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第十話 おわり

 結末とは、このようなものかもしれなかった。

 結末とは、このようなものではないかもしれなかった。

 結末とは、誰にも、分からない。







            【おわり】





 声も嗄れよ、涙も涸れよとばかりに泣いて。

 そうして、シークは立ち上がった。

 簡易魔法陣を描き、そこにまだ目を覚まさないユマを寝かせると、歩き出す。

 廃墟と化した街へ、リマの元へと。





 瓦礫ばかりの合間を縫いながら、シークは一人、歩いていく。

 小さく、【天使】の歌声が聞こえた。

 通常、【天使】のような聖霊は眼に見えないし、感じることも出来ない。

 だが、今はとても近しく感じる。

(聖女が死んだからか……)

 【天使】たちは地上に介入することを許されていない。

 聖女や聖人たちを導く手助けはしても、その姿を現したり、ましてや声を聞かせることなどなかった。

 けれど、一部の例外がある。

 巫女姫のような穢れのない魂が、天の望まない形で召されようとするとき、【天使】たちは泣き叫ぶ。

 それを、【天使たちの(エンジェルズ・)慟哭(ハウリング)】と呼んだ。

 そのような事態になることはとても稀であったし、症例も少ないために伝説とされていた。

(……本当に、起きるんだな)

 【天使】たちの声は、人には聞こえない。

 一人の【天使】の声であれば、それも問題ではなかった。

 けれど、【天使】たちの声は折り重なれば、強い衝撃波と成り得るのだ。

 かつん、と石を蹴る。

 そして、シークが辿り着いたその場所は、その場所だけは、他と違っていた。

 折り重なる瓦礫が、まるで取り除いたかのように、綺麗にそこだけを避けて円く円を描くように降り注いでいた。

「リマ……」

 そこに倒れているのは他でもない。

 ただ、一人。

 白かったはずの法衣服は赤く染まっていた。

 まるで眠るように横たわる。

「……俺は……」

 守れなかった。

 何も出来なかった。

 そればかりを悔やむシークに、頭上から声が降り注ぐ。

『シーク』

 紛れもない、その声に、シークは顔を上げた。

 そこには、純白の十二対の羽を背にしたリマが、佇んでいた。

 死した聖女の魂は、聖霊へと生まれ変わる。

 そう聞いてはいたが、間近でその姿を見ることははじめてであった。

「リ、マ」

 反射的にシークは、その手をリマに伸ばした。

 その手が、リマに触れるか触れないかの刹那、それを止める声がその場に響いた。

「聖霊に触れてはならない」

「シーク、彼女は聖なるもの」

「穢れは彼女を苛む。触れては、ならない」

 シークが振り返るとそこには3人の子どもたちがいた。

 年の頃は13、4といったところか。

 3人とも同じ顔をしていたが、それぞれ特徴的な髪の色をしていた。

 一人は赤、一人は緑、そしてもう一人は青銀。

 それに合わせたような形だけ揃いの法衣服を見につけており、口を揃えてシークを遮る。

「お前ら……」

 シークは眉間に皺を寄せて、彼らを見た。

 三つ子は飄々としており、剣呑なシークの雰囲気さえ受け流す。

「母上から」

「言伝を」

「我らの【太陽女神の娘(ライヤーナ)】から、言伝(ことづて)を」

 そう言われて気付く。

 三つ子はそれぞれ、首からメダリオンを下げている。

「レーヴ、レヴェ、レヴィーユ」

「何か」

「何か」

「何か」

「お前たち、なのか。でかくなったな」

 そこでシークの緊張の意図がほぐれた。

 小さな、けれど、大人のような表情をした三つ子は、同じ顔をしてシークを

見上げた。

「お師は元気か?」

「そのお師から」

「その母上から」

「その当人から言伝です」

 そう言って、3人はそれぞれの手をとって三角に形を作る。

 額をこすり合わせるように寄せると、低く、小さく呪文を唱えた。

(シーク)

 三つ子の頭上に現れたのは、現【太陽女神の娘(ライヤーナ)】ミラの姿だった。

(シーク、辛い思いをしたね)

「お師は何でもご存知か」

(シーク、それではお前は恋をしたことを悔やむかい?)

 問われて、シークは俯く。

「初恋は、実らぬというから」

 苦笑いを浮かべてそう言うと、ミラが首を横に振った。

(それは嘘だ。何故なら私は、シドゥが初恋だったからね)

 愛しい恋人であり、夫である男の名を口にして、ミラが艶然と微笑む。

 まるでシークが次に言うことを予期していたかのようなその姿に、シークはもう一度苦笑した。

(さて、シーク。私の愛しい娘、リマのことだよ)

 そう言って、ミラは中空を指差した。

 まるでリマがいるその位置を正確に把握しているかのように。

(お前にチャンスをやろうと思う)

「え?」

 シークは驚いてミラを見上げる。

(お前、リマがもし生き返るのならば、何でもするかい?)

 ごくんと、シークが喉を鳴らした。

 もし?

 もし、そんなことが?

 出来るわけがない。

 そんなことが、あるわけがない。

(シーク、私の夫が誰の化身か、そして私が誰の化身か、忘れてはいないだろうね)

 月神は再生を司る。

 太陽女神は生を司る。

 まさか、まさか、まさか。

(お前に試練を与えよう。お前が五つの【運命の石】を手にしたとき、リマはお前の元に戻ると約束しよう)

 それだけを言うと、ミラの姿は掻き消えた。

 呆然とするシークに、三つ子が言う。

「【運命の石】は、どのような形か分からない」

「【運命の石】は、どうしたら手に入るか分からない」

「それでも、シーク。【運命の石】を探すかい?」

 それは選択だった。

 シークは選ぶことを迫られた。

 勿論、答えは決まっていた。

「……探すさ」

 見上げれば不安そうな顔をしているリマと眼が合った。

「探し出す。どんなことをしても、もし、願いが叶うのなら、叶えてみせる」

 安心させるように、そして決意を示すように、シークがそう宣言すると、

リマは泣きそうな笑顔をした。

「運命を遮ることは私には出来なかった」

「運命を変えることは私には出来なかった」

「けれど、シーク。これからを変えることは出来るんだよ。お前が望み続ける限り」

 そう言うと、三つ子は小さな宝石の付いたペンダントを差し出した。

「これを」

「これを」

「これを」

「……これは」

 それは金剛石で出来たペンダントだった。銀の鎖に繋がれ、清浄なる輝きを映す。

「聖石で出来ている」

「お前の守りとなる」

「旅立ちの餞別だ」

「……ありがとう」

 ぎゅっとそれを握りしめると、シークはリマを見上げた。

 彼女はそこにあって、待っている。

 シークの次の言葉を待ち望んでいる。

「リマ……」

『シーク』

「誓約を」

 手にした聖石を差し出して、シークは言った。

「誓約を交わしてくれ。俺と」

 まばたきをして、にっこりと、心の底からの笑顔をすると、リマはシークの元に舞い降りた。

【大いなる御名において、アヴィアトゥール=グルワァヒンドゥーアが命ずる。聖霊リマよ、我と共にあれ。死が二人を分かつまで、けして離れることなく】

 それは精霊と交わす誓約とは違った。

 ただ、シークが望んだだけの誓い。

 けれど、リマは受け入れた。

 一帯を光が包みこむ。

 そして、光が消えた後に残ったのは、シークと三つ子たちだけであった。

 リマの遺体もない。

 その手に残ったペンダントをシークが覗き込むと、そこには身体を丸めて眠るリマの姿があった。

「聖霊は眠りについた」

「リマは眠りについた」

「お前が【運命の石】を手に入れるまで、眠りについた」

「……そうか」

 ぎゅっとそれを握りしめる。それから、首にかけて大事にしまった。

 それをじっと見つめる三つ子に気付いて、シークは彼らを振り返る。

「……お前たち、そのためにここまで来たのか?」

「そうだ」

「そうだ」

「何故なら私たちが来ねば、母上自らお出ましになると申されたからだ」

 なるほど、シークがため息をつく。

 中央神殿の最高権力者である彼らの母は、まったくそういうことに頓着しない。

 情に厚く、厳しい面も多々あるが、とても優しい。

 身内びいきだと言われても仕方がないが、そんなのは言った人間を本当に一蹴りして黙らせるような人だ。豪快で明朗な性格をしている。

「戻ったら、ありがとう、と伝えてくれ」

「シークが言えばいい、と母上は言っていた」

「シークから直接言えばいい」

「リマ姉さまを連れて帰ってきたら、その時言えばいい」

 戻るところのないシークを、家族のようにあたたかく出迎える。

 ミラとその家族の言葉に、シークは頷いた。

「ああ、必ず」

 それを見届けてこくん、と3人は頷くと、転移の魔法陣を描いて去っていった。

 シークは彼らを見送ると、後ろを振り返らずに、歩き出した。





「シーク!」

 シークがその丘の上に戻ると、ユマが目を覚ましていた。

「どうした? ユマ」

 泣いて飛びついてきたユマにシークが苦笑する。

「だって、だって、シークまで居なくなっちゃったんじゃないかって、思って」

「ああ、ごめんな」

「……リマは……」

「……救えなかった」

「シーク……」

 ぎゅうっと更に抱きついてくるユマの頭を、シークがぽんぽんと叩いた。

「何っ?!」

「でも、希望はあるんだ。もしかしたら、リマにもう一度会えるかも、しれない」

「え?」

「俺はそれに賭けてみようと思う。これから、長い旅に出る。お前は、どうする?」

 ユマに決意を秘めた瞳でシークがそう言った。

 彼女はその言葉に驚いて、でも、それからにっこりと笑ってシークにしがみついた。

「あたしももっと、いろんなことが知りたい。もっと、いろんなとこが見てみたい」

「辛い旅になるかもしれないぞ?」

「いいよ。あたしの運命の人も、待ってるかもしれないもん」

「……じゃあ、行くか」





 そして、それから後。

 【運命の石】を捜し求める【不死身の傭兵】は、様々な艱難辛苦を乗り越えることとなるのだが、

 それはまた別のお話。





 結末は、まだ、誰も知らない。






ということで連続投稿してみました。

二人と眠り姫の一人の旅は始まったばかり。

いつかゆっくり続きをかけたらと思います。

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