プランB 35
ムーンベースでは、ブラックホールの探索が続けられている。 いまだに観測を続けている空間は、縦横奥行がそれぞれ約十光年の空間を対象にして実施されている。 始めに空間内をザックリと捜査して、ブラックホールが在りそうな空間を徐々に絞っていっている。 観測対象の移動速度は光速以下で、ホール通信による観測は即時だから余裕を持った観測が出来る。
ブラックホールの数は当初の予想より多かったが、人類が絶滅を心配するより遥かに少なかった。 ブラックホールが少なくて悔しがったのはローズだけだ。
B-04 は地球圏から八光年先にあり、地球圏から遠ざかっていく軌道にあるブラックホールだ。 推定で太陽の百二十倍ほどの質量が在る、とモニターに表示されている。
『 まぁ、予測値は大昔の計算式を使っておるからの。 実際の値は分からん 』
モニターの中のローズは気にも留めていない。 太陽より質量の大きいブラックホールであれば何でも良いらしく、さほど気にしてはいない。
ブラックホールの質量は、月宙域における既知の恒星の観察位置の変化、その変化の度合いから質量を推定している。 簡単に言うと、星の観測位置が普段と違えば星と地球の間に何かが在るハズだとする。 重力レンズ効果で光が曲がっているハズだから、その曲がり具合で何かの質量を推定するのだ。
推定だ、実測ではないし、正確か否かは誰にも分からない。 その代わり、必要な観測機器は望遠鏡と目だけと言う、古典的だが安上がりな方法だ。
ブラックホールダイバー初号機は、目標宙域まで母機に搭載されて運搬された。 BDは勿論無人だし、運搬する母機も無人だ。 それなりに安全だとは言え、ブラックボールの進路上に居たいと思う者は多くない。
『 BD初号機、投入シーケンス開始 』
『 母機、最終ジャンプまで三十秒。 29・28・・・ 』
『 ジャンプ終了後6.7秒で切り離し、母機は所定の宙域まで退避 』
『 リレープローブ全機待機中。 データリンク正常 』
『 母機、最終ジャンプ終了 』
『 切り離しまで5・4・3・・・ 』
モニターの向こう、ムーンベースではBD初号機の投入プロトコルが進んでいる。 指令室は緊張が高まっている、 自宅のリビングではジュンが緊張しつつモニターを見ている。 ヒロはリラックスしている、自宅のリビングだから。
ジャンプ後の物体は、ジャンプ前の速度が残っている。 BD初号機はその速度を利用して、ブラックホールの軌道と交差する軌道へと向かう。 相対速度は約光速となる予定だ、多分そうなる。
『 よーし。 BD初号機発進じゃ! 』
『 BD切り離し 』
ローズの指示は直ちに実行され、BD初号機が切り離される。 指示で切り離すなら、カウントダウンは何だったのかとヒロは思った。 形式美なのだろうかと推測する、ローズは結構カッコつけたがるのだ。
『 母機、離脱軌道へ移行 』
しばらく慣性のみで飛行していたBD初号機は、所定の軌道に移行した。 母機はBD初号機からの信号を受信するため、B-04から緩やかに遠ざかる軌道へと移行した。 今のところ全てが順調に推移している。
「 いよいよね 」
『 そうじゃ 』
『 母機。予定の軌道変移完了 』
『 プローブ各機、最大望遠 』
観測したデータはムーンベースへ送られ、加工された後にモニターへ表示される。 メインの情報源は光学観測データなので、それほど精度は出ないのは仕方がない。 高引力による信号の歪みは補正されているが、送信データに基準となる信号がモロモロ内包されているのだ。 それを戻すように変更すれば、比較的簡単に戻せたりする。
『 もう直ぐじゃ。 もう直ぐ私の理論が証明・・・ 』
「 あれは何言ってんの? 」
モニターにはローズの背中だけが映っている、ローズがムーンベースのメインモニターを食い入るように見ているためだ。 地球の、ジュンやヒロと繋がっているカメラに背を向けている。
「 もう直ぐ突入でしょ、それで判ることもあるのよ 」
「 へぇ~ 」
ヒロには何が分かるかが分からない、何と言うか仲間外れ感が半端ない。 それでも関係者だから居なければならない。
『 もう少し拡大出来ないのか? 』
『 これ以上の拡大は、光の回析で誤差が無視できなくなります 』
『 仕方がないの~ 』
光学望遠が最大って言うのは、誤差が許容できる範囲での最大と言う事らしい。 もう少し拡大は出来るのだろうが、やって無いんだそうだ。 理解できることがあって、ヒロは少しうれしかったりする。
数分後、BD初号機の姿が掻き消えた、爆発や崩壊したんじゃない。 ムーンベースの会議室では大きな拍手が起こっていた。
「 ? 」
なぜ消えたのが凄い事なのか、ヒロには理解できない。
「 あれだけでも、色々判ることがあるのよ 」
ジュンにそう言われても、サッパリなヒロだ。 BD初号機は健在だ、まだホール通信で信号を送信し続けている。
モニターの数値はそう主張している。 居るのに見えない、透明化は凄い事なのは理解できる。
『 ヒロは時間波動説を知っておるか? 』
「 名前くらいはね、詳しくは知らないな 」
モニターのローズがヒロに話しかけた、ここに居る参加者の中でヒロだけが浮いていたからだろう。
『 時間は空間に隷属するのじゃ。 時間波動説が真とするとじゃな、空間が圧縮されると時間は早く進む 』
「 って事ね 」
その筋の専門家二人掛かりから説明を受けるヒロ、とても贅沢な状態だ。
「 え~っと。 空間が物凄く圧縮されると、時間はすげ~早く進むってことかな? 」
「 大体その通りね 」
空間の中の時間が波動だとして、空間ごと時間が圧縮されると見た目周波数が上がる=時間が早く進むらしい。 第三者視点で見た場合って事だ。
「 そうなのか。 じゃあさ・・・ 」
ヒロは言う。
ブラックホールの超引力で、引っ張りの力で空間が圧縮されるとするとだ、疑問が出て来るのだ。
例えば充分な長さを持ったバネを用意する、バネは弾力係数が低くて手で変形できる程度の強度で、十分な隙間があるバネだ。 バネのある場所を持って引っ張るとする、空間を圧縮なんて出来ないから引っ張ることで代用する。
引っ張った手の中のバネは圧縮されるが、その近くのバネは引っ張られて伸びる。 バネは十分な長さがるから、バネの状態は圧縮――引っ張りで伸び――そのままの3通りの状態になる。 偏移の過程は無視するとしてだ。
「 最初は引っ張られて伸びるから、必ず圧縮されるって事は無いんじゃないか? 」
「 それで? 」
「 そうなるとさ、どの時点から圧縮になるんだろうなって思ってさ 」
『 ・・・ 』
「 ブラックホールのどこが引力の終着点なのかってこと、そこに向かうまでは引っ張られ続けるだろ 」
チョコ掛ポテトチップの割れる音がする、ヒロはアルコールを飲まない。
「 引っ張られ続けるから、そこまでは空間も時間も伸びるんじゃないかなって。 だから空間が必ず圧縮されるじゃない気がするんだけど? 」
『 フム・・・ 』
「 ・・・ 」
黙り込む二人、ヒロはエンジニアで科学者ではない。 自分に理解できる形に置き換えて、理解しようとしている。 素人ゆえの見当違いの質問もしてるかもとは思う。
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