18 異世界でチート狩り始めます
「王国側が私の暗殺を企んだ？ どういう事ですか」
そんなもっともな疑問にカナメはあえて無表情に答える。
「正直なところ、このエレノアには勇者──それも他国のを動かしてでも侵略する価値はないよ。知っての通り田舎街だからな。となると、メリアも言ってる通り奴の狙いは君だった事になる」
「それは、そうでしょう。私も王族の身、狙われる事もあるでしょう」
「けどさ、不思議じゃないか。本来君が来るのは数日後のはずだろ。じゃあ、なんであの勇者はこのタイミングで襲撃出来たんだ？」
それを聞いて、メリアの目が今度こそ大きく見開かれた。
そう、タイミングの問題なのだ。
メリア──第五王女がエレノアを訪れる事は公表していた。敵国が知っていてもおかしくはない。
だがそれだと襲撃のタイミングと噛み合わない。
そしてメリアがエレノア入りしている事は領主ですら知らない事だ。けれど、王女が外へ出る以上王国側の何人かは必ず把握しているはずだ。
そこから導き出される推論。それこそがカナメの提示したもの。
「つまり、王国内に裏切り者がいるって事だ。真意は知らないけど、少なくとも君を亡き者にしようってくらいには行動的な奴だ」
「そ、そんな……いったい誰が……」
「心当たりはないのか？ 該当する要素はそうだな……政治的に君と敵対している、野心がある、王女の動向を知れる立場にいる、他国とのパイプがあるってとこか」
「…………正直、候補が多すぎます。立場上敵対している相手も多いですから」
「そっか……まあだよな。これもあくまで推測だし、不明点が多すぎる。もう少し情報があればあるいは……」
第五王女、つまりメリアは専属の騎士たる勇者がついていないと言っていた。事情までは聞いていないが、それも彼女の立場の弱さを示していそうだ。
己を守る勇者さえいない。そんな重要人物は狙うには適している。
おまけに向かうのは大した戦力もないエレノアの街。襲撃の条件としてはベスト過ぎだ。
とはいえカナメに出来る事はもう注意喚起くらいしかない。
結局のところメリアがどうするかという話なのだから。
「で、君はこんな推測を聞いてどうする？」
「王都へ戻ります。王国側に裏切り者がいるのであれば、私以外が狙われる可能性もある。それは防がねばなりません。敵を見つけ、平穏を取り戻す。それが私の役目なのですから」
「メリア…………」
ああ、本当にこの少女は優しい心の持ち主なのだろう。
自分の命を狙っている者がいるかもしれないのに、それでも王都へ戻ると。しかもその理由が他の者を守るためだと。
それを心の底から言えてしまう事が示している。
だから、柄にもなく守りたいなどと思ったのだ。そしてその思いは変わらず、間違っていないと確信した。
自身の中にこんなに熱い思いが眠っていたとは驚きだった。
「な、なあメリ────」
「カナメさん、もう一度お願いがあります」
カナメの言葉を遮るように、メリアが口を開いた。
お願い。
ああ、彼女との交流もそれが始まりだったか。
立場を明かした彼女からどんなお願いが飛んでくるのか。なんであれ、メリアは王都に戻るのならこれが最後だ。全力をもって叶えようではないか。
そんな意気込みで返事を返す。
「なんだ、俺に叶えられる範囲なら何でも言ってくれ。もう一回海見るか？ それとも漫画？ 街中の案内なら今はちょっと自粛した方が────」
「私と一緒に来て下さいませんか？」
「……………………はい？」
てっきり最後の思い出的な事を言われると思っていたからか、頭が回らない。
間抜け面で首を傾げるしかない。
そんなカナメの様子にメリアは一瞬だけ微笑むと、真剣な表情でこう言った。
「私は王都に戻ります。ですが、この状況……今まで以上に敵は多くなるでしょう。他の王女達に比べれば、私は勇者もおらず立場も権力もない。頼れる者も何人かはいますが、この先どうなるかは分からない。だから」
だから、と一度区切り。
手を差し伸べながら、告げた。
「カナメさん、貴方に私の勇者になってほしい。この、第五王女アルメリア・ヴァーミリアの騎士に」
それは、彼女にとっても大きな意味を持つ覚悟を決めた誘いだった。
メリアはカナメが召喚者だという事を知らない。それでも、カナメを信じて勇者になってほしいと言っている。
その意味を飲み込めないほど、カナメもバカではない。
けれど。けれどだ。
カナメの奥底に息づく劣等感、卑屈さ、そしてトラウマがそんな事出来るわけないと囁く。
あの力の差を忘れたか。
あの絶望を忘れたか。
こんな嘘だらけの自分に、真っ直ぐな彼女の勇者など務まるわけがない。
手は、上がらない。
「無理だよ。俺は君が思ってるような強い人間じゃない。勇者なんてとても務まらないよ」
「ええ、知っています」
「……………………ん？」
知っていると言った。カナメの弱さなど知っていると。
けれど、メリアが伝えたいのはその部分ではなかった。
「貴方がチンピラにもやられるような力しかないと知っています。負ける時は負ける、絶対的な存在ではないと知っています。ですが、それでも私は貴方にお願いしたいのです」
「なんで…………」
「勇者とは、本来勇気ある者の事です。貴方は決して強くはない。けれど、路地裏でも、勇者相手の時も私のために立ち上がってくれました。あれは無謀でしたがその想いは本物のはず。優れていないからこそ持てる輝きだと、私は感じます」
そして笑う。
あの時、カナメが惚れた花のような笑顔。作り物ではない本当の表情で。
他でもないカナメに、笑った。
「だから改めてお願いします。強いか強くないかなど関係なく、貴方の勇気の力を貸してほしい」
静寂。
そんなものはまやかしだと、カナメは知っている。勇気なんて綺麗な感情でない事は自覚している。
けれど、そう。
生まれて初めてだった。誰かのために何かをしたい──彼女を助けてあげたいと思ったのは。
そして今、そのチャンスが巡ってきたのだ。
変わるなら、今しかない。
ずっと変わらなかったからこんな世界に来てしまった。
なら。
それこそ、彼女の信じる勇気を出せ────！！
手が上がる。
差し出されたメリアの手を掴む。
「俺は、やっぱり自分を信じられない。第五王女の勇者なんて役割は無理だ。けど、君の力になりたい。君と一緒に行きたい。この思いは本物だ」
「カナメさん…………」
「だから、第五王女アルメリア・ヴァーミリアの勇者ではなく、一人の優しい少女……メリアの勇者になるよ。それでいいかな」
そんな言い訳が最大の譲歩。
けれど、メリアはそれに大きく頷くと、もう片方の手も使いカナメの手を包み込んだ。
温かい体温が伝わってきて、カナメの顔が赤くなる。
けれど視線だけは逸らさなかった。
そんなカナメの前で、彼女は今日一番の笑顔で答えたのだった。
「はい、よろしくお願いしますね！！」
ここから始まる。カナメの本当の物語。
やろう、彼女の──メリアのために。あらゆる外敵から彼女を守る騎士として。
この異世界で、勇者狩りを始めよう。
これにて第１章終了です。ありがとうございました。
次回から第２章「ハーレム王の世界」編が始まります。
よろしくお願いします。
