幕間 ノアシュランという名の男
イル視点で、数十年後の回想を書いてみました。
若干今後の展開のネタばれがあります。ご注意ください。
彼の者の名はノアシュランと言った。わしらはノアと呼んでおった。当時、10歳じゃった。わしと同い年じゃったからの。
赤い髪に黒い目、そして少し生意気そうな話し方が特徴的な少年。それが私の第一印象じゃった。
初めて見たのは冒険者ギルドのカウンターじゃ。
彼は私に気付かなかったようじゃが、わしは彼が字を書いたのに驚いたのじゃ。
普通、わしら農奴の子は字が書けないんじゃよ。
次の日、教練所に彼はおった。
わしら農奴の子は、平民の研修生に絡まれないように端で固まっておったんじゃ。
彼は違った。彼は教練所の真ん中に堂々と立ち、周りの様子を眺めていたんじゃ。そんな彼に、金髪で大柄な平民の少年が絡んできおった。じゃがな、彼はそやつを全く気にしていないようじゃった。平民を相手にしとらんかったのじゃ。
それだけでは終わらんかった。野山を切り開くわれら人とは相容れない森の民、エルフ(後にクーサリオンと名を知った。)と仲良くし始めおったんじゃ。
そんな彼に驚かされたわしらじゃが、【冒険者】として未だスタートをしておらなんだ。じゃからのう、差はないと思っておったんじゃ。
じゃがのう、違ったんじゃ。彼は鬼軍曹たるカーン教官のシゴキを簡単にこなして見せたんじゃ。
生きるために諦めるわけにはいかん。そんなわしらは、着いていくだけで精一杯だったのにじゃ。
そんな彼とな、わしらの違いをはっきり感じたのは、新人研修討伐でのことじゃ。
わしらは、カーン教官に率いられ王都近郊の東の林にゴブリン討伐に出んじゃ。
新人研修討伐は討伐隊と同じくらいの規模の群れで行うものじゃ。強すぎたり、多すぎたりでは研修にならんからのう。じゃが、その日、彼の者が見付けた群れは12体もおった。しかも、1体はゴブリンメイジじゃった。
戦闘は混乱を極めた。そんな中、わしは怪我を負った。ゴブリンに深く剣を突き刺しすぎ、剣が抜けんようになってしまったのじゃ。焦りで周りが見えなくなってのう、わしは棍棒で一撃を喰らってしまったのじゃ。
彼はエルフのクーサリオンとわしを庇いながら剣を振るっておった。
そしてわしは見てしまったのじゃよ。彼は笑っておった。あの喧騒の最中剣を振るうたび、敵を切り裂くたび、笑っておったんじゃ。
わしは初めての実戦に今にも泣きわめきそうじゃった。゛死にとうない゛ただその一心じゃった…。
そんな彼と再び出会ったのは、6月下旬のことじゃ。
その日、わしは同期で【弓士】のカクスに後衛を頼みスノーラビットを狩っておった。
狩りは順調じゃった。じゃが、気付くと様子が一変しておった。周りからスノーラビットがいなくなっておったんじゃ。
異変を感じたわしはカクスに相談しようと振り向いた。その刹那、右手に激痛が走りよった。痛みに微睡む意識の中で手首が千切れかけていたのが見えたんじゃ。
わしは痛みで気を失ってしもうたんじゃ。
それからどれくらいが経ったじゃろうか、意識を取り戻したわしの目の前に彼はおった。
わしは己の右手を見て治癒を諦めた。千切れかけた手足を接ぐには大回復しかないんじゃ。それには3百万Cが必要じゃ。新人には厳しい金額じゃった。
じゃがな、彼は治せと言ってきよった。たった10歳の子供が、3百万Cという金額を聞いた上で、何の躊躇いもなく、そう言い切ったんじゃ。
彼はわしに、なんの保証も持たなんだわしに、今まで貯めた報酬金を全て譲ると言ってきたんじゃ。足りない分は彼が借金してもいいんじゃと。治せば何とかなるとも言っておった。
さらに、彼は同期や教官、ギルド職員をも説き伏せてしまったんじゃ。結局、同期のカンパと教官への借金でわしは治癒ができたんじゃよ。
わしの右手がまだここにあるのは、彼のお蔭じゃな。いや、生存率20%とも言われる冒険者ギルドでの低年齢層を乗り越えられたのは彼のお蔭とも言えるじゃろう。
それからもわしは彼に驚かされ続けた。
12歳で最難関の試験のある魔法学校に学費免除の特待生で入学し、首席卒業してみせたこともあったの。
それから先はお前さんも知っとるじゃろ。吟遊詩人たちが唄っておるからの。
魔物、魔獸を狩り続け、迷宮も攻略した。
そして、とうとう彼の父を罠にはめた怨敵を打倒し、侯爵に叙されたんじゃ。今では家族と一緒にヴォルツ領にいるはずじゃ。
彼はわしら同期の誇りじゃよ。わしは彼のお蔭で結婚もできた。子だけじゃなく孫にも会えたんじゃ。
「私の知っているのはそんなところだよ。」男はそう言って、著名な吟遊詩人の詩を諳んじ始めた。
赤い髪 漆黒の瞳
右の希望は腐敗を切り裂き
左の掌は闇夜を照らす
口に紡ぐは破魔の言霊
彼の左には長命の弓士
彼の右には深遠なる女術師
彼を守護るは獸人の咆哮
彼が守護る愛しき女性
さあ起て 其は 希望の光
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