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45突然の出来事10

「えっと、何から話せばいいかな?トキワはしばらくお世話になる事情はちゃんと説明した?」

「家庭の事情としか聞いてませんけど」


 あの時は全員余裕が無くてトキワの話をゆっくり聞く機会が無かった気がした。命の返答にトキオはトキワを見やるとトキワは笑ってごまかす。


「ちーちゃんに余計な心配かけさせたくなかったんだよ」

「まあそれもそうか。大変だったね命ちゃん、そんな時にトキワが本当に世話になったよ」


 大変だったとはシュウの事だ。トキオがシュウの訃報を聞いたのは神殿に楓を送り届けた時に暦から聞かされたからだった。


「今回トキワを診療所で預かってもらった理由だけど、楓さんがとある事情で取り乱して、トキワに火傷を負わせてしまったからだ」


 トキワの火傷の原因が楓だという事実に命は驚きを隠せなかった。彼女の炎は不器用だけど、人を…ましてや自分の子供を傷つける炎ではないと思っていたからだ。


「ある事というのは……私が楓さんと知り合う前までに遡る。楓さんには妹の暦ちゃんがいるのは知ってるだろうけど、暦ちゃんの上に弟がいるんだ」


 つまりトキワの叔父に当たるわけだが、その人物は少なくとも神殿にはいなかったはずだ。そもそも暦や光の神子も彼の存在を一言も口にはしてなかったと命は記憶している。


「彼は姉である楓さんに恋愛感情を抱いていて、関係を迫るまでになっていた。楓さんは彼を拒絶して私と出会って結婚してから逃げるように神殿を出た。楓さんを逃してしまった彼は魔力を暴走させて四人の神官と神子を死に追いやった。彼の暴走を止めた義母……光の神子は彼の水晶を取り上げて、厳しい監視の元で神殿の敷地内にある塔に幽閉した」


「確かその弟とやらは闇の神子でしたよね」


 同席していた桜の発言に命は驚愕した。物心ついた頃には闇の神子は存在していなかったし、遺伝は関係ないらしいが、光の神子の子供が闇の神子というのも意外だった。トキオは頷いて話を続ける。 


「その後私たちは結婚後すぐにトキワを授かって生まれてからは幸せな日々を過ごしていたんだ。だけどトキワが三歳の頃、彼は監視の神官を言葉巧みに操り脱出した後、私たちの前に現れた。彼はトキワを見るなり狂気に満ちた笑顔で、その子供は自分と楓さんの子供だ。だからトキワはいずれ自分と同じ両手剣使いになると言い出したんだ。以来楓さんは家に引きこもりがちになって、トキワにもナックルを強要し続けた」


 闇の神子の単なる言いがかりとはいえ、本当にトキワは両手剣使いになった。命は心配になりトキワを見ると、茫然とした表情で息が止まっているのではないかと思うくらい固まって動けなくなっていた。命は堪らずトキワを強く抱きしめた。


「その後彼は再度捕らえられると、自力では到底村に帰れない遠い島へ連れて行かれて、余生を過ごす事になった。だが、今になって彼は動き出した」


 トキオは大きく溜息を吐いて一度お茶を飲んだ。


「楓さんがトキワを傷つけたあの日、楓さんが言うにはうちの郵便受けに彼からの手紙が入っていたらしい。手紙によると楓さんを迎えに行く準備が出来たとか書いてたらしい。楓さんが燃やしちゃったから正確にはわからないけどね」


 そんな手紙が届いたら魔力が制御出来ないくらい感情が揺さぶられるのは仕方ないかもしれない。


「恐らく近いうちに彼は現れる。だから私は楓さんを神殿に保護して貰う様提案したが、気が動転しちゃって昨日までまともに話ができる状態じゃなかったんだよ」


 神殿の方が一人じゃないし、屈強な神官や魔力の強い神子……なにより楓の母親である光の神子がいる。保護された方が安心だろう。


「父さん……俺は本当に父さんの子供で間違い無いんだよね…?」


 命に抱きしめられたままトキワは苦しそうにトキオとの親子関係を確かめた。


「当たり前だろう?あんなのただの偶然だ!第一使用する武器に遺伝は関係無い!」


 語気を強くして否定するトキオに命も何度も頷いて肯定する。


「うちの家族なんて全員使用武器違うよ?私のお母さんに至ってはハンマーなんだよ?あの優しいお母さんが柄の長い大きなハンマーを振り回して岩とか砕いちゃうんだから!」

「え、光さんてハンマーなの?」

「意外でしょう?」

「うん」


 命の脱線気味な話と柔和な笑顔にトキワは張り詰めていた気持ちが少し和らいだ。


「さてトキワ、お前はどうする?家に帰るか神殿に保護されるか……父さん的には神殿にいて欲しいが」


 今後の動向を提案するトキオにトキワは否定するように手を振った。


「家に帰らないし神殿にも行かない。俺は診療所に居候してちーちゃんと毎日会える生活がいい!」


 トキワはギュッと命を抱き返して先ほどの緊迫した表情は何処へやら、満面の笑みをしている。


「その叔父さんてヤバい人なんでしょ?だったら俺は守りたい人の傍にいたい!」


 自分にとって一番失いたくない存在を思い浮かべたら、トキワは両親よりも真っ先に命が浮かんだ。彼女に恋をして一年以上経つが、想いは募る一方だった。


「ありがとうトキワ、でも家に帰りなよ。私は守ってもらわなくても大丈夫だから」


 命は優しくトキワに家に帰る様に諭した。


「これでも私も水鏡族の戦士だし、お母さんやお姉ちゃん、桜先生もそれなりに強いし、そもそもうちにはお義兄さんがいるから…そう簡単に負けないから」

「それなりに強いとはなんだ。まあ、やれない事はないが」


 桜は命の言い分に苦笑しつつも同意する。


「それにトキワが家に帰らないとトキワのお父さんが一人ぼっちになっちゃうよ?いつまで親と一緒にいられるかなんて分からないんだから、いられる時は一緒にいなきゃ」

「……わかった。今日は帰る」


 父親を亡くしたばかりの命の言葉にトキワはこれ以上帰宅を拒否する事はできなかった。


「でも毎日会いに行くから!あ、門限はちゃんと守る!」


 妥協出来ない点を主張した後、トキワは荷物をまとめるために間借りしてた病室へ向かった。


「ありがとう命ちゃん。正直な話寂しかったから助かったよ」

「いえ、ただその、気をつけてくださいね」


 彼の狙いが楓とはいえトキオは恋敵でトキワはその子供。危害が及ばない理由はない。


「そうだね、肝に命じておくよ。私も守りたい人がいるからね」


 そう話すトキオの目元がトキワに似ていて、やっぱ親子だなと思いつつ命は笑顔で返した。



 


 




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