魔物
そうと決まれば再び全力疾走だ! スタミナシステムは無いようだが、この没入感だし、走ってると少し息が荒れてくる。現実の俺はベッドで寝ているだけなのに、不思議な感覚だ。
その後も走る。奔る。疾走る。流れていく雲を追うように。
数分ほど経過した頃、ようやく見つけたのが野生の子鬼だ。そう、記念すべき魔物第一号だ。焦点を合わせると丸型のカーソルが20メートルほど先にいる魔物の全身を覆う。アシストスクリーンを表示させると、簡素な説明が記載されていた。
『ゴブリン』……人型の魔物。力も弱いが妙な狡猾さもあり、群れている時は油断しないように。
他のゲームと比べても特に違いはなさそうだな。短剣を腰に下げているから、あれで刺されない限りは大したダメージを受けることもないだろう。
さて、魔法の実験台になってもらうか。
「……んーぬぬぬ……」
魔法の使い方も感覚だ。本体の俺は寝てるのに歩いたり走ったりできるように、魔法も習得してからはまるで最初から出来るかのように、意識に刷り込まれている。だがスクリーン表示と違いこっちはややイメージ力が必要だ。
集中して、冷気を全身から放出するイメージ。ひんやりとした無色の気体が出ていくのを感じる。それは他人には視認できないが、自分だけは恐らく氷結を習得している特権で、空間にどう拡がり、どこにどれだけ漂っているのかが見える。それはそうだ。操作できる以上はどこに冷気があるのかわからないと話にならない。
俺は、ゴブリンの方に冷気を飛ばす。これが意外と遅い。じっくりと蛇のような軌道で近づき、ヴェールを被せるように敵の全身に纏わりついていく。同時に、ゴブリンは首を振って辺りを見渡し始めた。いきなり冷気に包まれたらそりゃ寒いわな。
だが、もう遅いぞ。
「フリーズロック」
俺が小さく呟くと、一瞬にしてゴブリンが凍結した。ちなみに技名は適当に今つけた。気持ちが大事なんだ。いや、ほんとに。意識で色々やるのまじで難しいんだよ。技名言ったり、腕振る動作とかで補足しないと安定しないって! ……羞恥心が出て自分で自分を説得してしまった。
そうこうしてる間に、ゴブリンごと氷は砕け散り風化していた。余裕の討伐ってわけだ。
『経験値5獲得。ゴールド30獲得。ドロップ消失』
ああ、もしかして今の倒し方ってドロップ得られない感じなのか? 完全に風化しちゃってたしな……。そうかそうか、倒し方とかもあるんだなあ。まあ、最初の魔物だしどうせ大したもの入手できないからいいんだけどね。
引き続き、俺は走る。一応、他のプレイヤーよりも先をいきたい。なんせこのゲームは最初に魔王を倒さないといけないわけだから、どうせPKがある。魔王争奪戦ってわけだ。人間の悲しい性だな。
※PK=プレイヤーキル
あくまでも簡単にPKされないだけの強さがいる。敏捷をあげているのもいざって時に逃げやすいだろうし、単純に速いは強い。これは持論。
正直、右も左もわからなすぎて、とりあえず適当に直進しているが、高い丘を駆け上がると、そこから前方にどえらく広い街が一気に現れた。
ほんとに全然景色変わらねえから不安だったが、なるほど丘から見下ろす形で存在したんだな。
『港町アグアマリナ』
白い建物と青い屋根。現実でもギリシャにこんな感じの街だかがあったような気がするな。多分モデルがあるんだろうなー。
とりあえず色々と情報を仕入れないとな。自由度高すぎて何からすればいいかまじでわからねえ。
その時、一抹の不安が頭を過った。
俺は、何か大切なことを忘れているような。
そう、俺は――
「――プレイヤー名決めてなくね!?」




