ダイブ! 32
七時間の睡眠を終え食事を済ませたジュンとヒロは、再度リビングで待機している。
ジュンに抜かりはない、彼女の前には祝杯の準備も完了している。 おつまみの準備も完了だ。 ローズと企画した試験が成功することを確信しているのだ。
ヒロはタップリ睡眠をとっているので、こちらも抜かりはない。 彼が用意したのはおやつとコーヒーだ。
彼はアルコール摂取を好まないので祝杯には興味を示さず、食べる事に専念するだろう。 夜中に色々食べられるほど彼の胃は頑丈ではない。 エンジニアは胃を酷使する職業だ。
「 そろそろ時間ね 」
「 やっと始まるか 」
世界保健機構が、『 アルコールに適量は存在しない、どれだけ少量でも毒である 』 と医学の見地から発表してすでに数百年経過するが、地球上から飲酒の習慣は無くなっていない。 禁煙は魔女狩りのごとく弾圧され続けているが、アルコールの接種に関してはそうでもない。
食事の一環として、アルコールで口の中を洗わないと次の料理が美味しく頂けない料理も存在し続けている。 食前酒、食中酒、食後酒なんてのもある、しかもお高いときている。 謎である。
先にソファーに座っていたヒロは、テーブルの天板を操作する。 何処の家庭にも普及している、モニターとテーブルとコントロール端末が一体化しているモノである。
ボタンは空間絶縁方式ではない、モニターをタッチしてON/OFFする。 誤入力を防ぐために指紋認証を含有しているから、ウッカリ触って大事件になるのは映画の中だけなので心配はいらない。
既に日は沈んでいるから家のシャッターは下りている、ヒロはそのシャッターに防諜機能を付与する操作を施す。 家の周囲はSFの人員が住む家で固められているので、諜報活動そのものの可能性は限りなく低い。 あくまでも万が一に備えて処理で、規定されている手順だ。
「 OK、始めて大丈夫 」
防諜装置が作動したことを確認したヒロはジュンに話す。 既に通話オンの位置で待機していたジュンの指が動く、さすがに焦り過ぎである。
『 ・・・順調だな。 放送が始まったら一気に光球の3000kmまで接近させ・・・ 』
モニターに映し出されたローズがオペレータに指示を出している、まだ本番前の準備段階だったようだ。 通信が繋がったのに気が付かないローズに、オペレータの一人が近づく。 話し掛けようとして遮られ、説明しようとして失敗している。
何度かのトライの後に、モニターを指差すゼスチャーで目的を達成した。 お疲れ様である。
『 ・・・ジュン、ヒロ、早かったな 』
「 そう? 時間通りよ 」
予告された時間の一八分前である、時間通りではない。 5分前行動の13分前行動と言ったところか、遅れるより良いけれど。 良いけれども都合と言うものもある、特にローズは見栄えに拘る時が在る。
「 こんばんは。 調子はどんなもん? 」
あえて軽目のあいさつで空気を換えようと試みるヒロ。 ムーンベースは既に準備を完了しており、お偉い科学者たちもスタンバイしている。 ヒロはそれを失念していたため、別の意味でムーンベース内の空気が変わった。
彼の家とムーンベースは約38万キロ離れているので、ヒロはそんな事は気にしていない。
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『 試作機、光球から2000kmに接近しました。 軌道固定します 』
『 機内温度上昇中、予測パターンの下限値通りです 』
『 データリンクおおむね正常、通信に問題無し 』
『 中継衛星に問題無し 』
『 試作機の機外温度は十万度を超えておるじゃろ。 フィールドの効果は在るとして問題無いなかろう 』
モニターに映ったローズが、ムーンベースの科学者を振り返る。 科学者たちは二つに分かれて座っている、その人数が多い方の科学者達が一斉に手を叩く。 拍手をしているのだがコントロールルーム内にその音は届かない、従ってヒロとジュンにも届かない。
一般の科学者はコントロールルームへは入れない、もちろん一般のエンジニアも入れない。 ジュンはムーンベースに居れば入れたのだが、今は自宅にいる。 コントロールルームに入れるのは特別な訓練を受けた、そして合格した特別な者のみだ。 ウッカリなミスを犯すような者は決して入室出来ない、そこは映画とチョット違う。
『 今後はセンサー類の開発も必要じゃな 』
「 温度センサーのこと? 」
『 それもじゃな 』
「 さすがに直接測定は無理じゃない? 赤外線の間接測定で十分だと思うけど 」
『 今はそれで十分じゃが、そう言っておられんじゃろう? これから人類は太陽圏外へ行くのじゃからな 』
ヒロはチョコ付きのクリスプを食べている。 人によっては、クリスプはポテトチップスではないと言う者もいる。
「 航宙技術だけ急激に発展した弊害ね、それは今後の課題にしましょう 」
ジュンとローズが、今後のムーンベースの技術開発の方向性を議論している。 これは人類全体にとっての課題になる、重要な課題だ。 ヒロはコーヒーを飲んでいる、眠気覚ましの意味もある。 夜になると眠くなるのは、人類として正しい在り方だ。
『 うむ。 試作機の様子はどうか? 』
『 試作機、機内温度上昇中。 想定のパターンの範囲内 』
『 じゃろうな。 ではもっと接近させるぞ 』
『 試作機を太陽への接近軌道へ移行します 』
試作機は、太陽へと向かって速度を落とさずに進路を変更した。 中継衛星からの画像では試作機は小さな点でしかない、高温高密度が原因で画像はぼやけている。 試作機の高度は1000kmを切っているが太陽に地面は存在しない、したがって光球と呼ばれる見た目の表面からの高度になる。
『 前方にフレアが発生 』
『 フレア拡大中、試作機の進路と交差の見込み 』
『 試作機の進路そのままじゃ。 フレアなんぞ気にするな 』
『 試作機進路変更なし、了解 』
太陽表面に発生したフレアは標準的なものであった、試作機はそれに向かっていく。
『 発生したフレアはループを形成しつつあり 』
『 試作機フレアに突入した模様 』
『 試作機シグナルロスト。 ・・・いえ、シグナルを確認しました 』
『 やはり小さすぎたか 』
画面内のローズがヒロとジュンの見るモニターへ向き直る。
『 やはり小さすぎたか~ 』
モニターのローズが大きくなった、カメラに近づいているのだ。
『 やはり小さすぎたか~~~ 』
ヒロとジュンが設計したBD試作機は、既存品を組み合させたものだ。 ヘリウム融合炉や空間安定化装置も、ムーンベースに在ったモノを有効活用している。 ローズがまん丸は恰好悪いと言って不採用にした、初代のワープ試験機のフレームも使っている。
あの時と違い、複数のフィールド発生器用に複数の融合炉を積載しなければならず、今回の試作機にはホール通信は用意されていない。 内部容積が小さすぎて積載できなかったのだ。
充分大きければホール通信が搭載出来て、シグナルをロストするなんてことにならなかったのに。 ローズが言いたいのはそういう事だ。
時間と費用を掛ければ十分に大きいフレームも用意できた、それに合わせた融合炉も準備できた。 そうしなかったのは、ヒロとジュンが日本人だからだろう。 ローズの一言で、試作途中で破棄されたフレームがもったいないと思ったのだ。
「 ホール通信は積めないって知ってたでしょ 」
ジュンの言う通りだ、ローズもそれを知っていてヒロとジュンの案を採用している。 SF本部が何かを言ってくる前に試験をしようと焦ったのだ、そしてジュンはそれを正確に見抜いていた。 真ん丸でかっこ悪くても採用するだろうと。
「 似た者同士なんだよな 」
ヒロの中では、最小限の費用で最短の納期で完成した試作機は成功と判断されている。 それで最重要の試験が出来るのなら、カッコなんてどうでも良いだろうと。 彼に言わせればジュンもローズも焦り過ぎな時が在る、似た者同士なのだ。
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