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ゴミ溜め育ちの魔術喰らい(マジックイーター)  作者: ぽむぽむ
第一章 美味なる香りは少女とともに
8/31

1-3

 時刻はすでに夜の7時を過ぎていた。太陽は完全に姿を隠し少しは暑さも和らいでいる。だが太陽が沈んでも街には暖かな光に溢れていた。

 テオは街頭の光で食べ物袋の中身を確認しながらテゴに向かい路地裏へと入っていく。

 裏道に入るとさすがに光の数も少なくなり袋の中身も見づらい。それでも50m置きぐらいに巡り合う光で中身を確認した。

 中にはジャガイモやチーズ、スモークした肉などが10歳児ぐらいなら楽に入れる大きさのリュック型の袋にぎっしりと詰まっている。そこにはテオの大好きな母お手製のバケットも入っていた。

 母の思いやりに頬を緩ませながらテオは袋を閉じまた背中に背負う。

「確かこの辺りって言ってたか・・・」

 テオは後片付けの際に母から聞いた父との出会いを思い出しながら裏道を歩いた。

 両親の出会いは父が裏道で襲われそうになっている母を助けたことらしい。

 本当はチンピラからカツアゲにあった少年の話を聞いていて上げてただけで、父はそのチンピラに間違われ母の正拳突きをみぞおちにかまされたらしい。

 父の若く無様な姿を想像しテオは一人小さく声に出して笑った。

 誰も居ない裏道に反響したテオの笑い声はすぐに別の衝撃音にかき消された。明らかに穏やかでない音にテオは音の方向へ走る。


「―――魔術名はレイアロー」

 若い女の声とともに30mほど先の脇道から強い光が走った。

 曲がり角を曲がるとそのすぐそばに一人の少女が両手を前に構えたまま立っていた。

 赤みがかった茶色のくせ毛を肩先まで伸ばした少女。年は同じぐらいだろうか、体のラインは細く凹凸があるとはとても言い張れない様子だった。身に着けた衣服はすでにボロボロになっており足元は裸足になっている。明らかに普通の状況ではない、どう考えても厄介ごとに違いなかった。

 だが、テオはこの少女を助けずには居られなかった。

 この場に漂う魔力はとても芳しい香りをさせている、にも関わらずテオの食指は微動だにしなかった。なぜなら、その香りに対し食欲以上に懐かしさを感じたからだった。

 駆け寄ったのはいつもの癖だったが、この懐かしさが何なのか気になりテオは少女を助ける。

「おい、大丈夫か!一体何が起きてる?」

 テオが少女の肩を叩き声をかける。振り返った少女の顔を見てまたテオは懐かしさを感じる。

 綺麗な整った顔をしているのに表情がその全てを駄目にしている。今現在戦闘中にも関わらず、まるで外側から観察する第3者のような必死さを感じない冷淡な瞳。そしてその瞳をテオは知っている気がする。

「あなたがなぜここに居るんだ?」

 驚いたような困惑したような表情で彼女は振り返り一歩詰め寄った。しかし、その体はひどく消耗しており足をもつれさせた。

 倒れ込む彼女を支えるとテオはそのまま壁を背に地面に座らせた。

 テオは少女から少し離れると振り返り少女を落ち着けるように軽やかな笑顔で言う。

「大丈夫。後はオレが相手しとくから、君はそこで休んどいてくれ」

 それだけ言うともう一歩前進し前方へと意識を集中させる。

 正面の路地は少女の放った魔術で土ぼこりが立ちこもったまま、相手の姿を確認することは出来ない。

 左右を建物に挟まれた狭い路地では一度巻き上げられた土ぼこりは収まるのに時間がかかる。視界が制限された中テオは目を凝らして前方を見据える。

 一つの大きな人影がこちらに近づいてきている、かと思えば人影が小ぶりなもの3つにわかれる。

 3つになった人影はそれぞれに動き出し土ぼこりを抜けてまっすぐテオへと向かってくる。

 相手の姿がわかるとテオはパキパキと拳を鳴らして気合を入れる。

 だがその顔は余裕を含んだ笑みを浮かべている。

「中々手強そうだな」

 土ぼこりの中から現れたのは3体のアスファルトで出来たゴーレム。

 土属性魔術であるゴーレムは通常土か砂、岩といった物から生成される。それがアスファルトというで不純物を多く含む素材から生成されているとなると、術者の力量は中々に高い。質の高い魔力の持ち主かはたまた支配力の高い術式を用いているか。どちらにしても上級魔術師以上の実力を持っていることは間違いなかった。

 それでもテオの中に焦りも不安もなかった。むしろ特訓後初の実戦に興奮しているぐらいだった。

 構える気配すらないテオに対し3体はバラバラに突っ込む。

 真っ先にテオに向かった1体は勢いそのままに右手を振りかざす。テオはそれをかわさずに左手で掴むと口元だけでにやりと笑いながら小声でつぶやく。

「いただきます」

 すると、ゴーレムの右腕は掴まれた手首からガラガラと右肩までが崩れ落ちた。崩れ落ちた腕はただのアスファルトの瓦礫と化している。魔力さえ残っていればたとえ粉になろうとも復活するのがゴーレムの強みであるのだがテオの『魔術喰らい(マジックイーター)』の前にはそれも無力となる。

 右腕を失いバランスを崩すゴーレムを見ながらテオは首を傾げた。

「肘ぐらいまでのつもりだったんだけどな?魔力の質が低かったのかな?」

 どうやらアスファルトゴーレムを生み出しているのは高度な術式の方だったらしく魔力の低質さの分だけテオの予想よりも喰いすぎてしまったらしい。

 テオは倒れたゴーレムを嘲笑うように笑みを浮かべ見下ろして声を張って言う。

「でもこれならマジ楽だわ。高質の魔力を使った高位魔術に比べて術式で補っただけの高位魔術の方がもろいからな」

 ゴーレムに人の言葉を話すような知能はない。与えられた魔力が尽きるまで術者の命令に従い続けるだけで自ら考えて行動することなどない。そんなことはリアムであるテオでも知っている。なら、なぜこんなセリフを口にしたのか。

 それは、どこかで見ているであろう術者に向けて言ったのだ。

 今この状況をどこかに隠れて観察しているとテオは確信していた。その根拠はゴーレムの分裂である。ゴーレムが自発的に行動することは絶対にないのだ。であれば先ほど1体から3体に分裂したのはなぜか、術者が命じたのである。では命じた理由は?当然戦う相手が代わったから。ならばこの状況をどこかで見ているはずなのだ。

 だからこそ、術者に聞こえるように声を張って言った、挑発したのだ。生まれ持った魔力の質の差というものは魔術師にとっては一生ついて回る悩みの種。そこを突かれて嫌がらない魔術師など居ない。ましてその差を挽回するべく術の研究と鍛錬を積んだ者ならば尚更に無視することなど出来はしないはず。

 あわよくばここで術者本人を捕らえたかった。上級以上の魔術師が犯人となると一般の警察では手に負えない可能性が高い。もしも特級魔術師なんて話になれば対魔術師特殊部隊でも苦戦するかもしれない。

 今はまだ相手は実力の片鱗も見せていないのかもしれない、だがそれならば今油断しているうちに確保してしまうべきだとも思った。

 だが、それらしい動きはなくテオの目の前では1体のゴーレムが立ち上がろうともがきその後ろに2体が立ち往生しているだけだった。

 テオは少し残念そうに短く息を吐いた。

 ようやく立ち上がったゴーレムが左腕を振り上げようとする。

 だがその左腕は胸まで上がることもなく地面に落ちた。

「そんなんじゃ当たんねえよ」

 ほんの一瞬テオの姿がブレた。次の瞬間にはテオは先頭ゴーレムとの間合いを0にし左横を抜けようとしていた。

 2体のゴーレムがテオを狙い直し攻撃を繰り出そうとする。

「だから遅いって言ってんの」

 テオの声は2体のゴーレムの背中側から聞こえた。2体の間を高速で抜けたテオはすれ違いざまに2対の頭をそれぞれ左右の手に掴んでいた。

 ゴーレムの体に流れる魔力の脈絡の根幹、コアは頭部に存在している。

 そこを喰われたのだ、2体は即座に瓦礫と化す。少しの間その姿を保ったのち頭部のない像は自らの重量で崩壊した。その後残されていた腕なしゴーレムもガラガラと音を立てて崩れた。状況を見て術者が自ら術を解いたのだ。

 それを見て術者が逃げ出す前にと、テオは口を開いた。

「オレが近接戦闘しかしないって知ってたからか知らねえけど、小さくしたのは間違いだったな。オレを倒したいなら喰い切れねえぐらいの物量じゃねえと無理だからな」

 初めから狙いがテオでないことはわかっている。それでもこれで犯人の興味が少女から自分へと少しで移ってくれればと思っての挑発だった。戦いに関しても力の差があるように見せておきたかった。欲を言えばこの様子を見て諦めてくれればいいと思った。

 当然返事などない。テオの言葉が聞こえていたのかもわからない。

 それでもテオはしばらくの間その場に立ったまま耳を澄まし周囲を警戒していた。

 すると意外な音が耳に届く。

「すぅー。すぅー」

 耳を澄ましていなければ気づかなかったであろうその可愛らしい寝息はテオの背後から聞こえた。

 その持ち主は確認せずともわかった。

 警戒するだけ馬鹿馬鹿しいかと、テオは嘲るように笑い振り返った。

 曲がり角近くまで戻ってみれば思っていた通り、寝息は少女が上げていた。

 テオは呆れてため息混じりにつぶやく。

「まったくこんな状況でよく寝れるな」

 少女は返事するかのように一度鼻を鳴らした。

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