したくも無い敵対
「大将!馬車の中には誰も居ねぇよ!」
「ははぁん、よっぽど慌ててやがったのか…まぁ無理もねぇか…こんな状況じゃなぁ」
「くぅ…姫、お逃げください…この程度ならば自分が足止めを致しますので、森へ!」
「そ、そんな!無理です私一人で逃げていくなんて…アナタも一緒でなくては!?」
「今からこいつらに背中を向けて逃げるなど不可能です…姫が森に入ったのならすぐに追いかけますから、早く!」
青年は鞘から両刃の直剣を取り出すと、鈍い木製の鞘を投げ捨てる。
剣!髭面の大将と呼ばれた男も、大剣を持っていたが、こうして取り出した所を見ると実感がわいてきてしまう。
日本以外の世界にやってきた、という実感。
これからここでは殺し合いが始るのだ、という実感。
明確な人数差を前にこれから青年は殺されるのだ、という実感。
色んな実感が一気に沸いてくると、暴力の予感を前に俺の手は震え始める。
アイリに言われた事も忘れてそちらを凝視してしまう。
金に近い黄色のドレスを纏った女性が、思わず美人だったと言うのもあるだろう。
腰まである薄い茶色の髪は、隠れている場所から見るだけで手入れされた日本人のソレと比べても遜色はなさそう
俺はふと、実家の母親のことを思い出す…母さんもそういえば、髪の色があんな感じに赤味が強くて小さい頃は大変だった、と話してくれたことがあったな…。
母のことを思い返すと、途端に俺は目の前で繰り広げられている出来事に現実味を感じられなくなってくる。
しかし現実逃避などをしている暇はないと、繋いだ手の温もりが俺の心をその場に引き止めてくれていた。
「手元が狂うかもしんねぇからよ、大人しくしてくれてたら痛くしねーからさ…頼むよ、逃げないでくんないか?」
「ふざけるな!そんな事をできるはずがないだろう…俺はこの方を託されたんだぞ!」
「俺らだってそうさ、大金を貰ってこの仕事を引き受けちまった以上は、やり遂げないといけねーのよ」
「そろそろ殺っちまおうぜ大将、早くしないと誰か来ちまうかもしれないぜ」
「なぁに…心配することはねぇよ、ここは見晴らしが良い…誰か来たら一発でわかるんだし、良いじゃんかよ」
「くそ…何か、何かないのか…」
「誰か…助けて……っ」
馬車の中を調べ終えた男も加わり全部で5人、それぞれ思い思いの言葉を口にしながら青年と、ころんだままの姫と呼ばれた少女へと近づいていく。
時々、恨まないでくれよという声が足音に混じって聞こえてくる。
万事休すか…しかし、この距離でまだ彼らがこちらに気がついてないのは、素直に幸運だな。
「…………」
「…………」
森へと顔を向けた彼女と、彼女たちを見つめる俺。
視線が交差して、時間にしてたっぷりと数秒間、お互いの間に何ともいえない無言が流れる。
実際はもっと短い時間だったかもしれないが、明らかにお互いの存在を確認しあった視線のぶつかり合いに、俺の心は一気にざわめく。
馬鹿か俺は、幸運だと思った途端に踏んだ!ちくしょう!!
心の中で毒づき彼女…姫が俺に気がついていない、という超奇跡的な幸運に期待するタメに姫から視線を逸らし目を閉じる。
「助けて…助けてください、そこのお方!お願いします、お助けを!!」
「は?」
その疑問の声は果たして誰があげたものだっただろうか。
姫の視線の先を確かめるように、草むらに伏せていた俺達に対して視線が一気に集中していく。
「姫?そちらに誰か…お下がりください、追っ手の一味かも知れません!」
「全員後ろに下がれ、姫さん方の援軍かもしれねーぞ」
青年と髭面の大将は殆ど同時に指示を出し終えると、お互いに距離を取りはじめた。
どちらの瞳にもイレギュラーである俺達に対しての警戒心はあるが、大将の方が少しばかりその色は強い。
代わりに青年の方は考え込むかのように唇を引き結び、直剣の先をどちらに向けて良いのか迷っている。
「アイリ、見つかった…ごめん姿を見せよう…ホントごめん俺のせいで」
「ふふ…構いませんよコウタ様、私がいる限り結果は変わりありません」
アイリは望みのままに命令しろ、と俺に言った。
なら設定上の彼女の強さを信じるのならば、多分それはその通りに実行されるのだろう。
だけど、せっかく準備や助言までしてくれた彼女の行為を無駄にした自分の迂闊さに思わずため息が出てしまった。
がさっ…と草むらを揺らめかせて、俺とアイリは伏せていた身体を起き上がらせる。
「ああ、ああ…お願いします、私たちをお助けください…報酬ならば、この鞄の中に入っているのです!」
「貴様は一体いつから…いやそれより姫様、お離れください…まだ彼が善良な人間であると決まった訳ではないのです、ヤツの放った刺客かも知れません!」
「おっとぉ?コイツは予想外の展開ってヤツか…しかし、しかしマズいなぁ…俺らの姿を見られちゃったかぁ…なあ兄ちゃんよぉ、その姫さん共々…俺らのねぐらで命だけ、は助けてやるから、素直に投降してくんねーか?」
「ふざけるな!誰がそんな事をするか…それよりおい、君たちは誰かの手先ではないのか!?」
体についた土やら、頭に振りかけたカモフラージュの為の草やらを払っている間も、彼らの間で会話は進む。
命だけは助かる…もしかしたらキレイどころの二人は逃げられないように足の踵を切り落とし、ねぐらとやらで飼われるのかもしれないな。
俺の大の得意な妄想力をフル回転させて、二人の末路を考えるとその手のゲームに慣れている俺としては少し胸が熱くなる。
いや不謹慎だ、今は考えるのはよそう…なにより今は
アイリのお陰でまだ、心に余裕があるとはいえ男たちの刺すような視線と、実際に俺を突き刺せる剣の存在が結構怖い。
「私たち、自分たちの足で行商を続ける旅の夫婦でして…これから、あちら側に荷物を運ぶ途中でしたの」
灰色の髪を揺らめかせたアイリが胸の前に手をあて、優雅に身体をくの字に90度折り曲げ丁寧にお辞儀。
俺も遅れてそれにあわせて頭を下げると、それぞれの陣営の表情に変化が訪れた。
「商人!そいつはイケねぇや…あちらこちらで旅をされたりしたら堪ったもんじゃねぇ!」
「そうだぜ、俺らの事が知られちまうのは不味いよ大将、妻の方は良い女だし…こいつも飼っちまおうぜ!」
「まぁまぁ待てお前ら、どうしてその小さいブツでモノを考えんだよ」
大将率いる狩猟者側は、それぞれの思いを口に出しての小さな意見交換の場が設けられ始める。
もちろん彼らの眼光は鋭く、一瞬たりとも油断することはなく俺や、青年を射抜いている。
「商人か…お前ら、荷物はどうした…」
「お助けを…助けて……死にたくはないのです…」
「は、はぁ…荷物ですか…は、はは…何処行ったんでしょうね?」
「私たちが今回商わせていただいてるのは、少量の金のインゴットですの…体に持ち隠してありますわ
もっとも、その場所を言うわけにはいきませんが…私たちの大事な商品ですから」
「金!良いねぇ…大将、やっちまおうぜ!」
「だから待てつってんだろ!どつくゾ!」
アイリのついた咄嗟の嘘に追従するように俺は頷きながら、ズボンのポケットを庇うように撫でまわす。
そこにはこの世界に飛ばされたときに所持していた、スマホが入っており僅かに生地が膨らんでみえる。
見ようによっては金を庇った小心者の旦那、に見えなくはないだろうか…?
というか、そう見えてくれ…頼むよ……と思っていると、青年は小さく舌打ちを一つ漏らした。
よほど追い詰めているのだろう、その表情は藁でもその場にあれば利用してやろうという、意地汚さのようなものが垣間見えてしまう。
「お聞きください、此方の女性は東の公爵バルトテル家のご息女にして、その御姿を帝国の珠玉と称えられるシャンミール・リ・ジレア・バルトテル姫であります!
しかしそれも過去の話となろうとしています、バルトテル家は卑劣な悪逆地方貴族シュレイン家の策略にはまり、当主やその奥方様は処刑されてしまいました!
ご息女であるシャンミール様だけは何とかお逃げになられたのですが、彼ら暗殺者の魔の手がここまで伸びて来てしまったのです
お願いします、この局面を突破して帝国の珠玉を救える英雄はアナタ様しかいないのです、どうか、どうか我らに手をお貸しください!」
長い、喋ってること長いよ!?
何それ帝国とか珠玉とか公爵…公爵って貴族様じゃん、なんで追いかけられてんの?
というかシャンミールさんって言うんだ…こうしてみると美少女だけど、少し顔が悲壮的過ぎるなぁ……
唐突に自分たちが置かれた状況を説明し始めた青年の言葉を聞いて行われた俺の思考は、ついていくことが出来ずに思わず逃避。
アイリの眼が細められて、何か凄く怖い感じになり始めているのが凄く印象的でした。
もしかしてアイリは正義感に目覚めて、彼らを救おうなんていいだすんだろうか…彼女がそうする分には構わないが、その場合は俺を戦力として数えないで欲しいなぁ。
「丁寧な説明ありがとうございます…あなた方の状況はわかりました」
「おお!それでは悪漢たちを退け、我らを助けてくれるのですね!」
大将たちのほうから、悪漢だってよぉ!と笑い声が聞こえてくる。
どうやら彼らの結論は出たらしく、剣や杖などそれぞれの武器を手に青年との距離を再び縮め始めた。
先ほどまでと変わった事といえば5人居る襲撃者のうちの2人ほどが俺達の背後に回るように、大きく迂回を始めたことだろうか。
今動いたり逃げ出したりすれば、彼らはその網を一気に狭めて襲われてしまうかも。
嫌な想像が頭の中に浮かぶと不思議とそこから動くことはできずに、俺達…追われる側だった主従も合わせて4人は囲まれてしまう。
「あー…そっちの夫婦さんだっけか?わりぃな、この場は見逃す事も考えてたんだけどよ…今の話を聞いちまったんなら、殺すか何かしねぇといけなくなっちまったんだ」
「はっはっは…いやマジっすか?」
「これも仕事なんでね、恨んでくれていいけど化けて出るのだけは勘弁してくれや」
「勘弁してくれよ…マジで…おいおい」
なんでこんな事に巻き込まれているんだ、とため息が出てしまう。
本当ならこんな悠長なにしていられる場面ではないのかも知れないけど、だってしょうがないじゃないか。
巻き込まれてしまったのだから…と思う反面、俺の視線は先ほど長い台詞で事情を説明してくれた青年へと向かっている。
彼は剣を手にしたままシャンミール姫に何事かを耳打ちすると、眼前の三人の方へと強く視線を向けた。
一方、従者から何か言葉を授かったシャンミール姫は此方を見ると悲痛な面持ちを向けていたが、何かの決心がついたのだろう。
静かに立ち上がると軽く頭をさげ、従者の立ち居地と俺達の位置のちょうど真ん中にある空白地帯まで後退しだした。
もしかしなくてもこれって……
俺達おとりにされてる?