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終章

 翌日、号外で副都崩壊の記事が掲載された新聞が出回っていた。

「早えぇなー。発行元どこだよ?」

 テセラの持っている新聞をリヤがのぞき込んだ。

「副都みたい。壊れずに残った区画もあるって書いてるから、印刷屋さんは無事だったんじゃないの? ディオの設定した攻撃は基本的に郊外ばかりだったし、ほとんどの人は逃げて無事だったって。最後の標的になった軍施設は壊滅してるから、その関係の人は……無理だったみたいだけど」

 リヤはため息をついて、車のシートに背を預けた。

 シャツの上に普通のジャケットを着たリヤは、手に持っていた紙コップの中身を呷る。

「おい。そういえばイサはまだかよ」

「リヤが言ったんじゃない、酒が足りないって」

 新聞に視線を戻して返事する。

「必需品だろ?」

「別に、行った先で買えばいいじゃない」

「いつ飲みたくなるかわかんねぇだろ」

「リヤって酒グセ悪い~」

 続けて何か返してくるかと思ったが、リヤは黙ったままだった。テセラは新聞から顔を上げ、リヤの視線を追う。

 ジープの後部座席に、一人横たわっているディオがいた。

 まだ目を閉じたまま、動く様子もない。

 あの時、エネルギーの衝突によってあの場所は次元の緩衝地帯となり、崩壊をまぬがれた。

 イサの剣が余波をはじき返してくれたこともあり、誰もそれ以上の怪我はせずに済んだ。

 そしてイサは意識を失ったディオとリヤを担ぎ、瓦礫となった研究所の近くで、幸いにも無事だった放置ジープを奪い、副都から離れた小さな町へと逃れたのだ。

 ディオの傷は深かった。

 それでも血は止まり、確かに心臓も動いている。

 この町に来てから一度医者に診せたが、傷はふさがっているからと、少し輸血をしてもらっただけで終わった。しかし更に一日過ぎた今も、一向に目覚める気配がない。

 このまま目覚めなかったらどうしよう。

 そう考えた時だった。

「…………おい」

「うん」

 ほんのわずかに、ディオのまぶたがふるえた。

「ちょ、お、俺、イサ探してくる!」

 リヤの弾んだ声が遠ざかっていく。

 テセラは一秒たりともディオから目を離せずにいた。助手席から身を乗り出して、ディオの顔をもっと近くでのぞき込む。

 やがてディオは身じろぎを始めた。

 体を動かそうとして肩が痛んだのか、頬がひきつる。それから何度となく瞬きして、うっすらと目を開いた。緑色の瞳の中に、ちゃんとテセラが映っている。

「ディオ……おはよう」

 どう言っていいかわからず、真昼だというのにそんな言葉を口にしてから、テセラは思わず泣きそうになる。

 ディオはじっとテセラを見つめて、ぽつりとつぶやいた。

「空みたいな、青だ」

 それからかすかな声で「あと五分……」と言ってまた目を閉じる。

「え? あと五分って?」

 問いかけるも、返事はない。ややあってその意味を理解したテセラは苦笑する。

「五分でも一時間でも、好きなだけいいよ」

 そしてこれからも、何度だって目覚めたら挨拶を交わすのだ。

 テセラがほっと息をつきながら座り直した時、イサと彼に肩を貸してもらったリヤがこちらへ向かってくるのが見えた。

 テセラはジープの外に出て二人を出迎える。そして静かにするように、人差し指を口に当ててみせた。

「ちょっとだけ目を覚ましたの。でもすぐ寝直しちゃった」

 それを聞いた二人は、そっと窓越しにディオの寝顔をのぞき込み、それから顔を見合わせた。

「買い物も終わったし、行こうか」

 イサが晴れやかな表情で言う。

「で、どこ行くのか決めたのかよ?」

「オクシアとか?」

 イサの口にした地名に、リヤがぱっと顔を輝かせる。

「そりゃいい。ユイエンの国内だが自治区だからな」

「いいところ?」

 テセラが尋ねれば、リヤが上機嫌で説明する。

「海岸沿いの都市で、魚は上手い、南だから暖かい、そして女が薄着だ」

「あーはいはい、リヤに聞くんじゃなかった。早く出よ、イサ」

 声を掛けると彼が振り向く。

「テセラはそこでいいのかい?」

 うなずくと、三人はなるべく音を立てないようにジープに乗り込んだ。一番小さなテセラが、眠っているディオの横に座る。

 イサが車のエンジンをかけた。

 その音でスイッチが入ったように、寂寥感と期待がテセラのの中で膨らんだ。

 ディオを失ったと思って、始めた旅。

 もっと悲壮感で眠れなくなるような結末を想像していた。けれども今は、前よりも沢山の希望が心の中にある。

「オクシア、楽しい所だといいな」

 つぶやくと、イサがこちらを振り向いて笑ってくれた。

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