7話:摂津からの警鐘、冷ややかな密告
光秀が去った後も、部屋には重苦しい余韻が残っていた。
私は荒木村重の名が記された報告書を、火鉢の中へ放り込んだ。証拠は残さない。
たとえそれが、未来を知る唯一の命綱であっても、情報を一箇所に集約する以上、漏洩の危機は徹底的に排除しなければならない。
翌日、安土城の評定は異様な空気に包まれていた。
信長を囲む家臣たちの視線が、どこか私を避けている。
光秀が昨日、俺の「隠密網」についてそれとなく周囲に漏らしたことは明白だった。
「……信正」
不意に、信長が俺を呼んだ。
「摂津より、荒木村重が『釈明の書状』を届けてきた。本願寺の兵糧舟の件、不本意な誤解だとな」
信長の言葉に、広間が静まり返る。俺は迷わず前に出た。
今ここで黙れば、荒木は生き延び、やがて織田家を内側から食い破る。
「父上、荒木殿は釈明しておりますが、それは同時に『言い訳ができるうちに火消しをした』とも取れます。兵糧の件、疑わしきは徹底的に糾明すべきかと存じます」
「……糾明、とな?」
信長の視線が鋭く突き刺さる。
「貴様のその情報網、荒木の家臣にまで及んでいるのか?」
「網を広げれば、網目は細くなるものにございます。荒木殿の領内の米の出入り、兵の動き。すべてを精査すれば、白か黒か、一週間以内に結論が出まする」
その言葉を聞いた瞬間、列席していた秀吉が、小さく「ほう」と呟いた。
彼にとって、荒木村重という実力者が失脚するのは、相対的に自分の権力が上がる好機だ。
秀吉は俺の提言を追い風と判断したのか、にやりと笑って口を開いた。
「信長様、信正様のお考えも一理あります。荒木殿には一度、安土へ弁明に来ていただきましょう。その際、兵糧の件について精査すれば、本心も見えるかと存じます」
秀吉の加勢により、信長は無言で頷いた。
俺は内心で安堵しつつも、背筋が凍るような感覚を覚えた。
(……これで、荒木は追い詰められる。だが、追い詰められた猛獣は、いつ謀反を起こすか分からない)
評定が終わると、廊下で光秀が待ち構えていた。
「……信正殿。貴殿のやり方は、少々強引すぎるのではないか」
「強引でなければ、織田家という巨大な船は、荒波を越えられません」
「ふん。だが、その船の舵取りを誤れば、乗組員全員が死ぬ。……くれぐれも、独走せぬことだ」
光秀はそう言い捨てて去っていった。
彼の言葉には、警告以上の『何か』が混じっている。
もしかすると、彼もまた、荒木の動向を独自のルートで掴んでいたのではないか?
(歴史という巨大な流れが、少しずつ変質している)
俺は安土城の窓から空を見上げた。荒木村重をどう扱うか。
それが、俺の戦国サバイバルの最初の分岐点になる。もしここで荒木を排除すれば、歴史は変わる。
だが、その後に待つのは、史実以上の混乱かもしれない。
(さて、ここからは『お家騒動の調停』の腕の見せ所だ。荒木村重を、生かして殺すか、それとも最初から排除するか――)
俺は懐から、次の計画の控えを取り出した。




