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21 ユリの誘惑

 絢爛豪華なその場所で、ディーは玉座を見つめていた。

 本来はアルサンテの国王が座っているはずの場所だが、今は空席だ。

 当の国王は今は臥せっている。

 その王の治療と負傷した兵たちの治療のために、今帝国からリゼットがこのアルサンテの王都へ向かっている。

 開戦からおよそ2ヶ月。思ったよりは時間がかかったが、それでも早い終戦だった。


「早く会えるな」


 そう呟いて、思わず口元を抑える。

 周囲に人影がないことを確認して、ディーはため息をついた。

 2ヶ月だ。

 出会ってからそれほど時間が経っていないが、その間ずっと一緒にいたことを考えると、2ヶ月離れていたのはずいぶん長く感じられた。

 だからだろうか、会いたい気持ちが強くていけない。


「はぁ」


 口元を押さえたまま、ディーは再びため息をつく。

 頭に浮かぶのは彼女の姿だ。

 真っ白な髪。鮮やかな翠色の瞳。穏やかに微笑むその表情も、照れたように真っ赤になる姿も可愛らしい。

 そんな、リゼットの姿ばかりが頭に浮かんだ。


「重症だな」


 おそらくリゼットが思うよりも、ディーは彼女に惚れている。

 まだ子供の彼女にだ。

 不思議なことに子供扱いしたことはない。

 会話をすれば楽しげな返事がかえってくる。言葉遊びのようなものをするくせに、ムキになるとそれは素直で直上的だ。恋愛慣れしていないのだろう。くどけばそれはそれはいじらしい反応を返してくる。

 リゼットのように人目を気にせずにディーに強気で言葉を返してくる者はいない。

 彼女が聖女だからでもあるし、もともと孤児だからでもあるだろう。元来の性格もそうだし、アルサンテを追い出された経験がそうさせるのかもしれない。そういう全てのことが彼女を構成していて、そうして生まれた彼女がとてつもなく愛しかった。

 目を閉じて、なんどもリゼットの姿を思い浮かべる。


 ふと、気配を感じてディーは振り返った。

 女が一人立っていた。

 一瞬虚をつかれて沈黙してしまったが、すぐにディーは警戒をあらわにして女を睨んだ。

 眼も髪も真っ黒で、どこか扇情的な女だった。年齢はディーよりすこし下か同じくらいか。

 問題はこの女が誰で、なぜこの女がここにいるかということである。

 警備があったはずなのだ。騎士たちがここにディーがいる以上目を配っていたはず。その中を抜けてきたと言うのなら、どうやって?

 ディーが腰の剣に手を伸ばそうとした時、ふっと女が笑った。

 その途端に、力が抜ける感覚に襲われる。

 あっと思った瞬間位は、妙にふわふわして思考が定まらなくなっていた。


 ――なんだ?


 内心の困惑と焦りを意に介さぬように、腕が剣から離れて棒立ちになる。

 そこへ女がするりと近づいた。

 離れようと思うのに、体が動かないことに気づく。


「大丈夫よ」


 女が言った。

 じんわりと耳に溶けて、頭の中を侵略するような、まるでドラッグのような声だった。

 視界がぐらぐらと揺れているような錯覚を起こす。

 指先を動かしてみる。

 わずかに動くその手で、ディーはゆっくりと女を遠ざける動作をする。しかし緩慢な動きでは女を止めることができなかった。力も入らないのだ。

 女はやはり笑ったままディーの胸元に手を伸ばしてきた。

 指先が触れる瞬間、ディーは悟る。


 ――こいつ、聖女か!


 リゼットか言っていた、魅了の力を持つ女だ。

 女――ユリはうっすらと笑ってディーの胸元に頭を預けるように寄りかかった。


「ふふっ。パトリック様よりイケメン。タイプ。アルサンテが落とされてどうしようかと思ったけど、あなたが私を守ってくれるなら別にいいかな」

「……かってな……こと……を」

「あら、まだ私に逆らう気持ちがあるの? 不思議ね。効きが悪い人といい人がいるの。ほとんどの男はかなり効くのよ。あなたの部下もそうだし……」


 ユリは楽しそうに笑う。

 ディーはユリを警戒しているのに動かない体に舌打ちしたいほど苛立つ。

 あきらかに魅了の力を使われている。

 ユリはディーを籠絡しようとしているのだ。それはとても不快なのに、不思議と体は心地よく、逆らってはいけないような錯覚がする。

 それがさらに不愉快だ。もっと言えば、さきほどまで思い浮かべていた少女の姿が霞んでいくことがたまらない。

 一瞬脳裏にリゼットの姿を思い浮かべる。軽やかに笑う彼女を――。

 瞬間、意識が覚醒した。

 同時に唇を噛めば血の味が広がって、それでさらに意識がはっきりする。

 ほとんど反射的に、ユリを思いっきり突き飛ばして、ディーは彼女か距離をとる。

 ユリは驚いたように眼を丸くして、よたよたと後ずさった。


「――え?」

「くっ」


 頭を抱えてディーは唸る。そうして数回頭を振ると、意識がクリアになるのがわかった。

 ようやく鮮明になった眼で、ギッとユリを睨みつける。

 ユリはひどく驚いたようにディーを凝視していた。


「へんなの」


 つぶやくようにユリが言う。


「どうしてダメだったの?」


 小首をかしげて、それからディーが唇に流れた血を舐めとるのを見て「ふぅん」と感心したように笑う。


「なるほどなぁ。そっかそっか。痛みでごまかせるんだ?」

「お前、偽聖女だな」

「偽聖女? 私が? うーん、どうかしら。偽物なのかな……偽物なのに、こんな力があるのおかしくなぁい?」


 警戒するディーをあざ笑うかのように、ユリは肩をすくめた。


「まぁ聖女っぽい力はないわ……ってなんでこんなことペラペラ話してるのかしら」


 言ってユリは笑う。

 ふらっと視界が再び揺れて、ディーは反射的に剣を抜いた。


「やめろ。俺を魅了しようとしてるんだろうが……悪いがお前に興味はない」

「そう?」

「もっと綺麗な女が好きでね」


 ユリの顔が曇る。

 舌打ちをするような勢いで顔を歪め、それから腕を組んで、自分を落ち着かせるようにため息をついた。

 

「やな男……。まぁいいや、あなたが一番上だから、あなたを落とせばと思ったけど……。あなたに効かなくても別の人には効くもの」

「何?」

「言ったでしょう。あなたの部下もって」


 すらりと剣を抜く音が耳を打つ。

 見れば、開けたままの扉から部下たちが部屋に入ってきていた。

 その様子は――。


「俺の騎士たちを……」

「男って単純よね」


 部下である騎士たちはぼんやりとした顔付きでユリを見つめている。その視線が不意にディーに向けられた。

 

 

 


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