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到着

 結構な量の酒を飲んだからだろうか、次の日の目覚めは俺が一番遅かった。

 一応はシャンミールさんはこの中では一番位の高い貴族、ということで彼女が馬車の中を独占して就寝。

 俺達…というより俺は、それだけ確認するとそうそうと横になってしまった。

 眠りに落ちるまでの僅かな時間、宴というより炎を囲んでの小さな騒ぎがうるさかったなぁ、と微妙に記憶にあるくらいだ。



「まだ全然眠いよ…もう少し寝たい……」

「コウタ様、コウタ様…もうお昼になりますよ、馬車の中で寝ても良いそうですから」

「んむぅ…わかった起きう…起きうー…」


 アイリの優しげな声を聞いていると意識はゆっくりと沈みかける。

 だが平原に吹き付ける風は結構、寒々しくこのまま寝てるのは少しキツそうだ。


 馬車を借りても良いといわれたし、そちらで眠ることに……。

 ……あれ?


「馬車って、車輪ぶっ壊れてなかった…?」

「応急修理だが自分が直したよ…おはよう、おねぼうさん…君で最後だ」

「オレは商人ってのはもっと朝が早い生き物だと思ってたぜ」


 太陽のまぶしさに眼を細めながら身体を起こすと、確かに最後といわれるだけの事はある。

 野宿の為に行われた石を組んだだけのささやかな竈は崩され、何名もの男達が装備を確認。

 その中にはようやく意識を取り戻したのか、回復薬をぶちまけて治療したあの男も混ざっている。


 ただ、やはり傷が痛むのだろう。

 彼の装備は最低限で、動くと時々胸元を抑えては痛みに耐えている。



「事情は聞いた」


 むっすりとした不機嫌そうな聞き覚えの無い男の声。

 誰だろう?とそちらを振り向くと自らの剣を腰に装備し、金髪の青年が腕を組んで立っていた。

 彼は俺が起きた事を確認すると、わざわざ俺に手を差し伸べてくれると。


「彼らについて思うところが無いといえば嘘になるが、姫を守れるのならば私はこだわらない…街までよろしく頼む」

「あぁ…これはどうも、ご丁寧に…えっとジェイルさん?」

「ジェイルで良い、あの時は自分にとって最良の選択をしただけとはいえ、結果としてお前達を巻き込んだ訳だしな礼儀はいらないよ」


「ホントですよねぇ、コウタ様が殺すなっていうから殺しませんでしたが…あんな事されたら、生まれてきたことを後悔させてるところでした!」


 アイリさんは相変わらずめっちゃ良い笑顔でさらりと怖い事をいう。

 ほら見てごらんよ、ジェイルさんも苦虫を噛み潰したような顔をしてるじゃないか。

 俺を立ち上がらせてくれた手に少しキツい力が入って怖いよ?


「行商人夫婦に負けた、というのが納得いかない…しかし、あの鮮やかさは何十回戦っても勝てる気がしない

 自分の力が足りない事を実感して嫌な気持ちになってるだけだ、勘違いしないでくれ」


 俺の不安そうな表情を感じ取ったのだろう、ジェイルさんは苦い顔のまま笑うと立ちあがった俺に背中を向ける。

 多分きっと、馬車の方に向かうのだろう…ほんま、イケメンやでぇ……って、そうだ馬車!


 応急修理とか言ってたけど、一体どうしたんだろうと思って視線を向け…なるほど、と俺は思わされた。

 昨日魔法によって破壊された部分は結構大きく、全体の全体の半分以上が木屑となり哀れ、焚き火の燃料となっていたが、今日はその構成物質を大きく変えていた。

 簡単に言うと、土に変化していたのだ。


 壊れてごっそりと失われた部分の変わりに土、それも魔法で固めたのか外見だけで判断すると、崩れたりする心配のなさそうなモノ。

 そういえば車輪を壊した呪文も、あのローブさんの土魔法だったなぁと思い出し、こんなことも出来るのかと納得していると。



「コウタさーん!早くもう皆さん準備できてるんですから、早く乗ってくださーい!」


 馬車からひょっこりと顔を覗かせたシャンミールさんが、コチラに向かって大きく手を振りはじめる。

 ソレを見たジェイルさんは、危ないですから馬車の中にお戻りください!とか困った顔。

 大将と他の仲間達は俺が起きた頃からさっさと準備を始め、それぞれの馬に跨ってしまっている。

 

「そういう訳ですからとりあえずお休みの続きは馬車の中で…ということで大丈夫ですか」

「あぁ問題ない……助かったよ」

「当然のことをしたまでですよ、コウタ様」











 馬車に揺られる事、数時間。

 予定通りうとうとと二度寝の続きを行ったら、揺れがひどくて起き上がってしまったり。

 馬車の外に見える景色が新鮮で眺めていたりしていると、時間はあっという間に過ぎていった。


 昨日の騒ぎは姫にとっても中々、新鮮だったのかシャンミール姫は俺が起き上がる頃にはぐっすりと眠りについてしまう。

 ちょうど入れ替わりになる形だ。


 アイリは昨日使ったナイフやらに曲がりが無いか確かめたり、軽く柔軟運動をして体をほぐしたりと適当に過ごしていた。

 たまに御者台のほうに顔を出して、ジェイルさんと何かを話したりもしていたな。

 内容は…たまに聞こえてくる単語から想像すると、こうだ。


「アナタのした事はコウタ様にとって害をなしかけましたが、いざとなれば他人すら犠牲にして主君のためにする、その忠誠心は気に入りました」


 アイリさん、やっぱり怖いです。



 さて、馬車の旅は人の足で歩くよりも早く、また予想以上にあのローブ姿の魔法使いの応急修理がしっかりしていたのだろう。

 太陽が少しばかり低い位置になってきたかな、という頃には、ずっと遠くに街が見え始める。

 その時はあぁ、あそこにいくんだなーと思う程度だったのだが…さらに日が傾き、もうすぐ日が暮れるかという時になり、街が大きく見えてくると事情は変わってくる。



 俺が想像していた通りの、石を積み上げて市壁とした

 この世界の住人であるジェイル氏曰く、何も変わった所はない、ごく一般的な街……だそうだ。

 しかし初めて見る異世界の、ファンタジー感溢れる街は俺の中では新鮮で仕方ない。

 ついつい馬車から身を乗り出してそちらを見ていると、市壁の傍では夜警の為の篝火が準備されてる所だった。


「見えてきました、…あちらがシール子爵の治める街です」

「あれがか……」


 

 道中、軽く話してわかった事だがあの街を治めるシール氏というのは、シャンミール姫の父親。

 つまり公爵の部下として腕を奮い、その功績で子爵の位を国から貰いうけた、いわゆる成り上がりの貴族らしい。

 そのせいか領地を安定させる為に贅沢は薄く、治安維持や近所の森から手に入る材木などの輸出を積極的に行う人物だそうだ。


 まぁ、俺達が顔を合わせる事はないので興味は薄かったが、先日俺達が通ってきた森。

 実はあそこもそのシール氏の領地であり、木を切る為には許可がいるらしかった。

 野宿をする分には咎められたりはしないそうなので、その点では俺達は違反していないのだがな。


「私達は街に到着次第、シール子爵の屋敷に行き面会の予定ですが…コウタさん達はどうします?」


 どうします、とは一体どういう事だろう?

 俺達に普通に別れてはいさようなら、以外の選択肢があるのか?


「もしコウタさん達が望むのでしたら、道中で出会った腕のたつ護衛、という事にして一緒に来てくれても構いません

 シャンミール様の命を救っていただいた、という功績がありますので、何かしらの謝礼が出るかもしれませんが…」



 なるほど……そういう風に扱ってもらう事も可能なのか。

 しかし俺達は設定上は旅の商人、そんな場所にひょっこりを顔を出す訳には……。


「コウタさん達は商人との事ですので、子爵と面会も出来れば何か金儲けのチャンスも訪れると思うのですが…いかがします?」


 そういえばそうだった!

 うっかりしていたが確かに商人ならば、ここで子爵とのコネや面識を作っておくとこれ以上ないチャンスと思う場面なのだろう。

 しかし正直な話、これ以上関わる気はない…というより、政争っぽい所に巻き込まれるのだけは勘弁して欲しかった。

 実際はどうなのか知らないが俺の頭の中では、偉そうな人たちが笑顔で腹の探り合いをしたり、暗殺者がどんどんやってきたりするようなイメージ強いのだ。



「いえ…確かにコネは欲しいですけど、シール子爵もこんな行商人の事を覚えたりはしないでしょう」

「さて、どうでしょうか…今、この領は発展途上。優秀な商人であれば一人でも繋がっておきたいのだと思いますが…」

「ならそれこそですよ、馬車も持てない私達が他の同業者を出し抜くなんて、夢のまた夢ですからね、食いつぶされないように関わらない、コレもまた一つの知恵ですよ」

「そうでしたか…残念です、では何か困ったことがありましたら、バルトテルの家のことを覚えていてください 

 シャンミール様はアナタ達のことをずいぶん気に入り、多くの事を私に話してくださいました…きっとお力になってくれるでしょう…私個人としても、あなた達には興味がありますしね」


「わかりました、ありがとうございます…とても強い味方を得た気分です」




 思うんだがジェイルはシャンミールさんの従者の割にはずいぶんと荒っぽい所があるらしい。

 軽く礼を言っておくと、ニヤリとした強気の…まるで粗暴で粗野でしかし頼りになる笑みを浮かべて俺を見た。

 それはどちらかと言うと、馬にのって外を歩いている大将たちのような笑い方で、しかしこの金髪の美青年がすると不思議と似合っているのだ。












 若干意外なことだったが、市壁の門はコレでもかと言うほど広かった。

 大人が五人は横並びに手が繋いでようやく端から端まで届くか、というその場にはあわせて4つくらいの小さな列が出来ている。

 コレだけ広いと攻め込まれた時とか大変だろうなぁ、と思って上を見れば、小さな覗き穴らしきモノが幾つも並んでいたりするし。



「何ていうか最新の方式で作られた実用性十分の堅牢な城門って感じだよなぁ」

「しかし壁はあまり高くありませんね…私なら、夜闇にまぎれて飛び越せます」

「そりゃアイリならそうだろうよ!」

 


 シャンミール姫を乗せた馬車とその一行は、旅装束に身を包んだ者や、粗末ながらも馬車に跨る人。

 色んな人たちが作る列を横目にどんどんと前に進んでいくと、列の先頭に割り込んだ。



「門を通りたいのであれば列の後ろへとお並びください、それから何か問題を起こせば48時間は入門を拒否させていただく仕組みとなっております」




 背の高い槍を構え、鈍い鉄色の鎧を着込んだ門番が無愛想な声でそう告げる。

 ただ彼もジェイルが御者を務める馬車が他とは違う、と言う事を感じ取っているのだろう。

 あくまで職務として問いかけている、といった雰囲気も同時に感じる。


 一方周りの連中は馬車を見て、流石に貴族のモノとは思わないのか賄賂を渡して通らせてもらうのだろう、みたいな敵意交じりの視線を飛ばしてくる。

 だがジェイルは慣れたもの、自らの懐から何か花のような刻印が押されたメダルのついたペンダントを取り出すと、門番に見せた。




「失礼、我々はこういうものだ…コチラの領主に至急面会したく参った」

「…!…か、かしこまりました、…お忍びですか?」

「そうだ、出来る限り秘密にしたい。館の場所は知っているから、自分達で行くので何も言わずに通してほしい」

「は、はい……それではこちらにどうぞ…おい!お前達は後だ、どけどけっ!!」


 すげぇ!門番さんが顔色変えて順番待ちの連中を下がらせはじめた。

 人が一斉に下がっていく、馬車が一台通る為に道をあける様はある意味壮観だなぁ…。


「ありがとう」


 ジェイルはそんな様子など慣れたものなのか、気にしないのか門番に軽く礼を言うとそのまま馬を歩かせ始めた。

 後ろからはぞろぞろと、大将たちが付いて来ている。

 その一人一人が、一体どこの偉いさんの付き人なのかという怪訝そうな視線にさらされているが、誰一人として気にするものはいない。


 全員が淡々とした様子で、あっさりと門をくぐると、門前広場で再び馬車を止める。




「では、我々はこれで…コウタさん、アイリさん。何かありましたらすぐにシール子爵の家を頼ってください…力になります」

「あら…力になるのと同時に、私達のこともあてにしているのでしょう?」

「その通りです、…本当ならアイリさんにはシャンミール様がひと段落つくまで、護衛として残って欲しかったのですが」



「ははは!そう言ってやるなよ坊主!おっと、俺達は宿を取ってギルドによって適当に仕事をしながら、他の団員に使いを出すから、しばらくはこの街に滞在だぜ

 なんだったら若旦那達のかわりに俺達が護衛でもしてやるか?」


「確かに、その提案は魅力的だが私の中には遺恨が残ってる、…まずは子爵の家の人員を頼りにし、オマエ達に頼るのは最後だと思ってくれ」

「なんでぇ…ちぇっ、せっかく貴族様の元で仕事が出来るかと思ったのによぉ~」




 ふんっ、とジェイルが鼻で笑いながらも少しだけ楽しそうにしていると、ひょっこりとキレイな薄茶色が馬車から飛び出してきた。

 言わずとしれたシャンミール姫だ。

 どうやら昼寝から眼が覚めたらしい彼女は、少しばかり頭に寝癖をつけながらも街の中についたことを理解した様子で。



「皆さん、昨日はとても楽しかった…私あんなに楽しかったの初めてでした、またよろしければ野宿しましょうね!」

「おうおう、姫さんよ…俺らみたいな下賎な奴らと一緒にいたら下賎が移っちまうぜ」

「その通りですシャンミール様……先日の事は夢と思ってください…ですがまぁ、姫がどうしてもと言うのであれば、ですね」

「本当ジェイル!やったぁ、だからジェイルは大好きなの!」



 そのままシャンミールさんは大喜びで飛び上がり、ジェイルに抱きつくと彼の姿勢を崩したりしながら別れを惜しみつつも馬車で道の向こう側へと行く。

 彼女は人ごみにまぎれて姿が見えなくなるまで、身を乗り出して手を振っていたし、俺達も手を振ってソレを見送った。

 大将にわざわざそんなことするんですね、って言うと、身分の違いってのもあるし二度と会えないだろうしな、と笑っていう。

 他の手下達も似たような調子で、シャンミールさんの姿が見えなくなってようやく、馬車から降りたりして身体のコリをほぐし始める。



「さぁーってと……んじゃま、宿でも探しに行くか…っと、コレも何かの縁だ、コウタやアイリさんも一緒に行くかい?」

「いや、えっと…良いのかな?」

「自分は構いませんよ、アイリさんには先日の蹴りのお話を聞きたいですし、他の団員も歓迎しているみたいですしね」


 ローブ姿さんの言葉に言われてみれば、確かに残りの三人も俺達の方を伺いながら頷いたりしている。

 コレは確かに期待されているな……。


「そうですか?それじゃあ良ければご一緒させてもらおうかな…」

「おぉ!本当か…そりゃ良かった、んじゃ一緒に行こうぜ、オマエさん達には聞きたい事が色々あるんだよ!」


「あはは、お手柔らかにお願いします…あ、それと宿を取ったらギルドって所に自分達もついていって見ても良いですか」

「おう良いぜ~、それに色んな店とかも見てまわろうぜ、だってお前さん達そこら辺のこと疎そうだもんなぁ」

「いやぁ…はは、まぁ…そうなんですが良いんですか」


「もちろんだぜ!!なにせお前ら………」






 商人なんかじゃないもんな?






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