六章 七の預言
約束の夕刻には少し早いけど、僕とウィルネストさんはシャバムへ帰ってきた。船着場を出、大通りを真っ直ぐ政府館へ歩を進める。不死族の人達がいないせいか、いつもなら人通りの多い時間帯なのに街全体が閑散としていた。彼等のゴールデンタイム、夜になったら更に寂しくなるだろう。
「こんにちはクレオ」
後ろから聞き慣れた声。振り返って、エリヤさん、と彼女の名前を呼んだ。
「宣告は的中したでしょ?」
「ええ……でも、どうしてシルクさんが大怪我する事を教えてくれなかったんですか?知っていたら防げたかもしれないのに……」
「?それは誤解だわ。七十七羽の預言は絶対、口に出せば百パーセント現実に起こってしまう」
「なら、逆に何故無傷だと言ってくれなかったんです!?そうすれば……」
駄目だ。彼女に責任は無い。全部悪いのは僕なのに。
「済みません……エリヤさんには何の非も無いのに怒鳴ってしまって」
「ライバルだから」
「え?」
「七十七羽が宣告をしなかった理由。敵に塩を送るなんて馬鹿げているわ。だけど逆効果だったみたい。難しいものね」
「??」
「ふふ、何でもない。そうだ、二日連続でヴィジョンが来たの、聞かせてあげる。あ、でも」クルッと一回転し、中身の無い袖を揺らす。「いつも無料ではあなたも気が引けてしまうかしら?」
「え、ええ。確かエリヤさんのお店って、二ヶ月以上予約で一杯なんでしょう?値段も結構高いんじゃあ」
「まあそれなりには。でもクレオなら、一回につきお茶の一杯も奢ってもらえれば喜んで宣告を与えてあげる」
よく分からないが、僕はどうやら気に入られているらしい。
「今日の預言は悪い事ですか?」今夜は昨日みたいになっては困るのだ。何せ世界の命運が掛かっている。
「さあ、どうかしら?七十七羽的にはそこそこ良いと思うけれど」
「――分かりました、お願いします。お茶は何がいいですか?」
「ん~、この街で一番美味しいコーヒー、なんてどう?」
「どうって、訊いているのはクレオだぞ」ようやくウィルネストさんが会話に入ってくる。「もしかしてエルの事を言っているのか?確かにあいつなら美味い豆を唸る程持っているだろうが、朝行った時は食堂の不味い奴淹れてきてたぞ」
「ええ。執務室のコーヒーメーカーが壊れたとか。確かに、今朝は余り美味しそうではありませんでしたね」心なしか不機嫌だったし。「だから今は飲めないはず……まさか」預言で既に直したとでも言うのか?
「行ってみれば分かるわ。エスコートしてもらえる?」
「ええ、行きましょう」
僕が歩き出そうとすると、彼女は何故か軽く頬を膨らませた。
「?どうしました?」
「案内なら手ぐらい握ってくれてもいいんじゃない?途中で転んで顔を打ったらどうする気?」
「え、でもエリヤさんは腕が」
「肩でも背中でも掴む所はあるでしょう」クスクス。「何ならもっと下の方でもいいわよ」
エンジンが高鳴って赤面したのを見、預言者は一層笑った。そして、まるで羽が生えたような軽い足取りで一人先に歩き始める。
「あ、待って下さい!」
僕達は追い付き、左右で挟むように横並びで通りを進み始める。勿論エリヤさんは支えなんて一切必要無し。それはそうか。以前一人で樹に昇り降りしていたぐらいだ。こう見えて運動神経が良いに違いない。
「クレオ、彼女を紹介してくれないか?」
ただのしがない預言者よ聖王様、それとも“神殺し”と呼んだ方がお気に召すかしら?最後ににやりとして言った。
「!?何者だお前……人間じゃないな?まさか」
「今は関係無いでしょうお兄さん。変に気を散らして失敗したら目も当てられないわ――ただでさえ何回もやり直しているのに」
「?どう言う意味だ?」
「こっちの話。さあ着いた」
玄関で揃ってスリッパに履き替え、執務室へ向かう。
コンコン。「クレオです、戻ってきました」「どうぞ」ガチャッ。
ドアを開けた瞬間フワッ、コーヒーの芳醇な香りが人工の鼻に流れ込んできた。
「おかえり。おや、君は確か巷で噂の天才占い師」
「初めまして副聖王様。七十七羽はエリヤ、言の葉を以って宿命を視る者。どうぞお見知りおきを」
軽く会釈して自己紹介する。
「こちらこそ会えて光栄だよ。でも一体どうしたんだい?今日は休業日じゃないはずだけど?」
「あら、何故店の休みを把握しているの?幾ら七十七羽が客に関心が無いとは言っても、流石にあなたみたいな有名人を忘れるはずないわ」
「一度見て貰いたいと思って調べたんだよ。何せ的中率百パーセントの預言だろう?誰だって興味が沸くじゃないか」
「あら、意外と俗物なのね。好きよそう言うの、分かりやすくて」
「どうぞ座って。今シャバムで一番美味しいコーヒーを淹れるからね」
言われるまま、並んでソファへ腰掛ける。
「エルさん。もう直ったんですかコーヒーメーカー?」
「ああ。普段なら“赤の星”のメーカーに送って修理してもらうんだけど、アフターサービスとかで偶々さっき業者が来たんだよ。ついでに試供品の豆も沢山貰ったしね、今日はツイてる」
隣の預言者が僕の耳元へ顔を寄せ、私の事は内緒よ、と囁いてきたので頷いた。
数分後、テーブルに三つのカップが置かれる。内真ん中の一つにはストローが刺さっていた。
「クレオ」
「はい」
僕はカップを持ち、片手でストローの口を彼女の唇に宛がった。事前に氷で温度を下げてくれたのか、そんなに熱くはないようだ。チュウチュウ美味しそうに吸い、離す。
「ふふ、あなたに飲ませてもらうと美味しさも数倍増しね。後は何か甘い物でも出てくれば最高」
ローブの胸に付いた幾何学模様の金のアクセサリー、その一つがうっすら輝く。
「例えばそう……一分後、カスタードがたっぷり詰まって、上にチョコレートの掛かったシュークリームがこの部屋に入ってくるの。勿論取り合いにならないよう人数分以上ある、ね」
「まさか」
言いつつ僕達は揃って壁の時計、特にその秒針を注視した。
チクタクチクタク――チク。ガチャッ。
「大お爺様~!久し振りに新聞社へ顔出したら、一杯シュークリーム貰っちゃいました~!しかもシャバムで有名な洋菓子店『ルイ・キャンディ』の物ですよ~!日によっては午前中で売り切れちゃう超人気商品です~!!」
デイシーさんの発言は、僕等全員を驚愕させるに値する物だった。
「へえ、美味しそうだね。折角なら、先にタイナーのお嬢さんの所へ持って行ったらどうだい?」いち早く冷静さを取り戻したエルさんが提案する。
「リサちゃんにはさっき二個あげてきたよ、プルーブルーのお土産のチョコと一緒に~。今日は体調良いみたい~嬉しいな~!」
言いつつ三十センチ四方の白箱をパカッ、と開けた。そこには預言通り、上部をたっぷりチョコレートでコーティングされた握り拳大のシュークリーム。二つ分の空きがあって、総計十個収まっていた。
「もうすぐルザちゃん達も上がってくるから、眠気覚ましのコーヒー貰ってこないと~。あれ、もう機械直ったの~?」エルさんに事情を説明され「へ~運が良いね大お爺様。アフターサービスなんて今まで一度も来た事無いのに~」
四杯分注ぎ終わってテーブルまで持ってきた時、再びドアが開いた。アレク達が欠伸をしながら入ってくる。
「おはようございます皆」
「おはよ。リフレッシュ完了だ。何時でも行けるぜ」
「それは頼もしいです。ルザはどうですか?」
アレクの後ろに立つ彼女に声を掛ける。杖を持っていない方の手には、小さめの革の旅行鞄。
「――取り敢えず準備出来たわ。あんた達は?」
「僕達は特に何も。さっきまで“碧の星”にいました」
「聖樹さんの所か」カーシュがやや険のある声を出した。「よく」
「皆、コーヒーが冷めない内に美味しいシュークリームをどうぞ~」
同級生の言葉を遮るようにデイシーさんが言った。
「へえ、これ『ルイ・キャンディ』の?よく買えたわね」ルザが眉を上げる。幼馴染に説明されると、ほうと感嘆の溜息を吐く。「流石新聞社の若きホープ。ちゃんと皆の期待に応えるのよ?」
流石にもう四人は腰を下ろせないので、ウィルネストさん達兄弟は立ったまま執務デスクに凭れる。それでもまだルザが座れていなかったので、僕は席を譲ろうと立ち上がりかけた。
「あら、食べるのを手伝ってくれないのクレオ?折角預言を使ったのに、残念だわ」
「いいわよ気を遣わなくて。デイシー、ちょっと肘掛け借りるわよ」「どうぞ~」スカートを纏め、丈夫な木製の出っ張りに器用に着席した。
めいめいチョコシュークリームを取って頬張る。お昼のアプリコットタルトと言い、今日は甘い物ばかりだ。
「旨!シューの膨らみ具合といい、チョコとカスタードと生地のバランスといい完璧だ。この時代にもレベルの高いパティシエがいるんだな。良かった」
「相変わらずスイーツには目が無いね」クスリと笑ってエリヤさんに視線を移し「可愛い預言者殿に感謝しないと」
僕の手伝いで半分食べ、口の周りをクリーム塗れにした彼女が顔を上げる。
「別に構わないわ。空腹だったから。それよりどうクレオ、少しは七十七羽を見直した?」
「え?見直すも何も、僕は最初からエリヤさんを凄い人だと認めていますよ。どうしてそんな力を使えるのですか?」
「ふふ、内緒。クレオが本当のボーイフレンドになったら教えてあげてもいいけど」
ヒューヒュー。男二人が揃って口笛を吹いて囃し立てる。
「止めて下さいアレク、カーシュ!!僕がシルクさんを好きなのは知っているでしょう!?」
「モテる男は辛いな、なあアレク?」
「ああ。お前はともかく、俺はちょっと恩恵に預かりたいぐらいだ」
「そんなの自分で努力して下さい!」
発言した本人は意地悪げに微笑みながら身を屈め、カップからコーヒーを啜っている。
「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、どうして占い師がここにいるの?エルシェンカが呼んだ応援?」
「僕達と一緒に来たんです。預言をしてくれるらしくて」
「ちょっとクレオ、何時の間に客になったの?幾ら帰る方法が中々見つからないからって、怪しげな占いに頼る事はないでしょう。それは、気持ちは分かるけど……」
「エレミアの事は前に断られました。今日は多分……これから行く“黒の星”に関して、ですよね?」
「シュークリーム」
「あ、はい」
残り半分を食べ、口の端をティッシュで拭われた預言者は、満足したしそろそろ仕事をしましょう、と呟いた。
「絶望を制すは天と魔、冥界の三対の炎、天の雷、鋭き氷刃。あ、あと二つの人の力」如何にもな付け足し。「されど最も強くは希への望郷。死を越えし絆は煌となり彼の者を守るであろう」
さっきと違い三つのアクセサリーに光が灯り、やや疲れたように大きく息を吐いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「もう駄目、とても店まで帰れない。負ぶって送ってくれる?」
「そんなに……す、済みません。勿論送らせて」
「エリヤさん、あんまりクレオさんにアタックしないで下さいよ~。ただでさえシルクさんが大怪我して気が弱くなっているんですから~」
デイシーさんの指摘に彼女は舌を出す。
「あら、残念。まあチャンスはまだまだあるでしょう」
悪びれた所の無い態度に、新聞記者は首を竦めた。
「クレオさん、困った人に狙われましたね~。う~ん、どうして誰も彼も好きになっちゃうんでしょうね~?やっぱりどこか頼りない感じが母性本能をくすぐっちゃうんでしょうか~?」その後ボソッと「言っておきますけど二股三股して、リサちゃんを悲しませる事だけは止めて下さいね。本気で壊しますよ」
バチバチッ!眼鏡を掛けたままなのに、両掌の間で放電を起こした。
「え、ええ勿論!」
「良いお返事です~」
パチパチ。しかし目は笑っていない。
「……変だな」指を折ってウィルネストさんが首を傾げる。「今のが人間を指すのだとすると七人。お前はいつも通り行かないんだろう、エル?」
「ああ。行きたいのは山々だけど、不死省が機能不全の今、政府館を離れるのは無理だね」
「だろうな。となるとやっぱり一人多いぞ。どう言う事だ預言者殿?」
「さあ?私はただヴィジョンのままに言葉を紡ぐだけ。解釈までは責任持てないわ」
最後の一口を啜り終わり、少女はすくっと立ち上がった。
「御馳走様。じゃあねクレオ、『今度』は上手くやるのよ?」
「へ?」
また謎の一言を残し、預言者は執務室を颯爽と後にした。




