【第六幕】第26話「足りないもの」
足りないものは、いつも目につく。
欠けたもの。
届かない場所。
もう戻らない形。
けれど道の上では、
揃うまで待ってくれるものなど、ほとんどない。
だから手を伸ばす。
残っているものへ。
まだ使えるものへ。
次の一歩に、届くものへ。
集落を離れてから、何度目かの朝だった。
SKY-RIGの後ろを、運搬台が進んでいる。
車輪は何度か止まった。
荷台の固定も、そのたびに締め直した。
それでも進んだ。
昼を過ぎた頃。
後ろから、昨日までとは違う音がした。
ぎ。
ごん。
アリアが振り返る。
また鳴った。
ぎ。
ごん。
「止めて」
ジンのSKY-RIGが止まった。
アリアは荷台へ上がった。
機体の右脚を押す。
揺れる。
固定具ではない。
関節の隙間へ指を入れると、細かな金属片が落ちた。
ジンも上がってくる。
奥を覗く。
「削れてるな」
アリアは工具箱を開いた。
残った材料を出す。
一本合わせる。
違う。
もう一本。
これも違う。
「今あるので直せる?」
「無理だな」
アリアは脚を見る。
「このまま運んだら?」
「すぐどうこうはならん」
ジンが関節を戻す。
「その先は知らん」
風が荷台を抜けた。
アリアは水袋を持ち上げる。
残りを見る。
「部品がありそうな場所は?」
「東に古い輸送路がある」
「どれくらい?」
「寄れば一日は増える」
アリアは前を見る。
それから東を見る。
荷台の脚を、もう一度押した。
「東に行く」
「遠回りだぞ」
「うん」
アリアは荷台から降りた。
ジンは少し待った。
それから、SKY-RIGの向きを変えた。
真白も続く。
運搬台がゆっくり東へ向いた。
古い輸送路は砂に沈んでいた。
折れた標識。
横倒しの運搬車。
骨組みだけ残った機体。
風が吹くたび、薄い金属板が鳴る。
アリアはすぐに残骸へ入った。
関節を開く。
違う。
軸を抜く。
短い。
別の脚部を外す。
太い。
使えそうなものだけ横へ置いた。
測る。
比べる。
戻す。
また探す。
日が傾き始めた。
アリアは手の甲で額を拭った。
黒い跡が残る。
足元には外した部品がいくつか転がっていた。
どれも違う。
「ないな」
ジンが言った。
アリアは返事をしなかった。
荷台へ戻る。
壊れた右脚を見る。
関節を測る。
残骸へ戻った。
さっき捨てた長い駆動軸を拾う。
切れば使える。
別の機体から外した支持材。
穴は合わない。
開け直せる。
摩耗した接続具。
削れば、入るかもしれない。
三つを並べる。
ジンが覗き込んだ。
「規格、全部違うぞ」
「分かってる」
アリアは駆動軸へ印を付けた。
「ここで切る」
支持材を重ねる。
「穴は開け直す」
最後に接続具を持つ。
「これは削る」
「元には戻らんぞ」
アリアは機体の脚を見た。
「歩ければいい」
ジンが三つの部品を見る。
「ああ」
アリアはまとめて抱えた。
荷台へ運ぶ。
もう少しだけ探してから戻ろうとした時だった。
残骸の陰に、丸いものが見えた。
アリアは砂を払った。
球体。
外殻の片側が潰れている。
割れ目の奥に細かな部品が見えた。
その場で外殻を広げようとする。
動かない。
工具を差し込む。
少し開いた。
中を見る。
分からない。
「ジン」
ジンが来る。
アリアは球体を渡した。
「使える?」
ジンが内部を確認する。
いくつか触る。
場所を変える。
「ほとんど駄目だ」
「ほとんど?」
「ここは残ってるかもしれん」
アリアが覗く。
荷台を見る。
布に包まれた、もう一つの球体がある。
集落から運んできたもの。
あれも動かない。
「移せるかな」
「そのままじゃ無理だ」
アリアはもう一度内部を見る。
「じゃあ、持ってく」
球体を抱え上げた。
「重いぞ」
「機体より軽い」
「比べるな」
荷台へ運ぶ。
二つの球体が並んだ。
どちらも静かなままだった。
その夜。
風を避けられる岩陰で機体を降ろした。
SKY-RIGの吊具で右脚を持ち上げる。
アリアは回収した駆動軸を測った。
印を確認する。
切る。
火花が散る。
熱を持った金属を置き、次へ移る。
支持材に穴を開ける。
接続具を削る。
合わせる。
入らない。
抜く。
削る。
もう一度。
まだ浅い。
また抜く。
「師匠、灯り」
真白が寄った。
光が手元へ落ちる。
「もう少し右」
光が動いた。
「そこ」
アリアは工具を差し込んだ。
回す。
止まる。
角度を変える。
もう一度。
金属が噛み合った。
手を離す。
右脚を揺らす。
さっきより小さい。
そのまま別の亀裂へ手を伸ばした。
腰にもある。
肩にもある。
工具を取る。
「そこもやるのか」
ジンの声。
アリアは亀裂を見る。
右脚を見る。
工具を戻した。
「……後」
真白は何も言わなかった。
灯りだけが残った。
夜が深くなった。
「立たせるぞ」
ジンが吊具を操作する。
機体が起きる。
右脚が砂へ触れた。
左脚。
吊具が緩む。
重さが脚へ乗った。
右へ傾く。
アリアが関節を見る。
次の瞬間、機体が片膝をついた。
砂が舞う。
「ずれた」
アリアは工具を取った。
また吊る。
外す。
削る。
付け直す。
指先が切れた。
水で流す。
布を巻く。
続ける。
二度目。
右脚。
左脚。
吊具が離れる。
機体は立った。
少し傾いている。
倒れない。
ジンが接続部を押す。
足元を見る。
「起こす」
腹部の操縦席へ入った。
アリアは右脚の横にしゃがんだ。
少しして、低い振動が伝わってくる。
機体の奥で何かが回り始めた。
右脚が動く。
砂を踏む。
左脚が前へ出た。
ぎ。
ごん。
一歩。
アリアは継ぎ目を見る。
外れていない。
もう一歩。
ぎ。
ごん。
ジンはそこで止めた。
振動が消える。
アリアは右脚へ触れた。
熱い。
すぐ離す。
「歩けた」
操縦席から降りてきたジンが言う。
「二歩だ」
「二歩、歩けた」
ジンは右脚を見た。
「明日もう一回見る」
「うん」
アリアは継ぎ目を指でなぞった。
まだ熱が残っていた。
開いたままの操縦席が目に入った。
アリアは見上げる。
「乗っていい?」
ジンは工具を片付けていた。
「起動はするなよ」
「しない」
アリアは腹部へ上がった。
操縦席へ身体を滑り込ませる。
背中を付ける。
手元を見る。
届く。
足を置く。
つま先が、少し足りない。
腰を前へ出した。
届いた。
けれど、背中が座面から離れた。
そのまま手を動かす。
遠い。
アリアは背中を戻した。
また足が足りなくなる。
「……ちょっとだけなのに」
下からジンが覗いた。
足元を見る。
座面を見る。
「その姿勢じゃ使えん」
「前に座れば届く」
「身体が固定できん」
アリアはもう一度試した。
腰を前へ。
足は届く。
背中が浮く。
戻る。
届かない。
ジンが座席の脇を叩いた。
「座面、前に出すか」
アリアが顔を上げる。
「できる?」
「やること増やすな」
「できるんだ」
ジンは返事をせず降りた。
アリアは操縦席に残った。
背中を付ける。
足を伸ばす。
あと少し。
つま先が空を踏んだ。
翌朝。
機体はまた運搬台の上にあった。
右脚には、昨日より固定が増えている。
荷台の隅には二つの球体。
回収した部品。
減った材料。
ジンがSKY-RIGを起こした。
牽引索が張る。
車輪が回った。
アリアは運搬台の横を歩く。
ぎ。
ごん。
車輪が鳴る。
アリアは荷台の右脚を見る。
その上。
閉じた腹部の操縦席を見る。
ぎ。
ごん。
運搬台が砂を越えていった。
第26話「足りないもの」了
足りないまま、進む。
合わないなら削り、
届かないなら近づける。
昨日と同じ形でなくてもいい。
二歩しか歩けなくても、
二歩ぶんだけ、昨日より先にある。
荒野に完成を待つ場所はない。
だから今日も、
使えるものを拾っていく。
次の一歩を、自分で作るために。




