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洗濯の途中に見つけた今回の襲撃犯へと繋がる手がかり発信機。その扱いについて考えを巡らせながらテオは新築の家の中を隅々まで掃除していた。
魔力の臭いと味から想像できる襲撃犯はきっと眼鏡の男だ、そんなことを考えながらテオが浴槽を磨いているとダイニングから大きなテオを呼ぶ声がする。
「テオー、朝食の用意が出来たぞー」
テオは浴槽掃除を終え手を洗ってからダイニングへと向かった。
ダイニングに入るドアを開けるよりも先に部屋から漏れ出す香りが朝食のメニューをテオに告げる。
「またカレー?」
部屋から漏れ出した香りはカレーの香り。だが、昨日のチキンカレーは昨日のうちに食べ切っているし、今日のカレーは昨日のものとは違う香りがする。スパイスの香りが弱く変わりに出汁の深く澄んだ香りが強い。
2食続けてのカレーながらその香りの変化の大きさにテオはわずかに期待を膨らませてドアを開けた。
「鍋?」
ダイニングのテーブルの上には土鍋と追加の食材が乗せられた皿が用意されている。
「そうだ!栄養といえばやっぱり鍋だからな。炊けば体積が小さくなって量も食べやすいしスープまで飲みきれば栄養素も全て摂取出来るのだぞ。」
『すごいんだぞ、鍋は』とミアは自慢げに語っているがテオにはそんなことなどどうでもよかった。メニュー以上に疑問を抱かせる問題がテーブル上に存在しているのだから。
「今日は誰か知り合いでも来るのか?」
冷ややかな視線で鍋を見つめ静かにミアに尋ねた。
ミアはキッチンから食材が山盛りになった皿をまた持ってきながら少しムッとして答える。
「あなたは私に知り合いが居ると思っているのか?」
テオの質問の真意などミアには通じるわけがない。そもそもテオはこの流れですでに2度失敗している。これはもう経験から学ばないテオの方が悪い。
『ちゃんと言わねば伝わらないことは多く存在している』今日ミアに言われたばかりだったのに本当に自分は学習せず自分よがりだ、とテオは自分に嫌気が差した。落ちかけた気持ちを拾い上げミアに対しあえて明るいトーンで聞きなおす。
「なんなんだ、この量は?オレのことを力士にでもしたいのか?」
そう言ってテオが指差す先には5,6人前は入る土鍋と食材が山盛りにされた大皿3枚がテーブルの上に鎮座している。
「そんなわけないだろ。これは傷の回復を早めるために致し方なくだ。こんな食事毎日続けられては家計簿がパンクしてしまう」
逆にミアから呆れられた回答を返される。
確かに言っていることは正しいのかもしれないが、この量はさすがに食べ切れるわけがない、そうテオは思った。
テオが自分の席の前で立ったまま鍋と大皿の広げられたテーブルを眺めているとミアが横から体を入れ取り皿と箸、蓮華などをセットする。
「その傷は私のせいで負ったものなのだ。せめてこのくらいはさせて欲しい」
セットしながら俯いて話す声は今にも消え入りそうなほど弱弱しいものだった。
テオは黙って箸を手にするとテーブルに着きながらぐつぐつと煮えた鍋へと手を伸ばす。箸に掴まれたしいたけは一夜干ししたものを水で戻してから調理されている。
しいたけは一度乾燥させた方が栄養が高いとどこかで聞いたことがある。きっと昨日傷を負ったテオを見てから準備したのだろう。
他にも見れば健康によいとされる食材が多く並べられている。鍋の味がカレーなのはミアが一番美味しく作れるからなのだろうが、テオのためを思って作られていることは間違いなかった。
テオは箸に掴まれたしいたけを静かに口へと運ぶ。
「・・・うめえ」
ミアの作るカレーが美味しいことは昨日の時点ですでに知っていた。だが、それとは全く違う思いやりに満ちた優しい味がこの鍋からはした。
続けてスープを皿に取り一口飲めばその温もりに心が解され活力が沸いてくる。テオの母親レオナにだってこんなにも優しい味は作れないかもしれないとさえ感じさせられる。
「美味しいか。そうか・・・よかった」
いつの間にかテオの向かいの席に着いていたミアがほっとしたような柔らかい笑みで静かに呟いた。
テオにとってミアはただの好奇心の対象であり自分の能力『魔術喰らい(マジックイーター)』について知るための糸口でしかなかった。だがこの瞬間彼女の笑顔は確実にテオの心に別の感情を抱かせた。『彼女のことを手放したくない』その感情がどういう意味を持つのかまだテオにはわからなかった。




