第14話 5年前の秘密〜隼人ver.〜②
「『おりょうりだいすき
ぼくは、おりょうりがだいすきだ。
きょうも、おすなをかためて、ぷりんをつくる。
おにぎりに、おだんご、おみそしるもあるよ。
どーなつや、けーきだって。
おみせやさんだって、できちゃうんだよ。
こうやってたくさんおりょうりをしていると、
ふしぎだよね。
なんでもごはんにみえてくる。
きにはえているはっぱ。
おせんべいみたい。おいしそう。
おそらにうかぶ、まっしろなくも。
わたがしみたい。おいしそう。
ね。おりょうりってすごいでしょ。
だからね、ぼくは。
おおきくなったら、おりょうりやさんになるのがゆめなんだ。
おとうさんやおかあさんに、おいしいごはんをたべさせてあげるんだ。
だからね、いっぱいいっぱいれんしゅうして、すごーくおいしいごはんをつくって。
おとうさんとおかあさんに、おいしいね。
って、いってもらえるように、がんばるんだ。
だって、おいしいね。
って、うれしい、やさしいことばでしょ。
みんなもね。
このえほんをよんだらね。
ごはんをたべたあと、
おいしいねって、いってみて。
ごはんつくってくれて、ありがとうって、いってみて。
そしたらね、みんながにっこり、えがおになるよ。
これはね、かぞくがみんな、えがおになれる、まほうのことば、だよ。
ないしょだよ。』
おーしーまいっ!」
「「「「「「どうも、ありがとうございました」」」」」」
不思議だ。
絵本を読んでもらった後の、お決まりのセリフ。
僕も自然と、口から言葉がついて出た。
「へへへ。どういたしまして」
「わたし、おかあさんのハンバーグだいすき」
「ぼくはね、おとうさんのパンケーキ!」
――みんな、いいなぁ。
僕は、いつもいつも、お父さんがコンビニで買ってきたご飯だから。
僕も本当は、お母さんのハンバーグが食べたいし、お父さんのパンケーキが食べてみたい。
僕の目は、自然とうるうるとにじんでゆく。
――だめだ、泣いたらだめだ。
「みんな、いいねぇ。藍お姉さんのおうちはね、お父さんがいないの。お母さんも夜遅くまで仕事してるから、いつも自分で作って、独りぼっちで食べてるんだよ」
――え?
「藍お姉さん、さみしくないの?」
「お父さん、いないの?」
「そうなの。お母さんはいるけど、お父さんはいないの。ご飯はいつも独りだし、さみしいよ」
――僕と、一緒だ……!
「でもね……」
僕の膝の上、藍お姉さんの声はハツラツとしている。
「お母さんの分のご飯も作っているの。お母さんが美味しいって言ってくれると、幸せな気分になれるんだよ。だからね、さみしいけど、頑張れるの」
「藍お姉さん、さみしいのに平気なの?」
「さみしいけど、大丈夫なの。だってお母さんは、私のために頑張ってお仕事してくれているんだもん」
――!
「ぼくの、ための、おしごと……」
僕はついに堪えられなくなって、ぽたり、ぱたりと絵本の上に大粒の涙をこぼしてしまった。
「はやちゃん、大丈夫?」
「はやちゃん、おなかいたいの?」
「ぼく、せんせい、よんでくるー!」
――藍お姉さんだけじゃない。みんな、僕のこと、心配してくれている。
独りだと思っていたけれど、
僕が独りだと思い込んでいただけで、
僕は独りじゃなかったのかもしれない。
涙が止まらない僕を、藍お姉さんはギュウッと抱きしめてくれた。
「さみしくなっちゃったかな。大丈夫だよ。みんな、集合〜! はやちゃんをみんなでギューします。……せーのっ」
「「「「「ぎゅううううううう」」」」」
僕は、ますます涙が止まらなくなった。
僕は、独りじゃなかったんだ。
周りにちゃんと、お友達がいてくれたんだ。
僕が心を、開きさえすれば。
「うわあああああああん」
「よしよし、よしよし」
僕は藍お姉さんに抱きついて、みんなに頭をいいこいいこしてもらった。
僕は独りじゃない。
周りには、みんな、いてくれる。
――その日から、僕の心に
――――しんしん
――――――――しんしん
優しい雪が、積もっていった。
◇ ◇ ◇
その日僕は、お父さんに見守られながら、目玉焼きを作ってみた。
ちょっぴり焼きすぎて、黄身がかたくって、白身も少し焦げてたけど、
「美味しい、ありがとう」
ってお父さんが言ってくれたんだ。
とても、満たされた気分だった。
そう、藍お姉さんのおかげで。
藍のおかげで。
――この日から、僕の世界は綺麗に色づいた。
カラフルな世界になっていったんだ――。




