ダイブ! 31
三日後の水星近傍の宙域。
最新型タンカーのハッチから一基の衛星が姿を現す。 全体が銀色の衛星は、BD = ブラックホールダイバーと呼ばれている、その試作機だ。 BD試作機はタンカーのアームに押し出されて、後部ハッチからゆっくりと船外へと移動する。
『 BD試作機、エネルギー源を内部へ移行 』
『 試作機姿勢制御を開始、制御各軸問題無し 』
『 BD初号機、母船との接続を解除、タンカーからの離脱用意ヨシ 』
『 よし! 発進じゃ 』
声から判断すると、ローズの機嫌は良さそうだとヒロは思った。 天才は気難しいと聞くが、ローズは素直でそんな事を感じたことが無い。 モニターの映像はタンカーからの映像がメインで、ムーンベースのローズは小さく映っている。
『 アンカー解除 』
『 アームオフ 』
マニュピレーターのアームが開き衛星が自立して航行を始める、タンカーと同軌道を等速で水星を周回しているのでそうは見えない。 衛星を離したマニュピレーターがタンカーへと収納されていく。
タンカーとBDは2つのフィールドで覆われている、MフィールドとEフィールドだ。 内側のフィールドは、母船とBD両方を包んでいる。
『 タンカーのEシールド、Mシールド調整開始 』
空間安定化装置は空間を安定化させる過程で、質量に対するシールドとして使用できることが判明した。 シールドを二重に展開することで、内側のシールドはエネルギーに対するシールドとして使用できることが判明した。
宇宙塵や小彗星はMシールドで受け止め、宇宙線や赤外線や紫外線などはEシールドで受け止める。 レーザーもEシールドで防御可能だ。
ビームは構成する粒子に電荷が印加されているが、弾体が極めて小さい散弾銃と言って良い。 つまり、弾が高エネルギーをまとってはいるが基本原理は散弾銃でしかない。 だからMシールドで質量を受け止め、エネルギーをEシールドで受け止めて無効化出来る。
フェイザーは実物が無いので不明だが、重力も空間も遮断できるのでたぶん防御可能だろう。
それぞれ異なった目標に対するシールドとして使用することから、それぞれをMシールド、Eシールドと呼称する事となった。 シールドをそう呼称するようになったのはローズの個人的な趣味である。 ジュンやヒロの趣味ではなくローズの趣味だ、単なる趣味だから意味は無い。
『 ・・・3・2・1 BD初号機、タンカーのEシールド領域を離脱、Eシールドの展開を確認 』
『 近接するフィールドはくっつく 』 の特性を利用して、ムーンベースの技術者と科学者は、安全に母船から切り離しが出来るシステムを完成させた。 母船のフィールドを離脱した直後に、独自のフィールドを展開するのだ。
これにより、ムニッと伸びたシャボン玉状のフィールドが、2つに千切れる様な見た目になった。 1つの大きなシャボン玉の内側に、2つのシャボン玉が有る感じだ。
『 ・・・3・2・1 BD初号機、タンカーのMシールド領域を離脱、Mシールドの展開を確認 』
母船のフィールドを離れ、二重のシールドを展開した試作機は全てのエネルギーを遮断して姿を見えなくなった。 スラスターを使って減速し、徐々にタンカーから離れて行く。
月面基地に居る優秀な科学者たちは、複数のシールドを制御してシールドに窓を生成することにも成功した。 スラスターの噴射や通信は、その窓を利用している。
既に引力推進器( 引力の密度を変更して推力に変える )が実用化されているのだが、制御プログラムが間に合わなかった。 メインの推力には引力推進器が用いられているが、ヨー、ピッチ、ロールの各軸制御は、今まで通りスラスターを使用している。
シールドを利用した、完全な引力推進器は初号機に搭載予定となっている。 ムーンベースのエンジニア達が絶賛作業中だ。 きっと連日、遅くまで長く楽しく仕事をしていることだろう。
『 初号機、太陽の周回軌道への偏移完了 』
『 データリンク正常。 試作機ステータスに問題無し 』
『 うむ! 』
モニターの中でローズが力強く頷く、試験が順調に進んでいるのが嬉しいようだ。
『 それでじゃ。 オペレータE、あれは試作機で初号機ではないからの、そこは間違え無いように頼むぞ 』
『 ・・・了解しました 』
『 あくまでも試作機だからな 』
今度こそローズは満足したらしい、先ほどより嬉しそうに見える。
オペレータは困惑している。
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BD試作機はローズの宣言通りに、太陽での試験を実施することになった。 EフィールドとMフィールドの実用性確認試験と、引力推進器の試験だ。
ブラックホールの位置が分からなかったからだ。 ブラックホールは存在する、存在はするが観測宙域内に何時でも在る物ではない。 あっても困る。
だからブラックホールにダイブする前の前段階として、太陽で試験を実施することになった。 木星をチョイスする選択肢もあったが、地球の全てのエネルギーを賄っている現状では、いかなるリスクも回避したかった。
木星のヘリウムが無くなった地球は一八世紀に以前に逆戻りだ、だから万が一にもガニメデステーションの周囲で事故を起こす訳にはいかない。
『 ブラックホールの位置なんじゃが、スポンサーなら判ると思ってな、訊いてみたんじゃ。 そしたら調べるから待てじゃと 』
「 訊けたの? 」
『 無理じゃった 』
太陽での試験が決定した後に、ローズはジュンとヒロへ観測会への参加を打診してきた。 ヒロからすると見守る会だ、ローズの活躍を観る保護者会に近いだろう。
見ているだけで何も出来ないから、関係者以外は退屈だったりする。 ジュンは共同研究者だから参加だ、共同開催といったところか。
『 女性の方は居なかったんで、おっさんに一生懸命お願いしたんじゃがの 』
ローズは言う、色仕掛けをしたけどダメだったと。
ヒロは思う、カワイイは罪じゃの~と言ってるローズ。 あの娘は本当に自分の魅力で、男性スポンサーの魅了に成功すると思っていたのだろうかと。
「 無理じゃね? 」
「 ヒロ? 」
どうしたのと、ローズと会話していたジュンが目でヒロに問いかける。
「 大丈夫、何でもない 」
つい口に出てしまった事を反省するヒロ。 ヒロがどうでも良い事を考えている間も、試作機は太陽へと向かって接近している。
『 太陽への最接近は八時間後じゃ 』
『 判ったわ 』
それを最後にローズの姿がモニターから消え、ディスプレイが暗くなる。
「 八時間後に再集合って事か 」
「 そうね。 ひと眠りして、起きたらシャワーでも浴びたほうが良さそう 」
今から八時間後だと23:00になる、大人にとってそれほど遅い時間ではない。 だが試験はその後10時間続けられる予定だから、寝ておかないと身体が辛いだろう。
「 夜食は何にする? 」
「 そうだな。 ジュンは最後まで起きてるつもりなんだろ? 」
「 そうね。 流石に途中で寝る訳にはいかないわね 」
「 じゃあさ、ウドンとかソバにしないか? あんまり重くないやつ 」
ヒロが言う重くないは、“油分が少ない” を意味している。 それは揚げ物や、揚げ物や、揚げ物が少ない物を意味している。 揚げ物が無くても、大根おろしや山菜、タマゴやキノコがあれば食事として栄養的に十分だ。
肉も不要だ、特に夜中には。
「 それでデータタリンクはどうやってるんだ? 」
食事のメニューが決まれば次は仕事の話になる、ジュンとヒロにとって食事は重要だ。 仕事より食事が優先だ、って言うか、まともな食事が出来ないと仕事のパフォーマンスに影響すると考えている。 シッカリ仕事がしたければ、シッカリ食事をするべきだ。
カロリーなんちゃらで食事を済ませなきゃいけない様な、ブラック企業が有るらしい。 あれは栄養補助食品で食事の代用にはならない、カロリーは在るがそれだけだ。 腹は満たされないし、腹が満たされるほど食べたら間違いなく太る。
そんなのを食べ続ければ体調も壊して当たり前だ、その判断が出来ない状態でまともな仕事は出来る訳が無い。 ミスがミスを呼んでさらに忙しくなる。 ある意味自業自得だ。
「 ああ、あれはね・・・ 」
Eシールドは既知のエネルギーを防ぐ、完全に遮断すると言ってもいい。 未知のエネルギーは知らない。 だから電波やレーザーでは通信できないはずなのだ、ヒロはそこが気になっていた。
ムーンベースの科学者とエンジニアは、シールドをあれこれイジルことでシールドに極小のウィンドウを生成できることを発見した。 多分、距離や強度や厚み何かを調整したんだろう。 さらに、ウィンドウを重ね合わせて希望する大きさのホールを生成し、電磁波とレーザーをシールド外へ照射することに成功した。 もちろんスラスターの噴射もだ。
「 その位置を太陽の外側に配置したの。 そのせいで中継衛星を何基も配置しなくちゃいけなくなったけどね 」
「 さすがNASAのエンジニアだな 」
ジュンは苦笑してヒロは感心していた、SFが結成されたのでNASAはもう無い。 ムーンベースには元NASAのエンジニアも配置されている、ヒロは自分と違う才能に感心したのだ。 自分とは違うなと。
ヒロはパジャマに着替えるために寝室のクローゼットへ、ジュンは夕飯の下拵えのためにキッチンへと向かった。
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