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5 波乱の予感

 俺達は二次試験を無事通過し、今は校長室を出たすぐの廊下にいた。

 そして廊下の白い壁に寄りかかるようにして、俺は大きく息を吐く。

「なんだかんだ言って、めちゃくちゃ緊張した」

 俺が疲れた声で言うと、美咲も同じような声で返す。

「私もだよ。色々言われたけど、私変なこと言ってないかなぁ」

 あー、あるある。

 俺も高校の入学式での面接で、自分が何言ったか何一つ覚えてなかったな。あれでよく受かったものだ。

 まあ、今回のは流石にインパクトがありすぎて、逆に忘れられない内容だったけどな。

 確かに緊張して口にした言葉ではあるが、あの時言った言葉に二言はない。

 ノアの影響で、俺達の世界にも影響が出るって言ってたし、それを知って無視しようとは思わない。

 なんせ向こうの世界には、母さんや紫乃宮それに音凪もいる。

 他にも知り合いはいるし、その中の誰かが被害にあわないと保証出来るわけでもない。

 上手い具合に乗せられた気分ではあるが、やれることはやらねえと。

 それにA級にならないと帰れないっていう問題もあるしな。

「なんだかんだで、結局はこの現状をなんとかしないといけないわけだ」

「そうだね。取り敢えずは試験をサクサクっと受かりましょーっと、言いたいところなんだけどさ」

 そう言って、美咲は辺りを見渡す。

 一体何を探しているのか、と思った時、すぐにその答えがわかった。

「あ。桐崎が居ねえ」

 確か部屋から出てきた時、美咲が先頭で出て行って、俺の前に桐崎は居なかった。

 ということは、まだ出てきて無いってことだよな?

 一体何をやっているのだろうか、あの男は。

「どうする? 戻って見てくる?」

「……いや、なんか用があるのかもしれねえから、ここで待っとこうぜ」

 俺の考えに美咲は短く応じ、そこで桐崎を待った。

 そして、おおよそ5分弱くらい経った時。

「あ、出て来た」

 ふと声を漏らした美咲が、部屋から出てきた桐崎を見つけた。

 何やら桐崎も疲れた表情にも見えるが、大概こんな顔をしているため、実際どうなのか判断がつかない。

 まず、取り敢えず待たされた理由を聞こうと桐崎へと歩み寄よる。

 別に5分程度で文句を言うつもりはない。俺は美咲ほど短気では無いからだ。

ただ純粋に何をしていたのか気になっただけだ。

 俺達に気がついたのか、桐崎は「二次試験お疲れさん」と、軽い調子で言う。

「悪いな。ちょっと校長に話すことがあって遅れちまった」

 桐崎は頭を掻きながら謝罪の言葉を述べる。

 といっても、本当に悪かったとは思っていない口調でだ。

 だけど、そこでちまちま文句を言うほど器が小さいわけでもない。

「いいよ別に、たかだか5分で文句言わねえよ」「遅い。遅れるなら遅れるって言ってよね」

 と、俺と美咲は全く違う反応をした。

 思わず顔を見合わせる俺と美咲。

 最初に口を開いたのは美咲だった。

「あのねぇ、直人。女子を待たせるってそれだけで極刑ものなんだよ?」

 なんだその自己中心的な考え方は。

 こいつを待たせるだけで殺されるのかよ。

 店の行列とかは平気で待てるくせに、こいつは人が関わるととことん我儘だな。

「お前は自分の短気で人を殺せるほど偉かったのかよ」

「当たり前。私は女王様なんだよ?」

 いつからそんなに偉くなったのだろうか。

 ていうか、こいつが国の長やったら一日で滅びる気がする。

 自分勝手に国を動かして私利私欲に溺れるのが目に見えるな。

「直人は金もなく地位もない可哀想な下僕。仕事が捌けずご飯はいつもコッペパン一つなの」

「コッペパン一つ!? いや、その前になんだその設定は。なんで俺がテメエの下僕として生きなきゃならねえんだよ。納得いかねえ」

「我儘だね。じゃあわかった。特別にコッペパンをメロンパンに変えてあげる」

「納得行ってないのは飯もだけど、まず地位をなんとかしろって言ってんだよ!」

「下僕以外に直人が合うポジションないんだよ。これが運命だよ、受け入れなさい」

 勝手に運命決められたよ、なんなんだこれは。

 メロンパンはたしかに上手い。上手いんだけど、焼きたての方が個人的には嬉しいかな。

「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。話を逸らすな美咲」

「別にいいでしょ、減るもんじゃないし」

 減る、減ってるよ時間とか俺の精神力とか。

 俺は気を取り直し、俺達の茶番をタバコを吸いながら見ていた桐崎に向き直る。

「それで、どんな話してたんだ?」

 俺が聞くと、桐崎は一瞬考えるような仕草をした。

 それは言うか言わないか迷っているのか、という様子。

 数秒悩んだ末、桐崎は口を開いた。

「色々だよ、色々。それより、次の試験会場に向かうぞ」

 今のはぐらかし方あまりにも適当過ぎないか。まあ大体そんな感じだろうと思ってたからいいけど。

 相変わらずと飄々とした態度を取る桐崎に、俺も美咲もなにを言っても意味が無いと判断した。

 桐崎はスタスタと歩き、俺達はついていく形で次の試験会場へと向かう。

 しかし、さっきセレス校長に向かって啖呵を切ったのはいいが、俺達ってまだ自分の魔法を使いこなせてもいないんだよな。

 それに、元々俺達は魔法なんて何も知らない。完璧にアウェーの状態でこの試験を始めた。

 だとすれば、フィージアの受験生と競った場合俺達が苦しいだろう。

 せめて自分の魔法くらい、使いこなせるようにならないとな。

 でもそのための時間がない。つまり、この試験の中で掴むしか無い。

 って言っても、どうすれば良いんだ……。

「何黙りこんでんの? 考え事?」

 俺の顔を覗きこむように見る美咲に気が付き、思わず後退る。

 てか、急に目の前に迫るなよ、ビックリして口から心臓飛び出るかと思ったぞ。

 俺は一息つき、その後さっき考えていたことを素直に言う。

「……まあ、な。魔法ってどうやったら上手く使えるんだろうって思ってさ」

 俺が少し困ったように言うと、美咲は腕組して思案している。

 いや、別に深く考えることでもないんだけども。

 俺がそう思っている間も考えていた美咲だったが、結局良い返事が思いつかなかったようで、誤魔化すように言った。

「まああれだよ、要は慣れだって。使ってれば上手くなるんだよきっと」

 聞いても意味なかった。まあそれもそうだよな。美咲がわかっていれば苦労もしない。

 その美咲は文句あるのか、とでも言いたげな目で見るが、閃いた顔をして近くにいる桐崎に目を向ける。

「そういうことなら、桐崎の方が知ってるんじゃないの?」

 美咲は素早く話題を桐崎に振る。

 その桐崎は自分に振られた話に、やや困ったような感じで答えた。

「俺からも大したことは言えねえよ。本来は練習あるのみだが、お前達にはその時間がない。だから試験の中で掴むしか無いわけだ。つまり、近江の言うことは間違ってるわけじゃない」

 それと、と桐崎は付け加えた。

「お前らは飲み込みが早い。一次で見た限り、お前らは上手く魔法を使えてると思うぞ」

 その言葉を聞いて、俺は少しだけ気持ちに余裕が持てたような気がした。

 実際戦った相手にそう言われれば、自分たちの実力が実感できた。

 その時俺の横で、美咲が桐崎に思い出したように問う。

「そういえば、次の試験はどんなことやるの?」

「今までは受験生を分けて試験をさせていたが、今回は全体で同じ試験をやる。内容は……担当の試験官に聞かされるだろうよ」

 やっぱ試験内容はわからないか。

 まあそりゃそうだろう。予め試験内容がわかってたらカンニングと一緒だしな。

「あ。不正とかするとどうなるんだ?」

「バレたら一発アウト。即失格だな」

 バレたらっていうのも、なんとも微妙なラインだよな。

 それだと気付かれなきゃ不正してもいいってことになるだろ。

「まあ大丈夫だろ、多分。それぞれ試験官がチェックしてるし。といっても、今回の試験はお前らの世界を交えてだから何が起こるかわからないけど」

 今の発言じゃ、大丈夫なのかそうじゃないのかわからないって。

 まあ確かに、わざわざ失格になるリスクがあるのにやる奴はいないだろう。

 我ながら馬鹿な質問だったなと、俺は思った。

「ま、せいぜい頑張れよ。次の試験、俺はゆっくり見物させてもらうさ」

「とか言って寝るなよ」

「癒香じゃあるまいし、勤務中に寝たりはしねえよ」

 そうだといいけどな。

 ……それにしても、全体か。そうなると俺達の世界の受験生とフィージアの受験生がいるんだよな。

 一体人数的にはどれくらいなんだろうか? 

俺達の高校の受験生が、確か500人前後だった気がする。

 でもその数はあてにならないよな、なんせ異世界だし。

 そんな事を思っていると、俺達は大きな扉を前にして立ち止まった。

 どうやらここに、その受験生達が集まっているらしい。

「お前らが最後だ。気を引き締めとけよ」

「何を今更。言われずとも出来てるわよ」

 美咲の言葉に俺も同意するように頷いた。

 その反応を見た桐崎は、愉快そうに笑った。

「それじゃ、行きますか」

 桐崎がそういって扉に手をかけると、ゆっくりと前に押した。

 扉の先は大広間のようで、俺達が入学した高校の体育館の倍ほどの広さだった。

 最初に見た広間のシャンデリアと同じものが、いくつも天井から吊るされており、同じく赤いカーペットで敷き詰められている。

 そして、数えるのが面倒なほどの人数の受験生と思える奴らが居た。

「すごい数だね。どのくらいいるの?」

「まあざっと500人くらいだ。ちなみにお前らの世界は50人ほど居る。元々の受験者数が少なかったから、50人でも多いほうだ」

 俺の予想と同じか。意外だな。

 つか、結局は全員見知らぬ顔だし、誰が受かろうが落ちてようが変わらないと思うんだけどな。

 でも、同じ世界の奴が居るってだけで少しは安心できるかな。

「にしても、凄いよな。一次、二次で落ちた奴も含めると、相当な数が受験したんじゃねえのか?」

「まあな。このローグス魔法学校は、フィージアで三大魔法学校って呼ばれる中の一つで、受験者が多いのが特徴だ。その分、試験が難しいとも評判だけどな」

 そんなとこに俺達は挑戦してるのかよ。

 競争率が高いって結構精神的に負担がかかるぜ。

「今更気にしてもしょうが無いよ。受かれば問題ないし」

 美咲が堂々と言う様をみて、それもそうだと思い直す。

 俺は周りを見渡し、どんな奴らがいるのか見ていると、ふとこちらに近づいてくるやつらを発見した。

 それは男子の4人組で、金髪や青髪などの見た目から察するにフィージアの生徒だろう。

 だけど、俺達に何か用でもあるのか? 

 俺が不思議がっていると、4人の中のうち、金髪の少年が一人前に出て声をかけてきた。

「どうもはじめまして。僕はアッシュ・ギルベルト。ギルベルト家の長男です。以後よろしくお願いします」

 いや、俺達にそんな由緒正しいとか言われても、凄いとかわからないから。

 俺の顔色を察してか、桐崎はギリギリ俺達に聞こえるくらいの声で助け舟を出してくれた。

「ギルベルト家はフィージアでは結構名のある貴族だ。まあお偉いさんって感じだ」

 お偉いさんか、なるほど。じゃあ後ろの三人はこいつの取り巻きみたいなもんか?

 しかし、尚更話しかけてくる意味がわからない。

 といっても、向こうから挨拶してくれたんだし、一応挨拶を返さないと失礼だよな。

 俺は出来るだけにこやかに、かつ礼儀正しい口調を心がけようとした。

「こちらこそ、初めま――」

「君の挨拶なんてどうでもいい。僕は桐崎先生に挨拶したんだ」

「は?」

 俺の挨拶を遮り、桐崎に目を向けるアッシュ。

 それに対して、桐崎はまさか自分に挨拶されたとは思っていなかったのか、間抜けな声を上げる。

 というか、人の挨拶を遮って偉そうな態度してんじゃねえよ。

 貴族だかなんだか知らないけど、礼儀ってもんがなってないよな。

 お坊ちゃんって我儘な性格だと言うのは大体予想はつくけど、腹が立つな。

 俺はアッシュに苛々しつつも、なんとか怒りを内に留めた。

「桐崎先生はとても優秀な魔法士ソーサラーだと聞いています。その人に挨拶をするのは当然の礼儀かと」

 桐崎が優秀ねぇ……。

 確かに一次試験で戦って凄いとは思ったけど、こいつの適当な性格を見たらそんな凄いやつには思えないけどな。

「買いかぶりだろ。俺は極普通の教師だよ。特別なこともしてないし、そんな風に持ち上げられる程凄い力もない」

 それに、と桐崎は続ける。

「俺なんかより、こいつらの方が優秀だと俺は思ってる」

桐崎の言葉を聞いたアッシュは目を薄くして、侮蔑の目を俺達に向ける。

それに対向するように、美咲は睨み返していた。

アッシュは特にその目を気にすることもなく、少し見ただけで桐崎に視線を戻した。

「僕の見た限り、そんな風には見えませんけどね。きっと桐崎先生が手を抜いてくれたからでしょう」

 馬鹿にするように鼻で笑うと、後ろの取り巻き共もクスクスと笑い出す。

 ぶん殴りたくなる衝動をギリギリで抑えて、深呼吸する。

 むかついたのは確かだが、こんなとこで揉め事起こすのはまずいだろう。

 ここは悔しくても我慢しなくては――

「ちょっと! 私達のなにを見てそんな偉そうな態度してんのさ。貴族だかなんだか知らないけど、家が凄いからって偉そうにしてんじゃ無いわよ!」

「なッ!?」

 美咲の暴言にアッシュは一気に顔を赤くし、怒りの表情を浮かべる。

 そして取り巻き達も同じように憤慨したのか、今に襲いかかろうとする気配が感じ取れた。

 それを見た俺は、慌てて美咲とアッシュ達の間に割って入って、美咲に非難の声を上げた。

「何を言ってくれちゃってんだよ美咲サン! 折角俺が耐えたっていうのに台無しじゃねえか! 俺の我慢返せ!」

「いいわよ。駄菓子一個でどう?」

「安っ。 ワンコイン!? 俺の我慢に吊り合うのは駄菓子一個なの!? 遠足のおやつより安いってどういうことだよ!」

 確か駄菓子一個って100円もかからないだろ。小学校でも300円までだったのになんだこの扱い。酷すぎる。

 遠足と言えば、バナナはおやつに入るかどうかと誰かが質問するのもお約束だったな。

「って、こんな馬鹿やってる場合じゃねえから。……一々問題起こしてくれるなよ。試験前に目をつけられたらどうすんだよ」

「仕方ないでしょ。それに、こういう奴は放っておくとつけあがるの」

 それはそうなんだろうけども。

 本当の事を言えば俺もスカッとしたんだが、一応面倒事は避けるべきだろ。

 俺は恐る恐る後ろを振り返るが、爆発寸前といった様子である。

 やはり怒りは収まっていないみたいだ。

 どうする、美咲に謝らせるか? 

 ……絶対に謝らないだろうな。こいつの性格上ありえないと断言できる。

 それにだ。アッシュは謝罪しても許してくれなさそうな性格してそうだ。

 なにかいい手は無いだろうか。

 俺が打開策を練っていると、アッシュが怒りを込めたような声で言い放った。

「君、僕を侮辱してただで済むと思っているのかい? 魔法も上手く使えない異界の奴が、偉そうな口を聞くな」

 アッシュの言葉を聞いた美咲を静止させようとするが、遅かった。

「魔法が上手く使えない? 見てないのによく言えたもんだね。大体、家が偉いからって何? 別にあんたが何をしたわけでも無いんでしょうが。そもそも最初に言ってきたのはそっちじゃん。謝るならそっちが先」

 美咲はビシッとアッシュを指さして一歩も退かずまくし立てる。

 しかも美咲の言ったことが結構癇に障ったようで、アッシュの怒りを煽っているように見える。

「謝るだと? 君のような凡俗に頭を下げる意味などないね」

 アッシュは嘲るが、美咲は別に気にも留めていなかった。

 むしろ呆れるように、美咲はため息をついた。

「何を子供みたいなこと言っちゃってるわけ? 意外と貴族様は礼儀知らずなんだね」

 美咲の畳み掛けるような言葉に、アッシュは爆発寸前と言った様子。

 俺はそれを見ていい加減止めるべきだと判断した時、止めの一撃を美咲が放ってしまった。



「そもそも、私達はあなたみたいな口だけの男には負けないから」



 不敵な笑みを浮かべて放ったその一言は、アッシュの我慢のラインを超えてしまい、勢いに任せて動こうと動作を見せる。

 しかし、アッシュが動くその前に、後ろに控えていた三人の内、一人の長身の少年が前に出て怒声を上げた。

「貴様ッ! アッシュ様になんたる無礼な口の聞き方を! この場で斬り殺してくれる!」

 憤怒の形相で美咲に言い放ち、長身の少年が痺れを切らしてどこからとも無く作り出した長剣で美咲に斬りかかる。

 それは美咲にとって、まさに不意の一撃だったが、俺としては予想の範囲内だった。

「な!?」

 斬りかかった長身の男は驚愕の表情を浮かべる。

 なぜならばそのロングソードは美咲に触れること無く、俺の刀に妨害されていたからだ。

 そこで鍔競り合いの状態となり、力押しでは無理だと判断したのか長身の少年は飛びのき、ロングソードを再び構え直す。

 対して俺は刀を下ろしつつ、出来るだけ落ち着いた声を保って言葉を述べた。

「ちょっと過剰なスキンシップじゃないか? 確かにこいつは口が悪いが、いきなり斬りかかるなんて、お前ら自分の品位を自分で下げてるじゃねえか」

 やばい、ちょっと煽るような口調になっちまった。

 俺は内心で舌打ちするも、もう遅い。

 それに見事煽られた長身の少年は、ロングソードの柄に力を込めて腕を震わせている。

「黙れッ! 図に乗るなよ、凡人が! お前らのような下等な者がアッシュ様と話すこと事態許されざることだ! それに加えて侮辱までするか!」

 長身の少年が声を荒げると、残りの二人も前に出て、各々バスターソード、レイピアを作り出す。

 そんな一触即発の状況を見て周りの受験生たちが、何事かとざわめきだした。

 だが今はギャラリーに構っている場合ではない。完璧に向こうはやる気。もはや何言っても聞かないだろう。

 こうなったらやるしかないな。正当防衛ってことで俺達は逃れられるだろ、多分。

 向こうは三人、いや、下手したらアッシュも出て来て4人か。

 分が悪いけど、固有魔法を使って速攻で落とせれば。

 そして俺は腹をくくって臨戦態勢を取り、相手の出方を伺っていると、その間に桐崎が呆れた顔をしながら入ってきた。

「はあ~。落ち着けお前ら。試験前に揉め事起こして、試験が受けられなくなってもいいのか?」

 この言葉は意外と効果があったようで、それを聞いたアッシュが悔しそうに歯噛みする。

 見た目は頼りなさそうだけど、時々は役に立つじゃねえか桐崎。

「チッ。もういい! 下がれ!」

 アッシュが怒鳴るように言うと、取り巻きの三人は俺達を睨みつつ武器を消した。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとか収まってよかったというものだ。

 そう俺が安堵していると、アッシュは目を鋭くさせたままこちらを見ている。

 まあ今ので不満が無いと言う方がおかしいか。

「なんだ? まだ用があるのか?」

「……君達、名前は何だ?」

 そんな予想外の質問に、俺も美咲も目を丸くする。

 俺が自己紹介しようとした時は聞かなかったくせに、随分な態度だぜ全く。

 だからそこで、俺は仕返しとばかりに言葉を放った。

「自己紹介は、いいんじゃなかったのか?」

 俺は意地の悪い笑みを浮かべると、後ろの取り巻きが再び動こうとする。

 が、アッシュに手で静止を促されて渋々と言った様子で下がる。

 そしてアッシュは鼻で笑うと、腕組しつつ俺達に目を向けた。

「気が変わったのさ。この僕に喧嘩を売る奴の名前は覚えとかないとね」

「そうかよ。……俺は城嶋直人、こっちは近江美咲だ」

「城島直人、近江美咲ね。いかにも品のない名前だが、覚えておいてやろう。それじゃあ、次会う時は覚悟しておくことだ」

 まさに捨て台詞を吐いて、アッシュは取り巻きを連れて俺達から離れていった。

 わかりやすいくらい気に食わない奴って、本当にいたんだな。

 まさか試験前にこんな事になるとはな。一難去ってまた一難とは言うが、もう遠慮したいものだ。

「やれやれ。危うく俺の責任問題になるところだったぜ。勘弁してくれよな、お前ら。被害を被るのは俺なんだから」

 桐崎は安堵の息を漏らしているが、俺と美咲はそれを冷たい目で見る。

 俺達の身を心配したんじゃなく、自分の心配をしてたのかよ。

 さっきので少しばかり先生らしいと思った俺が馬鹿だった。

 俺は本日何度目であるかわからない嘆息をして、桐崎に問いかける。

「なあ桐崎。フィージアの連中っていうのは、あいつらみたいな偉そうなやつばっかなのか?」

「そういうわけじゃない。あいつらみたいな身分を第一に考える奴は確かにいるが、今は貴族でも偉そうに振る舞う奴は少なくなったけどな」

 じゃあ俺達はその少ない部類のやつに喧嘩を売っちまったってわけか。

いや、売られたのか? ……どっちでもいいか。

 それにしても、この後の試験でもあいつらに会うんだろうな。気が重いったらないぜ全く。

 きっとあの様子だと、アッシュ達は多分俺達になにか仕掛けてくるんだろうし、次の試験は用心しといたほうがいいかもしれない。

「あいつらはきっと俺らに苛ついてるだろうからな。三次試験は注意しろよ美咲」

「ふん、別に試験であってもまた返り討ちにするだけだよ。一度お灸を据えてやらないと気がすまないし」

「まだ機嫌収まってなかったのかよ」

「当然!」

 何を馬鹿なことを聞いているのか、というような表情の美咲に、俺はほとほと困り果てたその時だった。

「失礼します」

 突然、澄んだ声が背後からしたと思ったら、扉を開けて、ラベンダー色の髪を髪留めで留めている凛々しい女性が入ってきていた。

 俺達が前を遮る形になっていたので、慌てて横に避ける。

 その女性は小さく頭を下げると、つかつかと軽快な足取りで大広間の中程まで歩く。

「今から三次試験の詳細についてお知らせします。受験生はここに集まって下さい」

 先程のラベンダー色の髪を持つ若い女性試験官が言い、俺達受験生を招集した。

 各々集まり始めていたので、俺達も同じく集まろうと、桐崎の元を離れる。

「俺はのんびり見てるから、サクッと合格してこい」

 もう少し気のきいた言葉は無かったのだろうかと若干思いつつ、俺は適当に返事をした。

 そして俺と美咲は女性試験官の近くまで寄り、受験生達の輪に入る。

 その後数分も経たず、大広間にいる受験生全員が女性試験官の周りに集まった。

 女性試験官は集まったのを確認し、腰に片手を当てて説明を始めた。

「私は三次試験を担当するジュリア・マインスです。これから最終試験の内容を説明します」

 ハキハキと話すジュリア試験官は、周りに目を向けながら喋る。

「三次試験の内容は、護衛任務。四人一組で行われる試験です。ですが、三次試験の会場はここではなく、ユグドの森と呼ばれる場所です。ここはあくまで説明のための場に過ぎません。では、今からその組み分けを発表します。元々一次からペアで試験を受けているので、それに二人追加するだけです」

 そういえば、俺と美咲はペアで今まで試験を受けてたな。

 もしかしてこの試験のために、わざわざペアで受けさせてたのか?

 俺はそんな疑問を思ったが、今は考えても仕方ないと思考を切り替えた。

「この試験はまず、組み分けたチーム内で誰か一人を選び、選ばれた人にこれから配るこの腕輪をはめてもらいます。この腕輪を付けた人物は一切の魔法の使用ができなくなります。よって、その人を護衛対象とします。ちなみに、一度つけると三次試験終了までは外せませんので、よく考えて下さい。護衛対象は、こちらで選出しています」

 それを聞くと、受験生は一気にざわつき始めた。

 それもそうだ。それがなかったら戦えないんだし、自分の身を守ることすら出来ない。

 その護衛を、初対面の人間に任せられるかどうかっていうのも問題だよな。

 ジュリア試験官は「静かに」と一言述べると、ざわめきは収まった。

「森の中には私達が仕掛けたトラップや、森に生息する動物に加え、私の他の試験官が護衛対象を狙って攻撃をします。そして、護衛対象に攻撃が一撃でも当たれば試験は不合格となり、その組全員が試験に落ちます。制限時間は3時間。時間になれば先程見せた法具が解けますので、その時点で辿りつけなかった場合も不合格です。不合格になった受験生は、試験官が速やかに保護しますので、心配は要りません」

 トラップもあり、動物もいるって最悪の条件だな。しかも試験官まで攻撃してくんのかよ。

 本当に三人だけで守りきれるのか?

「では、今から組み分けを発表していきますので、呼ばれた受験生は私の所に来てください」

 ジュリア試験官は持っていたバインダーを見ながら名前を読み上げていった。

 森って言うんだし、今回の試験は色々と面倒そうだな。

 異世界だからわかんないけど、変な動物とか虫とかいるんだろうな。さっきもそれっぽいこと言ってたし。

「8組目。城嶋直人、近江美咲、斧寺亮喜おのでらりょうき古坂千里こさかちさと。この4名は私の所に来てください」

 ふと、意外と早くに俺達の組み分けが発表された。

 俺と美咲はジュリア試験官の元まで行き、残る二名も集まった。

 二人共見たことある制服だし、どうやらこの二人も俺達と同じ世界の奴らみたいだな。

 そうだとすれば結構運がいい。異世界の人と組むよりか、幾分関わりやすそうだ。

「この班の護衛対象は近江美咲さんです。これを付けて下さい」

 そう言って、ジュリア試験官は美咲の手に紫色のブレスレットを手渡した。

 それはサイリウムのようにぼんやりとした光を放ち、何処と無く怪しい感じがした。

 まあ魔法を使えなくするんだし、見た目の怪しさは伊達じゃない効果だよな。

 そして、手渡された美咲は手首にその法具を身につけた。

 試しに魔法を使ってみてくれとのことで、美咲は武器を召喚するために「アームズ」を唱えた。

 その結果は、予想通り。

「……本当に、魔法が使えなくなってる」

 やはり、本当に魔法の使用が出来なくなるみたいだ。

 だけど、よりにもよって美咲がその対象だなんて。

 アッシュの事といい、試験の事といい、この試験は相当気を引き締めなければいけないな。

「それでは、これから顔合わせとして時間を設けますので、自己紹介など済ませておくように。全ての班の準備が整ったら、再び招集をかけます」

 ジュリア試験官はそう言うと、他の班の組み分けを進めた。

 とりあえず俺達4人は、ジュリア試験官から離れた所で自己紹介を始めた。

 護衛が目的の試験だから、各々の力も知っておきたいということで、固有魔法も説明することになった。

 自己紹介とは言っても、これも戦力を把握する大事なことだ。

「じゃあまずは俺から。俺は城嶋直人、白波しろなみ高校1年。武器は刀。固有魔法は、攻撃した回数だけ威力を増す魔法だ。これからよろしく」

 俺が簡単な挨拶を済ませると、美咲が続けて自己紹介を始める。

「同じく白波高校1年、近江美咲です。武器は槍を使います。固有魔法は氷を使う魔法です。よろしくね」

 俺達二人の挨拶を終え、続いて白と黒とのコントラストなセーラー服を着た少女。

 その凛とした佇まいと、長い黒髪に桜色の髪留めをしていて、大和撫子な雰囲気を感じた。

 可愛いというよりは、綺麗よりの美少女だろう。

「私は鶴翔かくしょう女学院1年の古坂千里です。武器は弓を使います。固有魔法は動物を使役する能力を持っています。よろしくお願いします」

 白河女学院って言えば、有名なお嬢様学校だったはず。

 結構入るのも大変だって聞くけど、女子のレベルも高いとのことだ。

 その噂に違わず、目の前にいる古坂は美人としか言えなかった。

 続いて、学ランに茶髪。加えて目つきの鋭い少年の出番だ。

「俺は斧寺亮喜。明津あかつ高校1年だ。固有魔法は影を操る能力だ。ま、三次試験の間よろしくな」 

 不良のような見た目とは裏腹に、結構普通に自己紹介をしたことに俺は少し驚いた。

 その俺の反応を見て、斧寺は面白そうに笑みを浮かべた。

「俺のこと不良だ、とか思ったろ? まあ確かに、稀に喧嘩をすることもあるけど、煙草も酒もやってない。後、学力もそこそこ良いほうだ」

 そう誇らしげに言う斧寺に、俺が最初に抱いていた不良っぽいという印象は薄れてしまった。

 確かに腕っ節は強そうだが、ところ構わず暴れまわる奴じゃ無さそうだ。

 どちらかと言うと熱血よりもクール系という感じか。

「悪いな。どうも偏見で見てたみたいで。改めて、よろしく」

 俺は厚意を込めて、握手を求めた。

 それに一瞬目を丸くする斧寺だったが、躊躇うこと無く俺の手を握り返した。

「なんで二人が早速仲良くなってるわけ? 私と古坂さん除け者みたいじゃん!」

「そういうつもりじゃなくてな、これは礼儀だ」

 折角チームになったんだからギクシャクするのって嫌だろ。

 だから、早めに障害を取っ払って仲良くなる方がずっといいに決まってる。

 さっきの握手はその一環というわけだ。

「お前はそんなことよりも、自分の心配しろよ。試験で護衛対象は美咲なんだからな」

「それは直人が私を守ってくれれば問題無いんじゃない? それに斧寺君と古坂さんも居るし」

 まあその通りだ。この試験は護衛することが目的。美咲を守るのが俺達の仕事だ。

 後はこの二人がどれくらい、積極的に試験を受けるかだ。

 俺が軽く不安を感じていたが、そこで古坂が、微笑みながら声をかけてきた。

「任せて下さい。試験ということなら初対面と言えど、見捨てるつもりはありません。これは私の試験でもありますから」

「そういうこった。俺達はそれで手を抜く理由は一切ない。だから存分に頼ってくれていいぜ」

 良かった。こいつらが非協力的だったら終わってた。

 チームでの連携はまだ難しいだろうけど、このメンバーなら安心できそうだ。

「確認したいんだけど、古坂の言ってた固有魔法はどんな動物を使えるんだ? 犬とか猫とか?」

「動物と言っても、犬や猫のようなものではなく、四獣という中国の神話の生き物です」

 四獣って、青龍とか白虎とかのあれか?

 おいおい、魔法は神話の生き物まで召喚するのか。どれだけスケール大きいんだ。

「付け加えて言うと、四獣と感覚の同調も出来ますよ。視覚を同調した場合、四獣の見た景色を私に伝えるたりできます」

「そんなことまで出来るのか。次の試験は森だって言ってたから、そう言う能力があると格段に有利になるな」

 しかし、古坂曰く弱点もあるらしく、感覚の同調をした場合は自分は無防備になってしまうらしい。

 だからそれを使う場合は、誰かのフォローが必須だということだ。

 その後、しばらくの時間を置いて、組み分けも一段落ついたのか、ジュリア試験官は受験生を再び招集した。

「ではこれから試験会場まで飛びます。転移は班ごとでバラバラな場所に飛ばされますが、合図があるまで森には入らないように。皆さん、準備はよろしいですね?」

 ジュリア試験官は、胸ポケットから青い転移石を取り出すと受験生全員に確認をとる。

 そしてこの場にいる全員が覚悟を決めた目をしていた。

 それを見たジュリア試験官は肯定と受け取り、転移石を発動させた。

 俺達は転移石の放つ光に飲み込まれ、次に目を開いた時には緑が視界一杯に広がっていた。

 目の前には木々が堂々と立ち並び、その奥は暗くよく見えない。

 それだけではない。一番に目を引いたのが、その森の木々の数倍は大きい大樹が立っていたのだ。

 その大樹から伸びる枝は森を傘のように覆っていた。

 ここが、試験会場なのか? 

『みなさん、聞こえるでしょうか?』

 突然聞こえた声に、俺達は驚いた。

 しかもその声はどこからともなく、俺の頭に直接話しかけられたようだった。

 これも魔法の一種だと言うのは大体予想がつく。

 しかし、通信も出来るなんてどんだけ万能なんだよ、魔法って。

『では、改めて試験の内容を言います。皆さんの前にある森、私達はアルマの森と読んでいますが、ここを護衛対象を守りつつ通過し、森の中央にある大樹を目指して下さい』

 その大樹ってのは、目の前のあれだろう。

 あそこまでたどり着く間に、美咲に攻撃が決まればアウト。

 なかなかシビアな条件だが、やるしかない。

 俺達はこんなところで立ち止まる訳にはいかない。絶対Aクラスになって、元の世界に帰るんだ。

 古坂と斧寺の実力は未知数だけど、今は信じるしかない。

『では合図をしたら、全員スタートして下さい。合図をした後に魔法は発動して結構です』

 ジュリア試験官はそう言うと、俺達に位置につくように言った。

 俺も念のための確認ということで、一度チームの表情を窺う。

「みんな、準備はいいか?」

 俺が確認を取ると、美咲、斧寺、古坂は小さく頷いた。

 それを皮切りに、俺は森へと目を向ける。

 


『三次試験、始めッ!!』



 ジュリア試験官のその高らかな宣言に、俺達は一斉に地を蹴り、森へと足を踏み入れた。


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