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恐怖の地底に放棄された男爵令嬢ですが、冷徹辺境伯様に実力を認められ専属錬金術師として保護されました  作者: 青空あかな


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第37話:終わり(Side:ペルビア⑤)

「……ペルビア・メルキュール、ナルヒン・ダングレーム。お前たちの悪行は、改めて説明する間でもないだろう」

「「うっ……」」


 がらんとした広い空間に、重い言葉が響く。

 壇上には何人もの大臣が並ぶ。

 あたくしたちがいるのは……"裁きの間"だった。

 罪人が大臣たちに裁かれる場所……。

 こんなところ今すぐ逃げ出したいけど、あたくしもナルヒン様も硬い縄で縛られ、身動きがまったく取れない。

 衛兵もすぐ隣にいて目を光らせていた。

 中央の大臣がゆっくりと口を開く。


「宮殿に不法侵入しフルオラ嬢の誘拐を企み、挙げ句の果てにはクーデターを実行しようとした。この罪は重いな」

「お、お待ちください! あたくしたちは悪くありません! ヴェンディエール公爵に乗せられたのです!」


 すかさず、大きな声を出して弁明する。

 捕まりはしたけど、挽回のチャンスはまだあるわ。

 ヴェンディエール公爵のせいにすればいい。

 のろまなナルヒン様はぼんやりしていたけど、キッと睨みつけるとようやく意思が伝わったらしく、同じように弁明を始めた。


「そうだよ! 俺たちは悪くねえ! 全てはヴェンディエール公爵のせいだ! 脅されたんだよ! 従わなきゃ殺されるって言われたんだ!」

「あたくしたちはクーデターなんて反対でした! ……ですが、ヴェンディエール公爵のような大貴族にとうてい逆らえることはできず……うっうっ」


 泣きマネをして同情を誘う。

 こんなに麗しい令嬢が泣いていたら、大臣たちだって心を痛めるはず。

 処罰が取り消しになるかもしれない。

 そっと指の隙間から様子を窺うと、大臣たちは互いに相談していた。

 ククク……いい感じだわ。

 と、思った瞬間、中央の大臣が変わらぬ重い声音で告げた。


「心配するな。ヴェンディエール公爵はすでに捕らえた。お前たちは聞きとして計画に参入したとも聞いたぞ。お前たちの話が誠かどうかは、この<真実ポーション>を飲ませれば確かめられる」

「「……っ!」」


 大臣は白く光る液体が入った小瓶を見せながら言う。

 あ、あれは<真実ポーション>じゃないの。

 一滴飲まされただけで、どんな秘密もたちまち話してしまう秘薬……。

 あんなものまで用意されているなんて……。

 言い逃れは不可能だと実感し、あたくしとナルヒン様は言葉を失ってしまった。

 大臣は淡々と言葉を続ける。


「メルキュール家にて、お前たちがフルオラ嬢に行った仕打ちも全て調べがついている。今さら言い逃れはできないぞ。姉の婚約者と不貞を働く、一方的な婚約破棄、横暴な振る舞いや暴言の数々……いずれも不当な行いだ」

「い、いや、それはお義姉様がちやほやされるからで……」

「そ、そうだよ、フルオラが俺の言うことを聞かないのが……」


 反論しようとするも、あたくしもナルヒン様もたどたどしい言葉しか出てこない。

 あろうことか、メルキュール家での出来事も調べられていた。

 大臣はとうとうと今までの悪事を述べる。

 中にはシリアス侯爵を水びだしにした一件も含まれていた。

 もはや言い逃れる余地はない……ということを、じわじわと実感する。

 そんな実感を打ち払うように、精一杯叫んだ。


「お、お待ちください、あたくしに弁明の機会を……!」


 大臣がガベルを叩き、決死の叫びは虚空に消えた。

 直後に告げられた言葉は、不気味なほどスッと頭に入った。


「処分を言い渡す。ペルビア・メルキュール、ナルヒン・ダレングレーム、両者を終身刑に処する」 

「「…………え?」」


 "裁きの間"に響くのは、あたくしとナルヒン様の間抜けな声だけ。

 何を言われたのか……わからない。

 いや、わかっているのだけど、どうしても信じられなかった。

 いったい……何が起こったの?


「衛兵、二名を連れて行け」


 ぐいっと乱暴に持ち上げられる感覚で、ふっと意識を取り戻した。

 あたくしたちは……地下牢に連行される。


「や、やめなさい! 離して!」

「こら! 俺を誰だと思っているんだ!」


 力の限り暴れ回るもビクともしない。

 迫りくるは、怪物のようにぽっかりと口を開けた地下への階段。

 一度入ったら二度と出られない……。

 ぞっとするも抵抗虚しく、地下牢に押し込められた。

 錠が乱雑に下ろされると、すぐに静寂が訪れた。

 周囲にあるのはジメジメした床と壁、太くて頑丈な鉄格子だけ。

 一生ここで過ごすと考えたら、恐ろしさに鳥肌が立つほど身の毛がよだつ。


 ――どうにかして脱獄しないと……!


 暗がりに目が慣れたとき、右斜め前の牢獄に一人の男性が横たわっているのが見えた。

 あ、あれは……。

 わずかな希望を持って叫ぶ。


「ねえ、ヴェンディエール公爵! ここから出して! 何か魔法があるんでしょ!? お願いだから!」


 鉄格子を揺らしながら何度も叫んだけど、ヴェンディエール公爵は天井を見つめたまま微動だにしない。

 死人のような生気のなさと薄気味悪さに、それ以上声をかけるのをやめてしまった。

 でも、まだ希望はある。

 こうなったら、ナルヒン様とうまくやるしかないわね。

 後ろを振り返ると、当のナルヒン様は膝を抱えて小さくうずくまっていた。

 見たことない光景に、一瞬気後れする。 

 この人がうずくまるなんて……初めて見た。


「ナルヒン様、脱獄しましょう! こんな檻、協力すれば簡単に突破できますわ! タイミングを合わせて体当たりを……」

「もう無理だ……ペルビア。全部"終わり"なんだよ。俺たちの人生は終わったんだ……」


 絞り出すような声を聞き、あたくしはようやく全てを理解した。

 全部…………"終わり"。

 あたくしはこの先、死ぬまでこの牢獄で過ごす。

 そう思った瞬間、無気力に心も体も支配された。

 どっと地面に膝を突く。


 ――……何がいけなかったの?


 自問しなくてもそんなことはわかる。

 お義姉様を苦しめたからだ。

 錬金術が大好きで、いつも教えようとしてくれた優しいお義姉様。

 もう一生会えることはない。

 その事実を自覚したとき、あたくしの胸にはどっと後悔の念が押し寄せた。


 ――お義姉様と……仲良くしていればよかった。婚約破棄を突きつけたり、家から追い出さなければよかった……。


 そうすれば、今頃は充実した幸せな日々を送っていたはずなのに……。

 いくら後悔しても、時が巻き戻ることはない。

 あたくしは単なる愚か者なのだと、全てが終わってから理解した。

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