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時刻は11時27分、テオとミアは遅めの朝食をとっていた。
メニューはチキンカレー。カレーはミアの得意料理だという話でこれからお世話になるテオのために朝から作っていたという。会話がひと段落したところでミアは調理を再開し、テオは腹が減りうなっていた黒猫たちに食事を与えその食べっぷりをのんびりと眺めながら朝食を待った。
立派なキッチンと比べると随分とみすぼらしい木製の四角いテーブルに料理を並べ、二人で向かいあって朝食を口にする。
味は得意料理と自慢げに語っていたこともあってすごく美味い。両親の営む『シェーラーズ』の看板メニューとも張れるのではないのかと思えるほどだった。
調理しているときのミアは包丁裁きこそ鮮やかであったが、計量したり鍋で煮込んでいるときはまるで化学実験の最中のようだったので正直テオは心配していたのだ。
素直な驚きを隠せなかったテオはミアの顔を見る。
調理の最中『駄目だ、スパイスの数が圧倒的に足りない。これでは・・・』と真剣な目つきをしかめっ面に乗せてぶつぶつと文句を言っていたが
「ふむ、まあ及第点というところか・・・だが、思っていたよりも甘みが出てしまっている。やはりスパイスの不足が原因か・・・」
理想には足りておらず文句は尽きないようだがその出来には満足しているようだった。
ぶつぶつと呪文のようにあーだこーだと議論を続けるミアが可愛らしくしばらく見つめていると、その視線に気づいたのかふと顔を上げた。
眉をハの字に歪ませ不安に揺れる瞳がテオと向き合う。
「どうした、口に合わなかったか?」
「いやいや、そんなんじゃねえよ。すげえうめえ!こんな美味いカレー初めて食ったよ」
ミアの真剣な表情に見惚れていたことを隠すようにテオは慌てて感想を述べた。
テオの溌剌とした笑顔と心からの賞賛にミアはほっと表情を緩めた。ミアの表情に大きな変化はないが、少しずつ変化するその表情をテオは一つ一つ確認していく。
ミアのほっとした表情がわずかに曇る。テオはその陰りは寂しさだと感じた。
「それはよかった。だがこの味はほとんどこの鶏肉のおかげだからな。お礼はあなたの母親に言わないといけないな」
カレーに使った鶏肉はレオナが保存が利くようにと燻製にしたものだ。
ミアがスプーンでその鶏肉を救い上げると曇ったままの表情で見つめていた。
その表情は寂しさと虚しさそれに少しの悔しさが含まれたような深く苦い表情だった。
テオがカレーを食べ終えコップに注がれた水を飲み干したころ、ミアはまだ2割ほどカレーを残していた。
『まだ答えてはくれないのかもしれない』そう思いながらもテオはミアに話しかけた。
「なあミア、昨日お前を襲ったゴーレム、心当たりはあるのか?」
口へ運ばれようとしていたスプーンが空中で止まる。
ミアは一度口を開いたがまたすぐ閉じ、一呼吸おいて答える。
「誰かはわからない。・・・だが、心当たりはある」
ミアの返答にテオはドキリとした。化学、魔術、錬金術、全属性魔法、これらが関わる問題が普通であるわけがない。自ら首を突っ込んでおきながら今更怖くなっただなんてダサいことは言いたくはない、それでも心臓は大きく弾む。
「心当たりって何だよ?」
テオの声はたぶん震えていたと思う。それでもミアにはそれに気づく余裕はなかったし、たとえ気が付こうとも彼女にはテオを頼る他ないのだ。
ミアは手にしたスプーンで残されている白米の山をざくざくと崩している。その表情からは強い怯えを感じた。そのことが『一番怖いのは自分じゃないんだ』と気づかせ浮き足立っていたテオの心を落ち着けた。
心当たりについて口にするのが怖いのか思い出すのが怖いのかはテオにはわからない、だからテオは待った。
白米の山を何度も突き刺していたスプーンが空中で静止すると、ミアは口を開いた。
「あれはたぶん、昨日うちを襲って父を殺したやつだと思う」
空中で止まっていたスプーンは今度は白米とカレーの境界線をかき混ぜ始める。
落ち着いたはずのテオの心臓も身震いをする。死、生命が無くなること。言葉にすればそれだけのことだ。この目で見たことだってある。それでも自分のすぐ近くにそれが確かな可能性を持って近づいてきているかと思うと足がすくむ、目を覆いたくなる。
だが、話し始めたミアは待ってはくれないしテオにはそれを聞く義務も必要もあった。
「先ほども言ったが私の父は錬金術の研究をしている。他にもそういった者は公言こそしないが幾らか存在はしている。しかし父はその者たちとは次元が違っていた。すでに錬金術と呼ばれるべき技術をいくつか現実のものとしていたのだ。だから・・・」
そこでミアの口は止まった。
ここであえて言葉にするのは意地が悪いと思う、だがまだ知らなくてはならないことは残っている。テオは極力言葉から熱を抜き話す。
「だから消されたのか。邪魔だと思われたのか?それとも研究成果を奪おうとしたのか?」
テオの言葉にミアは一瞬動きを止めてから答える。
「ああ。目的はきっと後者だと思う。父の研究成果は世界をひっくり返すほどのものばかりだと言っていたから。・・・そしてその内の一つが私というわけだ」
そこまで話すとミアはすでに冷めてしまったカレーを一気にかきこんだ。
確かに全属性の魔法を扱えるようになる技術であれば世界はひっくり返るだろう。属性の違いから起きていた格差はなくなり、国内の魔法文明はさらに豊かになる、さらには他国に対しても強大な力を持つことができるようになるだろう。
「それで、ミアが狙われてるってわけか」
これで昨日のゴーレムが随分とお粗末な性能だった理由にも検討がつく。術式の高度差に対する魔力量の少なさ。
それはミアを襲った目的が殺害ではなく捕獲だったから。
ミアまで殺してしまったのでは今度こそ錬金術の技術が手に入らなくなってしまう。
テオが一人で納得していると、ミアはさらに言葉を続ける。
「父は最後、私を逃がすときに言っていたのだ。『『魔術喰らい(マジックイーター)』を探しなさい。彼ならきっとあなたを助けてくれる』と」
ミアの父は一体どういう理由でそんな無責任なことを言ってくれたのだろうか。そういうことであればせめて何がどうなっているのかぐらい教えてもらいたかった、とテオは見ず知らずの男を恨めしく思いながらも一つ誓いを立てる。
「わかったよ。お前のことはオレが守るよ。そんでもってお前を襲ったやつもオレがなんとかする、約束する」
テオの言葉にミアは初めて晴れた笑顔を浮かべてみせた。




