第1話 カーテンを開けたら異世界だった
それは、いつもと変わらない朝だった。
「……眠い」
俺――佐伯蓮は、布団の中でスマホを確認した。
午前七時十二分。
会社に行く時間を考えれば、そろそろ起きなければならない。
だが、あと五分。
その五分が命取りになると分かっていても、人間というものは布団から出られない。
「……あと五分だけ」
そう呟いて目を閉じた。
しかし。
カーテンの隙間から差し込む光が妙に眩しい。
「ん……?」
いつもの朝日とは違う。
もっと強くて、暖かい。
蓮は布団から顔を出し、窓を見る。
「……カーテン、閉めたっけ?」
昨夜は確かに閉めた。
なのに、カーテンの隙間から見える光は、どう考えてもおかしい。
そして――
風の音が聞こえた。
都会の朝なら、車の音や電車の音がする。
だが今聞こえているのは、
――ザァァァ……
草原を風が渡る音だった。
「……?」
蓮はゆっくり起き上がった。
寝ぼけているのかもしれない。
そう思いながら、カーテンに手を伸ばす。
「まあ、開ければ分かるか」
シャッ。
カーテンを開けた。
「…………」
目の前に、草原が広がっていた。
「………………」
もう一度、目を閉じる。
開く。
「………………」
草原。
どこまでも続く緑。
遠くには巨大な山。
そして、その山の向こうには――
白い城が見えた。
「…………は?」
蓮は固まった。
窓の外。
本来なら、向かいのマンションが見えるはずだった。
しかし今そこにあるのは、完全な異世界だった。
「いやいやいやいや」
蓮は窓を閉めた。
カーテンも閉めた。
「疲れてるんだ」
深呼吸。
もう一度カーテンを開ける。
「…………」
草原。
「……夢だな」
閉める。
開ける。
「草原」
閉める。
開ける。
「草原」
閉める。
開ける。
「やっぱり草原!」
蓮は頭を抱えた。
「なんでだよ!」
会社員生活五年。
異世界転生も転移も、物語としては好きだった。
だが、自分が体験したいとは思っていない。
そもそも転生ですらない。
カーテンを開けたら異世界だった。
そんな雑な異世界トリップがあるか。
「……待て」
蓮はあることに気づいた。
恐る恐るカーテンを閉める。
そして、開ける。
草原。
閉める。
開ける。
草原。
「……もしかして」
蓮は窓を開けてみた。
すると、普通に開いた。
ただし、窓の向こう側は異世界だ。
つまり――
「この窓……異世界に繋がってる?」
試しに手を伸ばす。
風が手の甲を撫でた。
本物だ。
「マジかよ……」
蓮はしばらく呆然としていた。
そして、ふと気づいた。
「……異世界ってことは」
蓮の頭の中に、ある考えが浮かんだ。
「金になるんじゃないか?」
会社員生活五年。
給料はそこそこ。
貯金もそこそこ。
特別不満があるわけではない。
でも――
異世界には、俺の知らないものが山ほどある。
魔法。
魔物。
エルフ。
獣人。
そして――
「……日本の商品、売れるんじゃね?」
蓮の目が輝いた。
異世界の人間が日本の商品を知らないなら。
百円ショップの商品でも。
コンビニの商品でも。
家電でも。
日用品でも。
向こうでは価値が高いかもしれない。
「いや、待て待て」
蓮は自分を落ち着かせる。
「まずは安全確認だ」
異世界に行った主人公が最初にやるべきこと。
それは――
死なないこと。
蓮は部屋を見回した。
財布。
スマホ。
水。
そして、昨日コンビニで買ったパン。
「……よし」
最低限の準備をして、もう一度窓を見る。
草原の向こうに、人影が見えた。
「……人?」
目を凝らす。
一人。
こちらへ歩いてくる。
少しずつ姿が大きくなる。
長い髪。
細い身体。
そして――
「……耳?」
蓮は目を疑った。
その人物には、人間の耳とは別に、頭の上に長い耳が生えていた。
「…………」
獣耳。
しかも、どう見ても本物。
少女はこちらに気づいたのか、足を止めた。
そして、窓の向こうから叫んだ。
「そこの人ー!」
「え?」
「助けてください!」
蓮は固まった。
少女が走ってくる。
その顔は必死だった。
「追われてるんです!」
「え、ちょ――」
少女の後ろ。
草原の向こうから、何かが現れた。
巨大な狼。
いや。
普通の狼より、明らかに大きい。
口から鋭い牙を覗かせ、少女を追っている。
「…………」
蓮は静かにカーテンを閉めた。
「見なかったことにしよう」
そして布団に戻る。
「今日は会社休もう」
しかし。
数秒後。
カーテンの向こうから――
「助けてぇぇぇぇぇ!」
少女の悲鳴が聞こえた。
「…………」
蓮はため息をついた。
「……仕方ないか」
そして、もう一度カーテンを開ける。
異世界への扉が、そこにはあった。
蓮はまだ知らない。
この日を境に、自分の人生が大きく変わることを。
そして――
たった一個の日本製ボールペンが、異世界で金貨一枚の価値を持つことを。
異世界商売人・佐伯蓮の物語は、今




