1,水の魔女「ネレア」
「よいしょっと」
水の魔女ネレアは、今日も今日とて森の中で赤く小さい熟れた木苺を摘んでいる。
黒く絹のように美しい腰ほどに伸びた髪を耳にかけ、澄んだ水のような淡い水色の瞳を一生懸命に動かして、森の中を探索していた。
「なかなか木苺が見つからないわね。やっぱりまだ採るには季節が早かったかしたら?」
「それ昨日も同じこと言ってたよ。僕は最初からまだ早いって言ってたよねぇ〜。」
純白の羽をパタパタしながら使い魔のフクロウが文句を言う。
「いや、フーちゃんが木苺摘みに行こうって言ったんでしょ。人のせいにしないで!」
形の整った顔がムッとした表情にになり、キリッとした目尻がさらにつり上がった。まるで女神の絵画のようだ。
「そうだったかも?ごめんねぇ〜。」
フーちゃんは悪気が無さそうにケロッと答える。これは本当に悪気がないから怒れないものだ。
「それにしても今年は木苺の実りが悪いわね。せっかく私が魔法で水を撒いたのに。水の魔女の名が台無しよ。」
「水の魔女って勝手に言われてるだけだけどねぇ〜。」
「ね。私は何もしていないのに。勝手に恐れたり崇めたり、困ったものよ。」
本当に私は何もしていないのだ。師匠に誰にも干渉するな、感情移入するな、と言われているからしていないというのもあるが、自分自身あまり他人に興味が持てない。
自分が何者かも分からないのだから。その状態で他人を気にかける余裕なんてある訳ない。
「私はただひっそりと生きていたいだけなのだけど。」
「ネレアの意思は僕の意思だよ~。僕はネレアの幸せを祈ってる。」
フーちゃんが柄にもないことを言って、ふんぞり返った表情をしている。
やはり、とても愛くるしい存在だ。フーちゃんが居なかったらこの孤独な森の生活を耐えられずに発狂してしまっていたかもしれない。
「ねぇフーちゃん。」
「なぁに?」
「愛ってなんだと思う?」
「えー相手を大切に思うことかなぁ?よく分からないや。」
フクロウが質問の意図が分からないというような感じでこちらを伺いながら、恐る恐る答えを示してくれた。
「そうだよねー。私もそれくらいしか分からないや。フーちゃんのことは愛してると思うよ。たまに憎たらしいけど。」
そう言うと、少し照れくさそうに何処かに飛んで言ってしまった。かなりツンデレなのだ。
フーちゃんのことは愛していると思う。でも何かが違う気がするのは何故だろうか。私は何か大切な事を無くしてしまっているのだろうか。
たまに胸が締め付けられるような、泣きたくなるような感情が襲ってくる。その様な感情になる出来事に心当たりが無くいつも戸惑ってしまう。
理由は知りたいような知りたくないような。私は中途半端な魔女だなとつくづく感じる。
「今日は木苺摘みをもう切り上げて帰ることにしましょ。」
踵を返して帰ろうと数歩進めた所、何かが動めいている音が聞こえた。ガサガサと歩を進めているようだった。明らかに人間の足音だ。
もしかしたら私を狩りに来たのかもしれない。
少しだけ背筋に緊張感が走った。
大丈夫。いつも通りに。大丈夫。
魔法で目で捉えられないぐらい細い水の針を空中に浮かべ、木の後ろに身を潜め、人間がこちらに気づく前に仕留めようと臨戦態勢に入った。
少しずつ音が近づいてくる。近づく度に心拍数がどんどん高くなるのが自分で感じ取れ、その事で余計緊張してしまう。
もう少しで射程範囲に入ると確信し、緊張がピークに到達しようとしていた時、足音がパタリと止み静寂がその場に襲いかかる。
私の魔法に気付かれたのかと焦燥感を覚えたが時間が経っても音も攻撃も何も無い。
痺れを切らしてしまい、そっと様子を見るために屈みながら足音が聞こえていた方ににじりよった。
「うわ!?」
そこには細めの長身の人間が顔を真っ青にして倒れていた。どうやら私のことを狩りにきたわけではなさそうである。武器を何も持っていないのだから。
一応念入りに身体を隈なく叩き、何も武器を持っていない事を確認すると安心して一気に力が抜け、地面にへたりこんでしまった。
なんせ私は戦闘経験なんて片手で数える程度なのだから。
「私の敵じゃなくて助かった、、。」
そのまま立ち去ろうと踵を返して家に向かった。人間と関わって面倒事になったら溜まったものじゃない。
師匠にも人間に関わるな、情を持つなと散々言われてきたのだから。
でも、私は丸腰の相手を殺しかけたのか。それも瀕死のやつを。なんだか私が極悪人のような罪悪感に襲われた。そこまで非常な女にはなれない。
「はーー。自分の心のために看病してあげるかー。見た感じ栄養失調ぽいし。」
少し看病して、ご飯を与えて、すぐに追い返そう。
絶対に情は見せない、あくまで魔女として振舞い隙など見せない。
人間にこのことが広まったらそれこそ舐められて討伐されてしまう。ただの傲慢な魔女の気まぐれとして収めてもらおう。
そう決心してか細くも重い男の両足を掴み、水を枕のようにして頭を持ち、重さを感じながら男を引きずり、木苺と一緒に持って帰ることにした。
このまま一緒にジャムにでもしてしまいたい。




