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七章 黒翼の魔



 暗いとは聞いていたが、まさか星の光一つ無い真っ暗な場所とは思わなかった。

 “黒の星”、“黒の都”。かつて不死族の人達が暮らしていたと言う家々は、住人がいなくなった後も殆ど倒壊せずそのまま残っていた。

「誰も残っていないんですか?」

「いや、あそこに一人いる」

 運転席に座るカーシュが、長鎌の先端で奥に聳え立つ城を指す。

「ワームレイって言う、あの城の建築家兼施工主よ。お父様がどんなに言っても出てこなかった、不死族一の変人。玄関に寝かせてあるから、気になるなら挨拶していけば?――お父様がいなければの話だけど」

 宇宙船を降り、ウィルネストさんの召喚した小型の炎鳥を頼りに、僕等は街の広場へ踏み入った。今の所、人の気配は全く無い。

「本当に“蒼の星”から宇宙空間を飛んでここまで移動したの?とても信じられないわ」

「ああ、間違いない」

 半信半疑のルザはまだ本人のままだ。例の鞄もきちんと持って来ている。冥蝶さんは、矢張り誠さんを見つけてから出てくるつもりなのだろうか。

 アレクは物珍しそうに闇に浮かび上がる家並みを眺め、まるでユアン・ヴィーの伝記に出てくる地底遺跡の街だ、と呟く。今思ったが、殺傷能力の低い“透宴”で誠さんに攻撃出来るのか?


『さみしくないの?』


 悪夢の中のメッセージ。しかしあのニュアンスは、愛する人が失踪したのとは何だか違う気がする。エレミアにいる子供の誠さんの事もあるし、一体彼に何が?

 街から見た以上に城は大きかった。少なくとも五階分はあり、百人は余裕で住める広さだ。

「おかしいな、全開になってる」巨大な玄関の両開き扉を示すカーシュ。「ルザ。お前帰る時ちゃんと閉めたよな?」

「勿論よ。ワームレイも意識が無かったし、無用心だわ。周りは“黒の森”だからそうそう盗人なんて来ないと思うけど、念のためね」

「じゃあ……誠さんが?マジで?」

 弱気な発言に、幼馴染が頬を膨らませる。

「も~カーシュ君のヘタレ~!遠足にでも来ていたつもりですか~プンプン!!」

「わ、悪かったよデイシー!だから機嫌治してくれ」

「あんた達ねえ……」同級生二人に呆れる同居人。「行くわよ」

 一歩踏み出した時、ルザが軽く呻いて左によろけた。僕が腕を掴んで支えようとすると、大丈夫だ、低い声で拒否し鞄を持ち直す。

「俺が間違えるものか。奴の気配だ……どうやら既に先客と戦っているようだな。早目に行くぞ機械人形」

「はい」

 僕が彼の隣に行こうとすると、ちょっと待った~!デイシーさんが止めた。

「あなたが噂の冥蝶さんですか~?初めまして~私達の事は御存知ですか~?」

「ああ、二人はルザの同級生だろう。で、お前はこいつの保護者。表には出てなくとも、ルザの目を通してずっと見ている。自己紹介は不要だ」

「……あんたがルザの首をあんな事にしたのか?」

 アレクが死霊術師の村での頚椎骨折の件を言うと、違う、そっちは“黒の絶望”の仕業だ、冥蝶さんははっきりと否定した。

「尤も、冥蝶の活動を抑えるため心臓の鼓動は止めのは俺だ。安心しろ。今の所は安定している」

「――本当に殺したんだな。クレオから聞いてはいたが……」

 口元を押さえ、アレクは気分悪そうに呟いた。

「“赤い世界”を招かないための止むを得ない処置だ。だが生前と殆ど変わらないだろう?心臓が機能していないのと痛覚を失った事以外は」

「でも完全に進行を止めた訳じゃないんだろ?」

 カーシュの問いに彼は、ああ、何時また覚醒が始まるかは俺にも分からん。今も危険性は十二分にある、と簡潔に答えた。

 肩をとんとんされ、突いたウィルネストさんの方を振り返る。僕はなるべく手短に説明しようとしたが、結局知っている全てを喋らなくてはならなかった。

「成程な……大事にするも何も、彼女は既に生命を失っていたのか。本人が知らないとは言え、平手打ちはやり過ぎだったな。悪い」

「お前が気に病む必要は無い、聖王。生死に関わらず死霊術は術者に多大な負担を掛ける。何より蝶を呼び覚ますきっかけになるやもしれん。使わないに越した事は無い」

 そう言うと彼はロディ君とキュクロスお婆さんの入った杖を扉に立て掛けた。鞄も置こうとしたが、僕が受け取って阻止する。ここに置かれては、必要な時に困る。

「ここからは死霊にとって危険領域だ。ルザが寝ている間に消滅させる訳にはいかない」

「そうですね。――と言う事で二人共、少し待ってて下さい」

『分かってるって兄ちゃん。その代わり姉ちゃんと冥蝶を宜しくな』

「はい。勿論です」

『ちゃんと帰って来るんだよ?でないと杖から飛び出して魂を食べに行くからねぇ』

「そ、それは困ります!?」

 カラカラカラ。『冗談だよ。でも出来たら魂が天に昇る前に教えてくれると嬉しいねぇ』

「余りこいつを混乱させるな。普通に待っていろ」

 冥蝶さんに注意されたが、お婆さんは年の功で声色一つ変えない。

『場を和ませようとしただけさ。年寄りだしねぇ、私はそろそろ眠るとするよ』死霊でも睡眠がいるんだ。

 玄関は荘厳で、エレミアの神様の屋敷より数倍広かった。入口から螺旋階段まで深紅の長毛の絨毯がずっと敷かれ、靴が埋まりそうだ。と、右に続く通路の脇に誰かが毛布を掛けて眠っていた。さっきルザ達が言っていた建築家さんらしい。そこは何も敷いていない石の床だが、もう少しの辛抱だ。誠さんを元に戻せば、きっとあの人もバッチリ目覚めてくれるはず。


 ゴオオオッッッ!!


 豪風が吹いたような音は上の階からだ。続いてバサバサッ!荒っぽい羽音が響き、見覚えのある赤毛の男性が階段から飛んで降りてきた。


「ケッ!中々やるじゃねえか骨野郎!このミーカール様と互角に戦うたぁ手前、ぜってーぶっ殺してやる!!」


 鞘と柄に金銀宝石の装飾が付いた剣を振り回すと、ボオォッッ!燃え盛る炎が噴き上がった。


「止めろ四天使!手前にまーくんを殺されてたまるか!退け!!」


 ウィルネストさんの叫びに、シルクさんのお父さんは舌打ちしながら振り向いた。

「餓鬼がぞろぞろお揃いで、修学旅行かっての、ケッ!」

「手前、自分のやってる事分かってんのか?“黒の絶望”を破壊したら封印が一つ解けるんだぞ」

「だからどうした?奴はこの宇宙の癌細胞だ。殺らなきゃこっちが殺られる」

 憎々しげに吐き捨てる。

「神はあの状態だ、あてには出来ねえ。だから俺が滅しに来た」

 あの状態?神様も病気になるのか?

「帰るのは手前等の方だ。でねえと先に始末するぞ」

「それはこっちの台詞だ。本番の前に封印を一つ余分に破るのも悪くない。だが」ウィルネストさんは頭を振る。「怪我していた彼女はどうした?」

「あぁ?何で手前に人形の具合を教えてやらなきゃなんねえんだ!?」

 シルクさんの事を訊いた途端、お父さんは裂けんばかりに眉間の皺を深くした。

「普通心配するだろう。こいつ等は彼女の友人なんだぞ」

「ケッ!ちっと下界に降ろした間に随分甘っちょろくなりやがったな、あの非情者が。それもあのチビの影響か、おっと!!」

 ぶわっ!剣を斜め上に振るい、落下してきた黒い人影を焼き払う。僕達がプルーブルーで襲われたのと同じ奴だ。

「ウザってー!下僕ばっか召喚しやがってあの野郎!近付けさせないまま消耗戦に持ち込む気か!?」

 再び複数の影が落ちてくる。ところが今度は炎を受ける直前、それぞれ三つの線状に分かれた。先端が錐のように鋭く尖る。


「っな!くそっ!!」


 剣を振り回して薙ぎ払いつつ、両翼を羽ばたかせて僕達の方へ向かってくる。ドスン!僕の目の前に両脚を踏ん張って降り立った。

「まだ来てるぞ!」

「任せろ。はっ!」

 冥蝶さんが右手から紫色の炎を放出し、黒い槍を残らず消滅させる。

「拙い。こいつ等はどうやらここで死んだ連中の思念のようだ」

「ここで……でもどうしてそれが拙いのですか?」

「詳しい説明は省くが、この城と周辺は宇宙でも有数の死の密集地点だ」

「“忌み地”、でしたっけ?」シルクさんが言っていた。

「その通りだ。今の奴は“蒼の星”の数百、下手をすれば数千倍の僕を使えるぞ」

「道理で殺っても殺っても数が減らねえ訳だ!おいアマ!何か手はあんのか!?」

「その前に教えろ。まーくんは二階か?」

「ああ、食堂に陣取ってやがる。気味悪ぃ歌を歌いながらな」

 子守唄だ……きっとメノウさんが歌っていた物。


―――やっときてくれた。


 待っていたんだ、ずっと。両親が再び自分の手を引いてくれる日を。

「方法は無くはない。ただ一つ条件がある」

「あぁ?」

「俺達と手を組め。七人なら影を封じつつ奴と勝負出来るはずだ」

 提案は鼻で嗤われた。

「手前等人間とだと、巫山戯てんのか?」

「なら一人で突っ込むがいい。お前が影を減らせるだけ減らした後、俺達は悠々決着を付ける」

 顎を上げ、冥蝶さんは余裕の表情。対するお父さんは今にも斬り掛からんばかりに悔しげだ。

「ぐぐ……」

「僕からもお願いします。僕達と誠さんを元に戻して、早くシルクさんの所へ行ってあげて下さい」

 最悪協力は得られなくてもいい。けれどお父さんをみすみす死なせては、療養中の彼女に顔向け出来なかった。

「人形の名前を出してホイホイ言う事を聞くと思ったら大間違いだ」

 やっぱり僕の説得では駄目か。と思っていると、

「ケッ!一回こっきり、今回だけだ!!」剣を振って一際激しい炎を噴き出しバサッ!翼で一気に二階へ上がる。「さっさと来いノロマ共!」

 天の炎、また預言通りだ。エリヤさんは本当に百発百中なんだな……少し怖いぐらいに。

「行くぞ機械人形」

 冥蝶さんが階段に足を掛けかけるのを、いや俺が先に行こう、お前は指示を頼む、ウィルネストさんが止めた。

「分かった」

 彼を先頭に広い螺旋階段を昇る。見る見る内に階下が遠くなっていくのを見つつ、僕は戦う時の注意点を伝えた。

「あの影は斬り付ければ消し去れます。でも、くれぐれも触られないよう注意して下さい。生きる気力を吸収されて、当たり過ぎるとプルーブルーの人達みたいに仮死状態になってしまいます」

「マジかよ」

「後、奴の目は絶対正面で見るな。機械人形のように意識を持っていかれるぞ」冥蝶さんが補足説明を入れてくれる。

「ああ」

「こいつならともかく、普通の人間が奴の悪夢に耐えられるとは思えない。ショック死したくなかったらくれぐれも見つめ合うなよ?そう言う趣味でもだぞ」

 プッ!僕達は同時に吹き出した。

「あんたでも冗談を言うんだな」カーシュがゲラゲラ笑いながら言った。

「冗談?」首を傾げウィルネストさんの方を指差し「俺は普通に彼へ言ったつもりだが」

「ああ、成程」

「心配するな、俺に『死の瞳』は効かない。だがお前等は充分注意しろよ」

「わざと悪夢に入って仕返ししてもいいですけど~、その間に死んじゃうのは勘弁ですね~」

 デイシーさん、まだ根に持っている……アレク、隙を見せたら背中からまた電撃を打たれそうだ。

 階段の終わりが見えた。耳に炎の雄叫びが響き、人工皮膚が気温の高さを伝達した。




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