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九章 闇との戦い




―――お眠りよ可愛い坊や……お眠りよ安らかに……。


 誠さんはそう歌いながら、左に生やした奇形の翼をゆったり羽ばたかせる。それに応えるように、後ろの壁から大量の影達が染み出、実体を持っていく。

 僕等が食堂へ入った瞬間、炎の蛇が目の前を横切って闇を焼き払った。


「遅いぞ手前等!さっさと手伝え!!」


 お父さんが睨みながら連撃を繰り出し、寄ってきていた影を片っ端から四散させる。

「まーくん、俺だ!目を覚ませ!!」

 剣を抜きつつ、ウィルネストさんが呼び掛けた。


―――くすくすくす……せっかくもどってきたけど、とうさまのやくめはもうおわりだよ。


 顔の左側半分は骨を晒し、その眼窩から昏い朱の眼を爛々とさせた。一度悪夢を克服した僕でさえ、見ただけで寒気と膝が抜けそうな脱力感が襲ってくる。余りに危険な存在だ……ここで倒さないと、宇宙は本当に滅んでしまうだろう。

「何?」


―――とうさまはかあさまたちのところへおくってあげる。そして、ずっとふたりでいるんだ。


「……燐、なのか?」


―――くべつなんていみない。


 彼は翼で自らの身体を愛しげに包み込む。


―――このまっくらのなか、ふたりはひとりだもの。すてたとうさまなんて、もういらない。


「成程。それがお前、“黒の絶望”の本音か。宇宙中の人間を抹殺して、まーくんを独り占めしようと」


―――そうだよ。このこはとうさまやかあさまのところへいきたかったみたいだけど、そんなことさせない。――だからあかい『し』にしずめ、とうさま。


「断る」

 答えたのはウィルネストさんではなく、ルザの身体に宿った冥蝶さんだ。次の瞬間、紫の炎が“絶望”の全身を包んだ。

「“赤い世界”を呼ぶ前に死ぬのはお前だ」


―――ふゆかいなひだな。はだがちりちりする。


 憎々しげな表情をし、ブワッ!翼を羽ばたかせ炎を消し飛ばす。肋の浮いた上半身に火傷は無かった。

「矢張りこの程度ではダメージ無しか。面白い」

「あんまりエキサイトするなよ。まあ、あっちの奴と比べれば全然冷静だろうが」話の間も影をバシバシ斬るお父さんの方を見て言った。


―――あれもすごくふゆかい。こっちのはなしもきかずにこうげきしてるし。


「誠さん。どうして?」僕は訊きたくて仕方なかった事を口にした。「何故ルザやシルクさんをあんな目に?不死族やプルーブルーの人達だって、誠さんにとっては大切な」


―――なにいってるの?どうせみんなしぬんだよ。


 残酷な宣告。

「どうやらお話は通じそうにありませんね」眼鏡を胸ポケットに仕舞いながらデイシーさんが言い、バチバチッ!ウォーミングアップの放電を起こす。「クレオさん、行きますよ!」「はい!」

「俺達もやるぞカーシュ!」「ああ!」

 本体はウィルネストさん達に任せ、僕達は左右の影を攻めてサポートに徹する事にした。僕とアレクは右側、デイシーさんとカーシュは左側だ。


「唸れ“透宴”!」

「冱える弾丸!!」


 氷弾で敵が半凍りになった所を、不可視の刃が片っ端から頭を砕き飛ばす。残った影もレイピアの一突きで霧散した。


「はぁっ!!」


 向こうも善戦だ。カーシュの長鎌が一度に複数の首を刎ね、返す刃で反対側の一体を脳天から上下に真っ二つ。彼が戦う所は初めて見たけれど、普通に強い。「凄い」

「ああ見えてあいつ、学校は初等部からずっと武闘系の部活だったんだ。大会でも何回か優勝している」

 宇宙船の操縦も出来るし、人は見かけに寄らないんだな。

「カーシュ君下がって!」「ああ!」

 彼が安全な所まで退いた次の瞬間、デイシーさんが両腕を左右に広げた。「皆伏せて!一気に叩きます!!」


 バチバチバチバチッッ!!!


 しゃがんだ頭上で雷の嵐が荒れ狂う。制御が利いて、以前のような通電は無い。隣で同じように伏せている二人も、武器からの電流は来ていないようだ。

 轟音が止み、再び立ち上がる。数十体いたはずの影は僅か二体にまで減っていた。食堂の壁や絨毯には電流の名残であちこち焼け焦げ、煙を立ち昇らせている。

「大丈夫かデイシー?」

 大きな魔力を使った反動か、肩を上下させて呼吸する彼女へカーシュが心配そうに尋ねた。

「平気だよこれぐらい。それより今の内」


―――ずいぶんはでにやってくれたね。でも、


 部屋の四方八方から新たな影達が湧いて出てくる。先程までとは姿が違う。二体三体が結合し、更に異形さを増していた。


―――ぜんぶむだ。こいつらはいくらでもいるもの。


 誠さんはニヤリと嗤った後、苛立たしげに小さく舌打ちした。


―――まだていこうするの?いいかげんあきらめなよ。たとえもどってきても、もうそのころにはみんなしんでる。


「まーくんと話しているのか……まだ完全に支配された訳じゃないみたいだな」

 ウィルネストさんの安堵の溜息に、“絶望”は更に怒りを募らせたようだ。


―――じゃまものがはいりこんんでいるのがいけないんだ。ひとりならもうとっくにひとつになっているのに……。


 邪魔者?僕達の事だろうか?見た感じ、誠さんの傍には不気味な影以外誰の姿も無い。

「どーでもいい!餓鬼のお喋りはうんざりだ!!」お父さんが吼えた。「ぶっ殺してやる!」

「だから手前は黙ってろ四天使!」

 誠さん目掛けて振るわれた剣から放たれた灼熱を、ウィルネストさんは新たな炎鳥で相殺した。

「やっぱ手前から始末すべきみてえだな、ええ!」

「ここまで来て仲間割れは止めろ。敵の眼前だぞ」冥蝶さんの制止の言葉にも、お父さんは鼻を鳴らすだけだ。

「ケッ!協力態勢なんてクソ食らえだ!手前等ごと“絶望”を破壊してやる!!」

 振り回した剣先から噴き出た炎に向かい、僕は思わず左手の甲を構えた。「冱える弾丸!!」


 シュウウウウッッッッ!!


 バレッドの氷と熱が反応し、食堂中に水蒸気を撒き散らす。霧の向こうからお父さんが真っ直ぐ僕を睨んできた。

「また手前か、クレオ・ランバート!何度俺の邪魔をすれば気が済む!?」

 翼を推進力にした移動。僕は咄嗟にレイピアを構え、一撃を受け止めた。重い!

「元凶の手前から先にぶっ壊してやる!」

「くっ!」

 流石シルクさんのお父さん、凄い力だ!このままじゃ確実に刃を折られて押し負ける。

 僕は以前彼女に習った護身術を思い出し、咄嗟に右膝で彼の腹を蹴り飛ばした。すれすれで避けられたが、距離を離すのには成功。

「生温い蹴りだな。そんなんじゃ蟻一匹殺せねえぞ」


―――つまらないな。むししないでよ。


 誠さんが拗ね、人差し指を僕達に向けた。周りの影達が何故か床へ沈んでいく。

「何をする気」

「!?拙い!全員この部屋から逃げろ!!」冥蝶さんが叫んだ。


 バシュバシュバシュッ!!


「うっ!!」

 床から無数の黒針が伸び、僕達に襲い掛かった。内一本が太腿を貫きバチッ!ケーブルが切断されて火花を散らす。

 後でスキャン中に気付いたのだが、黒縁眼鏡の少女はどうやら僕に自己修復プログラムも与えてくれたらしい。だから僕自身の怪我はどうと言う事はない。問題は人間の皆だ。

「アレク!カーシュ、デイシーさん!!」

 三人は複数の傷を負い、針が収まった床にそれぞれ蹲っていた。一番近くにいたアレクに駆け寄り、手首から溢れる血を持っていたハンカチで押さえる。

「クレオさん……」

 ふくらはぎを押さえつつ、デイシーさんがカーシュに支えられて立ち上がり、こちらへ向かってくる。彼の肩からの出血がぽたっ、ぽたっと床に滴る。

「血管が切れています。すぐ手当てしますね」

「う……」

 出血のせいで保護者の顔色は最悪だ。それでも愛用の“透宴”を手放さないのは、流石プロのトレジャーハンター。

「よくも、このっ!!」

 ウィルネストさんが残像の剣を振るい、誠さんに斬り掛かった。頬の一筋の切り傷から赤い物が流れる。あの姿になってもまだ血は流れているのか。

「おらっ!!」

 お父さんも後ろから炎を纏った剣を振り下ろす。冥蝶さんも掌を突き出し、紫色の炎の螺旋を放った。


 ゴウッ!ザシュッ!バシュッ!


 三人同時攻撃を受け、両肩を切り裂かれても狂笑は崩れない。胸を流れる液体を長い爪で舐め、傷を陶酔した目で眺める。

「まだまだヨユーか、面白え。灰も残らず燃やし尽くしてやるぜ!」


―――めんどうなやつら。さっさとしんで――ぐっ!!





 カンッ!カツンッ!「止めて燐さん!」


 リーズ達が姿を変えた剣で防御しながら、私はひたすらもう一人の自分に呼び掛ける。羽を出しているお陰か、再び傷口から潜り込んでこようとはしてこない。


「兄様に触るな!」


 後ろからオリオールが角で突進する。が、彼は気配を感じ取っていち早く身を翻した。


「じゃま」「うわっ!!」


 ガンッ!角を弾かれ、よろめいた所を顎から蹴り飛ばされた。止めを刺そうとするのを間に回って阻止する。

「どけ」

「嫌です!もう終わりです燐さん、一緒に現実へ戻りましょう!」

「うるさい。おまえののぞみをかなえてやろうとしているのに、どうしてわからない」

 ガンッ!強い一撃で両掌がビリビリした。

「はやくそのいまいましいはねをけせ。こんどこそ、ていこうするきがおきないぐらいせめてやるから」

「これ以上兄様を好き勝手させない!」

 体勢を立て直した弟が彼を睨みつける。

「誠、外で義父さん達も戦ってる。ここが正念場だぞ」

「負けないで。誠君は一人じゃないよ」

「ありがとう二人共。うん、頑張る」

 死して尚見守ってくれていた彼等のためにも、ここで闇に飲まれるようなみっともない真似は出来ない。オリオールもそう。子供なのに二百年間、ずっと心配の掛け通しだった。庇護者としてもう辛い思いはさせられない。

 私は深呼吸し、羽に依って高まった氣を更に浄化させる。感覚を伸ばし、身体の外の氣を感じる。“黒の都”の哀れな霊、クレオ君達。?ルザの氣もあるけど……別な優しい意志が包み込んでいて、極微弱にしか現れていない。もう一人のとても攻撃的な氣は、何だか変だ。相反する精神がせめぎ合い、そのせいでとても強いエネルギーを放っている。

 そして―――とうさま。最愛のウィルの氣は、かあさまと共にどんな闇の中でも一際輝いていた。

(ああ……懐かしい……)

 愛しさに胸が疼く。


―――よっと。


 エレミアの端。彼は分離したばかりでまだ鳥の姿を纏っていた私が、“虚無の闇”に落ちそうになるのを救ってくれた。


―――じゃあな。もう落ちるなよチビ助。


 かあさまに拾われて再会した時、純粋に恩返ししたかった。力の使い方に慣れないながら何度も氣を、ひたすら彼が元気になれるように。

(とうさまはまた落ちそうな私を助けてくれようとしている……でもね、いいの)

 今度は自力で這い上がる。私はもう飛べない小鳥じゃないもの。

(お願い、力を貸して!)ようやく手繰り寄せた一つの魂に私は懇願した。(彼を助けるために、あなたの力が必要なんです!)

「そとからたすけなんてこないよ。やつらだってじきにしぬ」

 私は瞼を閉じて集中し、ひたすら無垢な魂をこの闇の最奥へ導く。

「へんじをしろ。いのってもむだだ」

 バシュッ!彼が私を庇ったオリオールの首元を切り裂き、血を流させる。

「卑怯者!無抵抗の兄様を攻撃するな!!」

「うるさいかちくごときが!はむかうならおまえからさきに」


「来た」


 私は慈悲の片翼を広げ、目の前に降り立つ彼女を迎え入れた。





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