無責任でもない。現実的に考えて、あり得ると思う?」
「普通じゃあり得なくても、四季は食い意地が張ってるから」
「誘惑に打ち勝つ。私は負けない」
「如月が用意してくれたお寿司は?」
「お寿司に罪はない。食べる」
現金だなあ。四季らしいとも言えるけど。
食べ物一つで意見を翻さないのは事実だろう。本人も言っている通り、そこまで愚かじゃないし無責任でもない。
今にも餓死しそうだって状況なら、食べ物に釣られるのも仕方ないよ。
餓死するわけでもないのに釣られたら、どこが覚悟だよって思う。
十二月は敵で、如月や紺屋さんも敵だ。この事実は残念ながら動かない。
ただし、食べ物がきっかけになるのはあり得るかもしれない。
食べ物で籠絡されるんじゃなく、食べ物をきっかけにして仲良くなるんだ。
千里の道も一歩から。ローマは一日にして成らず。
だったっけ? ローマの意味は知らないけど。
僕が少しずつ前に進むと決めたのと同じだ。
おいしい食べ物で一気に仲間になるのは無理でも、きっかけにして徐々にね。
紺屋さんは料理上手だし、この前作ってもらったハンバーグはおいしかった。四季の胃袋をつかむには十分だ。
如月の料理の腕前は知らないけど、お寿司を注文してくれたのはファインプレーだね。一緒に食卓を囲めば情が移りやすい。
お寿司に興味津々の四季だけど、紺屋さんが到着するまで待ってもらう。
一緒に暮らし始める記念の日だし、四人で食べる方がいい。
しばらく待っていれば、紺屋さんもやってきた。ケーキを手土産にして。
「神」
四季は大絶賛だ。神様の大安売りになっている。
四季に神認定されていないのは僕だけだ。ちょっと寂しい。
料理は作っていないけど、冷凍食品や中華料理はご馳走したのに。
ふてくされている僕に気付いたのか、四季がフォローする。
「満漢全席をご馳走してくれれば、速峰春真も神」
フォローになっていないフォローだ。僕だけハードルが高過ぎる。
「ご馳走できるわけないでしょ」
「ケチ」
「ケチも何も、そもそも満漢全席を食べられるお店がある?」
「速峰春真が作る」
「無理だね。紺屋さんは作れる?」
本当に作ってもらおうとしているんじゃない。
なんとなく気になって質問した。
「満漢全席の具体的なメニューを知りませんよ。材料も入手できるかどうか」
「実は私も知らない」
「知らずに言ってたの?」
「おいしい物を食べたい。お寿司も食べたい」
四季が我慢できなくなっているようだし、四人でお寿司をいただく。
如月は気が利くね。ちゃんと五人前ある。
四季が二人前食べるのは言うまでもない。
「神」
またしても神だった。かっるい神様だ。
僕は、神様とは呼ばないけど、お礼は言っておこう。
「奢ってくれてありがとう。高かったでしょ?」
「気にすんな。いきなり春真の家に住むって言い出したんだし、お礼だよ。毎日これを期待されても困るが」
「僕もそこまで図々しくないって。明日からの食事はどうする?」
「私が作ります」
「紺屋さんにだけ任せるのは悪いよ。とはいえ、僕も四季も作れないけどさ。如月は料理を作れる?」
「簡単な物だけな。紺屋ほどうまくない」
相談の結果、食事当番は如月と紺屋さんで持ち回りにする。
僕と四季は二人の手伝いだ。今は作れなくても練習していこうって。
掃除や洗濯は、僕と四季が中心になって行う。自分の部屋は自分で掃除するし、下着なんかの見られたくない物も自分で洗う。
なんだか、本当に共同生活が始まるんだなって感じさせる話だった。
四人での新生活だ。十二月の件がなければ、素直に楽しむんだけど。
明日以降の予定を決めながら夕飯に舌鼓を打ち、デザートのケーキも食べて満腹になった。
さて、僕や四季にとっての本題を切り出そうか。
如月と紺屋さんに、四季はケイサツで、変死事件を追いかけているって説明をした。僕も手伝おうと考えていることも。
人手が欲しいし、よければ二人にも手伝ってもらいたいと告げたところ。
「さすがに、すぐに頷くのは無理だな。驚き過ぎてうまく答えられねえよ。なんつうことをしてんだって気持ちしかない。放っておきゃいいのに」
「私もです。春真さんの頼みですし、聞いてあげたい気持ちはありますよ。他のことでしたら喜んで手伝います。しかし、変死事件となるとちょっと」
「まあ、そうだよね。危険だし、最悪は死ぬかもしれない。無理強いはしないよ。僕も無茶を言ってる自覚はあるから」
命を懸けて僕たちを手伝えとは頼めない。
二人が色よい返事をしないのは薄情じゃなく、当たり前だ。
簡単に頷かれる方が心配になる。何も分かっていないんじゃないかってね。
かくいう僕も、碌に事情を把握していないけど。
「私としては、変死事件を追いかける真似をやめてもらいたいですね。ケイサツでしたっけ? 四季さんはそれなのですよね? 職務を全うするために事件を解決しようと? それは構いませんけれど、春真さんは無関係なはずです。やめていただけませんか?」
「ごめん。それはできないんだ」
「そこまで四季さんが大切ですか?」
「四季が心配な気持ちもあるけど、他の理由もあるんだ。説明はできないけど」
詳しい事情を説明できなくて申し訳ないけど、やめることはできない。
とにかく、如月と紺屋さんの助力は得られない。残念だけどしょうがないよね。
話は終わりにして、順番にお風呂に入って休むことにした。
明日も学校があるし、夜更かしはできない。紺屋さんにもサボるなって言われているしね。
四季は、今夜も外に出かけて行った。
こんな時間に出かける四季を、如月と紺屋さんはいぶかしんでいた。ケイサツとしての見回りだって説明してあるけど、納得したかどうかは微妙だ。
「で、紺屋さんが僕を見張ると」
「私たちに内緒で、春真さんも出て行ってしまわないか不安なのです。暴論を承知で言いますと、四季さんはどうでもいいです。知り合ったばかりですからね。春真さんは大切ですし、危険な真似はして欲しくありません」
「四季を手伝いはするけど、夜に出かけることはないよ」
この辺は、何度も言っている力と覚悟の問題だ。
今の僕じゃ中途半端な対応しかできない。四季について行っても足手まといだ。
「僕は大丈夫だから、紺屋さんも自分の部屋で休めば?」
「春真さんが眠るまで見張ります」
「夜に若い男女が二人きりはまずいよ」
「何もしません。許可さえいただければ、喜んで襲わせてもらいますけれど、無許可であんなことやこんなことはしないと誓います」
「何もしないならいいかな」
四季と一緒に寝たこともあるし、不健全だのなんだのと言い出すのは今さらだ。
紺屋さんに見張られつつ、僕はベッドに入って目を閉じる。
傍に紺屋さんがいると、緊張してなかなか寝付けなかった。
それでも目を閉じていれば、ウトウトし出す。眠気がやってきた。
「春真さん」
紺屋さんが話しかけてきた。
半分以上夢の中に旅立っている僕は返事をしない。
だから、これが夢なのか、それとも実際にあったことなのかは不明だ。
「四季さんが警察とのお話、嘘ですよね」




