第13話 5年前の秘密〜隼人ver.〜①
藍は俺に言った。
「出会ったばかりだよね?」
……って。
覚えてなくても仕方ない。
いや、覚えてなくても当然だ。
俺の心には、5年前に出会ったあの日から、藍に対する想いが優しく降りしきる雪のように積もっていって……どんどんと藍に対する憧れや羨望が膨らんでいったから。
だからまさか、父さんの結婚相手が藍のお母さんだなんて、夢みたいな奇跡だと思った。
――もう、二度と出逢えないと思っていた初恋の人に、再び出会うことができたなんて。
――奇跡、とか。
――運命、とか。
言ったって過言じゃないと、俺は思う。
僕の藍が出会ったのは5年前。
それは決して、偽りなんかじゃない。
それは熱い――夏の日の出来事だった。
◇ ◇ ◆ ◆
「今日はこの星空保育園に、姉妹校の星空小学校のお兄さんお姉さんたちが来まーす!」
「「「わ〜い!」」」
今日は、小学生のお兄さんお姉さんがやってくる、『しゃかいかけんがくび』って先生が言っていた。
でも、僕にとってはそんなのどうでもいいんだ。
僕はみんなと違う。
みんなお父さんも、お母さんもいる。
僕だけ、お父さんしかいない。
いつもいつも、保育園の発表会の日だって、お父さんは来てくれない。「お仕事」で忙しいから。
僕なんかより、お仕事のほうが大好きなんだ。
お母さんは、僕を産んで死んじゃったから、僕のせいでお母さんがいなくなっちゃったって、思ってるんだ。
僕のことが、きっと大嫌いなんだ。
だからだから、
誰がこようが、
お昼ご飯がなんだろうが、
オヤツがなんだろうが、
お友達が……いなかろうが、
お迎えが……一番最後だろうが、
なんだって、
どうだっていいんだ。
僕はいつも部屋の端っこで、外にも出ずたいてい絵本を読んでいる。
本はいい。
1人の時間をくれるから。
独りだって、さみしくないから。
そうやって、いつもどおりに部屋の隅で『おりょうりだいすき』の絵本を読んでいると、
「ねぇ、一緒に遊ぼ」
と声をかけてきたのは、小学生のお姉さんだった。
「私ね、佐藤藍。君の名前は?」
「………………」
僕はなにも、話さない。
早くどこかへ行ってほしいと思っていた。
だって僕は、
たった一瞬、お姉さんが一緒に遊んでくれても、
また独りぼっちになるんだから。
「絵本、好きなんだねぇ。『おりょうりだいすき』かぁ。懐かしい、私もよく読んだなぁ」
この藍って人、懲りずに話しかけてきて、正直面倒くさい。
しかもなぜか、わらわらわらわら、僕の周りに引き連れてきた。
「ねぇ、藍お姉さん、次はなにして遊ぶ?」
「お姉さん、鬼ごっこしようよぉ」
ホラ、藍お姉さんには寄ってくるけど、僕のところには誰も来たりしないんだ。
お願いだから、かまわないでほしい。
もっともっと……さみしくなるから。
「んっとね〜、次は絵本を読みたいなぁって思ってね。ねぇ、『おりょうりだいすき』借りてもいい?」
「……いいけど……」
僕はその場からいなくなろうとした。
また別の本を読めばいいやって、そう思ったんだ。
そう思った瞬間、僕の身体は宙に浮く。
「えっ?」
「――ん! 君重たいね。よいしょっと!」
藍お姉さんは、僕を膝の上に乗せた。
「え? え?」
僕は驚きを隠せない。
「じゃあ、このまま絵本読んじゃいまーす!」
「いいなぁ〜はやちゃん、お姉さんの膝の上で」
――はやちゃん? 僕のこと?
ずっとずっと独りぼっちでいた僕のことを、横山くん、とか呼ばないで、はやちゃんって呼んでくれるんだ……。
僕はみんなに気づかれないように、頭を下げて、絵本を見た。
――涙が、こぼれ落ちそうだった。




