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遅めの朝食を食べ終えたテオは片付けをミアに任せてリビングでくつろいでいた。
ダイニングとは扉1枚を隔てた場所にあるリビング。そこにはまだ絨毯と大人3人掛けのロングソファが1台置いてあるだけ。部屋に居ればコンクリートのひんやりとした空気を感じた。
まだまだ生活感の足りないリビングのソファの上で寝ていると黒猫たちが登ってくる。
胸の上に乗りテオの瞳を覗き込んでくるのがオッドアイのクミン。その下、腹の上で丸まっている小太りがカルダモン。カルダモンにネコパンチをかましている細身の子猫がシナモン。さらに左脇に潜り込み左手に頭を擦り付けるのが片耳に傷の入ったターメリック。床に向けてだらりと垂れたテオの右腕には足先の白いクローブとコリアンダーの双子が寄り添い交互に舌を這わせる。前足が白いのがクローブで後ろ足が白いのがコリアンダーである。もう一匹、先ほどからソファの肘掛の上に置かれたテオの頭に尻尾を叩きつけているのがローリエで気品溢れる立ち居振る舞いに長い尻尾が特徴である。
これらの7匹の黒猫はテオがテゴで暮らし始めてまもなく順に居つくようになった。今となってはテオにとっては家族どころではなく自分の分け身ぐらいに思える存在。
だが、彼らの名前は今日ミアがカレーを作りながら名付けたものである。
カレーの匂いに釣られてやってきた彼らに対し、ミアは彼らを指差しスパイスの名前をあてがっていった。猫たちも律儀に返事をするものだからテオはそのまま彼らの名前にすることにした。
猫たちはきっとこれだけ長くともに暮らしながら名の1つも名づけなかったテオを甲斐性なしだと思っていたことだろう。
それでも彼らは今もこうしてテオが家に居れば9匹が9匹ともテオのそばへとやってくる。
テオは体の至るところに猫たちの温もりを感じながらミアとの出会い、会話を思い返す。
昨日、初めて彼女を見たときには綺麗な少女だと思った。
だがそれだけではない。意思を感じない冷めた瞳を見たことで氷細工のような冷たさと触れるだけで壊れてしまいそうな危うさを感じた。
それでも触ればその体は温かく、話してみればその言葉は明確な意思も熱もあった。ただ他の人よりも感情を表に出すのが苦手なだけでその表情は確かに彼女の心を映し出している。
その彼女が言った言葉『私の父は錬金術の研究者なのだ』。それが『魔術喰らい(マジックイーター)』であるテオを見つけ出した理由だと聞いた。そのとき、自分が何のために『魔術喰らい(マジックイーター)』という能力に目覚めたのか、自分は何者なのか、ここテゴにやってきてから毎晩のように頭の中を巡っていた疑問にようやく回答を得られると、そう思った。
だが、思っていた答えはそこにはなかった、まだそこには。それでも答えは必ず彼女の先にあるとそう思えた。だからこそ彼女とも自身を悩ます疑問とも長く付き合う決意が出来た。
彼女を助けに入ったのは両親の馴れ初め話を聞いた直後で期待もあったが、面倒ごとに首を突っ込んでしまういつもの癖でもあった。しかし彼女を助けたのも彼女を匿うことにしたのにも別に理由があった。
彼女の魔力からする香りを懐かしく思った。彼女自身にも懐かしさを感じた。ただそれだけの理由。だがその理由はテオにとってとても大きくとても大切なものだった。
そんな彼女は今もある男に追われている。その男は昨日彼女の家を襲い彼女の父を殺している。その狙いは錬金術の研究成果、実用段階まで達したという錬金術である。その内の1つ『全能の魔女』。全属性の魔術を操るという能力をミアはその身に宿している。それこそが彼女の父が殺されて尚彼女が狙われる理由なのである。
つまりは生きた彼女こそが襲撃犯の欲するもの。犯人の目的はミアの捕獲であり殺害ではないのである。
であれば、彼女を匿うテオはその者にとって邪魔もの以外の何者でもない。
昨晩の戦闘、あの時ゴーレムたちが捕獲用だったとすれば相手はミアの捕獲はどれだけ時間がかかろうとも必ず成功させたいはず。ならばどうするか・・・。
考えずともわかることを敢えて考えて答えを出すことでテオは覚悟を決める。
「邪魔者を消しに来る・・・だよな」
自ら口にしておきながらその言葉に心が弱気になる。昨晩助ける瞬間にはこんなにも大きな話だとは思いもしなかった。だからこそ急に大舞台に立たされた足がすくむ。
相手が全力でテオを殺しに来るかは正直わからないが確実に殺せると思う力量では必ず来る。自分の力量を推し量ってくるのだ、これまでの相手のようにただのリアムだと思って油断しているところを討つ、というわけにはいかない。
待っているのは負ければ死の正面勝負。そんなもの怖くないわけがない、それでも負けるつもりなど毛頭ない。
この一件にかかっているのは少女一人の命だけではない、テオの能力『魔術喰らい(マジックイーター)』の意味、テオにとっては生きる意味とさえ言えるものがわかるかもしれないのだ。
「この命1つ、賭けたところで大げさでもなんでもないんだよな・・・」
そう言って心を奮い立たせるが、眉間には深くしわが刻まれ全身の筋肉が硬直する。
「いてっ」
知らずに拳を握り締めていると、頭のすぐ横に寝ていたローリエが深くしわの刻まれた眉間に尻尾をぺしと音が鳴るほどに叩き付けた。
眉間を叩かれたテオの体は眉間のしわと一緒に全身の硬直も解かれ体がビクンと跳ね上がった。
突然大きく振れた右腕に双子のクローブとコリアンダーは飛びのいたが、他は皆抗議の声も上げず動こうともしなかった。
そんな猫たちのマイペースぶりを見るとテオには腹の底から笑いが押し上げてきた。
「ふっ、ふふ、ふぁははは・・・そうだよな、気張ったって仕方ねえよな。今から急にパワーアップ出来るわけでもねえんだ。それよりも今の全力も出せねえのはだっせえよな」
再び大きく揺れるテオの体にも黒猫たちは微動だにせず涼しい顔で居座った。
空いた右手で胸の上に伏せるクミンを撫でようと手を運ぶとクミンの方から頭を擦り付けてくる。コロコロと可愛く喉を鳴らし気持ちよさそうに目を閉じてクミンはテオの手の平に合わせ頭から尻尾までを滑らせ大きく伸びとあくびをする。
そして再び向けられるクミンの美しい青と黄色の瞳に向けてテオは穏やかな笑顔を向けた。
しかし、その笑顔に対して何かが返ってくることはなかった。
笑顔を向けた先にはすでにクミンの瞳どころか顔もない。クミンは首だけでなく上半身から玄関のある方向、その扉よりもずっと先をじっと見つめている。
クミンだけではないテオのそばを離れた2匹を含めた7匹全員が同じ方向を見つめている。
「・・・来たか」
警戒心を全開にした真剣なまなざしを瞳を向ける猫たちを丁寧に床へと移動させるとゆっくり上体を起こしてソファに座り直した。
玄関の向こうに居る何に猫たちが反応しているかなど誰に教えられずともテオにはわかる。仮に自分が相手の立場にあってもきっとそうしたであろうから。
テオはソファから立ち上がると自然に玄関に向けて足を送る。
昨晩の襲撃は新たな邪魔者により失敗に終わり、ターゲットも保護された。となれば、ターゲットをより安全な場所へ匿われる前に邪魔者を消し去りその手でターゲットを手に入れる。相手は魔力を扱えないリアムでありながら魔法・魔術に触れればそれらを喰らうことが出来る異能者、それに加え身体能力の限界を超えた力まで発揮する。
だが、ただそれだけのことなのだ。昨晩テオは当事者に向けて口にしている。
『オレを倒したいなら喰い切れないぐらいの物量じゃないと・・・』
それは一口に関しても総量に関してもその通りである。だからこそテオを倒す方法などいくらでもある。テオが喰らうことの出来る魔力量など上級魔術師ならば1発の大魔術で突破することが出来る。
ならば、昨日ミアの父を殺しその夜ミアを捉え損ねた魔術師はどうするのか?
当然、時間を空けずに邪魔者を消しに来る。
昨日テオとミアを残して逃げた男が一体何者であろうとも、テオたちを見つけるのに半日はかかると考えたテオの予想はずばり正解だった。
玄関へと向かう途中、ミアが朝食の片付けをしているキッチンを横切る。
特に何かを聞かれたわけでもないがテオの方から通りすがりに言葉を残す。
「ちょっと腹ごなしに運動してくるから」
自分でも驚くほどに自然に出た嘘の言葉。何を言ってもミアにはばれる、そんな気がしたからこそ自然に口からこぼれた。
「わかった。夕飯までには戻ってくるのだろう?」
ミアの言葉も自然なものだった。これからテオが何をしてくるのかもミアはきっと理解している、だがテオがなんとかすると言ったのだ、ミアはその言葉を信じているのだと思う。
だからこそテオは答える。
「ああ、戻るよ。必ず戻る」
この時テオがどんな表情をしていたのか本人もわからなかった。緊張していたのか、怯えていたのか、昂ぶっていたのか、落ち着いていたのか、それとも笑っていたのか。
キッチンの脇を抜けたテオは玄関の扉に手をかけた。




