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43突然の出来事8

 ニ週間も経つと、光はやつれているが、徐々に部屋から出てきて時折笑顔を見せるようになり、実は落ち着いてきて夜は一人でも眠れるようになったようだ。


 それでも命は相変わらず家事を率先して行い、家族の様子を窺うよう努めた。


 一人で祈がヒナタをあやしてたら一緒にあやして、レイトが晩酌をしていたら話し相手になったりした。


 診療所にも毎日顔を出して桜に愚痴をこぼしたり、トキワの勉強を見たりした。


「命、ありがとうね」


 ある夜、命が食器を洗っていると、光が隣に立って食器を布巾で拭きながらそう言った。


「お母さん、もう大丈夫だから」


 穏やかに笑う母の左耳には父の水晶のピアスが光っていた。水鏡族の夫婦は先立たれた配偶者のピアスを着ける事で変わらぬ愛を示すのである。


 父との別れを受け入れた母を目の当たりにして、命は自分はもう頑張らなくていいのだと悟り、肩の荷が降りた気がした。



 ***



 翌日から光が以前通り家事を一手に担うようになった。この日は休日だったので、久々に怠けようと命は昼近くまでベッドの上でお気に入りのネグリジェ姿でのんびり親友の南から借りていた恋愛小説を読みながら過ごした。


 そろそろ昼食の時間だったのでパンツルックに着替えてから食事をとった。久しぶりの母の料理は命をほっとさせて日常へ誘った。


 食後は薬草園の手入れに行くことにした。命が籠にハサミや軽食などを入れて準備していると、トキワも一緒に行くとついてきた。


「久しぶりにデートだね。嬉しいな」


 相変わらず天使のような笑顔でトキワはさりげなく命の持っていた籠を持って手を繋いできた。


 一人になりたかったな……


 そう思いつつも命は繋いだ手を離さずに、薬草園へ向かった。手入れを怠っていた四坪ほどの小さな薬草園は夏の日差しも手伝って随分と繁っていた。薬草によっては命の目の高さまで伸びている。


「切ろうか?」


 トキワは魔術で風を使って薬草を切ると提案したが、命はひらひらと手を振って辞退する。


「ひとつひとつ切り方があるの。例えばこの薬草は脇芽の上で切らないと次の生長に支障が出たりするし、この薬草は金気を嫌うからハサミじゃなく手で捻る様に千切らなきゃいけないの」

「へー大変だね」


 手始めに命は背が高くなっている草を膝の高さまで切って視界を良くさせた。トキワも命から手袋とハサミを受け取り彼女に倣う。


 様々な薬草を種類ごとに命はトキワに説明しながら、一緒に手入れをしていく。


 額の汗が流れてハサミに落ちてきたのをきっかけに休憩を取る事にした。大きな丸太に座って命は籠から水筒を出すと、コップにお茶を注ぎトキワに渡し、自分のコップにも注いで一気に飲み干して息を吐いた。木々を揺らす風がそよそよと心地よい。


「ふぅ、こんな大変な作業ちーちゃんがいつもやってるの?」

「今回は放置しちゃったから大変だったけど、いつもはお父さんが定期的に管理してたからすぐ終わったの。たまに私やみーちゃんが手伝ってたし」

「じゃあちーちゃんが薬草に詳しいのも熊先生から教えてもらったからなんだね」


 優しい眼差しでトキワは命に笑いかけて大きく伸びをしてから命にもたれかかった。


「……でも、もう、教えてもらえない」


 命の震えた声にトキワはハッとして彼女を見上げると、赤い瞳に涙を溜めていた。頰に一筋涙が伝えば、堰を切ったように涙が次から次へと溢れ出した。


「なんで、もういないの……っ…お父さん…っ!」


 シュウが死んでから今まで我慢して溜め込んでいた想いが抑えきれない命は肩を震わせてしゃくり上げた。


「ちーちゃん、頑張ったね」


 命の頭をトキワは慈しむように撫でて、彼女のこれまでの頑張りを称えると、命が子供のように泣きじゃくり始めた。トキワは丸太から立ち上がり、命の頭を抱えるように抱きしめ、頼りない胸板に押しつけた。




 泣くだけ泣いてスッキリしたものも、命は気まずい気持ちで作業を再開した。一方でトキワは変わらずご機嫌で手伝いをする。


「ごめん。服、汚れちゃったよね…」

「気にしないで、ちーちゃんでいっぱいのこのシャツ、洗わないで一生大事にするから!」

「それだけは絶対やめて」


 可愛い顔して耳を疑うようなトキワの返しに命は心底汚い物を見るような目で拒絶した。


「でもよかった、ちーちゃんずっと泣くの我慢してたみたいだから」


 気がついたのはいつ頃だっただろうか、命が家族の悲しみに寄り添うばかりで自身の気持ちを置き去りにしていたことに……時間が許す限りトキワは彼女の近くにいたが、ふと違和感を覚えたのは確かだ。


「泣きたくなったら、また俺の所に来てね」


 トキワの申し出は更なる羞恥心で顔を赤くさせたが、命は虫の鳴き声で聞こえない位の小さな声で囁き可憐に笑った。


「……気が向いたらね」

 



 

 


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