22 魅了のちから
叩きつけられた剣を避けて、ディーは鞘に入ったままの剣で騎士の兜を飛ばす。
そうして顎を的確に殴りつけて昏倒させる。
あるいは力の限り蹴り飛ばしたり、剣で思いっきり殴ったり、とにかく相手に怪我をさせないように立ちまわるしかない。
妙な事に、それでもふらふらと立ち上がってくるものだから、ディーは舌打ちをした。
アルサンテの兵士たちと同じだ。彼らも妙な士気の高さで向かってきた。
きっとこういう事なのだろう。
そう思うと益々ユリのことが気にくわない。
リゼットを追い出したというだけで、最初から嫌いなのだが、その上人を魅了して味方につけようとするし、人の部下を操るし。
ユリの行動の原動力になっているのがどんな感情かはわからないが、ひどく不快だった。
「陛下!」
切り裂くように響いたその声に、ディーは顔をあげる。
テオが剣を抜いてこちらに向かってきていた。
視線はユリを剣呑に捉えている。
「テオ!」
「お助けに参りました!」
そう叫んで、ディーのそばにいた騎士を鞘で殴りつけた。
近寄って背中合わせに立つ。
「皇帝陛下――」
「あの女、リゼットが言っていた偽の聖女だ」
「彼女が?」
「どういうわけか、俺の部下たちまで魅了されているらしいが、これでは催眠術に近い。やっかいな……」
ディーは吐き捨てるようにいうと、立ち上がってきた一人の騎士を足蹴にした。よろよろと転んだそいつを壁際に転がす。起き上がってくるだろうが、ここはテオに任せておけばいい。
――俺はあの女を……。
「任せる」
言ってディーはユリに近づいた。
うっすら笑うユリを見て、剣で斬るか、気絶させるかで一瞬迷う。
この女は生かして置いてあれこれ聞き出した方がいいのではないか。そう思ったのだ。その一瞬の逡巡が命運を分けた。
背中に衝撃が走る。
ドンという何かがぶつかった感覚。
振り返った先にいたテオが驚いたようにこちらを見ていた。
「どうし――」
そこまで言って、ゴボっと音をてて口から何かが吹き出した。
「あ?」
見下ろして、気づく。胸から生えたそれは銀色に光る剣。
両刃の実用性に富んだ、昔親友に託した剣の刃。それがディーの胸を後ろから貫いていた。
「テ……オ……」
呆然とつぶやいて、ディーは膝を折る。
ふらふらとテオがディーから離れていくのがわかった。
――お前も……。
体から剣がずるりと抜けて、じわじわと胸から下を赤く染めていく。
ずっしりと水分を吸って重くなった服。それに触れて、手が赤く染まっているのを確認した瞬間、ディーは前のめりに倒れた。
どしゃっと音がして、血だまりができる。
コフっと奇妙な音がした。
息ができないと気づいてすぐに、体が動かなくなる。
歪む視界に、錯乱しているテオと、笑うユリが見えた。
久しぶりに足を踏み入れた祖国の王城で、リゼットは戦と血の残り香を嗅ぎながら廊下を歩いていた。
何か強烈な焦燥感にかられて早足で王の間に向かう。
アルサンテに到着したのは一時間ほど前。
その時城の外には兵士たちがいて、医療テントは多くの人が出入りしていた。緊急性の高い兵士の治療だけして、到着の報告をしていなかったことに気づき、慌ててディーを探せば王の間にいるだろうという情報を得た。
そうして護衛を連れて勝手知ったる顔で城にはいり、そこで違和感に気付いた。
使用人や貴族がいないのは当然のこととして、なぜ帝国兵がいないのか。外の喧騒など知らぬ存ぜぬというかのように、シンと静まり返っていて不気味すぎる。
はやくディーと合流したい。
首都に来るまで抱いていたその思いは、会いたいという純粋な想いから、不安へと変わっていた。
不意に騒ぎが聞こえてリゼットは足を止めた。
この先にあるのは王の間で、そこから聞こえる音は金属がぶつかる音。戦の音――。
そこまで考えて、リゼットは走り出す。すでに戦は終わったはずではなかったか? だからここにきたのだ。なのになぜ?
開け放たれた扉から転がるように王の間に入る。
そしてリゼットはこれ以上ないというほど大きく、目を見開いた。
血だまりの中に沈む甲冑をまとった姿。それはぴくりとも動かない。
その体の横に膝をついて必死に名前を呼ぶ見知った人物。その両手は真っ赤に染まっていた。
それを見下ろす黒髪の女がひとり。
一枚の絵のようなそれを呆然と見つめて、リゼットはふらふらと足を進めた。
ユリの横を素通りし、倒れている人物の前で足を止める。
「ディー?」
長い睫毛は閉じられて、柳眉は歪み、褐色の肌に癖のある黒髪が汗で張り付いている。
眠っているところは見たことがあるが、それとは違うのは一目でわかる。
「ディー……」
呼んでも、応えはなかった。




