プランB 13
設置作業の裏で、シュタインリッヒ博士が作り上げた装置についてチョットした問題が発生していた。
装置の心臓部の原型を考案したのはヒロだ、それを元に理論の構築と装置を完成させたのはシュタインリッヒ博士だ。
それは間違い無い。
ヒロの所属する会社は、ムーンベースに設置するジャンプ装置の製造と設置を契約した。
製造と設置だ、実際に動かしたり調整したりは契約に入っていない。
そして当然、装置のミニチュアを作る契約も存在しない。
長距離即時通信装置は有用だ、一隻の宇宙船に通信装置は何台も必要になる。
つまり金になる。
シュタインリッヒ博士は当然として、社員であるエンジニアに報酬を分けるべきなのか。
その点について、ムーンベースの科学者達とヒロの会社の上層部で話し合いが行われた。
上層部とは設置作業をしている者ではなく、地球に居る取締役なんかの上層部である。
結論は早かった。
通信装置の製造はヒロの勤務する会社が独占し、その他の全てはローズ博士に帰する事になった。
ヒロはボーナスも何も貰えない事になるが会社が儲かれば問題は無い、それで良しとされた。
ちなみに、記念のタイピンやイヤリングと同じでミニチュアの模型も配布する事になっていた。
契約は存在しないが、通例のサービスとして企業が関係者に配布する事になっていた。
サービスだから無料で、無料だからどう扱っても構わない。
そういう事になった。
こうして人類は、空間に決して穴は開かないが、後にホール通信と呼ばれる長距離即時通信手段を手に入れた。
ジャンプ装置より先に。
そしてヒロは生涯の伴侶となる女性、ジュンと知り合う事になった。
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ある日、月からガニメデステーションへの出張の途中でヒロが気付いた。
「 しまった! 」
「 どうしたのヒロ? 」
「 この船には会社の勤怠管理システムが無いじゃないか! これじゃあ残業時間の申請が出来無い! 」
慌てるヒロを見て驚いたジュンだったが、話の内容を聞いてため息をつく。
「 ヒロ。 あなたは出張中で移動中なんだから、残業代なんて出ないと思うわよ? 」
「 そんなことは無いだろう、残業代くらいは出てもいいはずだ 」
って言うか出せよ、とヒロは思っている。
「 あなたの就業規則を確認したけど、出張の移動中には残業代は出ないって明記してあったわよ? 」
総合電機会社を退職したヒロは、現在NASAの臨時職員と言う肩書になっている。
ガニメデステーションまで行くのだ、それ位の肩書は必要だった。
「 ・・・じゃあ、せめて危険手当の申請は? 」
危険手当。
それは、サラリーマンにあるまじき就業環境だった場合に出る手当の事だ。
ヒロは移動は公共の交通機関を使用することと決められているため、社用車を自分で運転する際に支給される運転手当は存在しない。
それが存在する会社もあるが、そもそもヒロは宇宙船を操船していないから今回は出る訳がない。
それ以外では、極端な高所や低所(海中の事だ)、極寒酷暑、または未開地での勤務、準戦闘地域での勤務時に支給されるのが危険手当だ。
戦闘地域への出張は基本的にはない、SF映画じゃないんだから。
「 それは申請できるわよ。 でも・・・ 」
「 でも? 」
「 でも規則だと、1回で1000円だったハズなのよね 」
「 1回で1000円って。 まさか行きと帰りで2000円ってことは無いよな? 」
「 どうかしら? 」
片道約6か月の航宙は危険手当に該当するだろう、それは間違いない。
まず例外なく、ほとんどの会社で危険手当の支給対象になるだろう。
地球 - ガニメデの往復で約360日掛かる。
危険手当が毎日出るなら36万円になるが、行きと帰りの2回だけなら2000円だ。
ヒロとジュンの生活は安定している、お金に困ることは今のところない。
だが、貰えるものは貰わないと何か損した気分になるヒロだった。
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地球への帰路のタンカー内では、ジュンとヒロが実験を行っていた。
「 やっぱり、くっついちゃうわね 」
「 ローズが言ってたとおりだな 」
実験室の机の上には、動作中の小型の空間安定化装置がある。
目の前の複数台の小さな空間安定化装置は、全部で1つのフィールドを生成している。
元々はそれぞれ別のフィールドを生成していたのだが、近づけたらフィールドがくっ付いて一回り大きなフィールドになってしまったのだ。
フィールドは空間安定化装置を中心に生成される、透き通ったシャボン玉のような物を想像すれば間違いない。
風があっても揺らいだりしないで安定しているから、根本的にシャボン玉とは違うが。
実験中の空間安定化装置の出力は最低に絞ってあるから、机を突き抜けてタンカーの外壁に穴を開けるなんてことにならない。
ローズが考えていた方法は、用意した宇宙船の表面に小型の空間安定化装置をたくさん並べて、宇宙船全体をフィールドで覆ってしまうモノだった。
どうやら、そうすれば好きな形状の宇宙船が設計できると考えたらしい。
空間安定化装置のフィールドは装置を中心として生成され、装置より小さくはできない。
それにフィールドがくっ付いた時、空間安定化装置が露出するようなくっ付き方はしない。
ヒロとジュンはそれを確認した。
上手い大きさでフィールドを生成するように調整すると、フィールド同士がくっ付いた、それでいて一つにまとまらない様には調整出来る。
ボディーソープの泡や、魚の卵の塊を思い浮かべると良いだろう。
「 ダメね、やっぱり 」
「 ダメだな 」
二人の前の机の上には、壊れた宇宙船の模型がある。
泡状のフィールドで包んだ模型に、衝撃を与えた実験の結果だ。
船体を空間安定化フィールドの小さな泡で覆うことは可能だ、フィールドの大きさを調整した安定化装置をたくさん設置するだけでいい。
ただし、空間安定化の効果はフィールドの内側でしか発揮されない。
宇宙船をフィールドの泡で囲んでも、宇宙船の船体は空間安定化の効果は得られない。
効果が得られるのは小さな泡の中だけだ。
「 ヒロに最初に説明されたときシャボン玉のような物だって言ってたけど、ここまで似ているとは思わなかったわ 」
「 俺もそう思ってる 」
ジュンはヒロと違って科学者だ、シュタインリッヒ博士の右腕と言われている。
ヒロとは違って、当該の学会ではシュタインリッヒ博士の次に有名だ。
そう、単なるエンジニアのヒロとは違う、決してヒロのひがみや妬みではない彼女の実力だ。
ヒロが空間安定化装置を作り上げたのは偶然だ。
ホール通信装置を更に小型化するためにぜい肉をそぎ落とし、ホール生成のノイズとなっているっポイ部品の形状や材質、位置や大きさを変更していて偶然作り上げたものだ。
ヒロが総合電機会社を退職して無職だったころ、(ジュンと結婚してガニメデステーションへ行く前だ)たまたま作った物だ。
それに気が付いたのは、これまた偶然遊びに来ていたジュンだったりする。
ヒロが作り上げた模型が、何かに包まれているのを見たジュンがタングステンの棒で突いたのが始まりだ。
ジュンが持っているタングステンの棒の先端は見事に無くなっていた。
ジュンは何の抵抗も感じなかったため、しばらく呆然としていた。
我に返ったジュンは、タングステンの棒を持ったままシュタインリッヒ博士の元まで走った。
ジュンはヒロの実家に遊びに来ていたので、実際に走ったのは研究所が用意した車でジュンは走っていない。
突然帰っていったジュンを見てヒロは呆れていたという。
その後に様々な検証が行われ、装置が生成したフィールド内は外とズレた空間に包まれているのではないかと考えられた。
様々な実験の結果、ズレた空間内ではワープの際に発生する急加速や急減速に伴う加速度から宇宙船を保護できると判明した。
新たな技術として、ジュン博士とシュタインリッヒ博士によって新しい理論が構築された。
JS理論と呼ばれる空間膜生成理論は、空間安定化装置によるフィールド発生装置の完成より後に発表されることになった。
そこにヒロの名前は存在しない。
だがそれ以降ヒロは出向と言う名目で、嫌々ながら、全く納得していないが、ジャンプ装置開発に携わるようになっていく。
それでもヒロの勤務先を自宅に出来たのは、彼の意地と努力と根性によるものだろう。




