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避暑。または執念ーー駄犬(颯真) 4

しぃちゃんのしぃちゃんによる真桜のための、しぃちゃん式(精神的)サンドバッグ。

 

 レストランに入った俺が見たのは、有栖の満面の笑みーーどう見てもどや顔ーーだった。

 さらに真桜が大学生をナンパしていると言う。信じられないのは有栖の方だと思ったのは俺だけじゃないだろう。

 近くまで来たはいいが足が止まってしまった俺は、ただ有栖の空回りする茶番を見てるしかなかった。


 間中のしかめた顔からは嫌悪しか感じられない。

 つき合うとか楽しむとか救うとか、俺は有栖のが恐ろしいぞ。


 聞いてないとは言わせないとばかりに、間中は離すように繰り返した。真桜を悪者にしたあげく自分本意の茶番劇を繰り広げる有栖は、自分が嫌われるとは思っていないようだ。


 ぱしん、と間中に絡みつくその手は振り払われた。驚いてショックを受けたような顔に違和感を覚える。さも被害者ですと言わんばかりの態度は、そんなことされるわけないとでも思ってたのか、されて悲しい、どうして? と訴えてるようだ。


 救いようがないな。と間中がつぶやいたのがわかった。


「今度真桜になにかしてみろ。同じやり方でそれ以上のことを返してやるよ」


 いわゆる倍返しだろう。もちろん倍どころで済むわけはないのは俺にもわかる。なら、俺のすることは有栖を止めることだ。

 有栖は今まで怒られたりしたことがない。いつでも自分が正しいと思い込んで、周りもいい子扱いしかしなかったからだ。


 俺は、間中達に頭を下げると、自分は悪くないと叫び喚く有栖を引きずって歩き出した。



 間中から話があると連絡があったのは、有栖が落ちついてーー荒れて暴れて叔父さんに泣きついて慰められたらしい。電話でーーしばらくしてからだった。

 俺はコンシェルジュさんに有栖の見張りを任せて、指定の場所に向かった。


 ホテルの屋上に出て傘を開く。雨でじっとりとした空気が生温い。真ん中にいる間中はビニール傘をさしていた。


「待たせたか」

「いや」


 声をかけると、思ったより落ち着いた表情をしていた。もっと有栖に怒ってると思ってたんだが、違ったのか。


「単刀直入にいこう」


 間中はいきなり切り込んできた。

 俺は姿勢を正した。連絡がきた時から覚悟はしていた。俺のしたこと、していたことは真桜にとって迷惑でしかなく、さらに言えば有栖をいじめたのは冤罪でしかなかったからだ。なのに俺は、有栖の嘘を鵜呑みにして真桜を傷つけた。俺が真桜を守れなかったから。


「お前、なにがしたいんだ?」


 だから、間中になにをされても文句は言えない、と? なに? 


「え?」

「このまま女王の下僕でいたいのか?」

「そんなわけないだろ! そもそも俺は高校は別のとこに行くつもりで……!」

「じゃあなんで一緒にいるんだ」

「それは」


 有栖、が。


「昔の話は真桜に聞いた」

「……っ!」


 その発言に、俺の肩がびくりと跳ねた。真桜は嘘は言わない。つまり、間中が聞いたのは真実だろう。それは、俺が隠したい黒歴史ど真ん中の、あの時の話、で。


「真桜の主観での話だったが、誰が聞いても状況を悪化させたのはお前だろう」


 そう、静かに言われて抑えていたはずの声が上がった。


「俺はっ、止めようとした! 真桜が有栖に謝ればそこで終わるはずだったんだ!」

「なんで、真桜が謝らないといけないんだ」

「それはっ、有栖を真桜が無視したから!」

「どうせ読書してる時にでも声かけたんだろう」

「……っ! でも! それでも! 真桜のせいで有栖が泣いたんだ! 泣かせたことにかわりはないだろう!」

「ウソ泣きだろう。さっきも言ったが、悪化させたのはお前だ」

「なんでっ」

「じゃあなぜ、真桜の幼馴染みだと言うくせにお前は女王側にいるんだ。真桜に想われてるとか愚かで激しい妄想をするくせに、なぜあの時真桜の隣にいなかった。隣で真桜を守らなかった。なぜ真桜だけを責めた。……何度でも言う。悪化させたのはお前だ」

「あ……」

「流されて楽な方を選んだお前は、間違いを正す努力を怠った。だから、真桜の隣にいられなくなった。お前は真桜を守っていたつもりかもしれないが、全てが逆効果だったな」


 言葉がでなかった。正論だったこともある。あまりに本当のことで、憤ってた力が抜ける。なんで俺は真桜の隣にいなかったんだろう。なんで今、俺の隣にいるのは真桜じゃないんだろう。

 どれだけ考えても、答えは出ない。今さらだ。あの時間違った俺は、もうやり直すことはできない。


「……あの頃の俺が真桜を守るためには、有栖を見張るのが一番だったんだ。有栖は自分が周りより優先されてれば満足だったから」

「それで真桜を放置? 本当やり方間違ってるな」

「ああ。今になってわかったよ、真桜があの時俺を呆れた目で見たのも当然のことだったんだ」


 おそらくあの時に、真桜の俺への気持ちが冷めたんだろう。真桜のためだと思ってたことが、全て空回りしていたから。


「ロクでもないこと考えてそうだな。真桜はどうでもいいから未だにお前らを放置してるが、生憎俺はそれを許せるほど大人じゃないんだ」


 真っ直ぐ、俺を見た間中の瞳は怒りに燃えていた。穏やかな表情だけ見れば勘違いしてしまいそうだけど、間中は確かに怒っていた。


「お前は、真桜がお前を好きだったとか、あの一件で好きじゃなくなったとか思ってるみたいだが、そもそもお前はただの幼馴染みだ」

「は?」

「真桜がお前を好きだったことは一度もない。むしろ読書の邪魔をするうるさい奴認定だ」

「……え?」

「じゃなきゃ、いくら真桜でも幼馴染みの名前くらい覚えてるだろうよ。心を許した奴以外無関心がデフォだからな。ちなみに、その話を聞いた時もお前の名前は出なかった」

「…………」


 間中は一言目で俺を撃ち抜くーー気分と言うか精神的にーーと、次々と言葉で俺を蜂の巣にしていく。あれ、これ俺死ぬんじゃね? と言うくらい心は穴だらけだ。


 ただの幼馴染み? 名前を覚えていない? ……俺のこと好きじゃない? ウソだ、と言いたい。けど、再会した真桜が俺の名前を覚えていなかったのを思い出してしまった。


 膝から力が抜けて崩れた俺を、間中の冷たい目が見下ろす。膝が雨で濡れてくけど、それどころじゃない。

 失恋したと、自然消滅だと、それが俺達の関係だと言い聞かせていたのに、両想いですらなく、想われてもいなかった。最初から。


 ……立ち直れる気が全くしない。


 そして、今頃になって思い出す元友人の呆れた顔に、やっぱりおれは苦笑を返すことしかできなくて。ああ、なんて情けない。


「あの脳内花畑でタンポポの綿毛が飛んでるような電波女は、今まで自分より優先される存在に会ったことなんてないんだろうな」

「……有栖のことか」


 脳内花畑……ある意味そうなのかもしれないな。今の有栖はきっと誰かに作られたものだ。なんにも考えずに、言う通りに動く好みそのものの人形。


「で、お前はどうしたいんだ」


 そこに戻るのか。まぁ、いいけど。


「俺、行きたい高校があったんだ。有栖の叔父さんに邪魔されたみたいだけど。親とも話し合って有栖から離れようってしてた時に」


 都合のいい話かもしれないけど、全てをリセットしてやり直そうとした。邪魔されたみたいだけど。間違いなく有栖だろうけど!


「叔父さん?」

「有栖の母親の弟だったかな。ここに有栖を連れてきたのもその人だし、有栖の女王っぷりもその人に入れ知恵されてるんだと思う」


 今さら有栖を庇おうとは思わない。けど、叩くべき敵を見誤るのはまずい。俺のためにも。開き直り? そうともさ、それがなにか?


「女王の叔父さんとやらはこっちで調べる。で、お前はどうする」


 間中、意外と世話焼き? 心配性……真桜の面倒みてたからか! 納得。


「有栖の件、カタがつくまではいるよ。むしのいい話かもしれないが、終わったら真桜に謝りたいんだ」

「……さらにショックを受けること請け合いだぞ」

「……それでも、ケジメだろ。真桜には時間の無駄とか言われそうだけど」

「あー、言うだろうな」


 たとえ、自己満足だろうと、謝りたい。謝って、そこからやり直したい。今度こそ、俺のために。

 いつもどこか重かった心は、真桜への想いと一緒にどこかへ飛び散ったらしい。


「早く駄犬を卒業しろよ」


 駄犬呼ばわりかよ!! 否定できねぇよ!! 頑張るよ!!


 それでも、今が一番有栖に出会う前に近いとも思うんだ。どう思うか、聞いてみようか。そして、元友人が元をとってくれたら、ようやく俺は笑えると、てか、お前と思いきり笑い合いたい。


「ならとっとと終わらせろよ。俺はお前の下克上は手伝わないぞ」


 それは、はい。そこまでしてもらったら俺ダメダメじゃね? てか間中、心の声を読むのはやめてくれないか。



桜月の頭脳ではこれが精一杯でした。もっと心を抉るような言葉を考えましたが、駄犬は真桜に忘れられてたことが一番の鋭いナイフだったようです。自業自得に変わりはないけどね!

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