プランB 10
通路を移動して割り当てられた区画に向かう、遠心力を利用した疑似低引力エリアから無引力エリアへ移動となる。
回転の遠心力を利用した疑似低引力エリア、その回転軸は船の進行方向と直角に設定されている。
半径も小さめだ。
回転軸が進行方向と同じ時代もあったが(円形の紙に鉛筆を刺したような形のやつだ)、船の航行速度が上がるにつれて減少していった。
航行速度の上昇に伴い、宇宙塵等の微細な何かが当たって被害が発生する可能性を考慮し、進行方向から見える面積 = 被災面積を減らすためだ。
「 ローズのお願いだからやるけどさ、何だか上手く使われてる気がするんだよな 」
そう言ってヒロは後ろにいる兵士を見る。
自分で雇っていない護衛は、護衛以外に監視の任務を帯びている。
本来の雇い主に対して護衛対象の動向を常に報告している、そうヒロは考えている。
兵士はUSSF、合衆国宇宙軍の兵士だ。
雇い主は合衆国になるのか、それともスポンサーになるのかそこまでは知らないが。
ヒロやジュンが言った、愚痴の一言まで報告している可能性だってあるのだ。
「 ・・・ 」
兵士は何も語らなかった。
------------------------------
実験室に到着したヒロとジュンは、さっそく検証を始める。
「 ローズが言ってた、隣合わせが出来ないってのを確認してみようか 」
「 そうね。 それに関しては確認してこなかったし、良いんじゃない 」
ヒロは部品と材料を用意して作業を開始する。
何度も試作してきた装置だから、設計図を見なくても試作品なら作ることが出来る。
動力源は別で良いのだし簡単なものだ、パーツも揃ってるし組み立てるだけだし。
1時間ほどで3台の超小型の空間安定化装置が完成した、その間ジュンは測定装置の準備と調整を行っている。
「 出来たよ~ 」
「 お疲れ様。 さっそく実験を始める? それとも一服する? 」
そう言いながら、コーヒーが入ったチューブを渡してくるジュン。
無引力空間だからコーヒーカップは使用できない、少し休めと言う事だろう。
「 一服してくるよ。 セットアップよろしく 」
「 了解 」
実験室の隅にある小部屋に入っていくヒロ、彼専用の一服部屋だ。
1m四方の部屋に小さなテーブルと椅子が備え付けてあり、天井から床へと緩やかに空気が流れている。
床に吸い込まれた空気は何重かのフィルターで濾過されて再利用される、何てことはない安上がりな施設だとヒロは思っている。
急造の施設にしては居心地も悪くはない、ヒロはそれなりに納得はしていた。
決して満足はしていなかったが。
だがそれを見た兵士が目を丸くしている。
宇宙船では火を嫌う、貴重な酸素を消費するから。
万が一火事にでもなったら、ボヤで済んでも最悪の場合は酸素不足で緩慢な最期が待っている。
だから宇宙船は難燃物や不燃物を多用して製造されていて、だから船内でタバコを吸うなんて考えられない。
タバコを吸う時点でUSSFの兵士にはなれない。
何時の時代もどの国でも同じことなのだが、そもそも宇宙船内で火を使うことは無い。
ヒロも宇宙飛行士に憧れはしたが、今はもう二度と宇宙船に乗りたいなんて思っていない。
現在進行形でだ。
それは最初の月出張で大変な思いをしたからで、それは今でも変化は無い。
宇宙船に乗り込んだら、香りの高いコーヒーも飲めないしタバコも吸えない生活になる。
それを我慢するくらいなら地上にいた方が良い、ヒロの憧れなんて所詮その程度のものだ。
「 ここまで優遇されているとは・・・ 」
「 ビックリした? 私も最初は驚いたんだけどね 」
兵士の視線は、船内でタバコを吸っているヒロに固定されている。
そんな兵士に両手に持ったコーヒー、その片方を兵士に渡すジュン。
インスタントではない、しっかりしたコーヒーに兵士はさらに驚くことになる。
「 あれは、ヒロがこの実験に参加する最低条件の一つよ。 実験で拘束される期間中は、何時でもタバコを吸えるようにすること。 電子タバコじゃなくて本物のタバコね 」
「 ・・・ 」
「 もちろん彼も、受け入れられるとは思っていなかったわよ? 断る口実にしたかったんだけどね、スポンサーはそれを実現しちゃったの。 それで彼はここに居るのよ 」
ヒロはガニメデステーションでの実験に、参加する予定は全く無かった。
地球で、地上で、ジュンの帰りを待つつもりだったのだ。
しかしジュンとスポンサーの強い意向で、文字通り強制的に参加することになった。
片道約6か月の航宙をするつもりなど、ヒロには全くなかったのである。
「 なるほど。 それならば、ブラックボックスの中身を知っていても当然ですか 」
兵士の視線の先には、テーブルの上のヒロの作った試作品がある。
「 ん~、ちょっと違うかな。 あれを最初に作ったのはヒロよ 」
「 あれは、シュタインリッヒ博士のジャンプ装置のミニチュアですよね? でしたら・・・ 」
兵士の前でほほ笑むジュン。
「 ジャンプ装置を最初に作ったのはローズよ、それは間違いないわ。 でもあれは単なるミニチュアじゃないの 」