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魔王と勇者 ~キミを殺した千年と、キミと暮らした千年と、キミと殺した千年と~  作者: 夕藤さわな


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第12話

 私とロザリーの見た目はもう何百年も変わっていない。一度目の千年の時もそうだった。二十代そこそこの姿のまま。

 変わらない姿のままで同じところに暮らし続けるのはせいぜい二十年が限度だ。どこかの街に腰を落ち着けて、二十年ほど暮らし、そのあいだに行ってみたいねと話に出た場所へとまた旅に出る。そうしてまた、頃合いを見てどこかの街に腰を落ち着ける。

 ここ数百年、私とロザリーはそんな風にして暮らしてきた。


 七百年振りに国境近くの街に――ロザリーと初めて暮らしたあの街に訪れたのは二十年ほど腰を落ち着けるつもりでだった。

 ずいぶんと変わっているだろう。私とロザリーが暮らしていた頃の面影なんて少しも残っていないだろう。覚悟はしていた。だが、それにしても訪れたタイミングが悪過ぎた。


「世界大戦中らしいからね、今は」


 瓦礫の山、廃墟と化した街を見まわして黙り込む私の腕にしがみつき、ロザリーがくすりと笑って言う。小馬鹿にしたように、呆れ切ったように、鼻先で。

 ロザリーの反応に私はなおのこと黙り込み、ゆっくりと目を閉じた。勇者として神に与えられた能力はいくつかある。あらゆる人間の居場所を把握することができる能力もその一つだ。


「どう、タリア」


 一度目の千年と今回の七百年と。長い付き合いのロザリーも私の能力についてよく知っている。ロザリーに尋ねられて私はゆるゆると首を横に振った。


「この街に人はいない。一人も、だ」


 そう、とつぶやいてロザリーが空を見上げる。

 今や当たり前のように見かけるようになった空飛ぶ鉄の塊。爆撃機とか攻撃機と呼ばれるそれらが今日も頭上を飛んでいく。

 一瞬、こちらに向かってくるかに見えたが機首をあげて通り過ぎて行った。ちらりと隣を見るとロザリーの唇が何かをつぶやくように動いている。魔王には人の心を操る能力がある。その能力で操縦士を操り、この街への攻撃をやめさせたのだろう。

 この街への攻撃をやめた代わりに近くの街に爆弾や銃弾を雨のように降らせて帰るのだけれど。


「この街には誰もいないんだ。やらせておけばよかったじゃないか」


「私とタリアがいるわ。私にとっては知らない誰かが死ぬことよりタリアが傷ついて痛い思いをすることの方が耐えがたい」


「千年を生きるバケモノなのに?」


「千年を生きるバケモノだとしても、よ」


 一度目の千年の魔王を思わせる艶然とした、大輪のバラのような笑みを見せた後――。


「ねえ、タリア。ここじゃない? 見て! 見て、タリア!」


 いつもどおりのヒマワリのような笑顔でロザリーは言った。うつむいていた私は顔をあげ、そして、ゆっくりと目を見開いた。


 七百年前にロザリーと私の二人でやっていた小さなあの店。菓子類を中心に紅茶やコーヒー、軽食を出していたあの店。この街を出るときにウアラとリンに託したあの店。

 あの店があったのと同じ場所に今も菓子屋らしき店があった。

 三階建ての建物は爆撃を受けて上半分が崩れていた。でも、店主家族は店が崩れる前に逃げたらしい。店の入り口には親戚を頼って疎開するためしばらく店を休業すると書かれた紙が貼り出されていた。

 でも、ロザリーが目を輝かせ、私が目を見開いたのは最後の一文、そして署名。


「〝裏口のおつとめ〟もしばらくお休みさせていただきます。カフェ・ロザリー&タリア……」


 声に出して読み上げたロザリーは私の顔を見上げ、くしゃくしゃな笑顔を浮かべた。

 ロザリーと私が店をやっていた頃、店に名前なんてつけていなかった。ウアラとリンがつけたのだろうか。それとも、二人の後に店を引き継いだ誰かがつけたのだろうか。

 どちらにしろウアラとリンは、そして、二人の後に店を引き継いだ誰かたちはきちんと覚えていてくれたらしい。

 ロザリーと私の名前も、ロザリーと私が託した願いも。


「〝裏口のおつとめ〟……ふふ、〝裏口のおつとめ〟だって!」


 私の腕を引っ張ってロザリーが足早に建物の裏へ、店の裏口へとまわり込む。うれしさと懐かしさにすっかり頬が緩んでいたロザリーだったが角を曲がった瞬間――。


「……っ」


 そこに広がった光景を見て凍りついた。

 裏口のドアは開け放たれていた。裏口を訪れる子供たちのためにせめて雨風がしのげるようにと店主家族が開けて行ったのかもしれない。そこに身を寄せ合うようにして大勢の子供たちがいたのだ。


「……!」


「タリア」


 駆け出し、子供たちへと伸ばした私の手首をロザリーの白い手がつかんで止める。私の腕を、腰を、足首を足元の影から生えてきた黒い腕がつかんで止める。


「さっき、タリアが言ったんじゃない。この街に人は一人もいないって」


 生きている人は、一人も。


 じっと見つめる赤い瞳を見つめ返し、私はゆっくりと息を吐き出すと腕をおろした。私の腕や腰、足首をつかんでいた黒い腕がスルスルとロザリーの足元の影へと戻っていく。

 身を寄せ合って死んでいる子供たちは下は乳飲み子から上は十代の半ばまで。パッと数えられるだけで二十人はいる。痩せ細り、あるいは落ちてきた瓦礫の下敷きになり、すでに腐臭を放ち始めていた。


「孤児かしらね」


 頼る親や大人がいなくてどうしたらいいかわからなかったのだろう。次々と人が去って行く中、それでもこの街に残った。文字が読めなくて頼りにしていたこの店の人たちが疎開してしまったことも、店が休業中であることもわからなかったのだろう。


 布団代わりだろうか、コート代わりだろうか。子供たちが下に敷き、体に巻き付けている新聞の記事を見るともなしに眺める。

 銃を手に泥まみれで走りまわる兵士たち。海に沈んでいく巨大な船。瓦礫の山と化した街を踏み潰して進んでいく戦車。大きな穴に次々と放り込まれる死体。そして、ジャングルに向けて火炎を放射する戦車。そんな白黒の写真が散りばめられている。

 最後に目についた記事をざっと読む。

 生い茂る木々や草に身を隠して接近する敵の兵士や戦車を見つけやすくするためにジャングルを焼き払っているらしい。そのジャングルは一度目の千年で仲間だったテイマーのアレタミケーレの故郷だった。

 戦闘では人間よりも遥かに大きな肉食獣魔獣やを使役して戦っていた。でも、本来のアレタミケーレは動物に好かれ、動物が好きで、使役なんてしないで済むならしたくないと思っている少女だった。

 特に仲が良かったのがあのジャングルに生息する小型のサルだった。あのサルたちのことをアレタミケーレはなんと呼んでいただろうか。思い出せない。群れで行動し、木から木へと飛び回る。臆病な性格で私や仲間たちだけの時には絶対に姿を見せない。でも、アレタミケーレが呼ぶとすぐさま顔を出す。枝を蹴り、身軽な動きでアレタミケーレの頭や肩、腕に飛び乗るのだ。

 あの小さくて可愛らしいサルたちはどうしただろう。住処であるジャングルを焼かれて逃げ惑っているのだろうか。

 それとも、もう、とっくに――。


 魔王を倒せば平和が訪れる。平和な世界がいつまでも続く。そう信じてもう一度、千年をやり直したというのに――。


「〝そうして、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ〟で終わった物語のその先の現実を突きつけられている気分だ」


「千年以上も生きてきて、まだおとぎ話を信じていたの? タリアは意外とロマンチストよね」


 くすくすと笑うロザリーの横顔を見つめる。ここ何百年か、ずっと考え続けてきた。


「一度目の千年の方が――魔王が人類を滅ぼした世界の方が、もしかしたらよかったのかもしれない」


 一度目の千年で魔王を殺した後、私は神のもとで千年ものあいだ嘆き悲しんだ。誰も生き残っていない。誰も救えなかったと。でも、違う。誰も救えはしなかったけれど、誰も生き残っていなかったわけじゃなかったのだ。


「一度目の千年の魔王キミを殺した後、千年かけて見てまわった世界では青い花は山を覆うように咲き乱れていた。薄桃色の蝶は草原を飛び回っていた。小さなサルたちは木から木へと飛び回っていた。彼らは……生き残っていた」


 生き残っていなかったのは人間。救えなかったのも人間。私が見ていたのは人間だけだった。

 それだけの話。


「私の能力ではこの街に生き残っている人が一人もいないことしかわからない」


 しゃがみ込み、身を寄せ合って死んでいる子供たちへと腕を伸ばす。

 いや――。


「この子が生き残ったことは……私の能力ではわからない」


 子供たちの亡骸なきがらのあいだから顔を出した痩せ細った子猫へと腕を伸ばしたのだ。

 一瞬、首をすくめて後ずさった子猫だったが私の指先をひと嗅ぎ、大人しく抱かさった。瓦礫に押し潰されたのか、子猫の左後ろ脚はだめになっている。


「一度目の千年で私は勇者だったけれど、それは人間のための〝勇者〟だったのかもしれない。人間は滅ぼされるべきだったのかもしれない。人間を滅ぼした一度目の千年のキミこそがこの世界にとっては〝勇者〟だったのかもしれない。……最近、そんなことを考えてしまうんだ」


 腹が空いているのだろうか。みぃーみぃーと鳴く子猫の額にキスをする。


「そんな難しいことばっかり考えていると頭が痛くなっちゃうわよ」


 ロザリーはくすりと笑うと子猫ののどを白い指でそっとなでた。


「一度目の千年の私も、今の私も、考えていることは同じ。どうやったらタリアの気を引けるか。タリアが私のことを――私のことだけを見てくれるか。それだけ」


 みぃーみぃーと鳴く子猫のあごを指で押し上げ、赤い瞳が私の目を下からのぞきこむ。


「人間たちの魔王になるつもりも、この世界の勇者になるつもりもないわ。少しも。……でもね」


 そこで言葉を切ったロザリーは艶然とした微笑みを浮かべた。大輪のバラのような、一度目の千年の魔王の顔だ。


「タリアがそんな顔をするのなら私、タリアのための、この世界の勇者になったって構わない。いつだって勇者になれるわ」


 ロザリーの足元に落ちた影が不自然に揺れる。紙にインクの染みが広がるように影はあたりを黒く染めていく。店も、店の裏口で身を寄せ合って死んでいる子供たちも、街も、空すらも黒く染めていく。

 ロザリーの言葉と黒く染まった街に私はどんな表情を浮かべていたのだろう。


「……好きな子に意地悪をするなんて子供みたいね」


 ロザリーは困ったように笑った。まばたきを一つ。街に色が戻った。


「私もタリアも千年を生きるバケモノで、タリアには千年をやり直すという選択肢があるんだもの。悩むのはこの世界の行く末を見届けてからでもいいんじゃない? それに……」


 子猫の額にキスを落としてロザリーが言う。


「抱きしめてぬくもりを思い出させてしまったんだもの。タリアにはこの子の面倒を最後まで見る責任がある。悩むのは一旦、お預け。……ね?」

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