幸せへのチケット(7)
祝・ログホラ円卓崩壊編放映!
寒さ厳しい2月ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今月も続けて(初めて?)お読み下さり、感謝感激のしげき丸でございます。
でも責任とかアレコレのプレッシャーで胃が痛いです(ヘタレ)。
お話は過去編の続きで、今度はアカツキの過去もストーリーに絡まって行きます。
シロエとアカツキの過去が知りたかった人は括目して観よ!
それでは本編をどうぞ。
新ログ・ホライズン
―第7話:幸せへのチケット(7)―
-1-
私は小学生の時、ある有名な数学コンクールに入賞してしまった。
親は有頂天になり、高価な学術書とコンピューターを私に与えた。
最初は誇らしかったし、何より面白かったので夢中になった。
でも、途中からそれは苦行になった。
所謂、親の愛情が重過ぎたのだ。
有り体に言えば、その能力で、人を支配する側の人間になれと言う、親の過剰な愛が。
そんな生き方が苦行でしか無い事は、父以外の、能力に恵まれ過ぎて生まれてしまった親族の姿を見ればよくわかる。
自分のしたくない退屈な事まで、押し付けられて生きるのだから、どちらが支配者で奴隷なのかわかりはしない。
なのに、なぜ、父がそんなに何もかもを欲しがるのか、理解できたのは、ずっと後の事で、子供の頃の私には、嫌な父でしか無かった。
だから私は出来るだけ、手を抜き怠けて見せる事にした。父が私に期待しないように。
その代り、剣道に打ちこんだ。
母の血筋に敬意を持っているからでもあり、勉強よりも夢中な事が出来たと言うポーズにもなる。
他の身近な親族の影響も受け、ゲームにも没頭した。まあ、これは純粋な趣味だ。
私はエルダーテイルでは二人のキャラクターを使っていた。
『十六宵』と言う名の女性守護戦士と、『アカツキ』と言う名の男性暗殺者だ。
『十六宵』ではD.D.Dに所属していた。
ギルドの『どんな個性の者も受け入れる』と言う理念を、流石に素直に尊敬したし、櫛八玉と言う友達もいたからだ。
守護戦士を選んだのも、まあ、ギルマスに少し憧れてもいたのもある。性格を除いて。
だが、計算違いも有った。
モテ過ぎたのだ。
その容姿がロリキャラ好みの者や、私の良く言えば高潔で生真面目で誇り高く、悪く言えば潔癖で生意気で高慢な、人とぶつかり易い性格を、『ツンデレプレイでつね。分かります』と、勝手に解釈し、追い回す者が絶えなかった。
櫛八玉とその仲間たちが守ってくれなければ、どんなトラブルに遭っていたかと思うとぞっとする。
そんな訳で、次第にキャラの使用率は、サブキャラのフリー忍者『アカツキ』が多くなって行った。
男キャラなので、皆いい意味で距離を置いて平等に扱ってくれるし、自分の厄介な性格も『拙者は不義を許さぬ』『拙者は己の仕える主君を探しているでござるよ。故に人に対する評価は辛口でござる』と言っておけば、『ああ、そういう痛い趣味の忍者プレイ』と、苦笑交じりに大らかに受け入れて貰えたからだ。
でも、心のどこかでほんの少し、探していないとは言えなかった。
自分の仕える主君を。
-2-
幻想戦士団とD.D.Dのシナリオ攻略バトルの顛末に付いて語るには、組織運営システムについても語らねばならない。
なので、あまり興味の無い方は、少し読み飛ばして僕シロエが攻略に失敗したと言う事実だけ知ってくれてもいい。
ここから先は読んでて少しつまらないかもしれないが、敢えて記す。
普通の、所謂サラリーマン企業の運営スタイルは、西洋フリーメーソンスタイルと呼ばれる。
この結社の名前を持ちだすと、決まって陰謀論を持ちだす人もいるが、基本的にそれは誤解で、どんな組織にも必ず生まれてしまう、いわゆる不良集団の暴挙がクローズアップされ、組織全体のイメージとして糊塗されてしまう類のものだ。
この組織の理念は、どんな人間も適切な教育を受ければ、皆切り出された大理石の様に、組織や社会の役に立ち、幸福な人生を享受できると言うものだ。
悪く言えば社畜だが、よく言えば、誰だって勉強さえ頑張れば、安定したサラリーマンや公務員生活を送れると言えば、余りにも現代の常識過ぎて、議論に上げるのも馬鹿らしいほどだ。
ただ問題も有り、やはり人間には個性が有るので、人間関係のトラブルが有った時、そのストレスが管理者である上司や人事部、そして何より弱者に集中しやすい事だ。そしてそれを避けるためには主に人事部が奔走せざるを得ず、弱者を救えたとしても、今度は依怙贔屓したとのヘイトを人事部が被る事になる。能力や個性に見合った配置転換をしても、元の部署に居たかったとのヘイトも受ける。止めとばかりに経営不振でリストラなどしようものなら、どこぞのサラリーマンが幼女軍人に転生するアニメの様に、駅のホームから突き落とされたり、昏い路地でナイフで後ろからなんてのも、あながち無い話ではないのだ。
なので、クラスティは、所謂人事部をリーゼの戦闘教導部門と高山の戦闘管理部門の二つの二重構造にし、絶妙にストレスやヘイト、つまり組織内力学の負担が分散するように分けた。
基本の業務はリーゼが担当し、高山は時々組織内で出る迷子、つまり弱者を管理(保護)する。
一見、リーゼが憎まれ役で高山が美味しい処取りにも見えるが、ギルメンを躾けると言う事に於いては、高山が憎まれ役で、リーゼが美味しい処取りにもなったりする。巧妙なシステムだ。
そして、何より基本が会社組織構造なので、いつでも行動が規律正しく迅速果断。凡百なギルドが叶うはずも無い。
むしろ徹夜を苦にせぬ体力だけで張り合える黒剣騎士団はお化け集団。いや、本当に。
ホネスティも優秀なギルドだが、ギルマスが先生と呼ばれる様に、ギルメンが自ら学んで行きなさい、と言う、ある意味競争には向かない穏やかなシステムで運営されている。だがその尖っていない所を、ヤマトに転移する前のアインスは気に入っており、焦りはしていなかったのだ。
そして幻想戦士団の前に、我等が茶会のシステム?に付いても話そう。
茶会も、ある意味石組みの様なシステムで成り立っている。
ただし、それは西洋の石組みでは無く、日本古来の野面積み等に代表される石垣の形。個性豊かな形の石を、パズルの様に組み合わせ、結果、地震の多い日本に適した、凹凸が絶妙に噛み合う事によって強固に完成した構造だ。
欠点は、やはりパズルなので、組上げるのに時間がかかり過ぎる事だ。なので家族経営の規模の会社にしか向かない。
なのに、何故大人数のレイド(集団)戦で、D.D.Dや黒剣と張り合えたのか?
それが常に驚異的なスピードで組み上がるからである。
各個人がいつも自分の個性を良くわかって、悪く言えば開き直っており、バスガイド教頭の自分がそれを把握し大まかな指示目標を出す。
そして何よりカナミと班長の『美味しい所に向かって突撃ー!』『食い散らかすにゃ』の合言葉の元、どんなイベントやシナリオにも、組上げるべき石垣の『美味しい』隙間に向かって、各々自らが勇猛愉快迅速果敢に突っ込んで行き、脅威的なスピードでパズルが組み上がる。
そして最後にまごまごしている人にちょっと隙間を教えるだけ。で、任務完了。
あまりにそれに慣れ切っていた為、つい忘れていたのである。
茶会と言う集団が特殊過ぎる事を。
-3-
そして、アカツキとして放浪していた時、遂に出会う。
シロエと言う名の付与術師に。
彼は不思議な人物だった。
何かトラブルが起きそうな、いや、間違いなくトラブルが起きると言う場面でも、周りにそれと気づかせぬ内に、未然と解決してしまう。トラブルが起きた時も、それに対してつい私が人に嫌われがちな高慢な物言いをしてしまいしそうになる前に、やはり事を収めてしまう。
十六宵でいる時などは、私の味方をするふりだけして、結局トラブルを大きくして私に迷惑をかけておきながら、勝手に彼氏面をし始める者すらいたのにである。
私はその人の後を良く付いて行くようになった。
彼に付いて行けば、基本、誰ともぶつからず仲良く居られたのだ。不器用な自分でも。
ずっと彼のオマケでいられればいいなと思った。
その内、いつか十六宵の姿でシロエの前に現れ、自分はアカツキと同一人物で、実は女の子だったのだと明かして驚かせば、どんなに愉快だろうと思う様になった。
でも、それは叶わなかった。
あの事件が起きて以降、封印したからだ。十六宵と言うキャラを。
-4-
幻想戦士団と言うギルドは、議会制半民主半君主主義で運営されていた。
つまり、問題が起きれば、各々が自由意見を言い、まとまらなければ議論し、遺恨を残さぬ為に多数決で最終的な行動を決定し、バビロン正宗と言う、圧倒的なカリスマギルマスの権威によるトップダウン系統で組織行動する。
一見、何も問題は無い。
それが、十年、場合によっては百年単位のスパンで物事を計画し実行する上に、常に国民の総意によって決められたと言うお約束を第一義にする、決定や行動が非常に遅くても構わない、国家の大事のみを取り扱う、正しく政治方針と立法のみを決定する、国会の役割としてのみならばだが。
だが、勘のいい方ならもうお気付きだろうが、例えば日一日と変わる経済情勢や市場要求に応えて即時態勢を取らなければならない、一般民間企業の様なスピード勝負の要求されるイベントシナリオ攻略において、そんな悠長で、はっきり言えば鈍間なシステムが、D.D.Dのそれに敵うはずも無い。
そしておまけに、バビロン正宗は『いい人』過ぎた。
誰が何を言おうと、その気持ちを「分かる分かる」と言ってしまういい人だったのだ。
冷静に相手の長所短所、個性を指摘し、役割を自覚させる事はしない、いや、出来ない人だったのだ。
だからこそ、皆に慕われるカリスマギルマスだったのだが。
この組織を『短期間』でD.D.Dに比肩し得るスピード集団にいきなり変えてしまう事など、当時の、いや、おそらくは今の自分にも不可能な事だ。
そして、昔の自分は今の自分ほど上手く、それを説明する能力も無かった。
自惚れ過ぎていたのだ。
そして、私事ではあるが、当時、肉親の病状も思わしくなくなった。
すでに父親を交通事故で亡くしており、保険で学費の心配は無かったとは言え、いささかナイーブになっていた自分にはこれらの事は堪えた。
そして、僕シロエは、無様にも、傭兵参謀の職務を放棄した。
以上が、シロエが長い間、自らは常にギルドに所属せず外部アドバイザーにとどまり、自らギルドを立ち上げる事もしなかった、トラウマとなった事件の顛末である。
-5-
「ハラ黒眼鏡が敵前逃亡しただと?」
D.D.Dのギルマスは珍しく感情を露わにして、荒れ狂った。
暫くは高山の様な古くからの馴染み以外、声も掛けられぬほど。
当然クリア勝負はD.D.Dの勝利に終わったが、それでも彼が喜ぶ事は無かった。
むしろ悲しんでさえいたと気付いたのは、高山と櫛八玉と肉親のみ。
「遊び友達を作り損ねましたね、ミ・ロード」
「クラっちは、頭良すぎるから、そういう対等な相手が欲しかったんだよねえ」
そして、アカツキはD.D.D所属の十六宵として勝利してしまったが故に、十六宵でもある事を始めとする、彼女の打ち明け話の数々を、シロエにする機会を、長く、とても長い間、失ってしまったのである。
-6-
多大な人に御迷惑をかけた。
本来ならなネトゲ界、ネット界の爪弾きにされかねない事態を救ってくれたのは、自分の事を高く評価してくれた、ある人物達によってだ。
超有名な業界人ネトゲプレイヤーである、クリスとソロモン達である。
特にクリスは、バビロン正宗が絶対に頭が上がらない唯一の人と言ってもいい程の大人物(多分この表現クリスさん本人は嫌がる)で、彼のフォローが無ければ、今でもネトゲ界に自分の居場所が有ったかどうかは疑わしい。
本来敵であったクラスティも、それとなくバビロンを窘め、自分のフォローをしてくれたらしい。
それからしばらくの自分は、ギルドに近寄る事もせず、その場限りのパーティープレイやソロプレイを繰り返した。
カナミに縋って迷惑もかけた。気持ち良く振ってくれた事は有り難かった。
にも拘らず、カナミは、ある日、自分にフレンドチャットを送ってくれた。
『キャンプするなら、そこの狩場、アカツキさんがいるから、一緒にキャンプすれば?』
キャンプは一人でするより、多人数の方がキャンプで役割を分担したとの演出効果が加わり、効率よくHP、MPを回復できる。
確かにそこにアカツキがいたので、協力して狩りをし、キャンプに誘った。
アカツキは気安く了承した。
焚火の灯が付き、ゲーム内キャラが食事を摂るイベント絵の時に、彼(当時はまだ男を自称していた)は語った。
「どんなに好きな事でも、根を詰め過ぎれば、心や体を損ねてしまうものでござるよ」
焚火が弾ける。ゲーム内の演出なのに、妙に心に沁みた。
「主君は、少し頑張り過ぎたでござる」
モニターのこちら側で、軽く涙が出た。
向こうに見えていたら、恥ずかしくて当分顔も合わせられなかっただろう。
それから、地球で交わした言葉の数々は、今も忘れ得ない―――――
-7-
シロエは、ナゴヤへの道中で、楽しく笑いながら歩く仲間の姿を見ながら、そんな事を思い出していた。
ふと、それまでセララやアヤメと楽しく笑い合っていたアカツキと目が合い、じっと見つめ合ってしまう。
「ど、どうしたのだ? 主君?」
「いや」
シロエは苦笑する。
「アカツキが可愛い女の子で良かったと思ってさ」
アカツキが赤くなって固まる。
周りの者も目を丸くする。
「ほ、褒めても、何も出ぬぞ主君!」
「それは残念。今日はにゃん太班長のカレーの日だから、アカツキには少し遠慮してもらって、その分多く食べられるかと思ったんだけど」
これにはアカツキが大層腹を立て、アカンベーと舌を出し、そっぽを向いてしまう。
危ない危ない。ちゃんとタイミングを見計っていたのに、うっかり早まる所だった。
カズ彦を始め、少なからぬ者が舌打ちをし、興味を失う。
そしてまた、皆は他愛も無く、一見は下らなく、つまる処無く、とりとめのない、そして掛け替えの無い幸せな会話の輪の中にへと戻って行く。
だが、この会話の輪にぱっと見は完璧に溶け込んでいながらも、ただ一人浮き、それを自覚する者がいた。
ダリエラである。
彼女の心には、嫉妬が渦巻いていた。
シロエとアカツキを見て、カズ彦とアヤメを見て、ソウジロウとマヒルを見て、にゃん太とセララを見て、その間にまるで、二人の子供の様に収まる幸せな玲央人を見て、醜い感情が渦巻く。
彼等を見て微笑ましく愛おしく思う自分も有る分、離れる事も出来ず、余計に傷口から血が流れる。
ナズナの様に、諦めて最早ソウジロウの母親の様な気分になり切る事も出来ない。
わかっている。
ここにアイツがいないからだ。
そしてそれはかなりの部分、いや、ひょっとしたら全部、自分が悪い事も自覚している。
憎まれ口ばかり、呆れた振りばかり、さも嫌っている様な態度しかしてこなかったからだ。
あんなに大好きだったのに。
知っている。彼の優しさに甘え過ぎたのだ。
それでも、勇気を出して、ある日のオフ会で、遂に告白しようと、素直になろうと思った先で、彼はいなかった。
いつもいたあの場所に、彼はいなかったのだ。
何でも外国に行き、当分戻って来ないらしい。
事実、地球を離れた最後の日まで、彼は戻ってこなかった。
きっと、もう自分に会いたくなくなって、遠くに行ってしまったのだ。
ちなみにオフ会の次の日、リアルの私は髪を切った。随分若い頃と同じショートに戻った。
編集に『お嬢』のイメージを損ねたと叱られ、ファンサービスのサイン会を開く事も止めた。
ありふれた話だ。
良く有る。
もう、現実の地球に戻りたくない、ありふれた、つまらない理由だ。
-8-
馬車の中でレイネシアは、普段からきちんとした所作でいられるための心得を、エリッサから叩き込み直されていた。
良く有るスポーツ選手の卵で、余りに才能が有り過ぎる為、基本の体力作りを疎かにし、勝てる試合も途中でバテて落としてしまう様な始末の悪さを、そりゃあもう徹底的に躾け直されていた。
自業自得で本来同情の余地は無いのだが、エリッサも彼女の熱心さに、鞭だけでなく飴も与える事にする。
「まあ、頑張ってますからね。今日からは、午後は馬車の外で皆さんの話の輪に御加わりになられててもいいですよ」
レイネシアの顔が輝く。現金なものである。
「い、いいのですか? きっと裏が有るのでしょう?」
「ありますとも」
レイネシアはたちまちげんなりした顔になる。
「姫様は完璧に演技し過ぎているのです。それは疲れる筈ですよね。だからまあ、好きでも無い殿方の前で、寄せ付けない癖が有るのは仕方ないにしても、それ以外の人と接するのは、彼ら冒険者と付き合うように、もう少しお砕け下さい」
「いいのですか?」
今度は目を丸くする。
「体力の問題も有りますけど、領主に打ち解けやすい親しみやすい面も見せられた方が、仕える騎士や民も安心するものなのです。不幸そうな、いつ領民に八つ当たりするかわからない領主よりも、幸せそうな領主に治められている方が安堵するのですよ。だから公爵閣下、御爺様は親しみやすく余裕に満ちた顔もなされるのです」
「………そうですね。確かに」
「だから、友達と楽しい時間を過ごすくらいの幸せは、これからもいくらでもあってもいいのですよ。お伝えするのが遅れた、私の不徳をお許しください」
エリッサは深々と頭を下げる。
レイネシアは、何故だかとても悲しくなった。
まるで、あの日のクラスティを見ているような悲しみに襲われる。
モンスターを、泣きながら斬り伏せているように見えた、この上無く強いのに、まるで泣いている幼子の様な彼を。
本当は、クラスティも、エリッサも、自分の我が儘で酷く苦しめていたのではないか、無理難題を押し付けていたのではないか、そう思うと胸が苦しくて仕方なかった。
「――――私こそ、御免なさい」
それだけを言うのが精一杯だった。
「お止め下さい。謝っているのは私の方なのですよ。言ったでしょう、幸せになるのは、領主の一族たる、貴女の義務なのですから」
本当にやめて欲しかった。本当は酷い事を言っているのに、貴方の一番大切な幸せは諦めて、どうか、そんなちっぽけな幸せで堪えて下さいと、言っているのに過ぎないのに。
「ほらさっさと出て下さい。貴方がいなくなれば、礼儀指導でへとへとになった私こそ、ここでごろ寝が出来るので、邪魔なんですよ。行った行った」
レイネシアを邪険に追い払う。
レイネシアは不満げにぶーたれながら出て行く。
それでも清々するとばかりに、背伸びをしてから、不意にこちらを振り返り、特上の輝く笑顔でこう言いやがった。
「有難う。エリッサ、大好きですよ」
エリッサは乱暴にドアを閉め、寝転んだ。
嗚咽する。
もう涙を止められなかった。
声だけは馬車の外に漏れないようにする。
本当にやめて欲しい。出来の良過ぎる教え子は、これだから困る。
-9-
一方、アキバの街。
一定数から円卓に『飼われる』者の数は、一向に減らない。
互助会どころか、実は円卓のアインスすらもが、それに頭を悩ませた。
いや、幾らかは自活自立の道へと歩み始める者もいた。
だが、それと同じ位の数、自活の道から挫け零れ落ち、『飼われる』怠惰な暮らしに戻った者がいたからだ。
それはミナミのフロウデンでも起こっている現象である。
「どうすればいいのかなー」
トウヤはリーダーの立派な机の上に行儀悪く足を乗せ、うんうんと悩む。
「もう、またアイザックさんの真似なんかして!」
怒るミノリ。
「あ、そーゆーの、アイザック兄ちゃんに対して失礼でーす!」
これには咄嗟に反論が継げず、睨むだけにするミノリ。
逞しくなったのはいいが、ふてぶてしくなった気がする。帰ったらお父さんとお母さんが泣くよ。
「俺を救ってくれたロエース・リー番長の真似とかして見たんだけどさー、本人ほど上手く行かないんだよなー」
「うあはははは」
笑い出す直継。
「チェッ、無責任に笑う師匠って、同じ巨体だから、やっぱりリー番長じゃないのかよ? それとも我輩って言うから班長なのかなー。どっちか教えてくれてもいいじゃん祭り」
「誰でもいいんだよ。自分で答を出せって言う事さ、少年」
まだ気付かぬトウヤに腹を抱える直継。
「ただいまー。ミノリもトウヤも、ウチに癒しをちょうだーい。もう、円卓で気を使い過ぎてヘロヘロなんよ~」
そういって二人を次々とハグするマリエ。
ふてぶてしくなったトウヤも、さすがにこの豊満な胸の圧迫にはまだまだ顔を赤くする。
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいよ。二重に! 俺何にも出来てないんだから、癒しなんかしてないでしょっ!」
「そこが分からんトウヤやから、癒しなんよ~」
「そうそう祭り」
「私は何となくわかります」
クスクス笑うミノリ。
トウヤはコンプレックスを感じる。頭の出来はもう諦めているが、人間の成熟度で負けるのはなんだか気に喰わない。
「分かってくれるミノリも癒しやわ~」
再度ミノリをハグするマリエ。
トウヤにはもうわけわかんない。女性って本当理解不能。
「はあ」
溜め息を吐きながら、トウヤは机の引き出しから、一通の蝋で封された封筒を取り出す。
「お、何だそれは?」
「何?」
「なんやー?」
「うー。シロエ兄ちゃんから渡されたんだ」
「困った時に開けろってか?」
「違うよ。むしろその逆。この事態が、きっと現われるだろう誰かがきっかけで、好転し始めた時に、その駄目押しの為に開けろってさ」
「ほほう」
「ま、シロ坊の言う事やから、それで間違いないんやろな」
「そうなんだろーけどさー。普通に困った時の助けになる事を残して欲しかったよ。恨むよ兄ちゃん」
「そんな事言ってるから、トウヤはまだまだなんです」
「じゃあ、ミノリは分かるのかよ?」
「シロエさんの全力戦闘管制なんですから、駄目押しの時に使うのが正しいに決まってるじゃないですか。例えて言うならば、散らかってもいないのに、先に掃除をしても、気休めにしかならないのと同じだと思います」
「はー、流石一番弟子やなあ」
「俺、ちょっとぞっとした。ミノリちゃん、末が恐ろしい祭り。大したおパンツだぜ」
「はー、どうせ、俺なんかまだまだですぅっ」
「いややなー。それでも一生懸命なのがトウヤの持ち味やん」
「まったくだぜ」
「馬鹿にされてる気しかしねーよー」
「ホント、まだまだ」
苦境の中でも、笑いの絶えない互助会本部である。
「やほー、元気ー?」
「相変わらずヘタレてるな、トウヤ」
「アイドルの僕の顔見て元気出しなって!」
五十鈴とルンデルハウスとてとらも、ライブから帰って来た。
「ふん。気合いと根性が足りねーぞー!」
ライブに同行していた、お目付け役のカワラも発破をかける。
ますます笑いが加わって行く。
たとえ空元気でも、空笑いでも、それが彼等が現実に負けない為の武器。
「ちぇ。分かったよ。せめて、みんなを元気付けに回って行く事くらいは出来るもんなっ!」
立ち上がるトウヤ。
そして皆が続いて行く。
-10-
ロデリック研究所(商会)、料理研究部。
「はあ、嫌んなるわ」
ミカカゲが生徒の帰った料理教室で溜め息を衝く。
「何でみんな辞めちゃうのよぉー」
「まあまあ、残ってくれた奴も結構いるじゃん」
紅茶を淹れ、励ますアオモリ。
「ふん」
不貞腐れながらも、カップを受け取る。
「アンタの言った通りよ。そううまく行かなかった。悔しいけど」
「まーなー。誰かの励ましの声一つで立ち上がっても、やっぱり、また誰かの貶しの声一つでやめちゃうもんなー」
「この教室では貶し合わないよう、注意して気を付けても、他のどこかで誰かにそう言われるのまでは防げないもんね」
「だよなー」
「悔しい。そんな奴ら残らずぶっとばしてやりたい」
「そりゃ無理だって」
「分かってるわよ」
落ち込むミカカゲに、色々(頭撫でるとか)してやりたい衝動に襲われるアオモリだったが、それを焦って同意も得ずにして、嫌われたら元も子もないと堪え、こちらも落ち込み溜め息を衝く。
「はあ」
そう言えば、自分もよく人に(時にミカカゲにも)馬鹿にされながらも、懲りずに料理をやって来た。
有名人のにゃん太班長の様な、絶対的な料理センスが無いにもかかわらずだ。
アレ、何でだっけ?
もうちょっとで、もうちょっとで、大切な答が出そうなのに、また前回と同じく肝腎な言葉の形にできず、もう一度深い溜め息を吐くアオモリ。
「「はあ」」
期せずハモる。
「明日、辞めた人がもう一度来てくれるといーなー」
「だよなー」
明日の朝まで誰も来ないであろう部室の扉を、今この時も、誰かが開いてくれないだろうかと、見つめる二人だった。
―第8話に続く―
おまけ。
※キャラクター設定
●ロエース・リー(武闘家、ハーフアルブ、番長)
以前『アルカード』で出てきたキャラの、エルダーテイルでの姿。やはり3メートル近い巨漢。
サブ職の番長は、元は直継と同じ辺境巡視だったのに、運営が面白がって名称だけ勝手に変更した。
理由は語るまでも無いだろう(なんだかなあ)。
構成は〈ドラゴンテイルスィング〉や〈ターニングスワロー〉などのデバフ技中心。早い話がタンクもできる付与術師の如きキャラメイクである(笑)。エルダーテイルで使うのは、恥ずかしいからという理由でほぼ使われていない。
番長業務は、個人対戦と違い、MMOでは仲間と行った方が効率がいいからでもある(そりゃそうだ)。
だがソード◎ールドMMOなんかが出来たらきっと使う(過去の活動報告参照)。
なのに、なぜここで解説したかは、やっと来ました例のネタばらしの為である。
このキャラの異名はグラップラー痛ばき番長。
そう、チャンピオン連載の某有名漫画から取られた異名である。実際リアルでも実家の剣術武術だけでなく、八極拳とかもちょこっと齧ってたし(つーか混ざった)。
つう・ば・き。
つばき。
付け加えるならば、大学時代、筆者はゲーム代を稼ぐべく、日本料理屋で皿洗いのバイトをしたし、眼鏡も実は、左右の度が違い過ぎるせいで、頭痛を防ぐ為、よく外す。
そして、落ち込んでいた時に、優しい?カナミ(仮名)さんに縋った事も有る(汗)。
ですが3秒で振られました。某小説中みたいに延々宗助(仮名)と張り合ってはいないよ。
大爆笑である。こんちくしょー。よくもネタにしやがって(涙)。
お蔭でカナミ(仮名)さんの彼には今も頭を合せ辛く、カナミ(仮名)さん本人にも当然頭が上がらない。
まあでも、今にして思えば、ちっともタイプじゃないんだよね、カナミ(仮名)さん。ホントに。悪いけど。
でも、何せ好き放題やってた人だから、やっぱり憧れの人ではあったのだ。え、異性と言うより兄貴への憧れ?
うむ。あれだ、あの人男ならだれもが憧れる、世紀末覇者ラオ◎じゃん(爆笑)。
の割に、今もちっとも彼等にそんな殊勝な態度で接さないのは、多分に自分の教頭番長な性格の所為である(苦笑)。
お幸せに。
俺も頑張んなくちゃね。
●バビロン正宗(守護戦士、ヒューマン、騎士)
愛称はふ○っくゆー(おい)。
自称最強の騎士。こう書くと痛い人だが、波乱万丈な人生を自力でねじ伏せた、本当に立志伝中の人物の様な人。
おまけに先祖は日本を救ったマジ立志伝中の人物(なのに歴史上の評価、知名度は低い)。
なのでプライドはめちゃんこ(古)高い。でも気さくで部下思い。流石ギルマス。
クリスから彼の作品中で由緒あるバビロンの名を公式に名乗る事を許された程の、凄い人なのだ。
でもやはり登場させるとカオス(別作品になりかねない(核爆))なので地球組。
最近改めて筆者はバビロン(仮名)さんに無茶振りを振ったが、引き受けてくれたかどうかは、実はままれさんしか知らない。まあ、活躍をしてくれていると信じていよう(苦笑)。
●十六宵〈イザヨイ〉(守護戦士、エルフ、貴族)
中の人はセルデシアのヤマトに居るが、キャラ自体は地球と言うか、月に保存組。
話がややこしくなるので、監視者の類が利用して本編に出てくる予定も今の所は無い。
外見はほぼ女性アカツキの髪を下ろした姿であるが、髪の毛が紅玉色と、エルフなので耳がとがっている事が違い。
エルフを選択したのは、アカツキの性格を忍者ロールプレイと言えば不自然で無い様に、生真面目でプライドの高い性格をエルフ、それも貴族ロールプレイと言えば、不自然でないからである。
武器は剣だが、スカーレット(生命吸収技)ビルド。ギルマスを(性格以外)憧れていると言うのは嘘ではない。
何故シロエがカナミを憧れる様な憧れなのかの説明は、〈幸せへのチケット〉のクライマックスをお待ち下さい。
筆者:てな訳で今回はSFって何?の後編でーす。
そ:危険だー。
ま:まったく。
筆者:ええ、自分でも止めようかと思うくらい。
く:おまいな。
筆者:そんなクリス(仮名)さんの漫画では、二元論の限界を書いておられましたね。
く:何の事ー?
筆者:とある宇宙では、最初、混沌、自由、無秩序の勢力が悪役(悪では無い)として描かれていますが、時代が進むと、秩序、清潔、平安の勢力が悪役となってしまう逆転現象。
く:えー僕何も考えてなくテー、面白い漫画かいてるだけダヨー。
ま:こういう人が大抵一番の確信犯なんですよね。
そ:まったく。
筆者:東洋思想では、水が濁り過ぎても清過ぎても魚は住めないなんて表現をしますけどね。儒学で言う中庸ですね。
く:人間本能や感覚が鈍麻したりして不安になるとね、逆に安全地帯を求め過ぎてどっちかに偏り過ぎるのよ。
ま:ほら確信犯。
そ:人間本当は、濁りすぎも清過ぎも無い、自分に丁度住み心地がいい場所に勝手に落ち着くけどね。ニッチ万歳。
筆者:でも、そういう場所を見つけたり、そこに向かって動いたりとかしたくない人間は、自分が動く代わりに自分の周りから気に喰わないモノを排除しようとする訳ですよねえ。
そ:他人や周りのせいにするのが楽だもん。
ま:その点、君の作品は状況だって自分の力でどうにかする、がいつもテーマだよね。
そ:いえいえ、お代官様には敵いませぬ。
く:それならままれは家の仕事が忙しいからともかく、ソロモンはさっさと続き書け(当時)。
筆者:そんな二元論ですが、伊藤さんの作品では人の意識と無意識が二元として描かれています。この場合意識が悪。
く&ま&そ:なんだかなあ。
筆者:まあ、これははなからバッドエンドとして描かれているかいいんですけどね。じゃあ無意識に任せればすべて上手く行くのかという問題。
く:無意識って何なの?
筆者:また分からないふりを。無意識、最近はマクロ機能とかの用語も出てきましたが、つまり習慣づけられた行動と本能のみで行動する事ですよね。でもそれを浮き彫りにするために、まず意識の定義をはっきりさせましょう。
く&ま&そ:ふむふむ。
筆者:はっきり言えば、空想力ですよね。思考です。時に妄想にもなる。だから意識が無くなれば被害妄想が無くなって、争いが消える。それが伊藤さんの『ハーモニー』の結論なんです。
そ:うわー納得しそう。
ま:理屈ではあるよね。
く:いや待て、妄想無くなったらオレら仕事出来無いぞ。
一同:デスヨネー。
筆者:人間、経験や単純な知識でどうにか出来る事は、大抵考えずに無意識にしますが、難しい問題に当たった時は、一度経験や知識をパーツに分解して、組み立て直して目の前の状況解決の答えを導き出そうとする訳ですよね。これが意識、空想(妄想)力な訳です。まあ、問題解決じゃなくても、物語や妄想自体を楽しむ為にも使いますが。
そ:おお、と言う事は、何気ない事でも俺達はエジソンの様に日々発明しているんだな。
ま:うんうん。でも大抵既に誰かが発見した理論だったりするけどね。
く:そんなのはどうでもいいのよ。これって、例えるなら意識って自分が料理を作れるって事で、それが無い人は自炊できないって事じゃん。プロの料理人である必要はないのよ。ままれの旧ログ・ホラ第一巻と同じ、料理や文化を喪って世紀末ヒャッハーの危機が訪れるよ。
筆者:流石ですね。その通りです。つまり、『ハーモニー』のその後の世界は、ある意味動物の世界ですね。料理人が作る料理には敵わなくても、料理を作れる事自体に意味がある訳なんですよ。自炊とは言いかえればアドリブですね。アドリブで問題に対処する事が出来なくなるんです。不測の事態にすべて本能が対処してくれる野生の世界ならまだしも、現代以降の複雑な社会で一度バグが起こると、誰も本能や単純知識経験では対処できずに綻びて行く。
そ:あー、じゃあ、その世界、滅びるな。
ま:バグにパッチを当てるのだって発明だからねえ。
そ:実社会なんて、大抵その人には初めての頭を振り絞らないといけない難問が日々降りかかってくるわけだしさ。
ま:所謂料理人(専門家)に問題投げまくりでそこがパンクするよね。当の専門家でさえ、もう『知識』のストックでしか対処できないわけだし。前例に無い事は出来ません、ってお役所か。
筆者:無意識に体を動かしているように見えるスポーツでも、普段の練習ではフォームや練習法の意味を意識する人の方が上達が速いし、試合中だって、意識で相手の戦略を読んだりする訳ですしね。意識と無意識の行き来で、人は進歩する訳ですよねえ。
く:まあ、それだけじゃ無く、例えば会社ではいい人で、家庭内で暴力振るってストレス解消してる人なんか、そのうち会社でも暴力振るいそうだよね。行動がより経験に忠実に単純化されていく訳だから、会社でもストレスが溜まれば解消。
筆者:内省も自省もできない訳ですしねえ。行動が流されっぱなしになりますよね。意識無意識どちらかが悪い訳じゃなくて、そこで得た反省や学習が人や文明を成長させてきたわけです。まあ、また東洋思想ですが、清濁の間を行き来し円の様に巡るのが人の成長だと、老子は太極印で示している訳です。
く:まあ、単純に滅びると言うよりも、冒頭で人がAIのガイドに沿って暮らすのが当たり前の社会って書いてあったからさ、所謂AIに飼育される家畜エンドってとこだろうね。もう思考力を持つのはAIだけだもん。
ま&そ:うわー、現実でもそんな陰謀論がネットで飛び交ったよね。
筆者:そうならないよう我々は頑張らねばならん訳ですよ。
く:それはそうとさ、伊藤さんの作品なら『虐殺器官』の方が有名じゃん、そっちの方は?
筆者&ま:それはログホラのオチでもあるので、それまで待ってね。
ちゃんちゃん。
それでは次回来月をお楽しみに。
まったねー。