プランB 12
「 通信の時間差を、ほぼ0に出来る優れモノじゃ! 」
完成した通信機を持って、設置作業中のヒロの所に来たシュタインリッヒ博士は高らかに宣言した。
運んできたのはジュンだ、月だから重さは1/6になるが体積まで1/6になる訳ではない。
シュタインリッヒ博士にも持てなくは無いだろうが、ほぼ確実に前は見えなくなるだろう。
ムーンベースのナンバー1科学者に、そんな物を運ばせる訳にはいかない、と言ったところだろう。
ヒロはそう考えた。
実際には、ナンバー1の科学者の目に留まった人物を、ナンバー2が確認しに来ただけだったりする。
「 通信距離はエネルギー次第じゃが、理論上は数10光年先でもほぼ時差無しで通信できる。 信号処理にかかる時間はあるから時間差を0には出来ないがな! 」
「 そうか完成したか。 流石はすごい博士だ、偉いぞ 」
褒めるヒロに対して、周りの特に科学者達が固まった。
シュタインリッヒ博士は子ども扱いを嫌う、実際には子供で間違いないのだが本人が嫌がる。
”そんなもんだろう” 、 ”天才だからな” 、人によって意見は異なるが大人として扱うことが当たり前だった。
ヒロはそんなことは知らない。
見たのは昨日が初めてだし、話したのは数時間前だ、そこまで理解しろと言う方が無理がある。
ヒロは秘密の研究に携われる程度には安全な、きわめて一般的なエンジニアだ。
給料分の仕事はもちろんするのだが、その中にお偉いさんのご機嫌取りは含まれていないと考えている。
それをやるのは営業の担当だろう、もしくは一緒にゴルフに行ってる社長や取締役の仕事で間違い無い。
とにかくエンジニアの仕事ではない、ヒロはそう考えている。
それにシュタインリッヒ博士は間違いなく子供なのだから子供扱いで問題はない。
「 そうじゃろ!? 半分はお前の功績だがな、いや2/3か? それでな、お前は小型化するためにここに手を加えただろ? そこをもう少し改良して・・・ 」
「 その手もあったか。 ここは? 」
「 良い目の付け所をしているな。 そこは新たな理論を構築してみて分かったんじゃが、位相を調整してじゃな・・・ 」
仲良く話している二人。
博士はヒロが気に入ったらしく、設置作業が終わるまでの間、一緒に居る時間が増えていった。
それは、ジュンとも一緒になる時間が増えるということでもあった。
「 ホールとは呼んでいるがな、空間に穴が開くハズなかろう? そこは間違えないようにするのだぞ 」
「 そうなのか? 」
月基地の中で最初のジャンプ装置を設置している作業チーム。
今日も今日とて、その一員のヒロに話しかけているシュタインリッヒ博士。
装置の設置が終わるまでは実験が出来ないから暇だとは言え、毎日来ているのはシュタインリッヒ博士がヒロを気に入ったからだ。
「 当たり前じゃ! 空間を歪めるだけで、どれほどの質量が必要だと思っとるんじゃ。 まして穴を開けるなんて不可能じゃ! 」
「 そうなのか? 」
シュタインリッヒ博士の理論では、空間には決して穴が開かない。
誰が何と言っても決して開かない、断固として開かないのだ。
空間を歪めるための膨大な質量をエネルギーで代用すると、それはそれは莫大なエネルギーが必要になると。
歪めるだけで大変なのだから、ましてや穴を開けるなんてとんでもないと。
そんなエネルギーは現実には存在しない、よって空間に穴は開かない。
計算上ならその程度のエネルギーも在るのだろうが、実世界に存在しない。
らしい。
「 年寄りの科学者たちは、質量が空間に及ぼす影響を説明する時にな、こう伸びる繊維の上に鉄の玉を転がすじゃろ? あれが間違いの元じゃ 」
それはヒロも見たことがあった、確かその時はパチンコ玉を使っていたはずだ。
最初にそれに慣れてしまうと、そこから離れた発想が出来なくなるとローズは言う。
「 訊いてみたんじゃ。 仮にじゃ、空間が伸縮性のある布としてだ、その布に穴が開いたらどうなるのか? とな。 しかもその布は今でも伸び続けているんじゃぞ? 」
ブラックホールと呼ばれるモノは確実に存在する、小さい物から大きい物まで確実に1つ以上は存在すると言われている。
全部で何個あるかは分からないが。
そして、宇宙は今も拡大し続けているとも言われている、ビッグバンが起きてから現在に至るまでずっとだ。
「 想像してみろ。 あちこちに穴が開いた布を引っ張り続けたらどうなる? 」
「 まぁ、いつかは破けるだろうな。 何時かは知らないけど 」
手に持ったモジュールの番号を確認して、図面に記載されたラックに収めていくヒロ。
今日、彼は観測機器の組み立てを担当している、
シュタインリッヒ博士は、ヒロの邪魔をしないようにしながらも話しかけている。
布や樹脂ならそのうち必ず破れるだろう、張り詰めたゴムなら最初の穴が開いた瞬間にはじけ飛ぶだろう。
仮に空間に穴が開くのなら、仮に伸び続けている空間にたくさんの穴が開くのなら、いずれ一気に空間が破れてこの宇宙のお終りというのがシュタインリッヒ博士の説だ。
既に空き続けている穴は拡大していくし、穴が開くようなモノなら破れるハズだと。
そう言う事らしい、シュタインリッヒ博士の理論だったらではあるが。
「 だが、年寄りどもはそこを理解しようとせん 」
シュタインリッヒ博士の問いに対する回答は、 ”あれは説明するためのモデルに過ぎない” とか、 ”実際は違う” とかの返事しか返ってこなかったと。
博士は腕組みしてお怒りのポーズをしている、子供がよくやる怒ってますよのポーズだ。
「 じゃあ、ブラックホールって何なんだ? 」
会話しながらでもヒロ達の手が止まることは無い、早く設置を終わらせて地球に帰りたいから。
マルチタスクはサラリーマン必須のスキルだ。
会話しながら別の作業をするなんてのは、サラリーマンなら当たり前の日常業務だ。
電話しながらメモを取るのは初級で、直ぐにカップラーメンを食べながら煙草を吸うくらい出来るようになる。
ユックリ休める休憩時間が無いから、時間内にやりたいことをやろうとすると自然と出来るようになる。
それにココが月じゃなくても、ただでさえエンジニアが科学者の相手をすると嫌な思いをすることが多いのだ、接点は少ない方が良い。
「 単なるポケットの入り口じゃな、その先は広~いポケットになっておる 」
ローズが提唱したワープ航法の理論はその延長線にあるという。
目の前の空間を歪めるだけで膨大なエネルギーが必要なのだ。
何光年も何十光年も先にある空間に影響を及ぼし、更に更にもっともっと膨大なエネルギーを用意するのではなく、こちらの空間だけを捻じ曲げて移動させるとかナンとか。
シュタインリッヒ博士の理論に基づくワープでは生成した穴を通っていくのではなく、とんがり角を生成してその先端の空間に乗って移動するらしい。
従来のワープ機関は、目の前の空間の穴から亜空間やら異次元やらを通り、あっちの穴から元の空間に戻るモノだ。
そもそも、これから光速を超えて移動しようとしているのに、それより前に数光年先の到着予定の空間にどうやって干渉して穴を開けるのか?
干渉できるのなら、既にその時点で光速を超えているのではないか。
亜空間ナンチャラに突入して結果的に光速を超えるのなら、3次元からナンチャラ空間に突入する装置と、ナンチャラ空間内で推力を得る装置と、ナンチャラ空間から3次元に戻る装置の最低でも3種類の装置が必要になる。
それぞれに膨大なエネルギーを使用するから、巨大なエネルギー貯蔵装置も必要だ。
そのハズだとシュタインリッヒ博士は語る。
なんなら、ナンチャラ空間内の空間変動から、船体や人体を守るための防護装置も必要だと。
通過するだけで光速を超えられる、既存の物理法則が通じない空間を通過するのだ。
何事もなく通過できると考えるのは都合が良すぎる。
本来、複数の装置で構成されるべきところを、『 ワープ装置 』 とひとまとめにして考えたからなかなか開発が出来なかったのではないか。
シュタインリッヒ博士はそう考えている。
そこまで来ると、エンジニアのヒロには理解出来ない内容だ。
一般のエンジニアには空間ナンチャラ理論は必要ない。
空間に穴は開かない、開いたらこの宇宙の終わり、それだけ覚えてれば充分だなとヒロは思った。
ヒロは遠い未来にやってくるかもしれない宇宙の終わり、それが来るまで生きている自信が無い。
それにヒロは、今までに何度も世界の終わりがやってくる話を聞いている。
そして自分はまだ生きている。
誰かが何かが救ってくれた可能性は否定しない。
ただ出来ればこの次もそうしてくれると良いな、なんて考えている。
自分はサラリーマンでエンジニアだ、とてもじゃないが世界は救えない。
卒業後のサラリーマンとしての経験で、自分の能力は十分以上理解出来ている。




