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プランB 11


話は遡る。


昔々のある日、ヒロはジャンプ装置の試作機を設置するためにムーンベースに出張していた。

正確には、装置の製造を受注した電機メーカーの設置チームの一員として参加していた。

ヒロにとっては最初で最後の月への出張になった。


荷解きが済んで、さぁ装置を設置しましょうという段階でマッタが掛かった。

科学者達が設置に関して討論を始めたのだ。

内容は設置チームや装置の機能性能にとってどうでも良い内容なのだが、科学者にとっては重要な事らしく討論は長時間に及んだ。


『 討論は結論が重要なんじゃない。 その過程で得られる新たな発想や着想こそが重要なのだ 』 と、お偉い学者先生は言う。


だったら冬はハワイ、夏はカナダで学会を開かずに、何時も何時でもアマゾンの密林やエベレストの山頂でやってみろとヒロは言いたかった。

自分で雪を溶かして水を作り、その水を沸かして自分でお茶を淹れる環境で、ノンビリゆっくり有意義な討論ができるならやってみろと言いたかった。


長期間禁煙を強いられていたヒロは、それ位に機嫌が悪くなっていた。

タバコの代用のガムや飴を持ち込んではいたものの、代用は代用でしかなかった。

ヒロは一日10本程度しか吸わないのだが、何だか不自由を強制されている感じが気に入らなかったのだ。


オマケにその日は討論の結論が出ず、続きは翌日となる有様だった。

それでも、科学者たちは満足そうだったので、なおさら設置チームはやり切れなかった。



設置の為だけにやってきたイレギュラーな人員達には、寝泊りする部屋は用意されない。 

設置予定の部屋に、毛布だけ与えられ雑魚寝することになる。

短期間であるし元々その予定だったものの、ハプニングでそれが伸びたことで設置チーム全体の機嫌が更に悪くなったのは言うまでもない。


設置チームの帰りのシャトル便の日程は決まっている。

決まっているのだが、大事な討論の為なら変更して当然だと科学者たちは考えている。

自分達は優秀な科学者なのだから、その他の雑事は自分が考える事ではないと思っている。

優秀ではない科学者ほどその傾向が強いようだから、困ったものだ。 



翌日も性懲りもなく続けられる討論と言う名の無駄話、固い床に座っているだけに飽きた設置チームの面々は各自行動を開始する。

サラリーマンの鑑と言えるだろう。

ヒロは小型のジャンプ装置の模型を作り始める、彼が独自に小型化・スリム化した模型だ。

ヒロも無駄話に付き合って無駄な時間を過ごすより、何か建設的なことをしたかったのだ。

それに作業に集中している間は、タバコの事も忘れられると言う理由もある。


もちろん模型の材料は廃材置き場から拝借している、廃材だからもちろん誰も止める者などいない。

ヒロが模型を作り始めたのは、彼が設置作業に従事した者だけに配られる模型の設計担当になっていたからだ。

設置が完了したら、関係者に配布される記念品の一つになる。

ネクタイピン、ネックレス、イヤリングのデザインは作り終わっていて、配布する数だけ製造されている。


残っているのは、リビングなどに飾っておける小型の模型だけとなっている。

まだ納期に余裕はあるのだが、ヒロはそれを再度作り始める。


ここで彼の悪い癖が出た、コダワリと言っても良い。

ヒロは例えそれが飾っておく模型でも、それなりに動くべきだと考えた。

地球に居る時から何度も作っているのだが、稼働するものは完成していなかった。

ヒロにはどこが動かない原因なのかは判断できない、色々試してみるしかない。


「 それは何だ? 」


シュタインリッヒ博士がヒロに話しかけたのは、模型の最後の問題が解決してほぼ完成した時だった。

設置場所の床に座り、小型の模型を満足そうに眺めている姿が、博士の目に留まった。


主役が討論の輪を抜け出した事で、一時的に討論会は中断している。


「 ジャンプ装置をスゲー小型化した模型だね。 記念品で配る予定のやつだな 」


手に乗るサイズのそれは、設置しようとしているジャンプ装置に似ていない事もなかった。

兄弟とは言えなかったが従妹程度には似ていた。


「 これでも一応稼働するんだぞ、意味あるかは知らんけど 」


動力を与えると何か作動はする、彼はそこまでは確認している。

但し、完成したのはさっきだから、何がどうしてどこが稼働しているのか、何が起きているのかは不明だ。


「 ほぅ? お主は、それでホールが開くと言うんだな? 」


「 ホールは知らんけど、動作はしてるからな。 何かはしてるんだと思うぞ 」


ヒロにとって初期のジャンプ装置は、ぜい肉と無駄の塊に見えた。

材質の使い方も形状もなっていない、潤沢な研究資金が在る、もしくは資金を気にしないで良い科学者主導の無駄だらけの設計に見えた。


例えばチタンは熱に強いし酸化しにくい、それは間違い無い。

だからと言ってすべての調理機器をチタン製にする必要は全くない。

あっても高価だし重いし、熱伝導率も低いから光熱費が物凄い事になる。

調理器具と言うより暖房機の放熱部と言った方が早いだろう。

そんな調理器具は、作っても誰も買わないし使わない。


ヒロが試みたのはそんな設計の寸度縮小だ、全ての寸法を同一スケールで小さくする設計手法になる。

プラモデルなんかでも、実物を元にして似たような設計が行われる。

ヒロは受け取った3DのCADデータを一律に1/50にしてみた。

ネジやボルトやナットなどの締結部品は、標準データを利用しているから初めに削除している。

必要なら接着でも溶接でもどうにでもなる。


ヒロはホール生成に干渉する部品の形状と配置を見直した。

必要そうに見えない部品は簡略化し、時には表面に彫り込んだ模様に変更した。

複数の部品からなるアッセンブリは、可能な限り一体成型化した。

材料を最適化することで、肉厚や大きさを削減した。


不必要と思った空間や形状をそぎ落とし何となく型にした、そう、何となく。

そして、ともかく小型化には成功した。

たまたま偶然に、完成した形状がちょうど良い具合にはまった。


「 仮にゲートが形成されたとしてじゃ、そんな小さいゲートじゃ光子か粒子しか通せないじゃろ? 」


「 たぶん電磁波やレーザーも通せるだろ、周波数にもよるけど 」


「 そんなもん通しても・・・通信に使えるではないか! 」


途中まで否定的に苦笑していたシュタインリッヒ博士だが、言葉の途中で表情が激変した。

床に直接座っていたヒロの作業服の襟をつかんで、ヒロを揺さぶる。

頭がガックンガックンしているヒロだったが、有名な学者も少女なんだな、なんて微笑ましく思ってされるがままだった。

彼の従妹と事遊んでいる時もこんなものなのだ。

ヒロは子供と動物には好かれる体質なのだ、その代わり上司と女性からは嫌われる。


話している途中で何かに気づいて、話の方向が急に変わるのは子供の話し方の特徴の一つだ。

言う事をまとめないで、思ったことを直ぐに口にする。

話しながらも考えてるから途中で話が変わるのだ。


ヒロの手から模型を奪い取ったシュタインリッヒ博士は、そのまま設置予定部屋を飛び出して行ってしまった。

残されたのは彼女と討論していた学者先生達と設置チーム、もちろんヒロもだ。


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シュタインリッヒ博士を追いかけて行った何人かの科学者が戻ってきて、設置作業は開始となった。 


「 そんなん、予定通り設置すれば良かろう? 」


シュタインリッヒ博士の言葉で全てが決まった。

彼女は正真正銘の天才で、巨大な資本を持つスポンサーが付いており、政府からの信任も厚い。

ムーンベースでの発言権はもちろんトップだ、ムーンベースは彼女の実験の為に作られたのだから当たり前だ。

そんな彼女に逆らえる科学者は居ない、逆らうエンジニアは居るかもしれない。


討論はどうなった! 何て余分な事は訊かずに、そそくさと作業を開始する設置チーム。

みんな早く地球に戻りたいからだ。

科学者の討論なんて無駄の塊だ、人類とって有益な結果を得られた事は無い。

ただしパニックやSFの映画だったら話は別だ、盛り上げるためには不可欠な要素だ。


数時間後、ヒロが小型化のために改良した内容を全て理解したシュタインリッヒ博士は、それを更に改良した上で基幹部に用いた通信装置を完成させた。

昔のデスクトップパソコンほどの大きさのそれは、博士のジャンプ装置の派生と言ったもので、後にホール通信と呼ばれることになる。


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